2023年08月25日
1体の木彫り人形
古い読者は、覚えているかもしれませんね。
以前、こんな話を書きました。
(2016年1月12日 「分身之術」 参照)
30年以上も昔のこと。
僕は、まだ駆け出しのタウン誌記者でした。
取材で、さる彫刻家のアトリエを訪ねたときのことです。
アトリエ内には木っ端が散乱し、所狭しと作品が置かれていました。
木彫りの人形たちです。
話を聞くと、実に自由奔放な作家でした。
昼間は趣味に遊び、夜は友人たちと酒を呑む。
「いったい、いつ、作品を作っているのだろう?」
と心配になるほどの私生活でした。
インタビューが終わり、帰る間際に怒られるのを覚悟でズバリ、訊きました。
「お話を聞く限り、大変お忙しいようですが、作品はいつ作られているのですか?」
すると作家は、摩訶不思議な話をし出したのです。
「1体だけ、ちゃんとしたモノを作ればいいんだよ。あとは俺が寝てても遊んでいても、こいつがもう1体作ってくれる。そして、そいつがもう1体。知らないうちに、こんなにも作品が増えているんだ」
当時の僕には、いったい何のことを言ってるのか、さっぱり分かりませんでした。
この言葉の意味を理解することができたのは、それから20年も後のことです。
僕が温泉ライターとして、数冊の本を世に出してからでした。
先日、県北部の小さな村に暮らす女性から電話がありました。
何の用事かと思ったら、講演依頼でした。
「会場は?」
「K村です」
「K村?」
「はい、今度、立派なホールが完成するんです。そこで、ぜひ先生に講演をお願いしたくて……」
なぜ、K村なのでしょうか?
前橋や高崎の都市部での講演は、毎月のように行っていますが、ハッキリ言って山間部の町村からの依頼は大変稀なことです。
話を聞けば、きっかけは、こういう事でした。
この女性の高崎市在住の知り合いが、ある日、僕の講演を受講したそうです。
知り合い、いわく、
「とっても面白い話をされる先生だから、ぜひ、K村にも呼んだほうがいい」
不思議なものです。
都市部の公民館などでは、講師の情報を共有することがあり、バトンリレーのように立て続けに市内の公民館で講演をすることはありますが、いきなりK村とは、かなり遠くまで飛び火したものです。
もちろん快く、お受けしましたが、その時やはり、あの彫刻家の言葉を思い出したのです。
「1体だけ、ちゃんとしたモノを作ればいいんだよ。あとは俺が寝てても遊んでいても、こいつがもう1体作ってくれる」
ちゃんとしたものを作れば、どこかで誰かが見ている、ということなんですね。
改めて、彫刻家の言葉を嚙みしめて、一つ一つの仕事を丁寧にこなそうと思いました。
N先生、素敵な言葉をありがとうございました。
Posted by 小暮 淳 at 13:46│Comments(2)
│講演・セミナー
この記事へのコメント
良いお話しをありがとうございました。
Posted by お汁粉ちゃん at 2023年08月25日 14:17
お汁粉ちゃんへ
ご愛読、ありがとうございます。
少しは人生の参考になりましたか?
ご愛読、ありがとうございます。
少しは人生の参考になりましたか?
Posted by 小暮 淳
at 2023年08月25日 22:31
