2024年05月18日
救命酒
<酒はこれ忘憂の名あり> 親鸞
たびたび酒の話で恐縮です。
行きつけの呑み屋でのこと。
カウンターで、初老の男性と隣同士になりました。
初めてではありません。
何度か、お会いしています。
でも、このところ見かけませんでした。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
僕としては、いたって普通のあいさつのつもりでした。
「久しぶり」 =しばらくお会いしていませんでしたね。
「元気?」 =その後、お変わりありませんか?
という意味です。
なのに、その男性は、こう応えたのです。
「酒が呑めて、よかった。もし、酒が呑めなければ、私は死んでいました」
なんとも意味不明な、ご挨拶です。
でも、お顔を拝見すれば、確かに以前よりやせたような。
顔色も、あまりよろしくありません。
なによりも、声が小さい。
「大丈夫ですか? 何か、あったのですか?」
すると、こう言いました。
「なにもないのです。毎日、何もすることがないのです」
聞けば、いわゆる世間でいわれている 「定年五月病」 のようであります。
定年退職後、毎日家にいるけど、新聞を読んで、テレビを観ること以外にやることがなく、やがて、生きている意味が見いだせなくなり、うつ病のような状態になってしまう。
でも男性は、定年を迎えてからだいぶ経ちます。
以前、お会いした時には、その後も忙しく働いているような話をしていました。
でも今は……
週に2回、臨時職の仕事に出かけるだけだといいます。
「ほかの日は、何をしているんですか?」
「庭を見ています」
「庭?」
「はい」
それはそれで優雅な人生のように思えます。
俳句を詠んだり、詩を書いたりと……
でも違いました。
「庭を見ているとね、死にたくなるんです。このまま死んじゃいたいと」
そして、冒頭のセリフにつながるわけです。
「酒が呑めて、よかった」
男性いわく、週に1回、こうやって、この店に酒を呑みに来ることで、また1週間生き延びられるのだと。
まさにこれ、“救命酒” であります。
でもね、フリーランスで死ぬまで働き続ける僕らにしたら、それって 「ぜいたく病」 ですよ。
老後を心配することなく、潤沢な資金があり、悠々自適な生活を送っている証拠です。
酒よ、酒!
あわれな民は、ここにもいるのですぞ!
我の命も救いたまえ。
働けど働けど、我が暮らし楽にならず。
今日も一人、じっと酒を呑む。
Posted by 小暮 淳 at 11:20│Comments(0)
│酔眼日記