2020年02月11日
源泉ひとりじめ(13) ゴボゴボと音をたてて、良質の湯が吹き出していた。
癒しの一軒宿(13) 源泉ひとりじめ
白根温泉 「加羅倉館(からくらかん)」 片品村
「鹿肉、食うかい?」
本館へ渡る橋の上で、唐突に、そう言われた。
「この山で、近所の猟師が撃ってきたんだ。ふだんは出さないんだけどね、特別だよ」
宿人の指さした裏山は、見上げると、まだ雪深く、森閑としていた。
片品村鎌田から国道120号を日光方面へ向かい、約7キロほど行った丸沼との中間。
赤沢山と日光白根山の加羅倉尾根の谷間を流れる大滝川沿いに、一軒宿はあった。
国道をはさんで、本館と対峙するように古い木造の別館が建っている。
昭和5年(1930) の創業というから、国道のほうがあとから敷地内を通り抜けたことになる。
その別館の2階に、昭和27年に当時、皇太子殿下であった天皇陛下(現・上皇) が御来遊した際に泊まられた部屋が、今もそのまま残されている。
6名以上であれば、宿泊も可能とのことだ。
別館の並びに、一風変わった形をした半地下の建物がある。
ここが浴室だ。
本館の部屋で浴衣に着替え、タオルを手に寒風吹き抜ける国道を渡る。
通りの端で乗用車やバスをやり過ごす間の、なんとも乙なこと……。
旅情があって、実にいい。
浴室棟に上がると、廊下が床暖房のように暖かい。
これは、真下に源泉が湧いているためだという。
360年前に湧き出たという源泉は13本、そのうち現在は4本を使用している。
その湯量は、とにかく圧巻である。
8畳分はある大浴槽からは、あふれ出た湯がかけ流されている。
湯口から打たせを兼ねて注がれる湯を見て、半地下構造になっている意味が分かった。
自噴している源泉を、そのまま動力を使わずに流し込んでいるのだ。
さらに贅沢なことに、シャワーも専用の源泉を1本使用している。
それでも湯が使い切れず、半分は川へ流れてしまっているというから、もったいない話だ。
熱めの湯に浸かり、ポカポカに温まった体で宿にもどると、天然鹿の刺し身が皿に山盛りで待っていた。
滅多に食せない上質の肉は、臭みがまったくなくて実にやわらかい。
なんたる幸せ、至福を存分に味わった。
旅を重ねると、運まで付いてくるようになるらしい。
●源泉名:上乃湯
●湧出量:600ℓ/分(自然湧出)
●泉温:62℃
●泉質:単純温泉
<2005年4月>
Posted by 小暮 淳 at 12:28│Comments(0)
│源泉ひとりじめ