温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2011年02月28日

恐怖の旅館料理

 一般の人たちは、いったい年に何回くらい温泉へ行くのでしょうか?
 (もちろん、日帰り温泉施設は除く。宿泊目的のことです)

 たぶん1~2回なんでしょうね。
 ちょっと温泉好きで、5~6回。かなりの温泉好きな人は、毎月(年12回)行きますかね。
 ま、僕もこの仕事をする前は、家族サービスで年1回の温泉旅行を楽しむくらいでした。

 で、編集や執筆の仕事をするようになってからは、年に5~6回、取材や忘・新年会で行くようになりました。
 が、10年ほど前から、事態は一変しました。
 「温泉」が「仕事場」に、なってしまったのです。

 現在、年に80~100日は温泉地にいます。
 宿泊で換算すると、40~50泊していることになります。
 こうして数字にしてみると、改めて「キツイ仕事だなぁ~」と思うのです。
 でも、周りの人からは、「いいですねぇ。温泉入って、美味しい料理が食べられて」と羨望されるのですが、これも、度を過ぎると良し悪しです。

 温泉ライター駆け出しの頃は、当然、取材経費は持ち出し、または雑誌社および出版社の経費で行ってました。
 もちろん、「取材ですので、1番安い部屋でお願いします。布団部屋でも結構ですよ。料理も、あるものでいいです。取材ですから」と、“取材” を強調して、できるだけ安く経費を上げようと努力していました。
 ですから、夕食の料理だって、それなりの質素なものでした。取材なんですから。

 その頃は、まだ名前も売れていませんでしたから、さすがにタダで泊めてくれる宿はありませんでしたが、なかには理解のある宿もあり、宿泊代は取ってもビール代をサービスしてくれたり、カメラマンと2人で1人分の宿泊料にしてくれる宿もあり、ずいぶんと協力をしていただきました。

 ところが最近は、ちょっぴり事情が変わってきました。
 本を1冊、2冊と出版するうちに、だんだんと名前が知られてしまったようで、サービスが多くなってしまったのです。
 (なに自慢しているんだって、そーじゃないんです。まあ、話の続きを聞いてください)

 宿泊を無料にしてくださることは、大変助かります。
 少ない経費の中で、取材を続けているのですから。
 でも、過剰なサービスは、いけません。
 等身大の取材ができなくなってしまうのです。
 (TVの旅番組で、タレントが1番いい部屋に泊まり、最高級の料理を食べるような)

 「いゃ~、お待ちしておりました。さあさあ、どうぞどうぞ、こちらへ」
 取材なのに、最近はお客様並みに待遇がいいのです。
 でも接客待遇がいいのは、喜ばしいことです。
 昔は、取材申し込みの電話を入れても 「うちはいいよ!(ガチャン)」 なーんてザラでしたからね。

 でも、それ以外の特別待遇は、苦痛を伴います。
 露天風呂付きの高級な部屋に通されたり、社長や女将が食事の時も付きっ切りだったり、板長や料理長が出てきて料理の説明を始めたり、以前のように自由に取材ができない場合が多々あるのです。
 何より、1番の苦痛は、料理の量です。

 いい記事を書いて欲しくて、最上の料理を出すのでしょうが、僕はほとんど料理には触れないのですよ。
 時に、おばあちゃん手打ちの「おっきりこみ」や手作りの「こんにゃく」、ご主人が釣って来たヤマメやイワナなどの食材については書くことがあっても、豪華な旅館料理について触れることはありません。

 おかげで、取材から帰ると、決まって2kg以上体重が増えてしまいます。
 同行のカメラマン氏も同様です。
 「イカンですなぁ」「イカンですよ~」と言いながらも、ペロリと平らげてしまうのですから……


 と、いうことで、取材前は必ず、2kgのダイエットをしてから出かけます。
 昨晩、体重計に乗ったら2.3kgの減!

 これで明日からの取材旅行へ、心置きなく出かけられるというものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:14Comments(2)温泉雑話

2011年02月27日

いで湯伝説② 「日本武尊」

 温泉発見伝説は、大きく分けて2つあります。
 「人物」と「動物」です。
 ま、動物の発見伝説も結局は、それを見つけたマタギや村人たちが伝えたものですから、すべて人間ではありますけど……

 温泉発見者の「御三家」と呼ばれる人たちがいます。
 全国では多少メンバーが異なりますが、群馬県では、特にこの3人が有名です。
 「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」「弘法大師(空海)」「源頼朝」。

 弘法大師=法師温泉や川場温泉、源頼朝=沢渡温泉や草津温泉などが有名ですが、今日は最も伝説の古い、日本武尊に触れたいと思います。


 日本武尊は古代伝説上の英雄ですが、群馬には馴染みの深い名前です。
 この人の名前を聞いて(見て)、群馬県民が真っ先に思い浮かべるのが「武尊山(ほたかさん)」です。
 こんな伝説があります。

 日本武尊が東国征伐の折に、武尊山に登り、奥利根の山々の美しさを愛でたといいます。
 ところが、この山を登ったことにより、極度の疲労を覚え、余病を発してしまいます。
 お供の者たちは手当てをしようとしましたが、深い山の中では手のほどこしようがありません。
 途方に暮れていると、はるか下界の谷間より、1羽の白い鷹(たか)が空高く舞い上がり、天空で輪を描きました。
 不思議に思って谷間を覗き込むと、湯けむりが立ちのぼっています。
 「これも神明のご加護か!」
 と、お供たちは喜び、日本武尊を霊泉まで案内しました。
 そして、湯につかると病はただちに全快して、また旅をつづけることができたと伝えられています。

 この湯が、宝川温泉(みなかみ町)です。
 古くは、「白鷹の湯」と呼ばれていました。
 現在でも、宝川温泉へ行くと、温泉発見の始祖として、日本武尊像が祀られています。
 かたわらにいる白鷹が、なんとも可愛らしいのです。


 草津温泉にも、日本武尊伝説が残っています。

 やはり東国征伐での帰途のこと。
 大和へ帰る途中、信濃へ越えるとき、草津白根山へ登りました(山登りがお好きなようです)。
 山頂に立ち、足下の雲海を見て、相模の荒海に消えた妃、弟橘姫(おとたちばなひめ)のことを思い出し、
 「吾嬬者耶(あづまはや)」<ああ、愛しい妻よ~>
 と嘆き悲しみ、流した涙がこぼれ落ちたところに湯が湧いたと伝わります。

 「吾妻」や「嬬恋」の地名も、たぶん、日本武尊伝説から来ているんでしょうね。


 湯の湧くところに、伝説あり。

 掘削技術の進歩により、ボーリングをして湧いた温泉には、ないものです。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:38Comments(3)いで湯伝説

2011年02月26日

民話に魅せられて

 僕はライターですから、常に取材対象となる被写体を追いかけています。
 時にそれは、アジアの国々であったり、小さな離島であったり、10年くらい前からは温泉をテーマに取材活動を続けています。
 実は、それ以前から追いかけているテーマの1つに、“民話” があります。

 現在、民話をテーマにした仕事(連載) は2つ。
 1つは、高崎市のフリーペーパー「ちいきしんぶん」に、不定期ですが 『民話と伝説の舞台』 というエッセーを連載しています。
 これは、荒唐無稽な民話や伝説の舞台を探し、何百年と経った現在でも実存する場所・物・人(子孫や末裔)にスポットを当て、史実と照らし合わせながら検証するというシリーズです。現在、第8話まで連載されています。
 (※当ブログ「お気に入り」にて、バックナンバーの閲覧ができます)

 もう1つは、6年前から毎年発行している民話カレンダー 『ぐんま 伝説の風光』(財団法人 放射線利用振興協会) です。
 これは、群馬県内の伝説や民話の中から、僕が風光明媚な舞台のある話を探し、指定した場所へカメラマンが行って撮影をするというもの。もちろん、カレンダーですから、それはそれは美しい写真ばかりですよ。
 この写真に、僕が民話や伝説の解説コピーを書いています。

 ちなみに今年(2011年版) のカレンダーは……

 ●1月~2月  『赤城姫の伝説』  写真/赤城山・大沼(前橋市)
 ●3月~4月  『花電車に化けたタヌキ』  写真/東武鉄道(太田市)
 ●5月~6月  『女堀と桜姫』  写真/赤堀花しょうぶ園(伊勢崎市)
 ●7月~8月  『強清水の滝いわれ』  写真/強清水の滝(沼田市)
 ●9月~10月  『岩神の飛石』  写真/岩神稲荷神社(前橋市)
 ●11月~12月 『草津開湯伝説』  写真/草津白根山・湯釜(吾妻郡草津町)


 で、今日は、僕がいつも資料でお世話になっている民話本をたくさん世に送り出している、群馬の民話研究家の第一人者であり、現・群馬社会福祉大学講師でもあられる、酒井正保先生の講演を聴きに行ってきました。

 もう、この日を待ちに待っていたのですよ。
 あこがれの先生にお会いできて、じっくり講義を受けられるなんて!
 それも、会場が我が家から自転車で行ける隣町の「上川淵公民館ホール」だったのです。

 演題は 『上川淵の民話を訪ねて~民話が教えてくれたもの~』

 いやー、素晴らしかった!
 先生のお歳は、略歴によれば、今年で82歳とのことですが、そのかくしゃくとしていること!
 声も良く通り、話もユーモアに富んでいて、間の取り方も絶妙でした。
 さらに、身振り手振りのボディーパフォーマンスも見事で、聴講者は先生の話にクギ付けでした。

 前半では「神話」と「伝説」と「民話」の違いについてや、人間の生き方を教えてくれる民話の大切さを話され、後半では上川淵地区に残る民話を5つも朗読してくださいました。

 民話についてだけではなく、同じく講演をする者としても、その話術に学ぶものが多く、大変勉強になりました。

 先生、いつまでもお元気で、これからも素晴らしい民話の世界を伝承してください。
 本当に、今日はいい一日でした。

 今晩は、酒井先生の本を開きながら、美酒に酔いたいと思います。
    


Posted by 小暮 淳 at 18:23Comments(2)講演・セミナー

2011年02月25日

4月からラジオ番組担当


 縁とは、異なもの不思議なものです。

 NHK-FM放送局から連絡があり、「ラジオ番組を担当してくれませんか?」との依頼がありました。
 先月4日に出演した『たすきでつなげ群馬の力』の「温泉の力」の評判が良かったようです。

 思えば、NHK放送局からラジオ出演の話をいただいたのは、昨年の暮れでした。
 出演依頼のきっかけは、僕が温泉の本を出版していることと、関連企業であるNHK文化センターで温泉講師をしているからでした。

 でも3年前に、その温泉講師の話が舞い込んだのは、高崎市のフリーペーパー「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に記事を連載していたから。文化センターの現在の僕の担当者が、偶然にも僕の読者だったのです。
 ところが「ちいきしんぶん」に連載していたのは、温泉記事ではありませんでした。
 『里山をゆく』 と題したハイキング記事です(後に上毛新聞社から『ぐんまの里山 てくてく歩き』 と改題して出版されました)。

 だから最初に文化センターから連絡をいただいたときは、「ハイキング講座の講師をしていただけませんか?」とのことでした。
 まー、山登りは僕の完全なる趣味ですし、本格的にやってことがありませんので、お断りしたのです。
 そしたら 「小暮さんは、温泉にもお詳しいですよね? 一度、お会いできませんか?」 という運びになり、温泉講座の講師を務めることになったのです。

 よって、僕が「ちいきしんぶん」で 『里山をゆく』 を連載していなければ、今回のようにラジオ番組を担当する話も来なかったわけです。
 実に、縁とは不思議なものです。

 さらに、なぜ、「ちいきしんぶん」に 『里山をゆく』 を連載することになったか……
 このいきさつについては、『ぐんまの里山 てくてく歩き』(上毛新聞社刊) に書きましたので、そちらをお読みください。


 いくつもの出会いと、いくつもの偶然。
 それらの積み重ねによって今が存在するのだと、たくさんの人たちの支えにより自分が存在しているのだと、つくづく痛感しています。

 しかし、すべてが偶然の上に成り立っているとは、思いません。
 こんな言葉も、思い浮かぶのであります。


 『幸運は、準備していた者に訪れる』


 やはり、日々、精進なのですな。


 ラジオ番組のタイトル等は、まだ決まっておりません。
 4月から月1回、20分番組を1年間オンエアするとのことです。
 詳細が分かりましたら、このブログでも公開いたします。

 もちろん、話のテーマは「群馬の温泉」です!
  


Posted by 小暮 淳 at 15:12Comments(4)温泉雑話

2011年02月24日

元気21で講演します。

 今日は午後から「前橋プラザ元気21」へ、会場の下見を兼ねて打ち合わせに行ってきました。
 5月に講演を依頼されているものですから。

 依頼主は、「明寿大学悠々クラブ」という高齢者学習団体です。
 現在、330名のクラブ員がいるとのこと。
 僕は、平成23年度学習講座の第1回目の講師をすることになっています。
 講義テーマは、『群馬の温泉宿』 。

 約束の時間に3階の前橋市中央公民館へ行くと、会長の馬場信昌さんが出迎えてくださいました。
 馬場さんとは、初対面ではありません。
 実は、馬場さんは、昨年の僕の温泉講座 「小暮淳と行く ぐんま温泉探訪」(前橋カルチャーセンター) の受講生なのです。
 なんでも講座が、とっても楽しかったとのことで、「自分が会長をしているクラブでもセミナーを開くので、ぜひ講演に来てください」と、昨年の夏に電話をいただいたのでした。
 今日も会うなり、第一声が「昨年の温泉講座が楽しくって」と、薬師温泉へ行ったときの思い出話から始まりました。

 会場は、3階の多目的ホールでした。
 ステージに上がり、演台やホワイトボード、マイクとマイクスタンドの確認、それと公民館職員立会いのもとCDプレーヤーの音響チェックをしました。
 当日は、2時間(途中休憩あり)というロングな講演になります。
 後半は、ダレないようにと、結局 『GO!GO!温泉パラダイス』 のカラオケを流して、聴講者200人と大合唱をすることになったのです。

 当日、会場では拙著の書籍販売もしてくださるとのこと。
 うれしい限りです。

 65歳以上の高齢者が対象とはいえ、今の60代、70代は昔と違って若いですからね。
 自分で運転して、温泉地へだって、どんどん訪ねて行きます。
 そんな、時間とお金のある高齢者たちに、群馬の温泉の魅力をもっともっと知ってもらって、1つでも多くの温泉へ訪ねてもらいたいものです。
 これぞ、群馬の温泉の活性化の基でありますぞ!

 微力ながら、今年も自称「温泉大使」として、県内外へ向けて、群馬の温泉をPRしていきたいと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:45Comments(2)講演・セミナー

2011年02月23日

夢をあきらめないで

 先日、後味の悪いTVドラマを見ました。

 主人公は50代の中年男性。
 若い頃、バンドを組んでいて、ヒット曲もありました。今は、しがないサラリーマンですが、突然のリストラ。そして奥さんにも離婚を言い渡されてしまいます。
 そんな折、昔のバンド仲間が自殺をしてしまいます。
 彼から見たら、出世もしていて、仕事も順調で、誰よりも順風満帆に生きている人生の成功者に写っていた友人でした。
 葬式の席で、友人の奥さんから「主人は、本当は音楽を続けたかった」のだと告げられます。
 そして生前、こんなことを話していたと……

 「一番大切なものをあきらめてしまった人間は、その後の人生で、我慢することを覚えてしまうんだ。僕は人生の失格者だ」


 イコール、「死」というもの短絡的過ぎるような気もするのだが、言っていることは、実に良く分かるのです。
 僕は、その真逆の人生を歩んでしまった人間だからです。
 あきらめ切れないがゆえに、我慢もできない生き方を選んでしまいました。

 10代の頃、将来なりたかった夢は、3つありました。

 1番は、作家。
 2番は、役者。
 3番は、ミュージシャンです。

 若かったし、自信もなかった僕は、3番目になりたかった夢に飛びついてしまいました。
 結果、レコードデビューしたものの、鳴かず飛ばず、そして売れず。夢敗れてしまいます。

 では、役者になろう! と無謀にも劇団に入りましたが、ステージ上でケガをしてしまい、根性もなくて断念してしまいます。

 残る夢は、1番なりたかった「作家」しかありません。
 でも、1番なりたかった夢にたどり着くには、とてつもない時間がかかるだろうと思いました。
 年齢も三十路に近づいていました。
 人生のターニングポイント、決断を迫られます。

 最後の夢は、追い出したら、もう、あきらめられないのです。
 後もどりも、途中下車もできません。
 そして、出した結論が……

 “叶うまで、続ける” でした。

 今、こうして、まがいなりとも、物書きの端くれとして生きていられるのも、「あきらめなかった」からだと思うのです。


 今日、さる婦人から相談を受けました。
 知り合いの男性が、40歳にして突然、サラリーマンを辞めて、若い頃からの夢だったカメラマンへ転職したといいます。
 それも、妻子を残し、単身で夢を追い出したようです。
 当然、素人が始めて、すぐに飯が食えるほど、世の中は甘くありません。
 「小暮さんから彼に、何か助言をお願いします」とのことでした。

 とても難しい相談です。
 僕自身が、まだ夢の途上なのですから……
 ただ、1つだけ 「覚悟をするように 」と告げました。

 この世界は、“石の上にも10年” かかります。
 それでも食えるようになれるか、分からない世界です。
 彼のスタート年齢を考えると、相当の覚悟が必要だと思うのです。

 でも、たった一度の自分の人生じゃありませんか!
 我慢しながら生きて、「俺の人生、こんなはずじゃなった」と死ぬ前に後悔するよりは、自分の力をすべて出し切って、その結果を受け止める人生のほうが、何百倍も幸せだと思うんですよね。


 今日は帰り道に、若い頃に読んだ山本有三の 『路傍の石』 の一節を思い出しました。

 「たった一度しかない一生を
  ほんとうに生かさなかったら
  人間に生まれてきたかいが
  ないじゃないか」
   


Posted by 小暮 淳 at 17:22Comments(6)つれづれ

2011年02月22日

新講座 『探訪!ぐんまの小さな温泉』

 おまたせしました!
 NHK文化センターの新講座 『探訪!ぐんまの小さな温泉』 の一般受付が昨日より開始されました。
 昨日の朝刊にB3判の大きなチラシが入ったので、ご覧になった方もいるかと思います。

 ・電話受付  2/21(月) 10:00より受付開始
 ・窓口受付  2/22(火) 10:00より受付開始

 僕が講師を務めるこの温泉講座も、早いもので3年目になります。
 今年は、講座名を見てもお分かりのように、拙著 『群馬の小さな温泉』 を教本として、掲載されている温泉を訪ねます。


 <以下、講座案内より>
 群馬県内約90の温泉のうち、8割が10軒にも満たない小さな温泉です。聞いたことがあるが訪ねたこともない、入浴したこともない温泉を、同名の書籍の著者の案内で訪ね、一日ゆったり過ごします。

 ●講  師/フリーライター 小暮 淳
 ●講座日/4月~9月 第4火曜日
 ●定  員/22人 (小型バス利用)
 ●受講料/4月~9月 (6回)  18,900円 (バス代等別途)


 この講座は、とても人気の講座で、毎年継続される受講生が多いため、開講中は常にキャンセル待ちの状態です。
 若干名の空席が出る、年度替えの今がチャンス!
 運が良ければ、あなたも受講できるかも!


 本年度の講座日程は、下記のとおりです。

 ・4月26日  上牧温泉 「辰巳館」(みなかみ町)
 ・5月24日   沢渡温泉 「まるほん旅館」(中之条町)
 ・6月28日   湯宿温泉 「湯本館」(みなかみ町)
 ・7月26日   霧積温泉 「金湯館」(安中市)
 ・8月23日   尻焼温泉 「関晴館」(中之条町)
 ・9月27日   赤城温泉 「赤城温泉ホテル」(前橋市)

 ■申し込み・お問い合わせは
   NHK文化センター前橋教室 TEL.027-221-1211
   (群馬県前橋市大手町1-1-1 群馬県昭和庁舎3F)
    


Posted by 小暮 淳 at 11:53Comments(0)講座・教室

2011年02月21日

朝日新聞の反響 ②

 朝日新聞に連載の初回が掲載されたのは、今月の9日です。
 すでに2週間近く経つというのに、反響の波紋が広がっています。

 今までだって、新聞や雑誌に連載したり、講演やライブの様子が記事になったりしていますが、そんなに面と向かって声をかけられることはありませんでした。
 でも、今回はちょっと違います。

 昨日も、けやきウォーク(前橋市の大型ショッピングモール)内を歩いていたら、突然、白髪まじりの中年男性から声をかけられました。
 「ジューン!」
 びっくりです。見知らぬオッサンに、しかもファーストネームで呼び止められたんですよ!

 僕のことを名前で呼ぶ人は、限られています。
 その中から「淳ちゃん」とか「淳さん」と “ちゃん”“さん” を付けて呼ぶ人たちを除けば、「ジュン」と呼び捨てにする人は、もう、ほんのわずかな人たちです。
 家族か、同級生です。
 それも中学時代ではありません。高校の同級生のみです。

 「おお、久しぶり!」
 と、とりあえず返事をしておいてから、僕の思考回路は高校時代の同級生名簿を検索しました。

 あった!

 その垂れた目、にきび面、声のトーン、すべてが照合され、高3のクラスメートだったK君と判明。
 外見はオッサンですが、まさしくK君であります。

 しかし、しかしですよ。高校を卒業してから34年が経っているのですよ。
 なぜ、人ごみの中で、僕と分かったのでしょうか?

 「よく、分かったねぇ?」
 それが僕が発した次の言葉でした。
 すると彼は、
 「だって、この間、新聞に出ていたじゃないか!」

 えええええーっ、それだけで、僕を見つけたの~~~!

 かたわらには、奥様と娘さんがいて、買い物の途中だったようです。
 別れ際、「連載、楽しみにしていますね」と奥様にあいさつされ、なんだか複雑な思いで、その場を後にしました。


 いえいえ、それだけじゃ、ありません。
 先週は医者へ行き、定期健診を受けているときに、突然、ドクターから
 「そういえば、新聞に連載が始まりましたね」
 と言われて、これまたビックリ仰天!

 その足で薬局へ行っても、薬剤師の方から「新聞、見ましたよ」と声をかけられる始末です。

 恐るべし、朝日新聞!


 僕ができることは、読者のみなさんの期待を裏切らないように、記事を提供し続けることだけです。
 ちょっぴりプレッシャーを感じますが、より良い記事になるよう、頑張りたいと思います。

 ※ちなみに次回、第2回目の掲載は明後日、2月23日(水)の朝刊です。
   


Posted by 小暮 淳 at 16:44Comments(2)執筆余談

2011年02月20日

四万温泉 「叶屋旅館」

 四万温泉協会の事務所へ行くと、ロビーに大きな吊るし雛が下がっています。
 協会事務所だけじゃありません。
 立ち寄り湯の「清流の湯」にもあります。

 四万温泉へ行くたびに、吊るし雛を見る機会が増えました。
 最近は、各旅館の女将さんたちも作って、玄関やロビーに飾り始めています。
 四万の温泉街が、日に日に華やかになっています。

 これは3月3日の「ひな祭り」に向けて、協会の呼びかけにより、温泉街を吊るし雛で飾ろう!というイベントなのです。
 で、その立役者とも言うべき人物が、「叶屋(かのうや)旅館」の初代女将、山口秀子さんです。
 現在、山口さんの指導のもと、四万温泉の女将さんたちが、吊るし雛の作り方を教わっています。


 「叶屋旅館」は、四万温泉の中でも奥の方「ゆずりは」地区にあります。
 宿の創業は昭和48年ですが、それ以前は「新湯(あらゆ)」地区で洗濯屋を営んでいました。
 洗濯屋も旅館業も、すべて女将が始めた仕事です。
 現在の場所へ移転したのは50年代だといいます。

 さすが、吊るし雛作りの師匠のいる旅館です。
 ロビーには、息をのむほどの色鮮やかな吊るし雛が天井から下がって、客人を出迎えます。
 その数、800個!

 2年前の隠居と同時に、「何か人が喜ぶ趣味を持ちたい…」と独学で始めたのがきっかけだそうです。
 現在は、老人ホームなどに寄贈したり、もちろん旅館でも販売しています。

 御歳81歳とは思えぬ、いきいきとした話し方をされます。
 「これはね、女の子の魔除けになるのよ。お守りにって、買って帰る人が多いわ。どうぞ、差し上げますよ」
 と、可愛い吊るし雛を1つと、今年の干支にちなんだウサギのお内裏様とお雛様をいただきました。

 今、我が家のリビングのTVの前で、こちらを向いて、ちょこなんと座っています。

 ただ湯を訪ねるだけではなく、温泉地に生きる人たちの素顔を丁寧に取材したいと思います。  
    


Posted by 小暮 淳 at 17:51Comments(0)温泉地・旅館

2011年02月19日

新講座 『湯けむり散歩』

 4月より前橋カルチャーセンターにて、新講座が開講します。
 昨年度の 『小暮淳と行く ぐんま温泉探訪 ~名湯・秘湯をめぐる~』 に続く、シリーズ第2弾です。

 今年度のタイトルは…
 『小暮淳と行く 湯けむり散歩 ~温泉めぐり&健康ウォーク』 です。

 もちろん、「小暮淳と行く」は、僕が付けたタイトルではありませんよ。
 なぜかカルチャーセンターさんは、タイトルの頭に、講師の名前を付けたがるのです。

 今回は、県外の名湯へも足を延ばします。
 それと、僕が 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 というウォーキング本を出版したこともあり、温泉めぐりにウォーキングを絡めて欲しいとの要望があり、温泉地や周辺名勝地の散策もプラスしました。
 なかなか贅沢な企画であります。

 ちなみに、4月~7月の予定温泉地は、以下のとおりです。

 ■4月  「野沢温泉」(長野県)
 ■5月  「鬼怒川温泉」(栃木県)   
 ■6月  「越後湯沢温泉」(新潟県)
 ■7月  「法師温泉」(群馬県)
 ※内容は変更になることがあります。

 開講にあたり、3月31日(木) 14:00~ 無料説明会を開きます。
 無料説明会終了後から受付を開始します。


 『小暮淳と行く 湯けむり散歩 ~温泉めぐり&健康ウォーク~』
 ●講座日/4月~7月の毎月木曜日(第1~3、月によって変わる)
 ●受講料/10,500円(全4回) ※バス代・昼食代等は別途

 詳しい内容は、3月3日(木)の新聞折り込みをご覧ください。
 無料説明会は事前にご予約ください。


 ■詳細のお問い合わせは……
 前橋カルチャーセンター(けやきウォーク前橋2F)
 TEL.027-223-5121
   


Posted by 小暮 淳 at 15:14Comments(0)講座・教室

2011年02月18日

松の湯温泉 「松渓館」


 今日は、新聞連載の取材で、松の湯温泉「松渓館」へ行って来ました。

 松の湯温泉って、どこにあるかご存知ですか?
 中之条方面から国道145号で行くと、話題の八ッ場(やんば)ダム騒動に揺れる川原湯温泉の手前、川中温泉へ行く途中に一軒宿はあります。

 「松渓館」を訪ねるのは、今回で3度目です。
 初めて行ったのは、25年前の夏のこと。新婚当時に、新妻だった家内と泊まったことがあります。
 (と、いうことは今年は銀婚式ですな。新妻も、古女房に化けました)

 2度目は、2年前に本の取材で訪ねています。
 今日は、久しぶりに会った4代目女将の小池すみ子さんと、思い出話から始まり、大いに盛り上がりました。

 とにかく、ここの湯は、良いんですよ。
 僕の好きな群馬の湯の10指に入りますね。

 何がイイかって、まず湯量が凄い!
 裏山の中腹から毎分100リットルの湯が湧き出しているのですが、宿では70リットルしか引き入れていません。
 なぜか?
 その理由が、また凄い!

 女将いわく
 「全部引き入れると、浴室が脱衣場まで水浸しになってしまうのよ」

 今日は、その源泉の湧出地を見せてもらいました。
 宿の裏山、といっても、かなり急な山道を登ります。
 ちょうど宿の屋根を見下ろす真上に、石に囲まれた泉源はありました。
 昔は、ここに露天風呂があったそうです。

 湧出口には鉄板の蓋がしてありましたが、使いきれない分(毎分30リットル分)の湯が、あふれ出ています。
 硫黄の成分でしょうか、乳白色の析出物が山肌を流れる湯の道筋に付着しています。
 かすかに硫黄臭もしました。

 自然湧出した湯は、そのまま動力を一切使わずに、浴槽まで流下されます。

 「松渓館」の浴室は、内風呂がたった1つです。
 男女別の浴槽はありません。宿泊客が部屋ごとに貸切で使用します。
 いいですねぇー!
 “浴槽は小さければ小さいほど良い”という僕の持論に叶った理想の浴槽です。
 だもの、3割の湯を川に逃がしても、浴槽からあふれ出る湯の量は、まさにナイヤガラの滝状態!

 僕は、ここ以上のオーバーフローは見たことがありません。

 「うわ~っ! 凄い湯の量ですねー!」
 と、同行のカメラマン氏も浴室へ入るなり、絶叫しました。

 さらに、ここの浴槽の凄いところは、湯口(湯の注ぎ口)が見当たらないところ。
 なのに湯が浴槽の縁から、ゴーゴーと音を立てて流れ出しているのです。
 もう、お分かりですね。
 湯床から噴き上げているのです。
 山肌を滑り落ちてきた湯が、加速をつけて、一気に浴槽の底から湧き上がります。
 その水圧も凄い!

 泉質は、カルシウム-硫酸塩温泉
 泉温は、32.4℃
 
 加温されることなく、そのまま流し入れられた、これぞ正真正銘の“源泉かけ流し”です。
 しかも、自然流下!
 正しい温泉の模範のような温泉であります。

 体温より低い“ぬる湯”であります(40℃に加温した浴槽もある)。
 ジーッとして入っていると、やがて体中が小さな気泡の粒にまみれるのです。
 自然の力がみなぎっている、野生の湯であります。
 湯力(ゆぢから)を感じます。

 かのTVチャンピオン3連覇を達成した、温泉研究家の郡司勇さんが、2回も訪ねて来た湯であります。

 群馬の温泉の底力を思い知らされる、絶品の湯ですぞ!
   


Posted by 小暮 淳 at 22:05Comments(2)温泉地・旅館

2011年02月17日

月夜野温泉 みねの湯 「つきよの館」④


 月夜野温泉「つきよの館」のホームページがリニューアルオープンされました。

 何でそんなことを、このブログで宣伝するのかって?
 はいはい、別に特定の温泉旅館をえこひいきしているわけでは、ありませんよ。
 実は、このホームページに僕が登場しているのです。
 (いきさつは、12月10日の当ブログ<月夜野温泉 みねの湯「つきよの館」③>をご覧ください)


 女将さん、スタッフのみなさん、おめでとうございます。
 とっても素敵な、そして「つきよの館」らしい、あったかいホームページですね。
 「つきよの館」の魅力が、いっぱい詰まっています。

 で、やっぱり、このホームページの目玉は、なんと言っても、僕の入浴シーンでしょうかね!
 お気に入りの特等席(月夜野盆地を見下ろす湯舟)で、気持ち良さそうに湯を浴んでいますよ。
 みなさんも、同じ場所で、ぜひ絶景の湯浴みを体験してみてください。

 さらに、ホームページでは、僕の著書も紹介されています。

 本の写真と一緒に、こんなエピソードが添えられていましたよ。

 <以下、抜粋>
 『ぐんまの源泉一軒宿』の著者、小暮淳さんも毎年のように訪れ 「窓から見える棚田と鎮守の森が作るのんびりとした里山の風景に、心が洗われるようで大好きです」と窓辺の時間をゆっくり楽しんでいかれます。


 湯はアルカリ性単純温泉(自家源泉)。
 美肌効果抜群で、湯上りは、ツルツル、モチモチの美肌になりますぞ!
 その証拠に、女将の肌はツルツル、モチモチです(触ったことはありませんが、見た目はそうです)。

 僕は風呂上りに、夕景を見ながら生ビールを飲むのが定番。
 特に、遠くの山々の稜線をシルエットにして、緋色に燃え上がる夕焼け美は、息をのむ絶景であります。
 見ていると、その神々しさに、涙が出そうになるくらい。
 僕が知るかぎりでは、「群馬三大夕景」の1つでしょうなぁ。

 女将さ~ん、今年もまた行きますよ!
 また、一緒に飲みましょうね。


 ※「つきよの館」ホームページ minenoyu.com/
   


Posted by 小暮 淳 at 16:19Comments(2)温泉地・旅館

2011年02月16日

四万温泉 「山ばと」

 またまた昨日から、四万温泉に泊り込んでの取材活動でした。

 昼に前橋を出る頃には、すっかり雪も止んで、青空が広がっていましたが、さすが四万は山の中です。
 中之条までは出ていた太陽も、四万川をさかのぼるにつれて、雪が舞い出しました。
 温泉街に着くと、そこは完全なる雪国。
 四万温泉の四季を撮り続けているカメラマンは、大喜びでシャッターを切っていました。

 今回は、四万温泉の中でも、奥の地区を回りました。
 戦後になって誕生した新しい温泉街「ゆずりは」地区と、四万温泉の発祥伝説が残る「御夢想(ごむそう)の湯」がある最奥の「日向見(ひなたみ)」地区です。
 日向見には、国指定重要文化財(かつては国宝だった)の「日向見薬師堂」があります。

 昼間、雪の中の取材を終えて、昨晩は日向見地区にある湯の宿「山ばと」に泊めていただきました。

 「山ばと」に泊まるのは初めてなのですが、2代目女将の山口良子さんにお会いするのは2度目です。
 しかも10年ぶりであります。
 2000年の10月に開催された 『探四万展(さがしまてん)』(四万温泉協会主催) のシンポジューム会場(中之条ツインプラザ) でパネリストと女将さん会代表としてステージでご一緒しました。

 「山ばと」は小さな旅館です。
 女将の “旅館の概念を変えたかった” という発案から、3年前に旅館の1階にダイニング「楽庵」をオープン。
 旅館でありながら、一般客もランチとディナーができる経営に切り替えました。

 「ここは薬師様の参道なのに、休憩できる店がないのよ。だったら私が!って、ね」
 10年前と変わらぬ活発なお方です。見た目もまったく変わっていません。
 いったい、あの時は何歳で、今は何歳なのか、年齢不詳の不思議な女性であります。

 夕食は、囲炉裏で山の幸を焼きながら、カメラマン氏と仕事の成功を祈って「カンパーイ!」。
 僕もカメラマン氏も、ビールは最初の1杯だけで、すぐに日本酒へ切り替えるタイプです。
 今回も、地酒を注文。
 キーンと冷えた純米吟醸酒が登場!

 『四万の一雫』

 蔵元は、僕の大好きな牧野酒造さんですから、味は間違いありません。
 でも、あれれれれ……?
 ラベルに見覚えがありますぞ!

 我らが友人のアクリル画家、須賀りすさんの絵ではありませんか!
 みなさんも、良く知っている「人には教えたくない温泉があります」というコピーのポスターでお馴染みの、あの四万温泉俯瞰図です(確か、群馬県知事賞を受賞しました)。
 さっそく写メールにて、彼女に送ってやりました。

 りす画伯は他にも「中之条小町」など、中之条町や四万温泉を題材にした絵を、数多く描いている作家です。
 四万温泉「四萬館」には、彼女のギャラリーも開設されているので、ぜひファンの人は足を運んでやってください。


 風呂は内風呂が2つと、露天風呂が1つ。3つとも貸切風呂です。
 浴室へ向かう階段で、若いカップルとすれ違いました。
 「いいですなぁ~、羨ましい」と心でつぶやきつつ、僕の目線はカメラマン氏へ。

 オヤジです。
 しかもヒゲ面です。
 仕事とはいえ、オヤジ2人の貸切風呂ですよ。

 撮影もそこそこに切り上げ、部屋に戻り、飲みなおしたことは言うまでもありません。
  


Posted by 小暮 淳 at 22:00Comments(3)温泉地・旅館

2011年02月14日

赤城温泉 「赤城温泉ホテル」③

 今日は朝からお迎えが来て、赤城温泉まで行って来ました。

 お迎えに来てくださったのは、高崎市のフリーペーパー「ちいきしんぶん」のY編集長さんであります。
 オイラもエラクなったもんですな~。編集長直々の送迎であります。
 (本当は、ただ単に、我が家回りの方が近いというだけの理由です)

 今回は、正月号で、僕の口利きにより読者プレゼントをいただいたので、そのお礼かたがた、取材も兼ねての訪問です。

 いやいや、同じ赤城山南面でも、赤城神社から先は、バリバリに雪が残っていましたよ。
 10代目若女将の東宮香織さんによれば、「先週ドカ雪が降り、30センチも積もった」とのことです。
 若主人の秀樹さんが「いやぁ~、小暮さん、いつもお世話になります。すいませんが私は、外仕事がありますので……」と言って、完全防寒着姿で、雪かき&氷かきへ出かけていきました。

 以前、このブログでも書きましたが、秀樹さんは、僕の“はとこ”であります。
 僕の母方の祖母が、ここの生まれで、先々代の8代目主人と姉弟なのです。
 ま、我が一族ルーツの湯であります。

 「赤城温泉ホテル」を訪ねるのは、昨年の4月以来ですから、10ヶ月ぶりになります。
 今日も、元気一杯の若女将と、ストーブの前でコーヒーを飲みながら談笑。
 彼女は、とにかく明るくてユーモアがあって、まさに女将職が天職のような女性です。
 さぞや、ご先祖様たちも 「いい嫁が来た」と喜んでいることでしょう。

 彼女は、実に発展的で、アイデアウーマンでもあります。
 3年前にリニューアルオープンさせた別館「あづまや」には、彼女の創意工夫がいっぱい詰まっています。

 『赤ちゃんプラン』 も、その1つ。
 子育てを経験した母親としてのアイデアであります。
 要は、子育てからママを解放してあげよう!という宿泊プランです。
 赤ちゃん同伴でも、不自由なく泊まれるように、赤ちゃんグッズを揃えてありました。

 たぶん、群馬県内では、初の試みでは?

 「温泉=中高年」ではありません。
 「温泉=若者」でもありません。

 「すべての世代に、温泉へ来てもらうために」と、若女将は言います。

 今まで、一番温泉とは無縁だった、“子育て世代” にスポットを当てたことは、業界に大きな一石を投じたのではないでしょうか。


 すべての世代に温泉を!

 また新しい温泉の未来を発見しました。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:27Comments(5)温泉地・旅館

2011年02月13日

ブログ開設1周年


 おかげさまで本日、このブログを開設してから丸1年を迎えました。

 いやいや、1年なんて、本当にアッという間なんですね。
 昨年の2月13日に1回目を書き出して、昨日が343回でした。
 よくぞ、飽きもせず、毎日書いてきたものです。
 (さすがに、出張取材中は書けませんでした)

 まずは、このブログを読んでくださっている読者の皆さまへ、お礼を申し上げます。
 1年間、お付き合いをいただき、ありがとうございました。

 少しは、楽しんでいただけましたか?
 何かの足しになったでしょうか?
 温泉のことが、以前より好きになりましたか?

 いえいえ、1日の中のほんの数分でも、手を止めて、閲覧していただいているだけで、十分にありがたいのです。
 ライターなんて、文章を書いてナンボ。読まれてナンボの仕事です。
 たとえブログでも、日々、発信し続けられたこと。また、それを受け入れてくれる方々が、こんなにもたくさんいてくださったことに、ただただ感謝しております。

 思えば、はじまりは、1年以上前にさかのぼります。

 「グンブロ」の担当者から、「小暮さん、ブログ書かない?」と、会うたびに再三、再四と声をかけていただいていたのです。
 が、当方は、根っからのアナログ人間で、パソコン音痴なのであります。

 ライターになろうと思ったいきさつからして、設備投資費がかからないのと、原稿用紙と鉛筆があれば開業できるアナログ職業だからです。執筆にワープロを使用したのだって、独立してからだいぶ経ってからでした。
 「小暮さん、原稿用紙だと、うちのオペレーターが打ち直さなくちゃならんのよ。できたらワープロ買って、フロッピーで入稿してくれると助かるんだけどなぁ~」と編集者に言われて、渋々購入したのでした。

 当時のワープロって、高かったんですよ!
 いくらしたと思います?
 20万円ですよ、20万円!
 だもの、早く仕事で元を取ろうと、一生懸命に覚えましたよ。
 ついでに、あんまり悔しいから、エッセイを1本書いて、出版してやりました。
 (誰に対して悔しいのか分からないのですが、とにかく時代の速過ぎる流れに対して悔しかったのです)。
 それが、僕の処女エッセイ 『上毛カルテ』 です。


 閑話休題

 ブログの話です。
 で、結局、昨年の2月13日に、グンブロさんから「小暮さんのブログを開設したから。書くだけでいいんだから」と説得されて、書き出したのが、この 『源泉ひとりじめ』 であります。

 でも1年経った今、グンブロ担当者さんには、大変感謝をしています。
 始めた当初は「ブログなんて……」と、半端な気持ちで書いていたのですが、気が付いたら友人・知人・仕事関係の人たちが、みーんな読んでくれていたのです。
 また、このブログによって、新規の仕事が入って来たのも事実ですし、講演会やセミナー主催者は、必ずチェックしてくださっているようです。

 さてさて、今日から2年目に入りました。
 明日からも、“新聞や雑誌では書けなかった、こぼれ話” を綴って行きたいと思います。

 今後とも、よろしくお願いいたします。

              2011年2月13日   小暮 淳
    


Posted by 小暮 淳 at 18:49Comments(2)つれづれ

2011年02月12日

朝日新聞の反響


 新聞にしろ、雑誌にしろ、ラジオにしろ、メディアの力には凄いものがあります。
 特に新聞は、発行部数も多く、また保存もでき、公共の場での閲覧も可能な媒体なので、その反響は大したものです。

 今週9日の朝日新聞に掲載された新連載『湯守の女房』。
 おかげさまで、予想以上の反響が筆者のもとへ届いています。

 当日の朝から、新連載のスタートを祝う友人・知人からのメールが続々と入って来ました。
 珍しいところでは、中学の同級生から「新聞みたよ。やってるね」という短いメール。昔の友人が、今の僕の仕事を見つけて、連絡をくれるって、嬉しいものですね。

 仕事関係、温泉関係の方々からは、PCへメールが。
 先日の水上温泉の講演会に来てくださった観光協会の方からも、早速、講演のお礼とともに「今朝の朝日新聞、拝見しました」と丁寧なメールをいただきました。

 僕の実家へは、オフクロのもとへ、親類縁者からの電話が何本も入ったとのことです。

 みなさん、連載を楽しみにしてくだったようで、本当にありがとうございます。
 まさに、ライター冥利に尽きるというものです。

 感謝!

 そして、今回、一番驚いたのは、僕の暮らす町内の人たちからの声かけです。

 「新聞見ましたよ」「スゴイですね」と、散歩の途中で話しかけられました。
 やはり、顔写真入りのプロフィールが、目立ったんでしょうな。
 今までだって新聞や雑誌に記事は書いていたのですから。
 でも「文・小暮淳」だけでは、僕がこうゆう仕事をしているということを知っている身近な人以外は、そうそう気づかないものです。

 何よりも、朝日新聞の購読者が多いことにも、驚かされました。
 朝日新聞の読者って、きっちり記事を隅々まで読んでいるのですね。
 そんな印象を受けました。

 まだ記事を読んでいない人、朝日新聞を購読していない人、ウェブ上で閲覧ができますので、ぜひ、チェックしてみてください。 新聞記事は白黒写真ですが、こちらはカラーで見ることができますよ。

 ※「asahi.com マイタウン群馬 湯守の女房」にて、検索!   


Posted by 小暮 淳 at 15:45Comments(0)執筆余談

2011年02月11日

上州三名湯


 最近は旅行雑誌等で、「群馬四大温泉」という言葉を目にするようになりました。
 草津、伊香保、水上、四万のことを、そう呼んでいるらしいのですが、確か以前は四万を除いた「三大温泉」でした。
 「四大温泉」と呼ばれるようになったのは、つい最近のことです。

 きっかけは、2000年10月に四万温泉で開催された『探四万展(さがしまてん)』(主催/四万温泉協会)でした。
 このイベントに、僕は作家およびシンポジュームのパネリストとして参加していました。

 とにかく四万温泉は、若手(温泉協会青年部)が熱いんです。
 何が何でも、四万温泉を「群馬四大温泉」に入れる!と、意気込んでいました。

 では、どうして、そんなに「四大温泉」にこだわるのか?
 それには、歴史が関係しています。


 そもそも「群馬三大温泉」とは、戦後になって、高度成長期に生まれた言葉です。
 その規模の大きさから、草津・伊香保・水上が、群馬を代表される温泉地として挙げられていました。
 しかし、戦前にはなかった言葉です。
 戦前にあったのは……

 「上州三名湯」です。

 草津温泉、伊香保温泉、そして四万温泉でした。

 このことを裏付ける証左として、群馬県民なら良くご存知の 『上毛かるた』 があります。
 『上毛かるた』 は昭和22年の発行ですから、その内容は戦前のものです。

 で、この中に温泉の札はいくつあるか、知っていますか?

 「草津温泉 薬のいで湯」
 「伊香保温泉 日本の名湯」
 「世のちり洗う 四万温泉」
 です。

 水上は、「水上谷川 スキーと登山」ですから、温泉の札ではありません。
 戦後になり、スキーと登山とともに発展した温泉地なのです。

 もう、お分かりですね。
 2000年以降の四万温泉の快進撃の理由が!

 “名湯” の名を賭けた、雪辱戦だったのです。


 今でも四万温泉の人たちは、自分たちの温泉に絶対的な誇りを持って暮らしています。
 「四万の湯に入ったら、他の湯なんて入れねぇよ」ってね。

 いいですねぇ、湯を愛しているって。

 
 群馬県民の合言葉

 それは

 I LOVE 湯 
  


Posted by 小暮 淳 at 14:36Comments(4)温泉雑話

2011年02月10日

温泉しかない群馬

 先日の講演終了後、懇親会でのことです。

 たくさんの方から、声をかけていただきました。
 「とてもお話が楽しかったです」「大変ためになりました」「もっと聞きたかったです」等々、お酒の席ですから、みんな僕をヨイショしてくれます。
 やっぱり一番多かったのは、「歌が面白かった」「いい歌ですね。ヒットしますよ」「覚えたいのでCDを売ってください」という、講演のおまけで歌った 『GOGO!温泉パラダイス』 の感想でしたね。とかく講演というのは、難しい話をされる先生が多いものですから、聴講された人たちも、あまりにゆる~い講話だったので、驚かれたようです。

 ここまでは、いつもの講演会と変わらない反響です。
 が、今回は、思わぬ声が届きました。

 「目からウロコが落ちました」

 そう言ってきた人が3人もいました。
 何に、目からウロコが落ちたかというと、僕が必ず講演のエンディング話す、群馬のブランド力のことです。

 「群馬には温泉しかないんだから!」と、ちょっと威嚇したように呼びかけます。
 もちろん本音ではありませんよ。群馬には他にも、素晴らしいものはたくさんあります。
 でも僕はあえて、「群馬は温泉しかない」くらいの気概を持ってPRしたらどうですか? と呼びかけています。

 僕がそう言うと、県の関係者たちは必ず「いやいや、群馬は温泉だけではありませんよ」と言われます。

 じゃー、そんなに何でもある県が、どーしてブランド力で全国最下位(現在は少し上がったようですが…)なんだよ!ということです。秀でて目立ったモノが、ないということではありませんか。

 「愛媛」と聞けば、「みかん」を連想します。
 でも愛媛には、「みかん」しかないわけではありません。
 でもイメージは「みかん」です。
 それが、ブランド力です。

 では、群馬のイメージは?

 温泉!って言わせましょうよ。


 「ああ、死ぬまでに一度でいいから、群馬の温泉に入りたいねぇ」
 って、他県のお年寄りに言わせましょうよ!

 「ワタシハ ニホンヘイッタラ グンマノオンセンニ ゼヒ ハイリタイデス」
 って、外国人に言わせましょうよ!


 まっ、講演では、そんな話をしたわけです。

 でも、いつもの講演では、ここに反応する人はいませんでした。
 やはり旅行業や観光業に携わっている方々だから、ブランド力には敏感なのですかね。

 「いやー、先生の “温泉しかない” には、参りましたよ」
 「後頭部をバットで思い切り殴られた思いがしました」
 「“温泉しかない” は、最高の群馬のほめ言葉ですね」

 そんな言葉が返ってきました。

 みなさん、今年の夏に開催される「群馬デスティネーションキャンペーン」に向けて、“温泉しかない群馬”“群馬にしかない温泉”を、大いに全国へPRしようじゃ、ありませんか。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:21Comments(3)温泉雑話

2011年02月09日

『湯守の女房』 連載開始!


 本日発行の朝日新聞朝刊より、いよいよ新連載 『湯守の女房』 がスタートしました。

 群馬県内には約90カ所の温泉地(宿泊施設のある温泉)があります。大きな温泉地では各宿へ源泉から分湯されていることが多いのですが、小さな一軒宿の温泉地では、ほとんどが自家源泉を所有しているため、宿のご主人が直接、湯の管理をしています。いわゆる「湯守(ゆもり)」のいる宿です。

 このシリーズでは、そんな湯を守り続ける湯守の宿に嫁いだ女房たち(女将さん)をルポして、僕が紹介します。
 その記念すべきシリーズの第1回は、猪ノ田(いのだ)温泉「久惠屋(ひさえや)旅館」です。

 内容については、ぜひ記事をお読みください。

 次回の掲載は2月23日(水)。次々回は3月9日(水)、その次は3月23日(水) ……
 はい、もうお分かりですね。
 隔週水曜日の連載なのです。
 2週間に1回の連載ということは、2週間に1回は取材に出かけなければならないということです。
 最初は、そのスパンの短さに、連載を受けるか否か、迷ったのですが、天下の朝日新聞さんからの依頼ですし、取材の切り口が新しい。

 「何か、女性を紹介する、小暮さんらしい連載はできませんかね?」
 ということでした。

 大きな温泉地の有名旅館の女将を紹介する記事なら、新聞社の記者でも書けます。
 この “らしい” という言葉に、ググッと惹かれてしまったのですよ。

 「だったら、小さな温泉地の小さな旅館。それでいて源泉を持っている湯守の宿の女将さん奮闘記は、どうだい?」と僕。
 すると「いいですねー、それで行きましょう!」と担当記者さん。
 「だったらタイトルもそのままズバリ、『湯守の女房』 でどうだい?」と僕。
 「もう、それで決定ですよ。お願いします。では、カンパーイ!」
 と、小料理屋のカウンター席で密談は交わされ、ものの5分で、ただの飲み会になってしまいました。

 今回、タイトルの題字を、絵本作家で木彫家であり、木版画家であります野村たかあき先生にお願いいたしました。
 いかがですか? いいでしょう。
 僕は大変、気に入っています。

 「湯守」が大きくて、「女房」の文字がひかえめで可愛いじゃありませんか。
 そして、ナントナント、今回は題字だけではなくて、「湯守の女房」のイラストまで描いてくださいました。

 和服姿の女将さんが、湯舟に手を入れて、湯加減をみていますよ。

 僕の抱く「湯守の女房」のイメージに、どストライクであります。
 野村先生、ありがとうございました。
 このお礼は、いつもの飲み屋で、改めて申し上げます。


 ぜひ、みなさん、新連載 『湯守の女房』 を応援してくださいね。
 僕も群馬県内所狭しと、東奔西走いたします。

 よろしくお願いします。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:31Comments(4)執筆余談

2011年02月08日

水上温泉 「松乃井」


 昨日、水上駅に降り立つと、案の定、雪が舞っていました。
 「ホッ、電車で来て正解だった」と、ひとり胸のうち。

 改札口を出ると、講演会場の「松乃井」の車がお出迎え。
 雪の中、会場へ直行。
 旅館の玄関では、女将の佐伯まゆみさんが直々に迎えてくださり、そのまま控え室へ。

 開演までは、あと40分。
 用意してくれた料理で、遅い昼食をいただきました。
 外は、相変わらず大粒の雪が舞っています。風が出てきたようです。

 コンコン(ドアをノックする音)
 「そろそろ、ご準備は、よろしいでしょうか?」
 とスタッフの人が呼びに来て、いざ!出陣であーる。

 会場は、2階のコンベンションホール大宙。
 入って、ビックリ! で、で、でか~い!
 そして、人人人……
 スタッフによると、今年は最も出席者が多く、124名だそうです。

 壇上には、演台とホワイトボード。
 「一番後ろの席からだと、白板の文字が読めないかもしれんなぁ…」と、あまりのホールの大きさに息をのむ。
 ステージ脇には、大きな垂れ幕が……。なになに?

 講師 小暮 淳 先生
 演題 『湯の国群馬は温泉パラダイス』

 おーおー、大層なこと。
 (あんな大袈裟にして、コケてもワシャ、知らんよ)

 休憩時間のようで、僕の会場入りを見つけるやいなや、次から次へと名刺を持っていろんな方が、あいさつにやって来られました。まぁ、毎度のことなので、もう慣れっこです。どうせ、顔と名前なんて、後で一致しないんですよ。
 講演会の時は、僕もゴッソリと、名刺をケースで持っていってます。


 司会者が僕の名前とプロフィールを読み上げ、盛大なる拍手に迎えられ壇上へ。
 いやいや、この瞬間が、快感なのですよ。
 ステージからの眺めも、なかなかのものですぞ。

 僕は演台前に立つと、必ず一度、会場を見渡します。
 ざっとですが、聴講者の性別と年齢を確認します。これは、僕のクセで、後々、講演中に役立つのです。

 スピーチは、最初の5分が勝負です。
 声が小さいとアウト! 「こんにちは!」と一声かけて、聴講者にも返事をさせて、声を出させます。
 「これから1時間ちょっとの間、僕(講話者)とみなさん(聴講者)は、1つの空間で同じ時間を共有するんですよ」という合図のようなものです。

 これで、つかみはOK!
 途中では、時々、僕の話にうなずいている人を探して、その人に向かって集中的に話しかけます。
 (この講話方法は、かの心の師匠である野村たかあきさんより伝授しました)

 フィナーレは、お約束の 『GO!GO!温泉パラダイス』 を踊り付きで熱唱して、無事に講演は終わりました。

 終了後は、会場出口にて、これまたお約束の著書販売とサイン会です。
 今回は、すべて旅行・観光業の関係者です。県外からの参加者も多く、おかげさまで飛ぶように売れ、サインは順番待ちとなりました。


 この後は、夜の懇親会まで、たっぷりと時間があります。
 部屋で浴衣に着替え、大露天風呂と大浴場とを、のんびりとハシゴをしました。
 もちろん、湯上りは部屋でひとり、雪の温泉街を見下ろしながらビールを堪能。

 たっぷり喋って、歌って、温泉に入った後のビールほど旨いものはありません。
 「ああ、この仕事をしてて、良かった~~!」
 と至福に酔いしれながら、宴の時間を待ちました。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:15Comments(0)温泉地・旅館