温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2021年09月26日

『末期の酒』 再演


 『末期の酒』 という話を覚えていますか?

 昨年9月、僕は高崎市のフリーペーパー 「ちいしんぶん」 に、≪忠治外伝 末期の酒 「牡丹」 を探しに≫ という記事を書きました。
 嘉永3(1850)年に国定忠治が関所破りの罪で、大戸 (群馬県東吾妻町) の処刑場で磔(はりつけ)の刑に処せられた際、“末期の酒” に選んだのが 「牡丹」 という酒だったという内容でした。

 この記事が発端となり、忠治ファンや地酒マニアの間で、小さなムーブメントが起き始めました。


 今年3月、群馬テレビ 「ぐんま!トリビア図鑑」 で、『伝説のお大尽 「加部安」 とは?』 放送。
 番組では、僕がリポーターとなり、当時 「牡丹」 を醸造していた 「加部安」 こと加部安左衛門の酒蔵跡を訪ねました。
 この番組の冒頭とエンディングに流れたのが、落語の 『末期の酒』 でした。

 『末期の酒』 は、前橋市在住の噺家、都家前橋(みやこや・ぜんきょう) さんの創作落語です。
 前橋さんと僕は、飲み屋の常連同士。
 昨年、「ちいきしんぶん」 の記事を見せたところ、いたく感動して、この話を落語にしてくださったのでした。


 さて、群馬テレビで放送されると、「末期の酒」 は、各方面で反響がありました。
 今年4月、朝日新聞が ≪国定忠治の最期の一献 落語に≫ と見出しを付けて、大々的に報道しました。
 これに触発され、がぜん奮起したのが、都家前橋さんであります。

 「番組で放送されたのは、ほんのさわりの部分だけ。ちゃんとした落語に仕上げたい」
 と一念発起!
 めでたく、このたび完成しました。

 題して、『末期の酒 ~牢番編~』


 ということで昨日、前橋市内の某会館にて、完成お披露目会を兼ねたユーチューブ用の収録が行われました。
 コロナ禍の緊急事態宣言下のため、関係者のみの入場で行われましたが、僕も “発案者” という特別枠にて、観覧させていただきました。

 忠治が処刑前夜、末期の酒を所望します。
 出された酒は、はたして本当に 「牡丹」 なのか?
 ばくち打ちの忠治らしく、役人と最期の賭けをします。
 その丁々発止の妙技が、笑いを誘います。

 さて、その結末は、いかに!?


 ユーチューブでの配信日が決定しましたら、お知らせします。
 乞う、ご期待!


 ※(落語ができるまでの概略は、当ブログの2021年2月27日 「忠治と落語」 を参照)
   


Posted by 小暮 淳 at 12:32Comments(0)謎学の旅

2021年08月26日

ヒーロー or ダーティー


 2020年9月
 僕は高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 に、『忠治外伝 末期の酒 「牡丹」 を探しに』 という記事を書きました。
 嘉永3(1850)年、国定忠治は関所破りの罪で幕府にとらえられ、大戸 (東吾妻町) の関所近くの処刑所にて磔(はりつけ)の刑に処せられました。
 その時、忠治が “末期の酒” に選んだのは 「牡丹(ぼたん)」 という酒だったことを記しました。

 2021年3月
 僕はスーパーバイザーを務める群馬テレビの番組で、自らがリポーターとなり 『伝説のお大尽 「加部安」 とは?』 という回を放送しました。
 忠治が “末期の酒” に選んだ 「牡丹」 という酒を造っていた蔵元が、「加部安」 という人物だったのです。

 この一連の流れに、たくさんの方々が興味を持ってくださいました。
 その一人が前橋在住のアマチュア落語家、都家前橋(みやこやぜんきょう)さんでした。
 創作落語 『末期の酒』 を作り上げました。
 その話題は、<国定忠治の最期の一献 落語に> と見出しを付けて、新聞でも報道されました。
 (2021年4月14日付 朝日新聞群馬版より)


 国定忠治は、群馬県民なら誰もが知る “郷土のヒーロー” です。
 もちろん、僕にとっても忠治はヒーローなのですが、必ずも万人にとってヒーローか?というと意見の分かれるところです。
 彼は、江戸時代の侠客(きょうかく)ですからね。
 “やくざ者” であることにも違いありません。

 はたして国定忠治は、ヒーローなのか? ダーティーなのか?

 昨日の朝日新聞に興味深い記事が掲載されました。
 執筆されたのは、たびたび僕の活動を取材し取り上げてくれている小泉信一記者であります。


 <国定忠治 ならず者か英雄か>
 <伊勢崎市、生誕200年の催し中止から11年>

 記事によれば平成22(2010)年5月、忠治生誕200年の記念イベント開催をめぐり、当時の市長が 「歴史的に評価が分かれている人物に税金をかけるのはいかがなものか」 と難色を示したため、イベントは中止となりました。

 忠治への評価への風当たりの強さは、戦後まもない頃にもありました。
 ご存じ、『上毛かるた』 です。
 初版を発行する際、県民から 「忠治を読み札に採用して欲しい」 との要望が寄せられましたが、「日本の封建制度を支えた侍ややくざは不可」 とするGHQ (連合国軍総司令部) の意向をくみ、採用されなかったいいます。

 それでも戦後、歌舞伎をはじめ講談や浪曲、映画と数えきれないほどの作品に忠治は登場します。
 やはり忠治には、根強いヒーローとしての人気があったのです。


 記事では最後に、対照的なヒーローとして清水次郎長にも触れています。
 故郷の静岡市は昨年、生誕200年を記念して動画を配信。
 任侠を 「chivalry(騎士道)」 と訳した英語字幕版まで制作し、「ジロチョー」 を世界に発信しています。

 はたして、この違いは?
 県民性の違いなのでしょうか?


 確かに忠治はダーティーではあるけれど、多くの貧しい人々を救っています。
 十分にヒーローだと思うんですけど。

 完全無欠の潔癖なヒーローより、アウトロー的要素を持ち合わせているほうが、カッコイイと思いません?
 みなさんは、どう思われますか?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:40Comments(0)謎学の旅

2021年08月08日

第3の刺客


 「昭和6年9月に発生した西埼玉地震では、群馬県内でも甚大な被害が記録されていますね」
 「昭和20年2月、なぜかB29が2機も邑楽町に墜落しているんですよ」
 「サツマイモの発祥は、群馬県だったって知ってます?」


 群馬テレビの人気謎学番組 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 僕は、この番組のスーパーバイザー (監修人) を務めています。
 今週、企画会議が開かれ、末席をけがしてまいりました。

 休憩なしの2時間半、今回も奇想天外なアッと驚くネタの数々が飛び出し、白熱した会議になりました。


 放送開始から丸6年、これまでに放送された番組は、250回を超えています。
 それでも毎回、会議でネタが枯渇することはありません。

 群馬に生まれ育って半世紀以上。
 長年、群馬県内のタウン誌、情報紙、フリーペーパーの編集人をしてきた僕でさえ、会議では 「へぇ~、知らなかった」 の連発です。
 群馬の “トリビア” は、無尽蔵に眠っているんですね。


 さて、スーパーバイザーとしての意見やコメントだけでなく、僕も毎回、取れたての生きのいいネタを提供しています。
 今回、僕が “まな板の上” にのせ、調理する食材は?

 ズバリ、疫病退散の刺客です!


 一向に新型コロナウイルス感染拡大の収束は見えません。
 あれだけ期待され、鳴り物入りで登場した 「アマビエ」 も力不足だったようです。
 2匹目のドジョウ、「ヨゲンノトリ」 にいたっては、見る影もありません。

 ならば、第3の刺客を送り込もう!
 ということになりました。

 では、その刺客とは?

 もう妖怪に頼るのは、やめました。
 実在した人物、しかも法力をもって疫病魔を退散させたという偉いお坊さんです。
 群県内には、ゆかりの寺がいくつもあります。


 「小暮さん、今回もレポーターをお願いしますね」
 とディレクター氏。
 「えっ、ネタの提供だけじゃないの?」
 「はい、ミステリーハンターとして出演していただきます」

 ということになりましたので、オンエアを楽しみにしていてください。
 放送日が決定しましたら、ご報告いたします。

 乞う、ご期待!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(0)謎学の旅

2021年07月27日

コーラが好きな座敷わらし


 今月13日に群馬テレビでオンエアされた 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 「二つの秘密 河童と座敷童」 は、ご覧になりましたか?

 再放送を含め3回も放送されたこともあり、たくさんの方が観てくださったようです。
 大変反響がありました。
 「良くまとまっていた番組でした」
 「ナレーションが良かった」
 「ナビゲーターが板についてますね」
 「目撃例があるのが凄い」
 などなど、友人・知人・読者から多くのメールやコメントをいただきました。

 ありがとうございました。


 ディレクターの手腕でしょうね。
 15分という番組の中で、2つの妖怪伝説を紹介し、さらに体験者のコメントを入れ、共通項を見いだす。
 さすがです!

 実は、たった15分の番組を製作するのに、ロケには2日間の時間を費やしています。
 廻したカメラは約8時間にも及びます。
 ということは、番組に採用されなかったシーンが、何倍もあるということです。

 たとえば番組内で紹介した民話、影絵 『カッパのくすり』 も語り部が語る 『座敷わらしの家』 も、カメラは全編収録していますが、実際に使われたシーンは数分です。
 当然ですが、僕がお会いしたカッパを捕まえたお婆の子孫や座敷わらしと暮らした夫婦の末裔の方々へのインタビューも、ほとんどがカットされています。

 残念ではありますが、番組では、これが限界です。
 でも、とっても貴重なインタビューなので、ぜひテレビ局には貴重な資料として保管していただきたいと思います。


 さて、撮影の合間での雑談でのことです。
 スタッフ一同、背筋がゾーッとした話がありました。

 座敷わらしが現れることで有名な旅館の主人と話していた時のことです。
 すでに、この旅館には3人の座敷わらしが棲みついていることが分かっています。
 年長の男の子と年少の男の子、そして年端のいかぬ女の子です。

 でも3人は、“きょうだい” ではありません。
 なんで、そんなことが分かるのかって?
 はい、すべて宿泊客の証言であります。

 目撃例は多数あり、なかには会話をした客もいるとのこと。
 それらの目撃談により、女の子の名前は 「リンちゃん」 ということも分かっています。
 リンちゃんのお気に入りは、クマのぬいぐるみです。

 ロビー脇の畳の部屋には、宿泊客らが置いていったおもちゃやお菓子が山のように積まれています。
 その中央に置かれているのが、クマのぬいぐるみです。
 僕は、その中に違和感のあるモノを見つけました。

 缶コーラです。

 「座敷わらしが、コーラなんて飲むんですかね?」
 素朴な疑問に対して、主人から驚くべき事実が語られました。

 「ええ、2人の男の子のうち、どちらかの子が、コーラが好きらしいんですよ」


 この旅館には、浴場へ向かう長い廊下の途中に、飲料の自動販売機があります。
 深夜、この販売機にコインを入れようとすると……

 《 ボ ク ハ コ ー ラ ガ イ イ 》

 という男の子の声が聞こえたといいます。
 それも複数の客が聞いたことから、いつしか畳の部屋には、おもちゃやお菓子にまざって、コーラが置かれるようになったといいます。


 あったこったか なかったこったか
 (あった事だか 無かった事だか)
 あったこったと話すから
 (あった事として話すから)
 あったこったと きかっさい
 (あった事だと思って 聞きなさい)
 <猿ヶ京温泉 「民話と紙芝居の家」 語り部口上より>
 
   


Posted by 小暮 淳 at 13:06Comments(0)謎学の旅

2021年07月19日

酒井正保先生のこと


 <きっかけは13年前に、さかのぼる。当時、私は群馬県内で無料配布されていた生活情報誌の編集人をしていて、毎月、一号一話、編集後記の代わりにコラムを連載していた。タイトルは 『編集長がゆく』。県内で起きている不思議な現象や奇妙な習慣、荒唐無稽な伝説を追って、その謎を解き明かす旅に出ていた。>
 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) 「まえがき」 より

 このコラムを執筆するにあたり、参考にさせていただいた文献が、民俗研究家・酒井正保先生の著書の数々でした。
 酒井先生の著書との出合いは、さらに十数年前にさかのぼります。


 <民話や伝説に興味を抱くようになったのは、フリーランスのライターになってまもなくの頃。編集を手がけた 『前橋めっけ ~ぼくら、ふるさと探検隊~』(前橋法人会) という小冊子との出合いでした。前橋市に生まれ育ちながら、見るのも聞くのも初めての摩訶不思議な風習や慣習が残されていることを知りました。しかも、それらは何百年も前から伝わる民話や伝説に端を発しているものが多いのです。>
 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) 「あとがき」 より

 群馬県前橋市という一地方都市限定の “謎学本” の編集を任されたのです。
 「あとがき」 にも書きましたが、この土地に生まれ育ちながらも正直、民話や伝説には無縁の生活をしていました。
 そんな手探りでの取材活動の折に出合ったのが酒井先生の著書でした。

 『前橋昔がたり』 (朝日印刷)
 『前橋とその周辺の民話』 (朝日印刷)

 前橋市在住の酒井先生ならではの緻密な取材で集められた、実にコアでマニアックな本でした。
 もう僕は夢中になって、先生の他の本も読み漁りました。
 そして、「いずれ先生のように、地元に根付いた民話や伝説をテーマに本を書いてみたい」 と思うようになったのであります。


 僕は一度だけ、先生にお会いしたことがあります。
 といっても、講演会という一方的な場での面識ですが……
 当時、すでに先生は80歳を過ぎていましたが、その雄弁に語る民話や伝説の奥深さに、グイグイと引き込まれたことを覚えています。
 (当ブログの2011年2月26日 「民話に魅せられて」 参照)


 そんな先生が、今年も新著を出版したという新聞広告を目にしたので、速攻、購入しました。
 『心に残る上州の伝承民話を訪ねて』 (上毛新聞社)

 昨年も 『上州の方言と妖怪の民俗を訪ねて』 (上毛新聞社) を出版していますから、2年続けてということになります。
 確か先生は、90歳を過ぎられているはずです。
 いったい、そのバイタリティーは、どこから湧いてくるのでしょうか?

 そう思ったら、がぜん、僕にも勇気と希望が湧いてきました。
 だって、先生の歳まで、まだ30年もあるのですから!

 まだ書ける、まだまだ書ける!


 酒井先生、いつまでもお元気で、まだ眠っている民話や伝説を掘り起こしてください。
 次回の新著を楽しみにしております。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(0)謎学の旅

2021年06月27日

さよなら、チェーン・レター


 昨日は、フォークロア (噂話や都市伝説) の話をしました。
 令和の現代は、ネット社会が、そのメイン舞台となっているようですが、僕が子どもの頃 (昭和の時代) は、アナログのフォークロアが飛び交っていました。

 その中でも、最も子どもたちを震撼させ、マスコミにも取り上げられ、社会問題にもなった出来事があります。
 「不幸の手紙」 です。

 いわゆるチェーン・レター (連鎖手紙) と呼ばれる不特定多数へ送り付ける迷惑ハガキのことです。


 ある日突然、自分を名指しで届く、不吉な手紙。
 文面は、このようなものでした。

 <これは※(1) から始まり、私のところ来た 「不幸の手紙」 です。あなたのところで止めると、必ず不幸が訪れます。※(2) の人は止めたので、※(3)年後に死にました。あなたも※(4) 時間以内に文章を変えずに※(5) 人の人に、この手紙を出してください。私は※(6) 番目です。>

 ※(1) 国名が書かれている。
 ※(2) ここにも外国の地名や日本国内の都市名が書かれている。
 ※(3) 1~5年後と、まちまち。
 ※(4) 24時間~数日の猶予があり。
 ※(5) 7~8人くらいから数十人のことも。
 ※(6) 何千、何万桁の数字が書かれている。


 そして文章の隣には、何十人という人の名前が書かれていて、
 <一番下にあなたの名前を書き、一番上の人の名前を消してください。>
 との注意書きがあるため、“誰から” 送られて来たのかは一目瞭然です。

 たいがいは、クラスメートからでした。


 僕のところにも数回、届いた記憶がありますが、一度も出したことはありませんでした。
 というのも、このテの物をオヤジが大変嫌っていたからです。

 「おい、ジュン、お前宛に、こういうハガキが来ているけど、捨てるぞ!」
 と、毎回、オヤジにブロックされていました。
 「そんなことしたらダメだよ。死んじゃうんだよ!」
 と言えば、
 「バカ、これは悪質ないたずらなんだ」
 と、僕の目の前で、破り捨てるのでありました。


 あれから半世紀。
 「不幸の手紙」 のウワサは、まったく聞きませんが、完全に消滅したのでしょうか?
 それとも変異ウイルスのように進化を遂げ、ネット社会の中で根深く生き残っているのでしょうか?

 もしかしたら一銭にもならない “いたずら” は鳴りを潜め、お金になる “サギ商法” として姿を変えているのかもしれませんね。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:31Comments(0)謎学の旅

2021年06月26日

フォークロアの後始末


 < 「心霊スポット」 として動画投稿サイト 「ユーチューブ」 で配信し、無断立ち入りなどを助長させてしまったことを悔やむユーチューバーの前橋市の I さん (34) と伊勢崎市のHさん (36) は23日、M市のH神社で賛同した有志らと共に境内の草刈りに取り組んだ。>
 (2021年6月24日付 上毛新聞より ※名詞は頭文字にしました)


 昔、といっても半世紀も前のことです。
 僕が小学生の頃、「お化け屋敷」 の探検ごっこが流行りました。
 「お化け屋敷」 といっても遊園地やテーマパークにあるアトラクションではありません。

 いわゆる “廃墟” のことです。


 小学生だから行動範囲は広くありません。
 市内一部の学区内での “廃墟探し” です。
 廃墟があれば、それは必ず=幽霊の出る場所、となります。
 そして、好奇心旺盛なヤンチャ坊主たちは、こぞって探検に出かけるわけです。

 僕が暮らす市内中心部の町内にも、有名な廃墟がありました。
 正しくは、ただの “空き家” なんですけどね。
 あるとき、先陣を切って探検した悪ガキたちから報告がありました。

 「あの家はな、殺人事件があったんだ。その証拠をオレたちは、見つけた!」
 悪ガキのボスが言うことには、今でも敷地内に “血の付いた刃物” と “人の骨” があるというのです。

 当然、「ウソだ!」 「いや、オレたちは見た!」 と論争になり、最後は、「だったら案内するから放課後、一緒に行こう!」 ということになりました。
 そして僕ら普通 (?) のガキたちは、恐る恐る悪ガキたちの後をついて行ったのでした。


 壊れた垣根をくぐり抜け、草ぼうぼうの庭に入ります。
 家の中には、カギがかかっていて入ることはできません。

 「どこに凶器があるんだよ?」
 「人の骨なんて、ないじゃないか?」

 僕らの問いにボスは、薄気味悪い笑みを浮かべて、こう言いました。
 「ほれ、お前たちの足元だよ!」

 そう言われて、下を見る僕たち。
 朽ちた縁側の下に、刃物と骨のようなものが見えました。

 その刹那、一同は 「ワァーーーー!!!!」 と大声を上げて、一目散に垣根をくぐり、廃墟を飛び出しました。


 でもね、実は僕だけ、とっても冷静だったのです。
 「おーい、ジュン! 早く来いよ、幽霊に呪い殺されるぞ!」
 との友人の声を聞きながらも、その場にしゃがみ込んで、じっくりと観察を始めました。

 その結果、“血の付いた刃物” は、茶色くサビついた包丁だったんですね。、
 “人の骨” らしきものも、小さい骨ばかりで、たぶん野良猫か何かの死骸のようでした。


 ということで、今思えば、これらの騒動は、すべてフォークロア (都市伝説) だったのです。
 いわゆる、口伝えで広まった “ウワサ” なのであります。

 でも、僕らの 「お化け屋敷」 というフォークロアは、半世紀も前ということもあり、町内から外へ広まることはありませんでした。
 でも今は、違います。

 SNSというツールを使い、ネットで一瞬にして広まってしまいます。
 「あれは、ウソでした」
 と訂正しても、後の祭りです。


 <2人は仲間と共に制作した動画をユーチューブで配信している。心霊スポットを紹介する企画で2年前に同神社を訪れた。その後、別の配信で同神社が荒らされ、壁や窓の破損や落書きの被害に遭っていることを知り、心を痛めた。> 


 彼らが流したフォークロアとは?

 ●この神社を訪れ、ビデオを撮影をしたカップルが、帰り道に交通事故で死んだ。
 ●そのビデオを遺族が再生したら、老婆の霊が映り込んでいた。
 ●そして老婆は、神社の元管理人で、やはり交通事故死している。

 そんな、まことしやかなウワサを配信していたようです。


 草刈り清掃は、そんな彼らの罪滅ぼしなのでしょうか?
 ウソを流布した代償は、決して軽くないはずですが……

 新聞記事によると、ユーチューバーの I さんは、今回の草刈り活動について、こうコメントしています。
 「どんな場所にも管理者や近隣住民がいるということを知らせたい。活動を広めることで、一人一人の意識を変えていけたら」

 十分に反省しているようなので、少し安心しました。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(0)謎学の旅

2021年06月09日

まだ龍を見ていない


 きっかけは、4年前の取材でした。
 当時、僕は高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に、『ぶらり水紀行』 という旅エッセーを連載していました。
 ※(一部は上毛新聞社刊 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 に収録)

 その日、訪れたのは上野村の野栗沢川にある 「龍神の滝」。
 大蛇が棲みついていたという伝説があり、昔は村人が近寄らなかったという滝です。
 落差は約20メートル。
 3段に分かれて落ちる様は、確かに龍が天へ向かって飛び立とうとしている姿にも似ています。


 「小暮さんは、龍を見たことがありますか?」
 滝の前で、突然、同行のカメラマン氏に訊かれました。
 「りゅう?」
 「ええ、龍を見た人は幸運をつかむといわれています」

 彼の話によれば、財界や芸能界で活躍する有名人の中には、龍を見てから成功した人が少なくないといいます。
 「龍ね、本当にいるのかね?」
 「ええ、いるのなら、ぜひ、見てみたいものですね」


 その時、僕は一冊の本を思い出しました。
 木村秋則・著 『すべては宇宙の采配』(東邦出版)

 そうです!
 木村さんは、いっとき話題となった “奇跡のりんご農家” と呼ばれた人です。
 絶対に不可能と言われた無農薬、無肥料でのりんごの栽培に成功したニュースは、当時、テレビのワイドショーに取り上げられ、木村さんのキャラもユニークだったため、引っ張りだこだったことを思い出します。

 あの時、りんごとともに話題になったのが、“龍の目撃” でした。
 木村さんは高校2年生の時と30数年後の2度、龍を見たことが著書には書かれています。
 そして、「龍を見た人は幸運をつかむ」 という言い伝え通り、過去に誰もなしえなかった “奇跡のりんご” の栽培に成功したのです。


 「龍神の滝」 から4年……

 僕は、すっかり龍の存在を忘れていました。
 ところが!
 また取材の途中で、龍の話題が出たのです。

 読者のみなさんは、覚えていますか?
 先日、テレビのロケハンで “座敷わらし” の出る宿を訪れた話を?
 ※(当ブログ2021年6月1日 「霊道を走る座敷わらし」 参照)

 あのとき、宿の主人から霊の通り道である 「霊道」 の話を聞きました。
 そして、“座敷わらし” は必ず霊道上の部屋に現れることを。
 実は、その時、こんな話も聞いたんです。

 「霊道の上は、そのまま “龍道” でもあるんです」
 「りゅうどう?」
 「ええ、龍の通り道です」


 なるほど!
 霊に道があるように、龍にも道がある。
 ということは、目撃例を集めれば、そこに “龍道” が存在するということですね。

 手がかりとしては、やはり滝や神社など “龍神伝説” のある場所が、目撃例も多そうです。
 必ず、龍の通り道を探してみせますぞ!

 謎学の旅は、つづく……
  


Posted by 小暮 淳 at 13:00Comments(0)謎学の旅

2021年06月01日

霊道を走る座敷わらし


 「この廊下が、“霊道” にあたるらしいんです」
 「れいどう?」
 「ええ、霊の通り道ですよ」

 ご主人によれば、この真っすぐのびる廊下の延長線上での目撃例が多いとのこと。
 実際に、ご主人も一度だけ、不思議な影を見たといいます。

 「深夜、フロントで仕事の整理をしていた時でした。正面に見える、この廊下を白い子どものような影が走り抜けたんです。その日の宿泊客は、外国人のカップルだけ。子どもはいませんでした」


 この宿には、こんな言い伝えがあります。

 その昔、旅の夫婦が大きな家に、一夜の宿を借りてから、そこに男の子が現れるようになったそうです。
 奥さんが、その男の子と遊んであげると、その男の子は 「奥の座敷の床下を掘ってください」 と言ったそうです。
 言われたとおりに掘ってみると、なんとそこには大判小判の入った金瓶が埋まっていました。
 その後、旅の夫婦は、その家で暮らすようになり、「座敷わらし」 に似た可愛い男の子をもうけ、末永く幸せにくらしたそうです。
 (民話 『座敷わらしの家』 より)

 「その夫婦が、私どもの先祖だといわれています」
 そう言って、ご主人は “霊道” にかかる部屋を一つ一つ、案内してくれました。


 3つの部屋は、すべて角部屋です。
 しかも、すべて敷地の入り口に立つ、立派な門を見下ろせる位置にありました。

 「霊道は、あの門を抜けて、国道へ向かっています」


 案内が終わり、ロビーにもどると、畳敷きの小上がりの奥に、たくさんのおもちゃがあることに気づきました。
 ミニカー、人形、紙風船、けん玉……

 「すべて、お客様が置いて行かれた物です」
 「男の子のおもちゃと女の子のおもちゃがありますね?」
 「ええ、お客様の話によると、男の子が2人、女の子が1人いるみたいですね」
 「3人兄妹なんですか?」
 「いえ、違うみたいですよ。年齢もバラバラのようですが、3人とも着物姿というのだけは共通しています」

 そう言うと、ご主人は、おもちゃの山の中で、ひと際目立つピンクのクマのぬいぐるみを指さしました。

 「これが、“りんちゃん” のお気に入りらしいですね」
 「りんちゃん?」
 「ええ、女の子の名前ですよ」
 「どなたか、名前を聞いたんですか?」
 「どうなんですかね……お客様が、そう呼んでいたものですから」


 昨日は、群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』 のロケハンで、S温泉に行って来ました。
 「ロケハン」 とはロケーションハンティングのことで、撮影に入る前の下見のことです。
 僕は番組のスーパーバイザー (監修) をしていますが、ときどき、“ミステリーハンター” という肩書で、番組にも登場します。

 いよいよ次回 (7月13日放送) は、「座敷わらし」 を追います。
 乞う、ご期待!
    


Posted by 小暮 淳 at 11:07Comments(0)謎学の旅

2021年05月25日

今さら 「UFOが実在する」 と言われても


 ちょうど一週間前だったでしょうか?
 新聞の片隅に小さく、こんな記事が出ていました。

 <米国防総省で未確認飛行物体 (UFO) に関する情報を収集して分析するプロジェクトの責任者だった元当局者が、米CBSテレビの番組で 「UFOは実在する」 と明言した。>

 この記事を読んだ僕の第一声は、「なんで、今さら」 でした。
 そんなこと、誰もが知っていることだし、今まで隠していたと思っていたこと自体がナンセンスです。


 あれは、物心ついたころ。
 幼稚園でのこと。
 数人の園児たちと砂場で遊んでいる時でした。
 上空を、白い光の玉が編隊を成して、飛行して行きました。

 “ボス” と呼ばれるリーダー格の園児が、空を指さして、こう言いました。
 「あれが “空飛ぶ円盤” だよ。中には、たくさんの動物たちが乗っているんだ」

 園児たちは、騒ぎ出しました。
 「なんで?」
 「どうして、動物が乗っているの?」
 「連れ去らわれちゃったの?」

 ボスは言いました。
 「人間から動物たちを守るために、宇宙人が助けに来ているのさ」


 以来、僕はこの歳まで、ボスの言葉を信じています。
 いや、大人になればなるほど、ボスの言葉の真実味は増してきました。

 だから僕は幼稚園の頃から、“人間だけが特別” という考え方を持っていません。


 ということで、不思議なことが大好きで、別名 「ミステリーハンター」 を名乗る僕ですが、UFOには、まったく興味がありません。
 理由は、前述したように “実在” することが前提の “未確認” だからです。

 地球だけに生物が、しかも人間のような高度な知能を持った生物が、地球以外にはいないなんて、どうして言えるのでしょうか?
 たとえ太陽系に存在しなくても、地球人の人知を超えた知能と技術を持った生物が、この広い宇宙には必ずいるのですから、なんで今さら偉そうに 「実在する」 と発表するのでしょうか?


 もし僕が宇宙人なら、こう言ってやります。
 「ワレワレハ ナンマンネンモ ムカシカラ コノホシ二 キテイルノニ ナゼ チキュウジンハ ワレワレノ ソンザイヲ ミトメナイノダ? オロカナ イキモノダ」
  


Posted by 小暮 淳 at 11:43Comments(0)謎学の旅

2021年05月21日

妖精多発地帯


 「二度あることは三度ある」 と言いますが、3度あったことが、さらに4度ありました。

 たびたび、このブログで報告している “妖精の目撃” です。
 昨晩、またしても 「発光飛行生物」 が現れました!


 4度目の目撃の報告の前に、軽く過去3回をおさらいしたいと思います。
 ●1回目=10年以上前の冬の夜に、自転車に乗りながら目撃。
   (2010年11月16日 「妖精目撃」 参照)
 ●2回目=3年前の夏の夜に、自宅の庭で目撃。
   (2018年8月15日 「妖精ふたたび」 参照)
 ●3回目=今年の春の夜に、自宅仕事部屋から目撃。
   (2021年4月23日 「三度目の妖精」 参照)

 以上の3例を今までに報告しました。
 そして前回、目撃した “妖精” の類似点と相違点について、以下のように分析しました。

 ●類似点=大きさ、スピード、高度
 ●相違点=目撃した季節

 そして今回、新たな違いを発見しました!


 2021年5月20日午後10時20分。
 空気の入れ替えのため、自宅仕事場 (2階) の窓を開け放したところ、眼下を右から左へ向かって、白く発光する飛行体が、流れるように通過して行きました。

 時間と状況は、3回目の目撃とほぼ同じ条件でした。
 飛行体の大きさも高度も、ほぼ同じです。
 が! 決定的に違っていることが2つありました。

 まず、天候です。
 昨晩は、雨が降っていました。
 その雨の中を光りながら飛んでいたのです。

 そして、スピードです。
 前3回は、「スーーーーッ」 と、やや早歩きぐらいのスピードでしたが、今回の “妖精” は雨のため家路(?)を急いでいたのかもしれません。
 「ビューーーーッ」 とツバメのようなスピードで、通過して行きました。


 僕が目撃した “妖精” は、1匹なのでしょうか?
 それとも何匹もいるのでしょうか?

 いずれにしても、すべての目撃場所が、我が家周辺なのであります。
 どこかに “巣” があるのでしょうか?


 この生物に心当たりがある方は、ご一報ください。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:08Comments(0)謎学の旅

2021年05月12日

怪談 「迷い道」


 昨日、僕はブログに “霊感はない” と書きました。

 その後、よくよく思い出してみると、僕自身が体験したことではないのですが、とっても不思議な出来事の “証人” になったことがありました。
 それは昔々のこと。
 今から45年も前の暑い夏の夜のことでした。


 高校3年生の夏休み。
 それまでに誕生日を迎えたクラスメートたちは、我先にと、こぞって自動車の運転免許を取りました。
 仲間内で一番先に免許を取得したS君から電話があったのは、8月の夜のことでした。

 「オヤジが車貸してくれるってさ。今からジュンちへ行くから、ドライブしようぜ!」

 時計を見ると、7時を少し回った頃でした。
 S君の家は、前橋市に隣接するO町。
 県道で一本、車なら30~40分の距離です。


 ところが8時になっても、8時半になっても彼は来ません。
 9時を過ぎた時、しびれを切らした僕は、S君の家に電話を入れました。
 すると母親が出て、
 「あれ、小暮君ちへ行くって言って、出て行ったけど」

 「それは、何時頃ですか?」
 「うーん……、小暮君に電話したんじゃないの? あの後、すぐに出かけたわよ」


 いや~な予感がします。
 事故に遭ったんじゃないだろうか?

 携帯電話のない時代です。
 こちらからは連絡ができません。
 もし、何らかのトラブルがあり、来れなくなったのであれば、公衆電話からかけてくるはずです。
 それができないということは、大きな事故に巻き込まれたのかもしれません。


 「どうしたの?」
 電話の前でオロオロしている僕を見て、オフクロが声をかけてきました。
 「S君が、来ないんだよ」
 「S君って、O町の?」
 「ああ、もう2時間以上も経っているんだ。ヘンだよね?」
 「どこかに寄り道しているんじゃないの?」
 「それはありえないよ。すぐ行くって言ってたもの……」


 ついに、時計の針は10時を過ぎてしまいました。

 これは絶対、何か遭った。
 彼の両親に、知らせなくっちゃ!
 と電話の受話器に手をかけた時でした。

 「外に誰か来たみたいよ。S君じゃないの?」
 オフクロの声を聞いて、玄関へ走り、ドアを開けると……


 「よっ、おまたせ!」  
 S君が、いつものはにかんだような笑顔で立っていました。
 「おまたせじゃねーよ! いったい、どんだけ待たせるんだよ! 心配かけるなよ!」

 友人を罵倒する僕の前で、当の本人は、キョトンとした顔をしています。
 その顔は、「何のことを言われているのか分からない」 と言いたげです。


 「どこ寄り道してたんだよ?」
 「寄り道?」
 「そーだよ、今、何時だと思っているんだ?」

 彼は、左手を上げて、腕時計を見ました。
 「まだ、8時を過ぎたところだけど……」
 と言った後、見る見るうちに顔色が変わっていきました。

 「何が8時だよ! 10時を過ぎているんだぞ!」

 彼の唇が、震え出しました。

 「そ、そんな……。オレの時計、狂っているのかな?」
 「狂ってなんか、ねーよ! ほら、見てみろ」
 と僕は、玄関の柱時計を指さしました。


 「2時間も余分に、どこをほっつき回っていたんだよ?」
 「……」
 「本当のことを言えよ」
 「……」

 少しの沈黙の後、S君は言いました。
 「オレ、2時間も、どこに居たんだろう? 電話を切った後、まっすぐ来たのに……」


 信じるか、信じないかは、あなた次第です。

   


Posted by 小暮 淳 at 11:24Comments(0)謎学の旅

2021年05月11日

身近な恐怖


 「霊感って、ありますか?」
 「いや、まったく」
 「ご興味は?」
 「不思議なことは好きですけど」
 「今度、この方の怪談会に行こうと思うんですけど、ご一緒しません?」

 と言われ、知人女性から一冊の本を手渡されました。
 戸神重明/編著 『高崎怪談会 東国百鬼譚』 (竹書房)

 なんでも高崎市出身在住の作家さんで、地元の怪談話を集めた本を書いたり、怖い話の朗読をする 「怪談会」 なるイベントも開いている方らしいのです。


 家に帰り、借りて来た本をペラリとめくって、驚きました。
 というのも、いきなり第1話の冒頭は、こんな文章から始まっていたのです。

 <群馬県前橋市に住む小暮さんは、……>

 おいおい、これ、俺のことじゃねーの!?
 なんて、突っ込みを入れながら一気に読んでしまいました。


 それくらいに丸々一冊、“群馬一色” で、地名や施設名など知っている場所ばかりが登場します。
 そこで、ハッとしました。
 そうか! 知っている “場所” だから怖いんだ!

 もしこれが○○県××市だったら 「作り話かもしれない」 と思うし、土地勘のない聞きなれない地名では、他人事に感じるかもしれません。
 でも、知っている場所、住んでいる地区となると、「もしかしたら自分も遭遇するかも」 という臨場感が増します。
 現に僕は本を読みながら、「この公園って、あそこじゃねーの?」 「おいおい、その公衆電話、使ったことあるぞ!」 なんて、知らず知らずのうちに突っ込みを入れてましたものね。


 なんで、この作家は群馬限定に、こだわっているんだろう?
 って思っていましたが、
 “怪談は身近なモノほど怖い”
 からなんですね。

 どうか、我が家と我が家のまわりには、現れませんように……
  


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)謎学の旅

2021年04月23日

三度目の妖精


 またまた妖精を目撃しました。
 これで3回目になります。


 最初は、十数年前の真冬の夜。
 自転車を漕いでいた僕を、後方から白い光の玉が、尾を引きながら追い越して行きました。
 (2010年11月16日 「妖精目撃」 参照)

 2回目は、3年前の真夏の夜。
 オヤジの介護中のこと。
 深夜にオムツ交換で起こされ、そのまま眠れず、気分転換にと庭に出たときでした。
 深呼吸をする僕の頭上を低空飛行しながら、またしても光の尾を引きながら飛んで行きました。
 (2018年8月15日 「妖精ふたたび」 参照)

 どちらも飛行体の大きさは、ピンポン玉か、それよりやや小さいサイズ。
 高度は、僕が背伸びをして手を伸ばしても届かない距離ですから、地上2~3mくらいでしょうか。


 さて、この2件の “妖精目撃” ですが、共通点と相違点があります。
 共通しているのは、光の大きさとスピード、そして高度です。
 異なるのは、目撃した季節です。
 十数年前は真冬、3年前は真夏でした。

 そして今回は、春!

 一年を通して、発光しながら飛ぶ生物なんて、いるのでしょうか?


 先週の夜、仕事場でのこと。
 部屋の空気の入れ替えをしようと、北側の窓を開けたときでした。

 またまた、“彼” は現れたのです。
 窓の下 (僕の仕事場は2階です) を、スーーーーっと白い光が横切りました。
 十数年前と、3年前と同じ “光る物体” です。

 ただ、今までと違うのは、僕の方が高い位置から眺めているということ。
 俯瞰した状態での遭遇となりました。
 上から見ても、下から見たときと、まったく同じ形状をしていたので、同種類の生物だと思われます。


 では、なぜ、この発光飛行体が 「妖精」 なのでしょうか?

 その件については、上記の過去ブログをご覧ください。
 友人の自称・妖精研究家による分析が記されています。

 そして、今回出遭った妖精も “オス” でした。
 ぜひ一度、“メス” の妖精に遭ってみたいものです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:20Comments(2)謎学の旅

2021年04月14日

今日の朝日新聞 “国定忠治の最期の一献 落語に”


 以前、僕は、こんなことをブログに書きました。
 <1つの謎から1つの連載が生まれ 1つの連載から1つの落語が生まれ 1つの落語から1つの番組が生まれた>
 ※(2021年3月15日 「明日オンエア!末期の酒 『牡丹』」 参照)


 そして、その一連の流れが今日、新聞記事になりました。

 朝日新聞 (4月14日付) 群馬版 23面
 <国定忠治の最期の一献 落語に>
 <処刑前日 所望した上州の地酒は「牡丹」?>
 <群大教授の噺家演じる>


 記事では、演歌や講談、大衆演劇の主人公として今も人気がある江戸末期の侠客・国定忠治の生涯に触れつつ、処刑前夜に呑んだ地酒のエピソードを題材にした落語ができるまでを紹介しています。

 演者は、ご存じ!
 我らのたまり場、酒処 「H」 の常連客であり、前橋市が生んだアマチュア落語界のスパースター、都家前橋 (みやこや・ぜんきょう)。
 「H」 のカウンターで、注しつ注されつ、酔いし酔われ、語り語られて、誕生したのが落語 『末期の酒』 であります。


 記事では、落語の内容にも触れています。

 <「最期に何を所望するか」 と牢番侍に聞かれ、「上州の酒を飲んで上州の土に還る。こんな気分のいいことはねえ」 と地酒を所望した忠治。ぐいっと一杯。「もう一杯、どうだ」 と勧められたが、「天下の忠治が、磔(はりつけ)が怖くて、散々に酔っ払って死んだとあっちゃあねえ、こりゃあ、末代の恥になりやす。これで、結構でござんすよ」 と断る。>


 この時、呑んだ酒が、加部安左衛門という豪農が醸造していた 『牡丹』 という酒でした。
 ということで、記事の最後は落語の原作者である僕の登場です。
 さて、どんなことをコメントしたのでしょうか?

 興味のある方は、ぜひ、今日の朝日新聞をご覧ください。


 いや~、謎学って、面白いですね。
 「瓢箪から駒」 ならぬ 「瓢箪から酒」 が飛び出してまいりました。
 さて、今後、この酒は、何に化けるんでしょうか?
   


Posted by 小暮 淳 at 10:47Comments(0)謎学の旅

2021年04月12日

99%の嘘と1%の真


 昨日は、月に一度の 「神社かみしばい」 の上演日でした。
 風もなく、春の日差しが、たっぷりと注ぐ、穏やかな紙芝居日和で、たくさんの方が来社(場)してくださいました。


 『いせさき宮子の浦島太郎』
 これが月一回、伊勢崎神社で上演している紙芝居の演題です。

 海のない群馬県に、なぜ、浦島太郎の伝説があるのか?

 まさに、この “謎学の旅” が、僕のライターとしての取材のライフワークとなりました。
 そして10年間続けた旅の節目として出版されたのが、『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) でした。
 2018年8月の出版以降、僕は著書をテーマにした講演活動を続けています。


 「民話や伝説は何を伝えようとしているのか?」

 この演題には、長めの副題 (サブタイトル) が付いています。

 ~99%の嘘と1%の真~
 舞台がある限り、謎は解ける!

 ちょっと大げさなタイトルですが、講演では、まず民話や伝説のウソの部分に触れます。
 いったい荒唐無稽な話は、どのように誕生したのか?


 みなさんは、子どもの頃にやった 「伝言ゲーム」 という遊びを覚えていますか?

 まず先生 (出題者) が紙に書かれている話を、他の子に聞こえないように最初の子の耳元で伝えます。
 例えば、
 <よしお君はお母さんに、八百屋でトマトとキャベツとニンジンを肉屋でコロッケとハムカツとカレー肉200グラムを買って来るように頼まれました。>
 という伝言文があるとします。
 この伝言文が、2人目、3人目と伝わるうちに、少しずつセンテンスが書き換えられていきます。

 よしお君→まさお君
 ニンジン→ジャガイモ
 200グラム→500グラム

 のように変化し、10人目の子が届いた伝言文を発表する頃には、まったく別の話になっていたりします。
 これが民話や伝説の伝承システムです。

 いわゆる 「口承」 といわれるものです。
 現代のように文字やデータで残ってはいませんので、私たちにたどり着くまでに先人たちの多大なる “創作” の手が加わっているということです。

 そこで!
 99%の嘘 (創作) の中にある1%の真 (事実) を探すのが、“謎学の旅” の妙味なのであります。
 そして、その謎を解くカギは、舞台にあります。

 伝言ゲームの例題でいえば、よしお君のお母さんが居た場所です。
 そして、よしお君が買い物に行った商店街探しです。


 『いせさき宮子の浦島太郎』 にも舞台があります。
 その舞台は今もあり、地名としても残されています。

 では、この話のどこまでが “嘘” で、どの部分が “真” なのか?
 ぜひ、みなさんの目で耳で確かめに来てください。

 次回の 「神社かみしばい」 は、5月30日に上演いたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 09:53Comments(0)謎学の旅

2021年03月16日

座敷わらしになれなかったカッパ


 ≪昔々の、そのまた昔。
 ある村は、飢饉(ききん)に見舞われ、食べる物がなくなり、暮らしがままならなくなりました。

 考えられた生き残り策は、口減らしでした。
 それも育ち盛りの子どもを、一斉に川に流すという残酷なもの。
 真夜中になると親たちは、寝ている我が子を抱えて、川のほとりへとやってきます。

 「ごめんね、許してね」
 「化けて出て来てもいいからね」
 泣く泣く親たちは、子どもを川に流しました。

 やがて、川に流された子どもたちは、「河の童(わらべ)」 となり、時々、村に現れ、いたずらをしては、親に自分の存在を伝えるようになったといいます。

 村人たちは、我が子が帰って来たことを喜び、「河童(かっぱ)」 と呼ぶようになりました。


 ところが、同じ村中にも、お大尽の家が何軒かありました。
 当然、お大尽の家にも子どもはいます。
 しかし、裕福なゆえ、食うには困りません。
 だからといって、ほかの村人の手前、我が子だけ生かしておくわけにもいかず、秘策を考えました。

 お大尽の家は大きく、部屋がたくさんあります。
 屋敷の中の一番奥の部屋に、我が子をかくまい、「決して外へ出ないように」 と言いつけました。
 ところが、遊び盛りの子どもですから、外へ出たくて仕方ありません。
 昼間は見つかってしまうので、部屋の中でジッとしていますが、家の人や村人たちが寝静まった夜中になると、そーっと部屋を抜け出しました。

 それを目撃した村人たちは、びっくり仰天しました。
 川に流したはずの子どもが、カッパの姿ではなく、着物を着た子どものままで、屋敷の中を走り回っているのですから。
 いつしか、夜中に現れる子どものことは、「座敷童子(わらし)」 と呼ばれるようになりました。

 しかも、座敷わらしが現れる家は、すべて、お大尽の屋敷です。
 その噂が広まり、「座敷わらしを見ると出世する」 と言われるようになったといいます。≫


 という話を最近、聞きました。
 貧富の差、格差社会から生まれた悲しい昔話です。
    


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(0)謎学の旅

2021年03月06日

正解者続々! 「消えた日本一」


 <とうとう見つけました!>
 <謎を解きました>
 そんなメールが頻繁に届くようになりました。

 何のことかといえば、以前、このブログで明かした “取材に行ったら思わぬ真実に出合ってしまい、結局、記事にはできなった” 「消えた日本一」 の話です。
 ※(2021年2月10日付 「消えた日本一」 参照)

 その後、「消えた日本一って、なに?」 「どこにあるの?」 といった問い合わせがあったため、僕は追記として、4つのヒントを公表しました。
 ※(2021年2月23日付 「消えた日本一の反響」 参照)

 どうも、この追記した “ヒント” が逆に、火に油を注いでしまったようであります。
 ますます問い合わせが増え、それに比例して “正解” を誇らしげに告げて来る人もいました。


 でも、こんなこともありました。
 某企業へ仕事の打ち合わせに出向いた時のこと。
 担当部署へ行く間に廊下で、その社の偉いお方とすれ違いました。
 面識のある方ですから当然、丁重に、ごあいさつをいたしました。

 すると、突然!

 「小暮さん、教えてくださいよ。“消えた日本一” って、どこ?」

 えっ、絶句であります。
 ま、ま、まさか、こんな偉い方が僕のブログを読んでくださっているなんて!?
 しかも、僕が問いかけた謎に、完全にハマっているじゃありませんか!


 なんだか知らないところで、謎が謎を呼んで独り歩きを始めているようです。
 そろそろ、この辺で止めないと、イライラが伝播して、暴動を起こしかねません。
 でも、ここで、真実を公表することもできないのです。

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ、どうすれば、いいんでしょうか?


 ということで、思案の末、みなさんのモヤモヤ解消のため、さらなるヒントを差し上げることにしました。
 前回、第4のヒントで出した 「ある部分では、今でも日本一」 の “ある部分” をお教えします。

 それは、「顔」 です!

 いかがでしょうか?
 これで、だいぶ検索でも絞り込めたと思います。

 さあ、Let's Try!

 (ただし、分かっても内緒にしておいてくださいね)
  


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(0)謎学の旅

2021年02月23日

「消えた日本一」 の反響


 過日、このブログで 『消えた日本一』 (2021年2月10日付) というタイトルで記事をアップしたところ、大変反響をいただきました。
 「ブログを読んだ」 という方から、「どこだか気になる」 「何が消えたんだ?」 「その日本一を教えてほしい」 という問い合わせが多く寄せられました。

 やっぱ、気になりますよね~!

 直接、問い合わせていただいた方には、あくまでも 「ここだけの話ですよ」 と前置きをした上で、プライベートな世間話として、教えて差し上げました。
 でも、いくら個人的なブログであっても、やはり、この場では申し上げられません。
 倫理的、社会的な側面を考慮しまして、控えさせていただきます。

 「もっいぶって、なんだよ!」
 「だったら、ブログなんかに書くな!」
 という読者の声が聞こえてきそうですが、これだけは “ネット上のモラル” ですからお許しください。


 ただ、ヒントならば差し上げられます。
 謎解きゲームのようですが、これから提示する4つのヒントをキーワードに、検索するなり、図書館で調べるなり、知恵と足を駆使して、答えを導き出してみてください。

 まず、第1のヒントです。
 ① その日本一は、昭和60(1985)年5月に完成しました。
 その後、マスコミが騒ぎ出し、新聞や雑誌などマスコミにもてはやされました。

 第2のヒントは、場所です。
 ② 群馬県西部の町です。
 観光名所としては、大きな庭園と宿場跡が残っています。

 第3のヒントは、本当の “日本一” について。
 ③ 現在、公式に発表されている日本一は、大分県にあります。

 最後のヒントは、なぜ、“日本一” のフェイクニュースが生まれたか?
 ④ 全体ではなく、ある部分だけの大きさならば、現在でも日本一だとされています。


 さあ、以上4つのヒントを参考にして、探してみてください。

 ただし、もし分かっても、このブログのコメント欄に、地名や固有名詞は書き込まないでくださいね。
 (書き込まれた場合、すぐに削除します)

 では、Let's Try!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:02Comments(0)謎学の旅

2020年12月15日

ようこそ殺人現場へ② もう1つの墓


 読者の皆さんは、覚えていますでしょうか?
 明治時代に旧子持村 (現・渋川市) で非業の死を遂げた村医者の話を?

 俗にいう 「吉原玄宅夫妻殺害事件」 です。
 そして長年、この事件を追っていた僕は、先月、高崎市のフリーペーパーにドキュメント記事を掲載しました。
 すると、ある読者が編集室を訪ねて来て、謎めいた言葉を残して帰って行きました。

 「玄宅の墓は、高崎市にもある」
 ※(当ブログの2020年11月25日 「ようこそ殺人現場へ」 参照)


 さっそく僕は読者とコンタクトを取りました。
 そして、ヒントとなる地名と場所を聞き出しました。

 「高崎市E町にある公民館を探せ!」

 これまた、なんとも謎めいた言葉であります。
 本人も正確な情報をつかんではいないようで、それ以上の詳細は教えてくれませんでした。


 E町だけでも、いくつかの公民館があります。
 市が管轄する有人の大きな公民館から、自治会が管理する無人の公民館まで。
 住宅地図を頼りに、1つずつ訪ねるしかありません。

 これは、もう、刑事の聞き込みのような地味な作業であります。


 ところで、墓を探すのに、なぜ公民館なのでしょうか?
 寺院や墓地ではないのでしょうか?

 まさに、これが最大の謎として、立ちはだかりました。

 当然、公民館を訪ねて、医師の名を告げても 「知らぬ」 の一点張りです。
 「なぜ、公民館に墓なのか?」
 と、不思議がられる始末です。


 ところが、取材の神様とは、突然、降臨するものなのですね。
 これで最後、という小さな無人の公民館を訪ねたときです。
 敷地内を、くまなく探しても、墓石のようなものなんて、何一つありません。

 「やっぱり、タレコミはガセネタだったのか……」
 と敷地を出ようとしたときでした。
 塀の隣に、小さな墓地が見えました。

 「もしかして、ここのことだったりして」
 と、恐る恐る入っていくと……

 な、な、なんと!
 その墓地の墓石に書かれていた名字が、すべて同じだったのです。
 そうです、「吉原」 です!


 推測するに、ここは一族本家の墓所なのではないか?
 ここからたどれば、非業の死を遂げた医師の出生や生い立ち、果ては、なぜ高崎を追われたのかという最大の謎まで探し当てられるかもしれません。

 確かに、玄宅の墓は2つあったのです!


 謎学の旅は、つづく。
  


Posted by 小暮 淳 at 15:08Comments(0)謎学の旅