温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2010年10月31日

「源泉巡礼記」最終回

 本日発行の月刊「Deli-J」(上毛新聞TRサービス刊) 11月号の掲載にて、「源泉巡礼記」が最終回を迎えました。
 丸4年という長きにわたり、たくさんの読者に支援され、愛され続けてきたことに、心より感謝申し上げます。

 ありがとうございました。


 2006年11月号の法師温泉から始まり、最終回の白根温泉まで全48話。毎月毎月、よく続いたと感心します(雑誌の誌面都合により、ひと月掲載を休んだ月がありました)。
 相棒のカメラマンも3人変わりました。最後のカメラマンは、ご存知!竹ちゃんマンこと竹沢佳紀君です。

 掲載された全話に、僕のヌード写真が載っています。
 「なんでオヤジの裸なんか載せるんだよ。女性のモデルにしろ!」
 連載スタート当初は、そんな声が方々から聞こえてきました(けっこう今でも言う人はいますが…)。

 でも、わけあって、著者自らが見苦しいヌードになってまで、入浴しているのです。
 それは、あくまでもドキュメントにこだわりたかったから!
 だから、出版されている僕の本は、すべて僕のヌードが写っています。

 世の中には、温泉の雑誌も本も、書店へ行けばあまたと出ています。
 でも、そのほとんどが、モデルを使った写真に編集者がライティングしたコメント程度です。さらに手を抜いたものは、旅館から借りた新築・改築当時の写真を平気で載せています。「経費がかかるから」というのが、一番の理由だと思います。

 実際、先日、四万温泉へ行ったときも、温泉協会長が「最近は雑誌取材も滅多にやって来ません。電話で済ませて、写真を送ってくれってやつばかりですよ」と、業界の実情を話していました。

 ということで、あえて僕は、湯に入って書いている証拠として写真を掲載しています。
 読者に支持され、長年連載を続けられたのも、そのへんの臨場感が読者に伝わったからだと信じています。


 突然の最終回に、楽しみにしていた読者からは、ブーイングの声が編集室に届きそうですが、これで僕の活動が終わってしまったわけではありません。
 まだまだ、群馬の素晴らしき温泉を追い続けますよ!

 今回の月刊「Deli-J」誌上の連載終了は、来年より誌面がリニューアルするためです。
 編集室と話し合いの結果、切りの良い丸4年で、とりあえず「源泉巡礼記」は終了とし、一度仕切り直して来年年明けより、新たな連載をスタートさせることになりました。
 と、いうこで、年が明けたら、またお会いしましょう。


 「源泉巡礼記」を毎月楽しみにしていた読者のみなさん、本当にありがとうございました。
 僕自身も連載を通して、成長することができました。
 さらなる精進を重ね、より良い記事を読者のもとへ届けられるよう、これからも頑張ります。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:38Comments(0)執筆余談

2010年10月30日

四万温泉 「鍾寿館」②

 昨日は、夕方から四万(しま)温泉へ行き、温泉協会事務所で開かれた会議に出席して来ました。

 臨席者は、四万温泉協会の現会長、前会長、主任のほか、県の観光関係者および新聞社の方々です。
 何の会議だったかは、申し訳ありませんが、現時点ではまだ公表することはできません。
 ただ、世間が “あっ” と驚く大企画の実現へ向けての会議には違いありません。
 テーマが “温泉” ということで、僕にその中心人物の白羽の矢が当たりました!
 早ければ年内に取材等がスタートし、来秋には形になったものを皆さんのもとへお届けすることができそうです。

 実に有意義で、熱のこもった会議でした。


 会議の後、昨晩は、前温泉会長の田村徹氏のはからいで、彼の旅館に泊めていただけることになりました。
 四万温泉 鍾寿館(しょうじゅかん)です。

 鍾寿館には、今までにいったい何回泊まったことでしょう。
 明かりが灯った格子窓が連なる外観に、往時の旅籠(はたご)の風情と温泉情緒が漂う、僕の大好きな宿です。
 あああぁぁ、会議のご褒美にしては、上出来過ぎであります。

 玄関を入り、部屋鍵を受け取ると、勝手知ったる館内をスタスタと……
 2階へつづく階段の踊り場には!
 やっぱり、ありまする。徹さんは、こうやって10年もの間、僕の絵をさらしものにしてきたのですね。
 イジワルなお方です。

 踊り場の壁には、10年前に僕が描いたヘタクソな絵と、僕が書いた書(?)のような文字画、それと原稿用紙に書いたエッセイが貼られています。ほんとうにヘタクソで、恥ずかしいったらありゃしません。
 あまりの恥ずかしさに、僕は毎回、チラッと一瞥(いちべつ)するだけで頬がほてってしまい、駆け足で階段を昇ってしまうのです。(なんで僕の作品が展示されているかは、当ブログ、四万温泉「鍾寿館」参照)


 大浴場を過ぎた先の中庭に、小さな祠(ほこら)があります。
 源泉そのものを御神体として祀っているのです。自家源泉を保有する宿ならではもの。
 湯への感謝を忘れない、確かな湯守(ゆもり)がいる証拠です。

 源泉の温度は、約60℃。
 泉質は、ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉。旧泉質名を 「含石膏-食塩泉」といいます。
 名の通り、大変カルシウムを含んだ、少し塩辛い湯です。


 湯上りは、浴衣一枚でいても、なかなか汗が引きません。
 そんな時は、キーンと冷えた生ビールをゴックンゴックンと流し込んでやると、体中の細胞が「きゃっほー!」と喜びまわります。当然、ビールだけで留まるわけがなく、酎ハイ、冷酒と急ピッチで進んで行きました。

 もちろん、関係者と真面目に、群馬の温泉の未来を語りながらであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:43Comments(0)温泉地・旅館

2010年10月29日

島人たちの唄⑤ 「海の神様」(上)


 わっしょい、わっしょい!
     ワッショイ、ワッショイ!

 青い法被(はっぴ)に赤く「祭」の文字が染め抜かれた、揃いの衣装で子供神輿(みこし)がねり歩く。
 丘の方から、浜の方から、港を目指して集まってくる。
 今日は、年に一度の「ぎおんまつり」の日だ。

 港のお祭広場では、かわいいピンクの法被を着た幼稚園児たちの踊りが始まった。
 人口2000人余りの孤島にしては、子供の数の多さが目にとまる。
 ジーンズ姿に茶髪の若いお父さんやお母さんが多いのも、この島の特徴だ。
 全国の漁村の中で、群を抜いて若者の漁業就業率が高い篠島ならではの光景である。


 えーんやこーら、えーんやこーら!
     エーンヤコーラ、エーンヤコーラ!

 広場の中央に鎮座していた舟形の山車(だし)が、動き出した。
 今度は、大人も子供も一緒に、紅白の綱を引く。


 えーんやこーら、えーんやこーら!
     エーンヤコーラ、エーンヤコーラ!

 音頭をとるのは、島外から赴任して来ている小学校の先生だ。
 島でたった一人の駐在さんも、山車の後から声をかける。


 「カメラ屋さ~ん、来とったんか」
 小学校5年生のランちゃんが手を振った。民宿のお孫さんだ。
 いつしか僕らのことを、そう呼ぶようになっていた。


 港から城山をぐるりと回り、淡黄色の美しい砂浜がつづく前浜(ないば)の浜通りをゆく。
 やがて山車は海の神様、八王子社にたどり着いた。
 昔から島の漁師たちは、海が荒れて漁に出られない日がつづくと、この八王子様にすがった。
 すると、海は凪(な)ぎ、船を出すと大漁がさずかったという。

 山車が奉納されると、漁師たちは浜で神主とともに海に向かい、祝詞(のりと)をあげた。

 また静かな、いつもの島がもどってきた。


 その夜、港から打ち上げられる花火は、「ぎおんさま」の送り火。
 海面に映す、いくつもの大輪の花を眺めながら、島人たちは海の安全と大漁を祈った。


 今年も島の夏が、やってきた。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:56Comments(0)島人たちの唄

2010年10月28日

奥嬬恋温泉 「干川旅館 別邸花いち」②


 昨日のつづきです。


 奥嬬恋温泉の「干川旅館 別邸花いち」へは、雑誌や出版本の取材等で、なんだかんだとたびたび訪ねています。
 3代目主人の干川英男さんも、女将の陽子さんも、とても気さくで、まだお若いのに仕事熱心で、いつもいつも感心してしまいます。

 一昨日は、僕の温泉講座の受講生を23名も連れて行ったのに、そつなく応対してくださり、湯と料理にうるさいご婦人方も、大満足して帰られました。ありがとうございます。

 で、女将の干川陽子さんとは、最初にお会いしたときからパワースポットを紹介してもらうなど、温泉以外の話で盛り上がった仲ですが、今回、またしても摩訶不思議な話を聞かされてしまいました。


 それは

 「座敷わらし」

 です。


 「座敷わらし」といえば、火災で全焼してしまった岩手県の「緑風荘」という旅館が有名ですが、なななんと! 干川旅館にも住んでいるらしいのです。

 女将いわく、「座敷わらし」は昔からここに住んでいたそうです。が、平成15年に旧館を壊して別邸を建て替えてから、どーも今度は本館に引っ越したようだと言います。
 現在、住んでいる場所は、食堂。
 我々が一昨日、食事をした広間です。

 ただし、姿が見えるのは子供だけだとか。
 大人は、視線を感じとれる人が稀にいるとのこと。
 そして、その視線は、とても低い位置から感じるようです。

 「お子さんはよく、座敷わらしと追いかけごっこをしています。でも、子供は滅多に来ないので、淋しいだろうから、遊び相手に市松人形を置いてあげたんですよ」と女将は、食堂の棚を指さしました。
 確かに、人形が置いてあります。


 「座敷わらし」は子供の霊です。
 昔から、「座敷わらし」に出会うと、幸運に恵まれるといわれています。
 男なら“出世”をし、女なら“玉の輿”に乗れるとも伝わります。

 地元の人が「干俣様」と呼ぶ、諏訪神社のご利益をこちらの旅館が授かっているのも、もしかしたら「座敷わらし」が招いているのかもしれませんね。


 残念ながら、僕は何回も訪ねていますが、まだ一度も「座敷わらし」に出会ったことがありません。
 だから、出世できないのかもね。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:33Comments(2)温泉地・旅館

2010年10月27日

神様のいる神社

 神社には、神様のいる神社といない神社があるんだそうです。


 昨日は、NHK文化センターの温泉講座日でした。
 おかげさまで、人気の講座のようで、今月から「秋・冬編」と題して、追加講座が始まりました。
 これまた、おかげさまで満席。ただいま、キャンセル待ちの状況です。

 今回は、正規講座の受講生を優先に受け付けたため、新規受講生は3名のみ。
 それも僕の読者ということで、著書を持参しての参加でした。
 うれしい限りです。

 「秋・冬編」の1回目の昨日は、奥嬬恋温泉の「干川旅館 別邸花いち」へ行って来ました。
 奥嬬恋温泉といえば、「今、地元が大変なことになっています」と以前、このブログに女将の干川陽子さんからコメントをいただいた温泉です。その後、諏訪神社がどうなったのか知りたくて、昨日の講座を大変楽しみにしていました。


 いったい、奥嬬恋温泉の周辺で、何が起きているのか?

 月刊 『Deli-J』 7月号で、連載している「源泉巡礼記」というエッセイに、奥嬬恋温泉の近くの神社がパワースポットだと僕が書いたものだから、読者が殺到しているとのことです。
 やがて、読者のみならず、僕のブログを見た人やネット上の書き込みなどで、その数が増え、ふだんは地元の人しか参拝しない無人の小さな神社に大勢の人が来るようになり、村人はビックリ! ついには役場の職員まで対策に借り出される事態に発展しているというのです (当ブログ内 「干俣の諏訪神社」 「パワースポット」参照)。

 女将に会うと、第一声は「小暮さん、ありがとうございます。たくさんの人がお見えになってます」とのこと。
 何でも僕の記事を読んだ人が、病気を抱えた子供を連れて宿泊し、諏訪神社へ参拝したそうです。
 そしたら後日、その家族は「子供の病気が良くなったお礼を言いに」と、また泊まりにきたというのです。

 「そのときは、本当に鳥肌が立ちました。これもそれも小暮さんのおかげです」と、また女将は深々と頭を下げるのです。

 ただ、良いことばかりではありません。
 たくさんの人が神社に訪れるおかげで、拝殿のまわりに酒の一升瓶や米のキロ袋が供物として並ぶようになりました(僕が記事の中に “酒と米を持って” と書いたのです)。
 これらを掃除するのは、地元の老人会の方々です。申し訳ありません。

 さらに、問題が起きました。

 たくさんの参拝客が来るようになったため、賽銭も貯まるようになりました。
 村では、「どうしようか?」と思案の矢先でした。
 賽銭泥棒に盗まれてしまったのです。これまた申し訳ない。

 僕が記事にしたばかりに、静かだった村が騒々しくなってしまったようです。


 で、温泉講座の一行ですが、僕が前回の講座時に「酒と米を……」と話をしておいたものですから、しっかり持参して来ていました。
 と、いうことで、ついに小さな村の小さな神社の前に、観光バスが横付けされることになってしまったのです。

 確かに神社の境内は、以前訪ねた時と、だいぶ雰囲気が違っていました。
 酒が並び、米が散乱しています。
 賽銭箱も社内にしっかりとしまわれ、鍵がかかった状態で、扉の穴から賽銭を入れるようになっていました。


 すべては6年前のあの日。
 僕が干川旅館に泊まった晩に、女将から聞いた摩訶不思議な話から始まったのです。
 信州の偉い僧侶が 「干俣の村社には、神様がいる」と言った言葉……

 すべての神社に神がいるわけでは、ないんだそうです。
 願い事は、神様のいる神社にしなければ、何の意味もないということです。


 恐るべし、干俣の諏訪神社!
  


Posted by 小暮 淳 at 19:08Comments(0)講座・教室

2010年10月25日

歯医者復活

 僕は、すごく臆病者なもので、すぐに医者へ行くクセがあります。
 医者が好きなわけでも、健康オタクなわけでもありません。
 本当に心配性で、臆病者なだけなんです。

 こんな仕事をしているからでしょうか。
 出張取材先での下痢、発熱、腹痛、頭痛、歯痛というものに、恐れおののいて生きています。
 だから、海外へ長期旅行へ行くときなんて大変ですよ。どこも悪くなくても、ひととおり医者を回って、「もしも…」の時用の薬を全部出してもらわないと、不安でなりません。

 そんな僕には、主治医がいます。
 と、いっても僕が勝手に通っている内科医ですけど。2週間に1回は顔を出して、問診を受けたり、血圧を測ったりしています。
 年に何回かは、レントゲンや胃カメラ、心電図なども、先生が「そろそろ、やっとくか」と言えば、「はい、お願いします」と素直に検診を受けています。

 おかげで、もう何年も仕事を休むような風邪はひいていません。
 風邪をひくまえに、薬を出してもらえるし、希望によっては注射を打ってもらえるからです。
 「あ、風邪気味かな?」「最近、ダルイな…」と思ったときは、「先生、今仕事を休むわけにはいかないんですよ」とお願いすれば、「よーし、ズバッと一発で効くやつを打ってやるよ」と栄養剤を注入してくれます。

 ま、臆病者の“転ばぬ先の杖”が、主治医ということになります。


 歯医者もしかり!

 歯科医院の先生にも、僕はよくほめられます。
 「小暮さんみたいな患者さんばかりだと、治療もラクなんですけどね」って。
 だって、僕は歯が痛くなる前に行きますもの。臆病者ですから。

 と、いうことで、今日はヒマだったので、歯医者と内科医のハシゴをしてきました。

 今週、来週と出張が入っているのと、来月は出版記念パーティーを含め、いくつかのイベントや講演が入っているため、「ああ、出張先で急に歯が痛くなったらどーしよう」とか「講演の途中で歯が痛み出したら、話ができなくなるぞぉ~」という恐い考えが頭の中を渦巻いてしまったのです。

 そんなことを考え出すと、もう僕は居ても立ってもいられなくなって、歯医者へ飛んで行ってしまいます。
 「奥歯が少しグラつくんですよ。カチカチと当たる歯もあります」ということにして、診察してもらいました。
 案の定、治療の要素ありでした。
 こんなとき、「やったー!」と心の中で叫びます。「あー、臆病でよかった」と……。

 “未病”っていうんですか、病気を未然に防ぐ習慣です。
 しばらくは、仕事の合間を見て、歯医者通いです。


 歯医者復活!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:39Comments(0)つれづれ

2010年10月24日

年に一度の無礼講


 飲んで飲んで、ひたすら飲み続けて15時間!
 年に一度の無礼講とはいえ、我の胃袋と肝臓の丈夫さに、はなはだ驚いておりまする。

 昨日は、日頃より大変お世話になっている「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄)の 『発行25周年親睦旅行』 に、参加してきました。

 僕が「ちいきしんぶん」の社員旅行に参加するのは、4回目です。ふだん1人で仕事をしているもので、“社員旅行”という響きに、そこはかとない憧れを抱いていたのですよ。だから3年前にお誘いを受けたときには嬉しくて嬉しくて、なんだか、まともな社会の一員になれたようで、飛び跳ねて喜んだものです。

 で、参加したら、これが楽しくてしょうがない。病み付きになってしまいました。
 何が楽しいかって、朝の出発から夜帰るまで、ひたすら酒が飲めるんですもの。酒池肉林とはこのこと! バスの中は、ガイドさんはじめ、綺麗なおねーさん(?)と一日中一緒なのですから!


 今回は、小江戸「川越」散策と「三井アウトレット入間」ということで、近場のため、いつもより遅めの出発となりました。
 午前8時、高崎駅東口を出発。
 すでに、その5分前には、1本目の缶ビールのプルタブが、「プシュッ、プシュッ」と車内に響き渡りました。
 前方から、おつまみの入った袋が回ってきます。

 いいですねー!
 気分は絶好調です。

 2本空けた頃に、川越に到着。
 ま、川越は、取材等で何度も訪ねている街ですから、今さら見るものなんてありません。
 おねーさん(?)たちを連れて、僕がガイド役を買って出ました。
 途中、地ビールを飲んで、バスにもどりました。

 昼食は、寿司とうどん。
 ここでも、瓶ビールが回ります。
 いいぞ、いいぞ、この調子で、バンバン、テンションを上げて行きたいものです。

 が、……そろそろ日本酒が恋しい。


 午後は、予定では「三井アウトレット入間」で3時間のショッピングです。

 でも、そんなの関係ねー!とばかりに、到着後は不良オヤジたちを誘い、国道へ一目散。
 ありましたー! 
 まったくもって、自分の “酒運” の強さに驚いてしまいます。
 通りをはさんだ向かいに、居酒屋があるではあーりませんか!
 それも、営業中です。

 これで日本酒が飲める~!
 とばかりに、真っ昼間の午後2時から、宴会となりました。


 とーぜん、帰りのバスの中でも飲み続け、午後7時前に、無事、高崎駅に到着しました。

 「でも、まだ早くねぇ?」
 オヤジたちは、まだまだ懲りません。
 そのまま高崎駅構内をくぐり抜け、西口へ。
 夜の盛り場へと消えて行きました、とさ。

 ああ、めでたし。めでたし。


 「ちいきしんぶん」さ~ん、来年も社員旅行に呼んでくださいねっ。
 年に一度の無礼講なのですから。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:49Comments(2)酔眼日記

2010年10月22日

謎学の旅⑪ 「キュウリを食べない人」

 以前、雑誌に 『前橋にウナギを食べない住民がいた!』 と題した記事を書いたところ、読者からの「驚いた」という便りが、たくさん編集室に届きました。(※「謎学の旅」②参照)

 なかには「私も生まれてから一度もウナギを食べたことがありません」という、片貝神社の氏子の方からのハガキも何通かありました。
 ところが、僕が文末に「キュウリを食べない住民がいるだって?」と思わせぶりなことを書いて締めくくってしまったものだから、翌月になって、「キュウリを食べない人はどうした?」「続きを楽しみにしていたのに」といったお叱りのハガキとメールが届いたのも事実でした。

 僕だって、ずーっと気になっていたんです。
 だって、あの時出会った老人が残した言葉……
 「この辺じゃ、ウナギを食わんらしいね。うちの方じゃ、キュウリを食わんけどね」

 そして、さらに老人は言葉を続けた。
 「昔、村を守ってくれていたお侍さんが、キュウリのトゲで目をケガしてね。それ以来、キュウリを食わんようになったんだよ」


 あれから半年、ひょんなことから、僕はキュウリの話に出合いました。
 京都の人は、祇園祭の期間中は、キュウリを食べないというのです。
 これは、八坂神社の神紋がキュウリに似ていることに由来しているらしい。
 調べてみると、「木瓜(もっこう)」 という神紋は、確かにキュウリの切り口(断面)に似ているんです。

 なぜ、そんな神紋になったかといういわれについては、須佐之男命(すさのおのみこと)が、キュウリの上に降臨したという伝説が残っているます。
 また、キュウリを食べない習慣は、京都の八坂神社と関係のある全国の神社周辺でも見られるとのこと。

 これだー!
 とばかりに、僕は前橋市内の地図を広げて、老人の告げた地域周辺に八坂神社がないかと探しました。
 すると……

 あったのです!


 ちょうど時は、正月でした。
 僕は元日の初詣をかねて、前橋市文京町4丁目にある八坂神社を訪ねてみました。

 元日に行ったのは正解だったようです。たくさんの氏子たちが、社務所にいました。
 さっそく、神紋とキュウリの話を聞いてみると、氏子の一人が祭半纏(まつりばんてん)を見せてくれました。

 おおおぉぉぉ~~~!
 まさしく、キュウリの断面図のような木瓜紋がついているではありませんか!
 でも僕が知りたいのは、木瓜紋のことではなく、住民はキュウリを食べるのか、食べないのか、その真実です。

 「確かに今でもキュウリを食べない人はいるよ。でも、ほとんどの人は食べてるな」

 僕は無理をお願いして、今でもキュウリを食べない氏子を紹介してもらいました。
 でも、訪ねてみると寝たきりの老人で、残念ながら直接話を聞くことはできませんでした。
 息子さんの話では、「父はキュウリを食べない人です。でも、ただ単にキュウリが嫌いなだけなのかもしれません」とのことだった。


 あと何年かすると、キュウリを食べない人は完全にいなくなってしまい、この風習も消えてなくなってしまうのかもしれませんね。


 謎学の旅はつづく。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:17Comments(0)謎学の旅

2010年10月21日

圧巻! 全5段広告

 出ました!

 今日の上毛新聞、6面。
 拙著 『群馬の小さな温泉』 の全5段広告が出ました。
 3分の1ページの大きさですから、圧巻です!

 初の新聞広告は、一昨日の全3段広告でした。
 やはり、3段と5段では、視界に飛び込んでくる迫力が違いますね。
 これは、売り上げアップの期待ができそうです。


 実は、本当の初新聞広告は、上毛新聞ではありませんでした。
 9月30日付けの「聖教新聞」に、 “湯の魅力再発見”と題して、前著の 『ぐんまの源泉一軒宿』 とともに、小さな名刺大広告が掲載されました。
 首都圏中心に配布されたようで、その日以来、東京・埼玉方面からの問い合わせが、増えたとのことです。 

 現在は、ネットで簡単に地方出版の本が買えるようになりましたが、それでもまだまだ年配者は書店購入派です。
 僕の本も、紀伊国屋やジュンク堂などの大きな書店では店頭販売されていますが、それ以外は出版元への直接注文か、最寄りの書店への注文になります。
 首都圏の一般書店への問い合わせや注文が増えてくれると、本の売り上げもケタ違いにアップします。
 とにかく群馬県内とは、人口が違いますから。

 県内で1万部ならば、首都圏では、その10倍~20倍売れると見込まれています。


 いよいよ今月、これから 「楽天トラベル」 とのタイアップ企画が始まります。
 期待していまっせ! 物書きは、売れてナンボ、読まれてナンボの世界ですからね。


 目指せ! 印税生活!
  (宝くじを買わずに、ひたすら夢見てウン十年になります)
    


Posted by 小暮 淳 at 11:38Comments(2)著書関連

2010年10月20日

自分の怠惰は棚に上げて

 これは有名なエピソードですが、かの長嶋茂雄のことを現役時代に、「天才」と表した新聞記事がありました。
 それを見た当時の同胞、張本勲は「長嶋さんほどの努力家を、たった“天才”の二文字で片付けるとは何事か!」と激怒したそうです。
 まったくもって、そのとおり。無責任な表現です。

 僕のまわりでも、似たようなことが起きました。
 近年、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍している画家のS女史。彼女をやっかむ声は、確かに、方々から聞こえていました。

 その彼女が数年前、栄えある賞を受賞した時のことです。
 さる婦人が、女史に向かって言いました。
 「Sさん、あなたって幸せよねぇ」と……

 きっと婦人に、他意はなかったのだと思います。素直な表現だったのかもしれません。
 でも、まわりにいた知人たちは、誰もが前述の張本の心境だったに違いありません。


 悲しいかな、凡人は、どこまで行っても凡人の表現しか持ち合わせてないのですね。

 当の女史はというと、「ありがとうございます。みなさんに感謝しています」と、そつなくかわしていました。
 さすが、鷹は爪を隠します。


 時に、人は他人の“幸福”を見て、あたかも宝くじが当たった“幸運”のように、理由もなく嫉妬することがあります。
 自分の怠惰は棚に上げて、他人の勤勉は見ぬふりをして……。


 さーて、そろそろ僕も棚の上のモノを下ろすとしますかねっ。
 うかうかしていると、今年もあっという間に終わってしまいそうです。
    


Posted by 小暮 淳 at 16:15Comments(2)つれづれ

2010年10月19日

島人たちの唄④ 「我は島の子 漁師の子」

 「オレはなる!」
 「う~ん、わからん」
 「たぶん、なると思う」

 港で釣りをする子供たちに、「漁師になるの?」と声をかけた。
 3人の子供たちの返事は、“決定” “未定” “推定” に分かれた。
 島の産業人口割合は、半分が漁業、4分の1がサービス業(旅館・民宿などの観光業)で占められている。

 「コイツは魚のこと、めっちゃ詳しいぜっ」
 そう言われた子は、将来の職業を決めている子だった。
 「シロメをエサにして、クロダイを釣っているんだ」
 そう言って、自慢げに竿を投げて見せた。

 地元ではカタクチイワシの稚魚のことを「シロメ」という。3cmくらいのものを言い、シラス干し(ちりめんじゃこ)の原料となる。
 これより大きくなると「カエリ」、成魚は「シシコ」と呼ばれる。
 カタクチイワシは年に何回も産卵するため、漁期も長く、シラス漁は島の水揚げの半分以上を占める看板漁業となっている。


 港を歩くと、この島の漁師の若さと活気に驚かされる。
 茶髪にピアス、携帯電話を手にした都会の若者と変わらない格好で、ミニバイクにまたがり、狭い路地をかっ飛ばして行く光景に、何度も目を丸くした。
 ただ、日に焼けた赤黒く照り光った肌が、海を相手に働いている漁師の姿だった。

 日本の漁業は昭和一桁生まれの漁師たちが、ずーっと支えてきた。
 現在、高齢化が加速して、漁師の数は全国的に急減している。
ところが篠島は、この30年間というもの、漁師の人数は変わることなく、一定の水準を維持している。
 また、全国の「漁村の若さランキング」においても、13位。この数字は、九州や北海道を除いた本州ランキングでは、第2位の若さ(平均年齢)を誇っている。

 島の子供たちは、一様に「海が好きだ」と答える。
 “未定”の子も、“推定”の子も、「海が好きだから、島で暮らしたい」と言った。

 この島では、クラスの男子の半分が漁師になるという。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:48Comments(0)島人たちの唄

2010年10月18日

早朝講演

 前橋市倫理法人会より、セミナー講師の依頼がありました。

 倫理法人会が毎週行っている「モーニングセミナー」で講演をするのは、今度で2回目です。
 一昨年の9月に、高崎市倫理法人会の招きで、高崎ビューホテルにて講演をしました。

 倫理法人会とは、(社)倫理研究所の認可を受けた企業経営者の団体です。現在、47都道府県倫理法人会に加え、市・区単位の倫理法人会が全国に500ヵ所以上あります。会員数も5万社にのぼります。
 群馬県内だけでも、17ヵ所に法人会がある大きな団体です。


 前橋市倫理法人会の現在の会長は、狩野幸洋さん。
 今から20年ほど前になりますが、僕がタウン誌の編集をしていた頃に、大変お世話になった方なのです。
 こうやって、僕のことを覚えていてくれて、声をかけていただくなんて、ありがたいことです。感謝!
 断る理由なんて、これっぽっちも見当たりません。
 「こんな僕でよろしければ、喜んで話をさせていただきます」と、講師依頼をお受けしました。


 ただ!
 大きな問題が1つあります。
 モーニングセミナーなんですよ。講演の開始時間は午前6時!

 毎日、深夜の2時~3時まで仕事をしている僕にとっては、何よりもツライんだなぁ……。
 寝たら起きられないかも、という不安があります。その日は寝ずに、起きたまま行こうかとも思います。

 ま、前日は、早めに酒をひっかけて、床に就くしかありませんな。


              記

 ●日時/2010年11月4日(木) 午前6時~7時
 ●会場/マーキュリーホテル
       (前橋市大友町3-24-1)
 ●講師/小暮淳(フリーライター)
 ●演目/ 「湯の国ぐんまは温泉パラダイス」

 ※一般の方の聴講もできます。
 ※当日、会場にて著書の販売があります。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:08Comments(0)講演・セミナー

2010年10月17日

「相差」 読めますか?

 三重県鳥羽市へ行って来ました。

 何をしにか?
 打ち上げです。
 何の?
 はい、本の出版です。
 何で三重県なの?
 僕の本のデザイナーさんが、和歌山県の太地町(クジラの町で有名)に住んでいるからです。

 と、いうことで、中間地点(距離的には中間ではないのですが、やはり魚のうまい土地で会いたいということで、太地町からほど近い鳥羽)で打ち上げをすることになりました。
 昨年も、表紙デザインの打ち合わせは、同じ民宿で合流して、行ったのです。

 打ち上げですから、当然、1人じゃありませんよ。
 プロデューサーの桑原一氏と、カメラマンの竹沢佳紀くん(ご存知、竹ちゃんマンです)も一緒です。


 群馬から上信越自動車道、長野道、中央道~伊勢湾岸道路と乗り継いで、走りに走って8時間あまり!
 打ち上げ場所の三重県鳥羽市相差町に着きました。


 「相差」、読めますか?
 「おおさつ」と読みます。どう読んでも、読めないですよね。

 宿の女将によると、昔、このあたりには大きな砂州があったので、「おおさす」がなまって「おおさつ」になったと伝わると言いますが、何でこの漢字が当てられたかは不明。

 このあたりには、実に難読地名が多く存在します。たとえば、
 「国崎」と書いて、「くざき」。
 「朝熊」と書いて、「あさま」。
 「石鏡」と書いて、「いじか」。
 「安楽島」と書いて、「あらしま」です。
 まず、読めませんって。だから、看板や標識には、すべてルビがふってあります。


 「相差」は、小さな漁港です。
 島好きの僕にはたまらない、島によく似た大好物の風景がぎっしり詰まった町です。
 山がせまり、坂道が多く、民家は斜面にへばりつくように軒を寄せ合っています。
 小さな漁船が入り江を行きかい、海鳥たちが後を追って飛び回りまわっています。

 最近は、町内にある「石神さま」が、パワースポットとして人気があり、昨日も今日も大勢の観光客が訪れていました。
 海女の町としても知られることから、この神様は、女性の願い事を叶えてくれるとのことです。


 群馬を早朝に発ち、午後3時に到着。
 夕食までの時間、ずーっと釣りをして過ごしました。
 夜は当然、酒盛りです。


 一見、無駄のような遠出ですが、これが創作への活力になるんですね。
 昨晩は、来年秋出版の次回作の構想話で、夜の更けるのも忘れて、盛り上がりました。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:41Comments(0)つれづれ

2010年10月15日

祝賀パーティーの画像


 昨日の祝賀パーティーの画像を、続々と友人らがブログにアップしてくれています。

 ご興味のある方は、下記検索にて、ご閲覧ください。


 ●クラウン“wakuwaku”の“あ、は、は”日記
 ●きゃろっとぷらん blog  


Posted by 小暮 淳 at 21:01Comments(0)著書関連

2010年10月15日

明日は休ブロ日

 毎日、このブログを読んでいる方から、「更新されてない日があると、何かあったのかと心配になります」と言われました。
 ありがとうございます。
 そう、おっしゃっていただくと、ブログの書きがいがありますね。

 なるべく毎日記すようにしているのですが、物理的に無理な日があります。
 それは、取材等で泊まりの出張へ出かけている日です。
 パソコンを持ち歩けば良いのでしょうが……、そこまではね。


 と、いうことで、明日は少し遠くへ行ってしまうので、ブログをお休みします。

 どこへ行って来たかは、次回のブログで報告します。  


Posted by 小暮 淳 at 20:31Comments(0)つれづれ

2010年10月15日

チンドンとコラボ

 早くも、「前橋まつり」のリベンジチャンスが訪れました!

 来月6日、前橋市で開催される 『第8回全国アマチュアちんどん競演会』 に、高崎チンドン倶楽部と共に出場することになりました。


 高崎チンドン倶楽部とは、すでに数年前からコラボレーションをしています。
 温泉地でセッションしたり、高崎市の「人情市」や「どっと楽市」などでも共演しました。

 そもそも、僕と座長が長年の知り合いで、クラウン役は高校の同級生、さらにチンドン(鉦と太鼓)担当者とも仕事仲間ということもあり、『GO!GO!温泉パラダイス』(作詞・作曲/小暮淳) を興行の際に演奏していただいていたのです。
 と、いうことで、今回、急きょ、お声がかかりました。


 当日はコンクールのため、1チームの持ち時間が短いとのことで、バンドでの出演はありません。
 ボーカルの僕がチンドンの演奏に合わせて歌い、オンパラシスターズの2人が和服で踊ります。

 ぜひ、皆さん! お誘いあわせのうえ、会場へお越しください。




             記


 ●日 時/2010年11月6日(土)  午後2時~
 ●会 場/前橋プラザ 元気21 にぎわいホール
 ●料 金/入場無料

   


Posted by 小暮 淳 at 12:20Comments(2)ライブ・イベント

2010年10月14日

校正三昧の日々

 今週は、珍しくヒマです。

 と言っても、出張取材がないというだけで、毎月いくつかの連載モノを抱えているので、常に締め切りは目の前にぶら下がっているんですけどね。次の締め切り原稿は、来週の水曜日。余裕です。

 ということで今週は、の~びり、読書三昧にあてようと、未読本をデスクの横に積んで準備をしていたのですが……
 そうは問屋が卸さなかったようです。


 上がってきました!
 近日出版予定の里山本のゲラ校正です。

 ふつう、温泉本なんかですと、ブロックごとに数十ページずつ出てくるんですが、今回は、一気に本文全ページが上がって来てしまいました。100ページ以上です。

 何が苦痛かって、ヘタクソな自分の文章を延々と読み続けることですよ。
 原稿用紙に換算して、150枚前後です。
 毎日、にらみ合っていると、そのヘタクソさ加減に、破り捨てたくなります。いっそのこと、全文書き直そうか!と考えるのですが、いえいえ、そんな気力も時間もありません。

 器量やオツムが多少悪くても、我が子は我が子です。
 産み落としてしまえば、何でも可愛いいんですよね。


 今回は、初のウォーキングエッセイです。
 よって、文章だけでなく、地図や歩行タイムなどのデータ類も掲載されます。これが実に細かい作業なのですよ。
 さらに、温泉ライターの肩書きも持つ僕の本ですから、当然、入浴した全温泉施設の一覧も巻末に入ります。
 原稿は僕が書きましたが、写真の用意や施設との交渉などは、すべて出版社にお任せしてあります。

 当初は、11月の出版を予定していましたが、どーも、この様子だと、ずれ込みそうですね。

 これから、「まえがき」「あとがき」の執筆、表紙デザインの決定と、表紙写真の撮影……

 まだまだ、遠い道のりですなぁ~。


 正月までには書店に並ぶよう、がんばり、まっーす!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:18Comments(0)執筆余談

2010年10月13日

大変恐縮です。

 昨夕、群馬ロイヤルホテルにて、打ち合わせがありました。
 来月、11月14日に行われるパーティーの件で、同席してきました。


 実に、恐縮をしています。

 『群馬の小さな温泉』 出版記念および 『ぐんまの源泉一軒宿』 1万部突破記念のパーティーを開いてくださることになりました。
 発起人は、プロジェクトKのメンバーで、デザイナーの栗原俊文くんと、建築家の安原章さんです。


 出版記念パーティーだなんて、なんだか、くすぐったいですね。
 そんなパーティーは、僕の人生には無縁なものだと思っていましたから……。
 つくづく、“一人じゃ、何にもできないんだ”と感じています。
 大勢の人に支えられて、僕は今日まで生きてきたんですね。

 あきらめずに、ここまで歩いて来れたのも、出会って来た人、すべてのおかげです。感謝!


 そっそく、案内状の名簿を作っています。
 県の観光・温泉関係者、今までに僕が取材した温泉旅館のご主人や女将さん、雑誌・新聞・メディア関係者、そして仕事仲間、友人・知人……
 現在、200名以上がリストアップされています。

 来週には発送されると思いますので、案内状が届いた方は、お友だちをお誘いあわせのうえ、ぜひ、ご出席くださいますよう、お願い申し上げます。
 ささやかですが、僕から歌のプレゼントを用意してます(歌より本の方がいいって? もちろん、ご用意していますよ)。


 栗原くんのことは 「クリ」 と呼んでます。
 安原さんのことは 「ヤス」 と呼んでます。

 クリちゃん、ヤスっさん、世話になります。
 よろしゅう、たのみまっせ!

 そして、いつも、ありがとね。



 大変恐縮です。
     


Posted by 小暮 淳 at 15:11Comments(0)著書関連

2010年10月12日

謎学の旅⑩ 「幻のガラメキ温泉」(下)

 行く手をさえぎる沢で、立ち往生をしていると、後方から颯爽(さっそう)とマウンテンバイクに乗ったおっちゃんがやって来ました。

 「ガラメキ、行くの?」

 埼玉から来たという男性は、そう僕に声をかけると「では、お先に」と、難なく沢を渡って行ってしまいました。

 世の中には変わった人もいるものだ、と感心して後姿を見送りましたが、思えば我もその一人である。
 負けてなるものか!

 沢を良く見れば、上流の方に、先人により木の橋が渡されているではないか。
 こちらは徒歩なれど、おっちゃん(僕とあまり歳は変わらないと思います)に遅れをとるまいと、必死で後を追いました。

 ゲートから、かれこれ1時間。地図を見れば、ゴールは近い。


 最終関門の三叉路に出ました。
 3本の道のいずれかの選択です。確率は3分の1。
 ……が、あたりをよーく見渡し、慎重に判断をすれば、左の道の木の枝に、これまた先人の残した赤いテープを発見!

 間違いない! こっちだ!

 一気に急な坂道を、息を切らして登りつめると、前方に見覚えのあるマウンテンバイクが止めてあります。
 ついに、幻の温泉に、たどり着いたのです!


 でもそこは、何の変哲もない、ただの沢でした。
 でも、上流にヒューム管が埋まっていて、その傍らに、さっきのおっちゃんが座っています。

 「よっ、お先に湯をもらったよ。沢の水が入り込んで、泉温は24℃とぬるめだが、さっぱりするぞ!」

 なぬ? このおっちゃんはもうすでに、ひと風呂浴びたのか?
 タダ者ではない、と見た。

 ならば、我も負けじとばかり、素っ裸になり、ヒューム管の中へ……

 ヌ、ヌ、ヌル~イ! が、足底からプクプクと、気泡とともに天然温泉の湧出を感じます。


 ガラメキとは、「我楽目嬉」と表記するらしいが、定かではありません。
 発見は、2世紀末とされていますが、これも定かではありません。

 明治時代には3軒の旅館があったようですが、昭和21年、旧日本陸軍の相馬ヶ原演習場を米軍が接収し、旅館は強制立ち退きを命じられたといいます。

 そして、地図からもその名が消えた今、 秘湯中の超秘湯として、全国の野湯マニアの聖地となっています。



 ●源泉名 : ガラメキ温泉
 ●湧出地 : 群馬県北群馬郡榛東村鷹ノ巣山中
 ●湧出量 : 不明 (自然湧出)
 ●泉  温 : 約30℃ (湧出地の噴き出し口)
 ●泉  質 : 単純温泉とも硫黄泉とも炭酸水素塩泉とも……不明
 ●効  能 : やけど、皮膚病に特効あり
 ●施  設 : 直径約70cm、深さ約150cmのヒューム管のみ
 ●料  金 : 無料 (ただし、体力と勇気が必要)


 謎学の旅はつづく。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:34Comments(0)謎学の旅

2010年10月11日

上牧温泉 「辰巳館」②

 上牧(かみもく)温泉の老舗旅館、辰巳館の4代目主人、深津卓也さんからメールが届きました。

 今回出版した『群馬の小さな温泉』に掲載されたことへの、丁寧なお礼のメールです。

 辰巳館へ取材に行ったのは、確か2月です。取材がスタートしたばかりの頃でした。
 いち早く趣旨を理解していただき、こころよく取材を引き受けてくれたのが深津さんです。


 本の制作とは、実に少ない予算で進められています。
 すべての宿の宿泊費、交通費が出ているわけではありません。
 そんな限られた経費の中で、今回36軒の宿を取材してまわりました。

 おかげさまで、予算内での取材が無事終了したからこそ、こうやって書店に本が並んでいるのですが、そこいたるまでには、スタッフの並々ならぬ努力と、温泉旅館の多大なる協力があってこその賜物(たまもの)なのです。

 深津さんは、その中でも最初に取材を協力してくれた方です。


 上牧温泉は、深津さんの祖父が大正時代に発見した温泉です。
 利根川沿いの田んぼに、冬でも雪がとけ、稲の枯れる場所があり、不思議に思った初代の深津謙三さんが、原因を探ろうと掘ったところ、温泉が湧き出たといいます。
 当初は、無料で村人に温泉を開放していましたが、昭和2年に辰巳館を開業しました。現在、上牧温泉には5軒の温泉旅館がありますが、最も古い宿です。

 源泉の温度は約41℃と、ややぬるめですが、弱アルカリ性の湯は肌にサラリとまとわりつく、やさしい浴感です。
 泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉。昔より「中風の湯」とも「化粧の湯」とも呼ばれ、保温保湿効果に優れている温泉です。


 また、ゆっくりと温泉に入り、湯上りには名物の献残焼(けんさんやき)をいただきながら、囲炉裏端で地酒を酌み交わしたいものです。
 そう、僕からもメールを返しました。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:24Comments(2)温泉地・旅館