2022年11月09日
牧水気分で浮かれ酒
<其処へ一升壜を提げた、見知らぬ若者がまた二人入って来た。一人はK―君という人で、今日我らの通って来た塩原多助の生まれた村の人であった。一人は沼田の人で、阿米利加(アメリカ)に五年行っていたという画家であった。画家を訪ねて沼田へ行ったK―君は、其処の本屋で私が今日この法師へ登ったという事を聞き、画家を誘って、あとを追って来たのだそうだ。そして懐中から私の最近に著した歌集 『くろ土』 を取り出してその口絵の肖像と私とを見比べながら、「やはり本物に違いはありませんねエ。」 と言って驚くほど大きな声で笑った。>
(若山牧水・著 『みなかみ紀行』 より)
先日、四万温泉に泊まった晩のこと。
県内外から温泉好きが集まり、酒を酌み交わし、宴たけなわとなった頃、宿に中年の男女が訪ねて来ました。
2人は夫婦で、なんでも、僕がこの宿に泊まっていることを知り、やって来たのだといいます。
手には、僕の著書が握られていました。
見れば、新品であります。
はて、なぜに新品なのだろうか?
僕の読者ならば、読み込んで、手垢にまみれているはずです。
「それ、どうされました?」
「ええ、先生が四万温泉に来られると聞き、会いたくて……」
「いえ、その本です。新しいですよね?」
「ああ……、今、宿で買ってきました。サインをお願いします」
たぶん、こういうことなのでしょうね。
この日、僕と泊まっている温泉ファンの誰かが、SNSか何かで、つぶやいた。
すると偶然、同じ四万温泉の別の宿に泊まっていた温泉ファンの夫婦が、僕がこの宿に泊まっていることを知った。
会って、サインをもらおうと思ったが、あいにく本は持って来ていない。
ところが運よく、夫婦が泊まっている宿に僕の本が売っていた。
取り急ぎ購入して、僕が泊っている宿を訪ねて来たということのようです。
もちろん、こころよくサインをいたしました。
ついでに、「よろしかったら一緒に、一杯やりませんか?」 と宴の席に誘いました。
「まるで牧水のようですね」
誰かが言いました。
「本当だ、悪い気はしないね。冥利に尽きる」
と僕は、牧水気分で美酒に酔いしれたのであります。
たかが温泉、されど温泉。
旅と湯と酒を愛した牧水に、乾杯!
Posted by 小暮 淳 at 11:45│Comments(0)
│酔眼日記