温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2022年03月31日

老後と言う勿れ


 【老後】
 年老いて後。年とってのち。
 (「広辞苑」より)


 永い永い借金地獄が終わりました。
 今月、住宅ローンを完済しました。
 「やったー!」 と叫んだ後、ドッと脱力感が襲ってきました。

 ひと言、「疲れた」。
 なんで人生は、「こんなにも労が多いのだろうか?」 と我が人生を恨んだ最大の要因が、住宅ローンでした。
 「家なんかなければ、もっと自由なのに……」
 平静を装いながら夫と父を演じている自分に、嫌気がさしたことは数えきれず。
 「いつか、自由になってやる!」
 そう思い続けて20数年。

 やっと、自由になる日が来ました。


 完済した日、僕は、いつもの席に居ました。
 お存じ、酒処 「H」 のカウンターです。

 「ジュンちゃん、おめでとう! 長い間、ご苦労様でした」
 事情を知るママが、ねぎらいの言葉をかけてくれました。
 「ありがとう。これからは今まで以上に来るからね」
 「今だって十分、来てもらっているよ」

 至福のひと時であります。
 でも直後、この幸せが急転直下しました。

 「さあ、来月から老後の資金を貯めるぞ!」
 と僕が言ったときです。
 カウンターにいた常連客の一人が言いました。
 「えっ、ジュンさん、すでに老後でしょ!?」

 ガーーーーーーン!!!!

 そうなんですか? すでに老後なんですか?
 ていうことは今現在、2,000万円持っていないとダメなんですか?
 これから貯めるんじゃ、ダメなの?

 「これから2,000万円は、無理でしょう!」

 ガーーーーーーン!!!!

 またまた傷ついてしまいました。


 そんなことがあった翌日、某出版社の社長さんから 「会いたい」 との連絡がありました。
 指定の時間に指定の場所へ行くと、突然、話を切り出されました。

 「出版を前提に連載をお願いしたい」

 こいつは春から縁起がいいわいなぁ~!
 “傷つける民あれば、救う神あり” であります。
 願ったり叶ったり、カモがネギしょって、棚からぼた餅を落としてくれました。

 「ぜひ、よろしくお願いします」
 ということで、依頼話は成立しました。
 そして最後に社長さんは、こう言いました。

 「老後の足しにしてください」

 ガーーーーーーン!!!!


 老後とは、老いた後のことですぞ!
 僕は、まだ老いてる途中です。
 でも、社長さんのお心遣いは、ありがたくお受けいたします。

 目指せ、2,000万円!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:31Comments(3)つれづれ

2022年03月30日

ロクとナナとハチ


 3年前に亡くなった愛犬のマロには申し訳ないのですが、やっぱり僕は根っからのネコ好きであります。
 見て好し、触れて好し、抱いて好し、かじって好し!

 ネコならば、どんなネコでも好きですが、“推し猫” は断然! キジトラです。
 小学生の頃に飼っていたネコがキジトラでした。
 以来、キジトラを見ると、胸がキューンと高なります。

 この一方的な片思い感が、いいんですね。


 キジトラ以外のネコは、全部、僕の癒やしです。
 ドキドキするような恋愛対象にはならないけど、ホッとするひと時を与えてくれます。

 僕の仕事場 (自宅の2階) の窓からは、隣の家の庭が見えます。
 空き家ですが、時々、家主が換気と掃除に来るので、庭木も花壇もキレイに手入れがされています。

 でも、ふだんは人間の姿を見かけることはありません。
 いるのは、ネコたちだけです。
 野良なのか、飼い猫なのか、何匹ものネコたちが通り抜けます。


 僕は仕事の手を休め、彼ら(彼女ら)を見るのが、憩いの時間となっています。
 頻繁に登場するのは、以下の3匹です。

 ●ロク (通称)/黒猫なので、クロをひっくり返して 「ロク」 と呼んでいます。
 ●ナナ (通称)/サバ柄の女の子です(たぶん)。子どもの頃、隣の家の飼い猫がサバ柄で、「ナナ」 という名前でした。
 ●ハチ (通称)/ご存じ!ハチワレ顔です。パンダみたいで可愛いです。


 ロクとハチは、日に何度も庭を行き来します。
 「よっ、天気がいいね。お散歩かい?」
 と声をかけると、立ち止まり、向かいの家の2階を見上げ、
 「ああ、いつものオッサンか……」
 といった素っ気ない顔をして、そそくさと通り抜けて行きます。

 でもナナは違います。
 隣の空き家には、日当たりのいい縁側があり、そこがナナの特等席。
 天気の良い日には、日がな一日、その縁側の上で過ごします。
 寝っ転がったり、毛づくろいをしたり、伸びをしたり、あくびをしたり、昼寝をしたり……

 「ナナ!」
 2階の窓から声をかけると、ナナは顔を上げ、僕を見つめます。
 決して、ロクやハチのように素っ気ない態度はとりません。

 「ニャ~」
 と返事をしてくれる時もあれば、またすぐに眠りにつくこともあります。


 この陽だまりの空間には、いつも “猫時間” が流れています。
 いいなぁ……
 僕も、もう少しネコたちを見習って、ゆっくりと生きなきゃいけないなぁ……

 ネコたちとのわずかな時間が、今の僕には、かけがえのないひと時となっています。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:04Comments(2)つれづれ

2022年03月29日

温泉大好き集まれ!


 【幡谷温泉 ささの湯】
 泉質は無色透明のアルカリ性単純温泉。トロンとした肌に張り付くような浴感は、実に滑らかだ。それだけで美肌効果があることがわかる。何よりも浴槽の縁全体からザバザバと滝のようにあふれ出ている湯量に驚かされる。毎分約260リットルという豊富な湯を、たった一軒で使い切っているとは、なんと贅沢なことだろう。
 (『尾瀬の里湯』 より)


 年末に相間川温泉 (高崎市) で開催されている 「温泉暖議(サミット)」。
 毎年、締め切り日前に定員になる人気ぶりです。
 僕は、このサミットの講師をしています。

 昨年、参加者から 「ぜひ、オフ会を開きたい」 との提案がありました。
 しかも、その中に温泉宿の女将さんもいました。
 「開催が実現したら来てくださいますか?」
 との打診に、「もちろん」 と快諾しました。


 先日、一枚のチラシが届きました。

 ≪温泉大好き集まれ!≫
 ≪第1回 ささの湯で小暮淳さん講演会&オフ会≫

 そして、こう書かれていました。

 <温泉ライターの小暮淳様をお招きして講演会と、温泉大好きな仲間たちとのオフ会を開催します。会場である片品村の温泉旅館 「ささの湯」 の歴史や誕生秘話、周辺温泉のお話をしていただきます。> 


 ということで、1泊2日の温泉合宿をすることになりました。
 もちろん、温泉が大好きな人なら誰でも参加できます。
 気軽に問い合わせ、申し込みください。

 それでは当日、幡谷温泉で待っていま~す!!



    第1回 ささの湯で小暮淳さん講演会&オフ会

 ●日時  2022年5月14日(土)~15日(日)
 ●場所  幡谷温泉 「ささの湯」 (群馬県利根郡片品村幡谷535)
 ●定員  先着15名
 ●料金  11,000円 (飲み物代別途/おすすめの逸品持ち寄りOK)
 ●問合・申込  幡谷温泉 ささの湯 TEL.0278-58-3630 (担当/荒井)

 ※宿泊限定企画ですが、日帰り参加も可 (要問合)
 ※コロナ感染状況により、中止する場合があります。ご了承ください。


   〖スケジュール〗
 11:00~入浴可 (ランチ弁当500円あり。要事前申込)
 14:00~15:30 講演&お話会 (休憩あり)
 15:30~17:00 入浴タイム&自由時間
 17:00~19:30 夕食会 (交流会) ※BBQまたはビュッフェ
 19:30~     二次会&自由時間

 翌日8:00~   朝食後解散 (記念撮影)
   


Posted by 小暮 淳 at 12:05Comments(5)講演・セミナー

2022年03月28日

西上州の薬湯 (11) 「森の中によみがえった皮膚病に効く名薬湯」


 このカテゴリーでは、2016年12月~2018年2月まで 「生活info(くらしインフォ)」 (関東新聞販売) に連載された 『西上州の薬湯』(全15話) を不定期にて掲載しています。
 ※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。


 猪ノ田温泉 「久惠屋旅館」 藤岡市


 下日野は、森におおわれた深い山の中である。
 標高はさほど高くないが、県道からはずれて山道に差しかかった途端に、ひんやりと空気が変わる。
 渓流、猪ノ田(いのだ)川のほとりに、ひっそりと和風の一軒宿がたたずんでいる。

 猪ノ田温泉の歴史は古く、すでに江戸時代には源泉の湧き口に湯小屋があった。
 硫化水素を含む独特の腐卵臭がすることから 「たまご湯」 と呼ばれ、大変珍重されていたという。
 明治の初めからは 「皮膚病に効く」 という評判が高く、医者に見放された患者が東京方面からもやって来るほど湯治場としてにぎわい、大正時代には旅館が建てられ、戦前まで大いに繁盛していた。

 しかし、戦後に経営は悪化し、昭和40年代には廃業してしまった。
 それから長い間、惜しむ声はあっても、源泉は森の中で眠ったままだった。


 「歴史と効能のある温泉を、どうしても復活させたかった」
 地元で牛乳販売業を営んでいた先代主人の故・深澤宣恵(のぶやす)さんが、旅館を開業したのは昭和58(1983)年のことだった。
 周囲の反対、湯権者との交渉など、温泉復活までには10年の歳月を要した。

 その昔 「たまご湯」 と呼ばれ親しまれた薬湯は、肌触りのなめらかさから 「絹の湯」 と名を変えて、ふたたび傷ややけど、アトピー性皮膚炎に効く温泉として、全国からうわさを聞きつけた湯治客が訪れている。


 「源泉には殺菌、浄化、漂白の作用があることから、皮膚科や小児科のお医者様が患者さんの治療に役立てたこともあります」
 と、女将の信子さん。
 「自宅でも治療に使いたい」 という湯治客らの要望もあり、女将の発案で源泉を詰めたペットボトルの販売を行っている。

 「長年、体の弱かった私が、こうして健康を取りもどせたのも、すべて温泉のおかげです。毎日、湯に入ると自然に 『ありがとう』 と感謝の言葉が出ます」

 そのトロンとした肌にまとわり付く絹のような浴感と効能を求めて、遠方からやって来る人が後を絶たない。


 <2017年10月6日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 10:54Comments(0)西上州の薬湯

2022年03月26日

30年の記憶


 「小暮さん、○○会のAさんって、覚えていますか?」
 Aという名字はありふれているので、何人かの顔が思い浮かびますが、○○会は記憶にありません。


 昨日、知人の新聞記者Kさんから電話がありました。
 なんでも行きつけの呑み屋のカウンターで、隣に座った70代の男性に話しかけられたのだといいます。

 「新聞記者だと自己紹介すると、その人が、『記者と言えば昔、大変お世話になった人がいる』 と言うんですよ」
 「それが……?」
 「そう、小暮さんだって」


 やっぱり、思い出せません。
 昔って、いつ頃の昔なんでしょうか?
 Kさん、もう少しヒントをもらえないかい?

 「なんでも○○会はアマチュアゴルフの愛好会で、Aさんは会長らしいですよ」


 ゴルフ?
 僕とゴルフは、まったく無縁のスポーツです。
 ただ、過去に数年ですが、ゴルフ雑誌の記者をしていた時期がありました。

 「たぶん、それですよ! 取材を受けたんですって」


 だんだん記憶がよみがえって来ました。
 でも30年前の話です。
 ○○会という名前に覚えはありませんが、そんな愛好会を紹介するページがありました。

 「でもさ、その人は、よく “小暮” っていう名前を覚えていたね?」
 「すごく、うれしかったらしいですよ。素晴らしい記事だったって」
 「30年も前のことなのにかい?」


 そんなことって、あるのでしょうか?
 人生とは異なもの不思議なものであります。 

 「小暮さん、いい仕事してるじゃないですか!」
 「ああ、ありがとう。記憶にはないんだけどね」


 はたして僕は、いい仕事をしているのだろうか?
 また、して来たのだろうか?
 この人生の選択は間違っていなかったのだろうか?

 六十路の坂道は、自問自答の毎日であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:53Comments(0)執筆余談

2022年03月25日

チャツボミゴケの季節


 ♪ 雪が溶けて チャツボミゴケが顔を出します ♪

 ということで、今日は中之条町観光大使からのお知らせです。
 冬の間、閉鎖されていた 「チャツボミゴケ公園」 が、今年も来月から開園いたします。


 「チャツボミゴケ」 って、知っていますか?
 漢字では、「茶蕾苔」 と書きます。
 苔の一種で、ウロコゴケ目ツボミゴケ科に属します。

 なんといっても、この苔の特長は、その自生している環境にあります。
 強い酸性の温泉水が流れる場所のみ育ち、世界中にある約1,800種の苔の中で、最も耐酸性の強い苔なんだそうです。
 ふつうの生物ならば生きられない環境に自生しているのですから、ほぼエイリアンのような生き物ですね。

 日本国内で自生しているのは、群馬県中之条町(旧六合村) と九州熊本の阿蘇だけ。
 中之条町では、“本州最大規模の自生地” とPRしています。
 (平成29年2月に国の天然記念物に指定されました)


 僕が 「チャチボミゴケ公園」 を取材で訪れたのは、約20年も前のことです。
 当時はまだ公園として整備されていませんでした。
 かつての 「群馬鉄山」 という鉱山の採掘跡地だったんです。
 特別に許可を得て、敷地内に入った記憶があります。

 「穴地獄」
 それが当時の名称でした。
 まるで緑色のビロードの絨毯を敷き詰めたような苔が、あたり一面を覆いつくしている風景は、まるで他の惑星に不時着したよう。
 足元を流れる酸性泉の川から立ちのぼる硫化水素臭が、一層、“地獄感” を高めています。

 名の由来は、動物が落ちると出られなくなって死ぬからとのことでした。


 現在は公園として整備され、誰もが散策できるようになりました。
 ぜひ、本州唯一、最大規模の “緑の絨毯” が広がる幻想的な風景を一度、ご覧ください。


 ●場所/群馬県中之条町大字入山13-3
 ●開園/4月22日~11月末
 ●時間/4月~9月 8:45~15:30 10月~11月 8:45~15:00
 ●料金/600円 (小学生以下無料)
 ●問合/中之条町六合支所 産業振興課 TEL.0279-95-3111
   


Posted by 小暮 淳 at 11:29Comments(0)大使通信

2022年03月24日

彼の岸にて


 ♪ きみはその手に花をかかえて
    急な坂道をのぼる
    僕の手には小さな水おけ
    きみのあとにつづく ♪
 (「僕にまかせてください」 by クラフト)


 先月、僕は大きな失態を演じてしまいました。
 確定申告やら著書フェアやら、ごたごたしていた時期でした。
 なんて今さら言い訳をしたところで、許してもらえるでしょうか?

 3年目にして、オヤジの命日を失念していました。


 翌日気づき、あわてて実家に駆け込み、仏壇に手を合わせました。
 「急に、どうしたんだ?」
 アニキが、心配そうに声をかけてきました。
 「うっかり、オヤジの命日を忘れていた」
 「おれは、ちゃんと墓参りに行って来たぞ」
 「だよね。オヤジ、怒ってるかな?」
 「たぶんな……」

 そう言われて、しょげてる僕にアニキが言いました。
 「だいじょうぶだよ。オヤジ、ボケているから自分の命日も忘れているさ」

 そのひと言に救われました。


 何が何でも彼岸中に墓参りに行かなければ……
 それなのに都合が付かず、彼岸の入り、中日と過ぎて行きます。
 「よし、明日こそ行こう」
 と決めていた一昨日が、まさかの雪でした。

 そして昨日、やっと花と水おけを手に、オヤジとオフクロが眠る霊園を訪ねることができました。


 「オヤジ、ごめん!」
 もう言い訳はしません。
 「オフクロと仲良くやっているかい? ていうか、オフクロと一緒にいるんだろうね? あの世でもボケて徘徊しているんじゃないだろうね? ま、オフクロがちゃんとオヤジを探し当てていると信じているけど」

 こっち? こっちはみんな元気だよ。
 コロナが相変わらず猛威を奮っているけどね。
 でも家族は誰もかかっていないよ。

 そうそう、報告しなけりゃならないことがあったよ。
 末っ子のSが大学を卒業して、この春から社会人になるよ。
 これで3人の子が、すべて旅立った……
 長かったけど、これで子育ても終わりだ。

 オヤジとオフクロには、孫たち全員の成長を見てほしかったけどね。


 半年経てば、いい事も悪い事も、いろいろあります。
 オヤジとオフクロには、いい事だけ伝えて、手を合わせました。

 「今度はオフクロの命日に来ます。また、いい報告ができるように、それまで見守っていてくれよな」


 立ちのぼる線香のけむりが、淡い春の日差しの中で揺れていました。
 空の水おけを手にした僕は、知らずのうちに口ずさんでいました。


 ♪ 彼岸過ぎたら僕の部屋も あたたかくなる……
    


Posted by 小暮 淳 at 11:17Comments(2)つれづれ

2022年03月22日

創作落語 「焼きまんじゅうろう」 本邦初演!


 必殺技は、「あまから剣法みそだれ返し」。
 決めゼリフは、「目に染みたか、身に染みたか、心に染みたか」。

 そう、ご存じ群馬のニューヒーロー “焼きまんじゅうろう” が、またまた登場です。
 しかも、今回は落語になりました!


 焼きまんじゅうろうの誕生は、平成20(2008)年の夏。
 前橋市在住の絵本作家・野村たかあき先生の手により生み出されたキャラクターです。
 先生の作詞に、僕が作曲をしたテーマソング 『焼きまんじゅうろう 旅すがた』 がレコーディングされ、我がスーパーローカルおやじバンド 「じゅん&クァパラダイス」 によって県内各地の祭りやイベントで演奏されるようになりました。

 その反響は凄まじく、たびたび新聞記事やテレビニュース、ラジオ番組でも取り上げられました。
 そして翌、平成21年。
 新紀元社から出版された 『日本全国ご当地キャラクター図鑑2』 に、前橋市のマスコットキャラクター 「ころとん」 とともに掲載されました。

 以下のように紹介されています。

 上州小麦文化連合会長 焼きまんじゅうろう
 <群馬のソウルフード 「焼きまんじゅう」 のPRキャラクター。「利根の流れに産湯をつかり、からっ風で育てられ、義理と人情のためならばガブッと焼きまんじゅうをほおばって、悪を憎んで弱きを助ける甘辛みそダレの股旅野郎とは、おいらのことよ!」>


 時は流れ、昨年夏。
 野村先生の手描きによるオリジナルの創作紙芝居が完成。
 伊勢崎神社の境内にて、「壽ちんどん宣伝社」 座長・石原之壽(いしはらのことぶき)氏により上演が開始されました。

 そしてそして、ついに!
 「焼きまんじゅうろう」 が、落語になって帰って来ました~!

 野村先生の原作を前橋市在住の噺家・都家前橋(みやこやぜんきょう)氏が約20分の創作落語に仕上げました。
 前橋氏といえば昨年、僕の提案により国定忠治が処刑前夜に呑んだ 『末期の酒』 という創作落語を演じ、新聞やテレビでも話題になりました。
 ※(都家前橋 「末期の酒」 は、YouTubeにて公開中)


 さてさて、今回は、どんな 「焼きまんじゅうろう」 が飛び出すのでしょうか!?
 たくさんの方のご来場をお待ちしております。



    創作落語 『焼きまんじゅうろう旅姿~玉村宿の決闘」 披露会

 ●会場/群馬県立土屋文明記念文学館 研修室
 ●日時/2022年5月3日(火・祝) 14~15時
 ●入場/無料 (ただし事前申込制)
 ●申込/事前申込 4月18日(月)必着 (定員100名)
        ※HPの 「イベント申込フォーム」 または往復ハガキにて

  ≪当日のスケジュール≫
 14:00  開演/開口一番 落語一席 上州亭香鈴
 14:15  創作落語 『焼きまんじゅうろう旅姿~玉村宿の決闘』 都家前橋
 14:45  お楽しみ座談会 (野村たかあき&都家前橋)
  


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(0)ライブ・イベント

2022年03月21日

民話と紙芝居の街に


 「『竜宮』 という地名の由来を、今日初めて知りました。ありがとうございました」
 上演後、小さなお子さんを連れた若いお母さんに、そう言っていただきました。


 僕らは毎月一回、伊勢崎神社で街頭紙芝居を行っています。
 僕らとは、この口演の主催者で 「壽ちんどん宣伝社」 の座長・石原之壽(いしはらのことぶき)氏と、画家でイラストレーターの須賀りす氏、と僕の3人です。

 1年前から地元・伊勢崎市の民話や伝説をもとにした創作紙芝居を作って、披露しています。
 「竜宮」 という地名も、伊勢崎市の宮子町にあります。
 交差点名は 「竜宮」、近くの広瀬川に架かる橋は 「竜宮橋」。
 そして、その橋のたもとには 「龍神宮」 が祀られています。


 この神社には、その昔、竜宮城へ行ったとされる男の話が伝わります。
 その話をもとに制作した紙芝居が 『いせさき宮子の浦島太郎』 です。

 ●文/小暮 淳
 ●画/須賀りす
 ●演/石原之壽

 この上演を通じて、地元に暮らしている人たちでも知らない民話や伝説があることを知りました。
 「さらに、この活動を続けて、伊勢崎市を民話と紙芝居の街にしよう!」
 と、僕らは上演のみならず、紙芝居の制作も続けています。


 昨日は、創作紙芝居の新作会議日でした。

 みなさんは、伊勢崎市の北 (旧赤堀町) に 「赤堀花しょうぶ園」 という公園があるのをご存じですか?
 毎年6月になると、約30種、約2万5千株の花しょうぶの花が咲き乱れ、「花しょうぶ園まつり」 が開催されています。

 でも、この公園、国の指定史跡だって知っていましたか?
 その名は、「女堀(おんなぼり)」。
 なぜ、そう呼ばれるようになったのでしょうか?

 そこには、あるお姫様とともに戦った大勢の女たちの伝説があったのです。


 新作紙芝居、近日公開!
 乞う、ご期待!
   


Posted by 小暮 淳 at 10:07Comments(0)神社かみしばい

2022年03月19日

アエ~ン‼


 「お酒、やめました?」
 「イヤ、ええ、まあ少しは……」


 月に一回、僕は主治医のもとへ通っています。
 持病は、高血圧症。
 もうかれこれ10年以上も降圧剤を飲み続けています。

 昨年秋、突然、立ちくらみがして、医者へ行くと、一気に血圧が上がっていました。
 上が170まで、はね上がったため、投与される薬も変わりました。
 その後は、130~140の間を行ったり来たりしている小康状態が続いていました。


 昨日が月に一度の問診日。
 「別に変わりはありませんか?」
 「ええ、可もなし不可もなし金も仕事もありませんが、絶好調です」
 と、いつもの医者と患者の会話でした。

 そして、いつものように看護師さんに促されて、ベッドの上へ。
 「はい、深呼吸して、楽にしてください」
 と、これまた、いつものように血圧の測定が始まりました。

 「下が72の上が110」
 看護師の言葉に僕が驚く前に、医者が先に反応しました。
 「そんなはずはない。もう一回!」

 「はい、深呼吸をして……えーと、85の120ですね」

 今度は、すかさず僕は反応しました。
 「ね、先生! 絶好調だって言ったでしょ!」
 その言葉に対して、返って来た医者の言葉が冒頭のセリフだったのです。

 「お酒、やめました?」


 正直言って、お酒はやめていません。
 なのに、なぜ突然、血圧が下がったのか?
 医者は不思議なようであります。

 「何か運動を始めた?」
 「いえ、別に」
 「……」
 「あっ、そういえば先月から亜鉛のサプリメントを飲み始めました」
 「亜鉛?」

 医者は、そういうと、クルリとイスを回転させて、パソコンに向かい合い、検索を始めました。
 「ふむふむ、ふむふむ……。でも別に亜鉛を飲んでも血圧には関係ないね」


 なぜ、僕が亜鉛のサプリメントを飲み出したのか?

 それは、さる医学に精通した信頼のある知人から、「コロナ感染予防に、亜鉛がいい」 と聞いたからです。
 ネットで調べてみると、確かに <風邪や感染症にかかりにくくなる> と書かれていました。
 ので、さっそく、サプリメントを購入して飲み出しました。


 でも、ただ、それだけのことです。
 今現在、コロナには感染していないので、効果があるとも言えますが、亜鉛のおかげかどうかはわかりません。
 血圧が下がったのも、亜鉛とはまったく関係ないのかもしれません。

 でも、僕は思うのです。
 人間の体は複雑だ!
 たとえば、Aという薬やサプリメントはBに効き目があるとします。
 Bが改善されるとCを刺激して、Dに働きかける。
 結果、Dが活発になる。
 という 「風が吹けば桶屋が儲かる」 的に、連鎖することもあるんじゃなかろうか?
 ってね。

 僕の場合、亜鉛が体の中を、めぐり巡って血圧を下げてくれたのだと信じています。


 そして、これは、新型コロナウイルスで亡くなった志村けんさんからの啓示なんじゃないかと思うんです。
 「アエ~ン!を摂取しなさい」 ってね。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:28Comments(2)つれづれ

2022年03月17日

西上州の薬湯 (10) 「青い鳥が見つけた疲れを癒やす不思議な泉」


 野栗沢温泉 「すりばち荘」 上野村


 バタ、バタ、バタバタバタバタ……。
 突然、疾風が舞い、あっという間に目の前の泉が、何十羽という青い鳥の群れで覆われてしまった。

 東南アジアのごく限られた地域に分布する 「アオバト」 という渡り鳥だ。
 海水を飲むことで知られる鳥で、日本では北海道~四国、伊豆七島などで繁殖し、積雪のない温暖な地で群れを成して冬を越す。
 ここ上野村に姿を見せるのは、5~10月の半年間。
 塩分の濃い、海水に似た湧き水を飲みに、毎年約3,000羽がやって来る。


 野栗沢集落の人たちは、昔から巨石の間から湧き出る泉の水を飲みに、青い鳥がやって来ることを知っていた。
 産後の肥立ちの悪い婦人に、この鳥の肉を食べさせると、見る見るうちに体力が回復したという。
 また、泉の水を飲みながら農作業をすると、不思議と疲れを知らずに仕事がはかどるので、大変珍重されてきた。

 「ほれ、この水を飲めば絶対に二日酔いしないから」
 と、初めて宿に泊まった晩に、主人の黒沢武久さん (故人) から、源泉水が入ったコップを手渡された。
 ほんのり塩辛くて、スポーツドリンクのような味がした。


 昭和58(1983)年、地元に生まれ育った黒沢さんが泉の水を引いて、旅館を開業した。
 以来、数々の温泉の効能が知れ渡り、全国から湯治客が訪れるようになった。
 特に乾燥肌やアトピー性皮膚炎などの皮膚病に効くといわれ、湯治に通って来られない人のためにと、源泉水を含んだ石けんやボディーソープの販売もしている。


 野栗沢川を見下ろす内風呂は、いつ行ってもヒノキの香りに包まれている。
 うっすらとカーキ色した湯は、肌に張り付くような浴感があり、長湯をしても不思議とのぼせない。
 浸かれば浸かるほど、体が楽になるのが分かる。

 ヒノキ風呂の隣には、源泉を溜めた小さな浴槽がある。
 冷水だが意を決して入れば、湯上りはポカポカに温まる。
 「俺は毎日入っているから、風邪を引いたことがない」
 と、主人は豪語する。

 今でも地元の人たちは、やけどや切り傷をすると温泉水を患部に浸して治すという。
 「この水をうどん粉で練って、ガーゼに塗って、貼ってみな。ウルシのかぶれだって、虫刺されだって、一発で治っちまうから。これは魔法の水だよ」
 そう言って笑った。


 <2017年9月1日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 09:36Comments(0)西上州の薬湯

2022年03月16日

アザラシの赤ちゃんと雪の妖精


 小原玲という名前は知らなくても、かわいいアザラシの赤ちゃんの写真を見たことのある人は、多いのではないでしょうか?
 享年60歳。
 昨年11月、モモンガを撮るために出かけた網走で病に倒れた写真家です。


 小原さんは東京都の出身。
 幼稚園から高校までを群馬県で過ごしました。

 彼の写真家としての原点は県立前橋高校時代。
 同級生や先生たちの日常の様子をカメラに収めました。
 その中の一枚の写真が人生を変えました。

 出版社のコンテストに応募した 「休み時間」 というタイトルの作品。
 昼休みに黒板に向かって先生と議論する “優秀な生徒” と、アダルト雑誌を広げてニヤニヤしながら見る “普通の生徒” を対比させた写真が、グランプリに輝きました。
 これが写真家になることを決意させたといいます。


 プロになり、週刊誌のカメラマンとして数々のスクープをものにしました。
 田中角栄元首相の病室、ロス疑惑の容疑者逮捕の瞬間、御巣鷹山で墜落した日航機の生存者救出……。

 フリーに転じると 「戦場カメラマン」 になり、湾岸戦争やソマリア内戦など最前線で活躍しました。
 1989年、北京の天安門広場で民主化を訴える学生らを人民解放軍が鎮圧した天安門事件。
 彼が写した戦車の前で手をつなぐ学生たちの写真は、米国 「LIFE」 のザ・ベスト・オブ・ライフに選ばれました。

 皮肉にも、これが報道写真家を辞めるきっかけになったといいます。

 「1カ月間、学生たちと夜通し語り合った。彼らは非暴力を貫いた。あの写真は興奮した仲間が暴走しないように手を繋いだ姿だった」
 (前橋新聞 「me bu ku」 創刊3号より)

 なのに紙面では、“学生たちを襲う戦車” という構図にされていました。
 彼は、「編集者の思惑で意図が変えられたことに怒りと悲しみを覚えた」 といいます。


 「何でこんなことをしているのだろう」
 悲しみの写真ばかり撮ることに嫌気がさした彼は、一転、動物写真を撮り出しました。
 流氷の上で寝転ぶアザラシの赤ちゃん。
 つぶらな瞳の愛くるしい表情は、一躍、見る者の心をとらえました。

 それからの活躍は、周知のとおりです。
 シロクマ、プレリードッグ、マナティ……
 国内ではホタルやモモンガにシャッターを向けました。

 なかでも “雪の妖精” とも呼ばれるシマエナガの写真集は、アザラシの赤ちゃんに並ぶ人気者となりました。


 そんな小原玲さんの遺作展が現在、開催中です。

 生前、彼は 「喜びや幸せの写真を撮ることができた前橋が自分の 『原点』 だ」 と言っていたそうです。
 その言葉を聞いた高校時代の同級生たちが、今回の写真展を主催しました。


 僕も昨日、行って来ました。
 何を、どう感じるのか?
 ぜひ、一人でも多くの人に観ていただきたい写真展です。



     写真展 『小原玲 最後の伝言』

 ●会場/複合施設 「アクエル前橋」 2階 (JR前橋駅前)
 ●会期/開催中~4月10日(日) 10時~18時 入場無料
 ●主催/前橋高校54会有志

 ※3月27日(日) 10時半~、小原さんの妻で作家の堀田あけみさんのトークショー開催。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:22Comments(2)ライブ・イベント

2022年03月15日

「神社かみしばい」 3月口演


 ♪ 雪が溶けて川になって 流れて行きます
    つくしの子がはずかしげに 顔を出します
    もうすぐ春ですね ちょっと気取ってみませんか ♪

 ということで、久々に屋外で開催します!


 いや~、やっと2度目の春がめぐって来ました。
 夏の日照り、秋の落ち葉、冬の空っ風に耐えながら1年12回、休むことなく上演を続けている 「神社かみしばい」。
 さすがに極寒の12月~2月は耐えられず、屋内開催とさせていただきましたが、やっぱり紙芝居は青空の下で見る “街頭紙芝居” が風情があっていいですよね。


 この1年間で発表したオリジナルの創作紙芝居は4作品になりました。
 『いせさき宮子の浦島太郎』
 『やんちゃももたろう』
 『焼きまんじゅうろう 旅すがた』 ~おきりとおこみの巻~
 『焼きまんじゅうろう 旅姿』 ~宿場に冷てえ風が吹く~

 現在、新作紙芝居を続々制作中であります。
 ご期待ください!


 春風に誘われて、友人知人、家族、ご近所さん同士で、お越しください。
 スタッフ一同、お待ちしています。

    

      「神社かみしばい」 3月口演
 
 ●日時  2022年3月20日(日)、21日(月・祝)
       10時、11時、12時、13時 
       ※屋外開催 (悪天候時は室内)
 ●会場  伊勢崎神社 境内 (群馬県伊勢崎市本町21-1)
 ●入場  無料 (投げ銭制) ※ペイペイ可
 ●問合  壽ちんどん宣伝社 TEL.090-8109-0480

 ☆小暮は20日のみ在社いたします。

  


Posted by 小暮 淳 at 10:47Comments(0)神社かみしばい

2022年03月14日

来展御礼 ~著書フェア終了~


 先月中旬から1ヶ月間にわたり、紀伊國屋書店前橋店で開催された 『小暮淳 著書フェア』 が昨日、終了しました。
 期間中、たくさんの方々に来店 (来展) していただき、誠にありがとうございました。
 フェア関係者を代表して、厚く御礼申し上げます。


 本日午前中、書店長立ち合いのもと、著者、出版元担当者、デザイナーが集まり、撤収作業を行いました。
 展示・販売された著書は10点。
 その在庫確認をしたところ、50冊以上もの本が売れていました。

 お買い上げ、ありがとうございます。


 店長いわく、
 「在庫を完売して、追加発注をした本もあります」

 とは、どの本かといえば、なんと! 温泉関連ではなく登山本でした。
 『ぐんまの里山 てくてく歩き』(上毛新聞社)

 出版元の担当者によれば、
 「毎年この時季、暖かくなるとゴールデンウイークにかけて売れるんですよ」
 とのこと。
 そのこころは? と問えば、
 「リタイヤ組のバイブルなんでしょうね」


 定年退職後、何か趣味を持ちたい。
 そうだ、健康を兼ねて山歩きをしょう!
 とはいっても、いきなり高い山は無理だ。
 身近で手軽なハイキング程度から始めよう!
 里山なんて、入門編に最適じゃないか!?

 といったところでしょうか。

 理由はどうあれ、拙著を手に取り、お買い上げいただき、ありがとうございます。
 ついでに里山の行き帰りに、温泉はいかがですか?
 温泉地には、民話がつきものですよ。

 「ぜひ次回は、温泉本と民話本もお買い求めください。フェアが終わっても紀伊國屋書店では、常設ブースにて販売しております」
 と、店長も言っております(と思う)。


 このフェアは、今後、群馬県内の他の書店での巡回展も予定しています。
 お近くの書店で開催されましたら、ぜひ、お立ち寄りください。

 今後とも小暮淳の著書をご愛読してくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:37Comments(0)著書関連

2022年03月13日

なめたくなるんです!


 『指をなめないでください』

 その貼り紙に、一瞬、ドキッとしました。
 脳裏に浮かんだのは、あのヘンタイ男のニュースです。
 高崎市内の商業施設内で、女子中学生の運動靴をなめて逮捕されたという珍事件。
 ※(当ブログの2022年2月23日 「フェチも歩けば靴をなめる」 参照)


 場所は某スーパーマーケットのレジカウンターです。
 もしかして、レジを操作する店員の指に欲情して、いきなりなめだす客がいるのかと思ってしまいました。
 でも、それは早とちりでした。

 張り紙には、イラストが描かれています。
 年配男性が、お札を数えている絵です。

 合点がいきました!
 新型コロナウイルス感染拡大防止策なんですね。
 「指をなめた手で触ったお札を店員に渡さないでください」
 ということなんです。


 若い人には、分からんでしょうなぁ~!
 これって、年を重ねると 「あるある」 なんですよ。
 指先といわず、手のひらといわず、体全体から油分や水分が失われていくんです。
 これを “加齢による老化” といいます。

 本のページをめくるとき、新聞を開くとき、ついつい 「ペロリ」 と指先をなめてしまいます。
 自宅で、それも一人だけのときに、やっている分には構いませんけどね。
 公衆の面前では、いけません!
 ましてコロナ禍の今は、もってのほかです。


 まあ、僕の場合は大丈夫ですけどね。
 スーパーへ行って、お札を数えるほどの買い物はしませんから!
 (それも淋しい話ですが……)
  


Posted by 小暮 淳 at 11:30Comments(0)つれづれ

2022年03月12日

まだ僕はマスクの夢を見ていない


 先週で明けると思っていた “まん延防止” が、さらに延長されました。
 コロナ禍も丸2年が過ぎ、依然、マスク生活が続いています。

 ここまで続くと、“マスクのある生活” は、すでに日常となっています。
 あって当たり前、ないと違和感まで感じるようになりました。
 外出の際、ハンカチやポケットティシュは忘れても、マスクを忘れることはありません。


 そんなマスク生活の中で、マスクに対するイメージも変わりました。
 最初感じていた 「息苦しい」 「暑苦しい」 「声が良く聞き取れない」 などのデメリットも、商品の開発により様々な工夫が施され、以前よりは不快感がなくなりました。

 逆にメリットへの依存度のほうが、大きくなっています。
 女性なら 「化粧をしなくてよい」 「口元のコンプレックスが隠せる」 など。
 男性も 「ヒゲ剃りを忘れても苦にならない」 というメリットに助けられている人は多そうです。

 かく言う僕も、前歯が欠けたときは、大いに助かりました。


 こんなアンケートがありました。
 「あなたはコロナが終息した後、マスクを外した生活に戻れますか?」
 結果は 「戻れる」 人のほうが多かったようですが、「戻れない」 人もかなりいました。
 戻れない理由は 「便利だから」。

 加え、今は花粉症の季節です。
 マスクは、コロナ予防と一石二鳥の効果を発揮しています。

 もう、私たちにとってマスクは、生活必需品であり、顔の一部になっているのかもしれませんね。


 そんな折、ショッキングな “文字” が目に飛び込んで来ました。
 新聞の読者投稿欄に掲載されていた川柳です。

 ≪最近はマスクした人夢に出る≫

 いや~、足をすくわれた思いがしました。
 どっぷりとマスク生活に浸かり込んでいるつもりでも、そこまで僕の脳は追いついていなかったことを知らしめられました。

 マスク生活が日常なのに、僕の夢に出てくる登場人物は100パーセント、ノーマスクです。
 また夢の中でも、マスクをしていないことに対して、違和感を感じていません。
 自分の姿は見えませんが、僕自身もマスクはしていないんでしょうね。


 上記の川柳に出合って以来、毎晩、寝る前に、
 「どうかマスクの夢が見られますように」
 と念じてから床に就くことにしています。

 今日現在、僕の夢の中の登場人物たちは、まだマスクをしていません。
 いつになったら僕の脳は、現実をとらえ、リアリティーのある夢を演出してくれるのでしょうか?
 今晩、また挑戦します!

 みなさんの夢は、いかがですか?
  


Posted by 小暮 淳 at 11:50Comments(0)つれづれ

2022年03月11日

ロボットがやって来た!


 「ロボット、ドロップ、ロケット」 って、続けて3回言ってみて?

 子どもの頃に流行った早口言葉です。
 けっこう難しいんですよ。
 みなさんも言ってみてください。
 大人になっても舌を噛んでしまいます。


 これって、語呂が似ているだけじゃないんですね。
 みんな、昭和の子どもの “あこがれ” だったんです。

 ロボットはもちろん、「鉄腕アトム」 に 「鉄人28号」。
 ドロップは、「サクマのドロップ」 です。
 当時、缶入りのドロップは高級品でした。
 そして、ロケットといえば、「アポロ11号」。
 昭和44(1969)年、アメリカが打ち上げたロケットが人類初の月面着陸に成功しました。


 あれから半世紀……
 子どもたちのあこがれだった “三種の早口言葉” は、だいぶ身近なものになりました。

 今どき、「ドロップあげるよ」 と言って、付いて来る子どもはいませんし、ロケットもお金さえ出せば民間人でも宇宙へ行ける時代になりました。
 ではロボットは?


 先日、某外食チェーン店へ行った時のことです。
 テーブルに置かれたタブレットで、メニューをタッチして送信。
 ここまでは、ほかのファミレスでも経験済みですからスムーズに操作ができました。

 すると、しばらくして……

 ファンファンファンと音がします。
 音がする方向を見ると、なにやら機械のような箱型の物体が厨房から出できて、客席と客席の間を上手にすり抜けながら、こっちへやって来ました。

 ロボットです!

 といってもスターウォーズのC‐3POのような人型ではありません。
 どちらかといえば、R2‐D2タイプの配膳ロボットでした。

 僕の席の前でピタリと止まり、料理を取るように指示します。
 料理を取り終わると、「頭をなでてください」 といいます。
 たぶん、これが配膳終了の合図なんですね。

 指示通り、丸い頭をなでてやると、“配膳ロボ” は、また動き出しました。
 来た時とは違うルートで、人や壁に当たることなく、これまた上手に厨房の中へ消えて行きました。


 これは、スゴイ!
 21世紀は、ついに、ここまで来たのか!
 ますます、人間は要らなくなってしまうなぁ……
 なんて思っていたら、今度は店員がやって来ました。

 何をするのだろうか?
 と、けげんな顔で見ていると、無言でテーブルの上に伝票を置いて行きました。

 「えっ、そこは手動なんかい!」

 思わず心の中で、ツッコミを入れさせていただきました。


 惜しいな~、そこもデジタルで処理して欲しかったですね。
 僕らが子どもの頃に夢見ていた21世紀の世界……
 あと半世紀経つと、想像以上の世の中になっているんでしょうね。

 ま、その頃には、いませんけれどね。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:38Comments(0)昭和レトロ

2022年03月10日

西上州の薬湯 (9) 「全国でも珍しい炭酸泉が湧く地産地食の一軒宿」


 このカテゴリーでは、2016年12月~2018年2月まで関東新聞 「生活info(くらしインフォ)」 に連載された 『西上州の薬湯』(全15話) を不定期にて掲載しています。
 ※名称、肩書、料金等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。


 下仁田温泉 「清流荘」 下仁田町


 多彩な泉質の温泉が数多くあることで知られる群馬県。
 そのなかでも温泉全体の1%という全国的に珍しい炭酸泉が、ここ下仁田の地に自然湧出している。

 泉質は、含二酸化炭素―カルシウム・ナトリウム―炭酸水素冷鉱泉。
 入浴すると炭酸ガスの気泡が肌に付くのが特徴だ。
 毛細血管を広げて血圧を下げる効果があるため、ヨーロッパでは 「心臓の湯」 とも言われている。
 カルシウム、ナトリウムを含むアルカリ性の湯は、皮膚の角質をやわらかくして、脂肪分や分泌物を洗い流すため、美容効果に優れている。
 また塩分を含んでいるため保温効果も高く、湯上がり後も体のポカポカ感が持続する。

 湯は、うっすら生成り色した半透明。
 湧出時は弱酸性なのに、熱を加えるとアルカリ性に変わるという摩訶不思議な湯が、存在感をもって肌にまとわりついてくる。
 やがて1つ、2つと泡の粒が全身に付き出す。

 浴室は男女別の内風呂と露天風呂があり、露天風呂には加温されていない源泉風呂が併設されている。
 源泉の温度は約12度。
 外気に触れて水温は上がっているものの、それでもかなり冷たい。
 意を決して浸かれば、全身が気泡に覆われる。


 湯の起源は定かではないが、その昔、傷ついたイノシシが浴びているのを村人が発見したと伝わる。
 かつては山岳信仰の修験者の行水に使われていたといい、地元では特に皮膚病に効く霊泉として珍重されていた。

 宿の創業は昭和49(1974)年。
 それ以前は、ヤマメやニジマスなどの川魚を養殖しながら飲食店を営んでいた。
 約1キロ離れた栗山川上流の湧出地から源泉を引いて温泉宿となったのは、創業から3年後のことだった。

 7000坪という広大な敷地には、池や小川が配され、本館と7つの離れ家、浴室棟、露天風呂が点在し、それらをつなぐ渡り廊下が池を半周する。
 宿の裏手には遊歩道がつづき、自家農園、シカ園、キジ園、イノシシ牧場、ヤマメ池をめぐる。


 「地元の食材を提供するのが、本来のもてなしの姿」
 と、米以外は自給自足にこだわる2代目主人の清水雅人さん。
 宿の名物として知られる 「猪鹿雉(いのしかちょう)料理」 は、この地に伝わる祝い事に欠かせない郷土料理。
 食材はすべて敷地内で飼育されている。

 その他、下仁田ネギのかき揚げやコンニャクの刺身、コイのあらい、ヤマメの塩焼きなどの料理も、すべてが自家製で手作りという “地産地食” のもてなしに徹している。


 <2017年8月4日付>

 
  


Posted by 小暮 淳 at 11:16Comments(0)西上州の薬湯

2022年03月09日

父の遺書 ~消えた東村~


 “遺書” とは、遺言書のことではありません。
 故人が遺した書物のことです。


 「生きている者には、ときどき、死者が必要になることがあるんだ。」

 宮部みゆきの小説 『小暮写眞館』 の中に、こんな一節があります。
 確かに、ときどき、そう感じることがあります。


 オヤジは晩年、認知症を患い、10年間の介護生活の末に他界しました。
 享年94歳でした。
 大往生だったと思います。

 オヤジを見送って、丸3年が経ちました。
 一昨年の夏、三回忌を前に、僕とアニキで遺品を整理することになりました。
 衣服や雑貨類はすべて処分することになり、問題は膨大な量の蔵書です。
 無類の読書家だったオヤジは、その生涯を本に囲まれて暮らしていました。

 「お前が必要な本だけ、持って行け。残りは、俺が目を通して、適当に処分するから」
 そうアニキに言われて、興味のある本だけ十数冊もらって帰りました。


 1年半もの間、その書籍類は、部屋の片隅に積まれたままになっていました。
 先日、仕事で調べごとをしているときに、フッと思い出しました。
 「確か、オヤジの遺書の中にあったような……」

 探すと、ありました!
 『群馬の地名 ―郡名から大字名まで―』 (みやま文庫)
 昭和46年の発行ですから半世紀前の本です。

 すでに背表紙は剥がれ落ち、表紙は色あせて、セピア色に変色しています。
 それでも裏表紙に残るオヤジのサイン (マジックで名前が書かれていました) だけは、ハッキリと読めます。


 調べようと思っていたページを開いて、ビックリしました。
 オヤジも調べていたようで、鉛筆による書き込みが多数されています。

 <明治二十二年第一次町村合併一覧表>

 いわゆる明治の大合併による群馬県内の町村名の一覧です。
 この一覧にオヤジは、その後の合併年と合併後の郡名を追記しています。

 「ほほう、オヤジも好きだね。っていうか、オレと同じことを調べていたんじゃねーの?」
 なんて考えながら、ペラペラとページをめくっていた時です。
 「あれ? こんなに東村ってあったっけ?」

 今は無き、“東村” の多さに目を見張りました。

 僕が知っいる東村は、平成の大合併で消えた3つだけです。
 ●佐波郡東村 → 現・伊勢崎市
 ●勢多郡東村 → 現・みどり市
 ●吾妻郡東村 → 現・東吾妻町

 ところが、この本によれば、僕が生まれる以前に消えた東村が、あと2つあったのです。
 ●群馬郡東村 → 現・前橋市
 ●利根郡東村 → 現・沼田市


 なぜ群馬県には、こんなにも “東村” が多かったのでしょうか?
 ちょっと気になり、調べてみると……

 ギェギェ、ギェギェギェ~!
 嘘か真か、5つの地域に共通する信仰と伝説が浮上しました。
 これは、もう、追いかけるしかありませんぞ!

 オヤジ、ありがとう!
 オレは、謎学の旅に出るぜ!
  


Posted by 小暮 淳 at 10:32Comments(0)謎学の旅

2022年03月08日

中之条ぽわぽわ in 六合温泉郷


 中之条町観光大使からのお知らせです。

 「中之条ぽわぽわ」 って、知っていますか?
 これは、中之条町観光協会が制作した同町内の温泉を舞台にした “ミニ映画” です。
 前作品 『中之条ぽわぽわ in 沢渡温泉』 は、YouTubeで公開され、すでに再生回数が2万回を超えています。


 そして、このたび待望のシリーズ第2弾 『中之条ぽわぽわ in 六合温泉郷』 が公開されました!

 「六合(くに)」 とは、合併する前の旧六合村のこと。
 尻焼温泉や花敷温泉など、小さいながら魅力ある秘湯が点在します。

 そして今回も地元ゆかりの俳優たちが、温泉地を舞台に、ほっこりする人間ドラマを演じます。


 主人公の 「ひろ子」 を演じるのは中之条町出身で、劇団 「東京乾電池」 で活躍する松沢真祐美さん。
 小太りの幽霊に憑(つ)かれてしまい、何をしても成仏してくれずに悩む絵本作家のひろ子が、六合にまつわる不思議な歌を知り、六合を訪ね、さまざまな体験をします。

 幽霊役は、旧六合村出身のお笑いコンビ 「タイムマシーン3号」 の関太さんです。


 そして監督は、話題の映画 『フタリノセカイ』 の脚本・監督を手がけた前橋市出身の飯塚花笑さん。
 飯塚さんは、YouTube公開にあたり、次のようなコメントを発表しています。

 「中之条町の温泉地をPRしすぎるショートムービー。ぜひ観ていただきたいですが、見たあとは温泉に入りたくて仕方なくなってしまうと思うので、ご注意ください」


 ということですので、注意しながら、ご覧ください。
 中之条町観光大使からのお知らせでした。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:24Comments(0)大使通信