2022年03月28日
西上州の薬湯 (11) 「森の中によみがえった皮膚病に効く名薬湯」
このカテゴリーでは、2016年12月~2018年2月まで 「生活info(くらしインフォ)」 (関東新聞販売) に連載された 『西上州の薬湯』(全15話) を不定期にて掲載しています。
※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
猪ノ田温泉 「久惠屋旅館」 藤岡市
下日野は、森におおわれた深い山の中である。
標高はさほど高くないが、県道からはずれて山道に差しかかった途端に、ひんやりと空気が変わる。
渓流、猪ノ田(いのだ)川のほとりに、ひっそりと和風の一軒宿がたたずんでいる。
猪ノ田温泉の歴史は古く、すでに江戸時代には源泉の湧き口に湯小屋があった。
硫化水素を含む独特の腐卵臭がすることから 「たまご湯」 と呼ばれ、大変珍重されていたという。
明治の初めからは 「皮膚病に効く」 という評判が高く、医者に見放された患者が東京方面からもやって来るほど湯治場としてにぎわい、大正時代には旅館が建てられ、戦前まで大いに繁盛していた。
しかし、戦後に経営は悪化し、昭和40年代には廃業してしまった。
それから長い間、惜しむ声はあっても、源泉は森の中で眠ったままだった。
「歴史と効能のある温泉を、どうしても復活させたかった」
地元で牛乳販売業を営んでいた先代主人の故・深澤宣恵(のぶやす)さんが、旅館を開業したのは昭和58(1983)年のことだった。
周囲の反対、湯権者との交渉など、温泉復活までには10年の歳月を要した。
その昔 「たまご湯」 と呼ばれ親しまれた薬湯は、肌触りのなめらかさから 「絹の湯」 と名を変えて、ふたたび傷ややけど、アトピー性皮膚炎に効く温泉として、全国からうわさを聞きつけた湯治客が訪れている。
「源泉には殺菌、浄化、漂白の作用があることから、皮膚科や小児科のお医者様が患者さんの治療に役立てたこともあります」
と、女将の信子さん。
「自宅でも治療に使いたい」 という湯治客らの要望もあり、女将の発案で源泉を詰めたペットボトルの販売を行っている。
「長年、体の弱かった私が、こうして健康を取りもどせたのも、すべて温泉のおかげです。毎日、湯に入ると自然に 『ありがとう』 と感謝の言葉が出ます」
そのトロンとした肌にまとわり付く絹のような浴感と効能を求めて、遠方からやって来る人が後を絶たない。
<2017年10月6日付>
Posted by 小暮 淳 at 10:54│Comments(0)
│西上州の薬湯