2023年02月10日
読み継がれる絵本
「『誕生日の夜』 を読ませていただきたいのですが?」
さるボランティア団体の方から連絡をいただきました。
以前、僕が取材で訪れたことのある団体で、視覚障害者のために本の朗読を録音したテープを届ける活動をしています。
『誕生日の夜』 とは、平成14(2002)年に自費出版した絵本です。
僕の子育て経験をもとに、誕生日を迎えた幼い少女と、その父親の一日を描いた話です。
挿画は友人の画家、須賀りすさんが担当しています。
(非売品で現在は絶版になっています)
20年以上も前に作った絵本なのにね。
不思議な思いで、快諾しました。
やはり10年くらい前だったと思います。
小学校で読み聞かせをしている方から突然、手紙をいただいたことがありました。
「『誕生日の夜』 を子どもたちに読み聞かせしています」 と……
手紙には長々と、子どもたちが涙を流しながら聞いていたことや、その後も子どもたちが感想を寄せてくれたことが書かれていました。
そして文末には、こんな言葉が添えられていました。
「しおりちゃん、おとうさん、おかあさんに、よろしくお伝えください」
しおりちゃんとは、絵本に登場する女の子の名前です。
その方は、子どもたちの声を作者に直接伝えたかったようです。
手紙を読んで、ただただ胸が熱くなるばかりでした。
(当ブログの2012年3月8日 「『誕生日の夜』が小学校で・・・」 参照)
また今回、どこかで誰かが、僕が作った話を聞いてくださっているのですね。
やっぱり、不思議でなりません。
あれから21年……
絵本のモデルとなった長女は、すでに結婚して、今年中学生になる男の子の母親です。
なのに絵本の中では、いまだに保育園に通う幼子のままなのです。
読み継がれるたび、僕は若き日の父親にもどります。
絵本は、いつでも、あの日あの時に連れて行ってくれます。
語り部のみなさん、ありがとうございます。
作者として、こんな幸せなことはありません。
※『誕生日の夜』 は、「カテゴリー」 より全文がお読みいただけます。
2019年07月05日
しおりちゃんは元気ですか?
「しおりちゃんは、元気ですか?」
僕の前で、上品に微笑みながら立つ、高齢の婦人。
初対面なのに、「はじめまして」 でも 「こんにちは」 でもありませんでした。
僕の顔を見た第一声は、
「しおりちゃんは、元気ですか?」
だったのです。
読者の方は、覚えているでしょうか?
今から7年前のことです。
偶然、薬局の待合室に置かれていた僕が書いた絵本 『誕生日の夜』 を読んだ女性が、その薬局を通じて僕に手紙をくださった話です。
※(当ブログの2012年3月8日 「『誕生日の夜』が小学校で…」 参照)
I さんは、元小学校の教師です。
当時は、学童保育で絵本の読み聞かせをしていました。
いただいた手紙は、こんな書き出しで始まっていました。
<心音にしみとおる、こんな素晴らしい本をお書きになる小暮様は、どんな方なのでしょうか?>
そして、
<最初は1年生だけに読み聞かせていたのですが、反響が良かったので、他の学年の児童にも読んであげています。>
と……。
僕も、さっそくお礼の手紙を書きました。
すると、その後も薬局を通じて、I さんからコメントが届くようになりました。
<学童で育った子どもたちが、卒業後に “心に残った絵本” として 『誕生日の夜』 を挙げています>
との連絡をいただいた時は、正直、感動で涙が流れました。
「この話を世に出して、本当に良かった!」 と。
あれから7年……
先週、薬局へ行った時のことです。
「小暮さん、あの方ですよ! あの方が、I さんです」
薬剤師の方に言われて、振り向くと、婦人が立っていました。
僕も驚きましたが、呼ばれた彼女も大変驚かれてました。
「小暮です。やっと、お会いできましたね」
僕から、声をかけました。
そしたら、返ってきた言葉が、
「しおりちゃんは、元気ですか?」
だったのです。
しおりちゃんとは、絵本の中に登場する4歳の女の子です。
「はい、とっても元気ですよ。おとうさんも、おかあさんも……」
僕は、そう言葉を返しました。
縁ある人とは、いつか必ず会えるのですね。
※『誕生日の夜』 は、カテゴリーの中から全文を読むことができます。
2017年09月13日
思わぬ伝言
『ぐりとぐら』 『かえるのえるた』 『ちいさなおうち』 『シナの五人きょうだい』……
もう50年以上も昔のことなのに、すらすらと題名が出てきます。
絵本というものは、そういうものなんですね。
みなさんにも、きっと “心に残る絵本” があるはずです。
先日、行きつけの薬局に行ったときのことです。
顔見知りの薬剤師さんから、
「小暮さん、I さんという女性を覚えていますか?」
と、声をかけられました。
「……」
「『誕生日の夜』 を読み聞かせしている人です」
「はいはい、覚えていますとも。手紙をいただきましたから!」
もう5年以上も前の話です。
この薬局を利用している女性が、待合室に置いてあった僕の絵本 『誕生日の夜』 に感動してくださり、手紙をくださったのです。
彼女は小学校の元教師で、そのときは学童保育で絵本の読み聞かせをしていました。
<最初は1年生だけに読み聞かせていたのですが、反響が良かったので、他の学年の児童にも読んであげています>
という内容の手紙でした。
※(当ブログの2012年3月8日「『誕生日の夜』が小学校で…」 参照)
「小暮さんに、お会いしたがっていましたよ」
「どんな方か、僕もお会いしたいですね」
「なんでも、学童で育った子どもたちが、卒業後に “心に残る絵本” として、小暮さんの 『誕生日の夜』 を挙げているらしいですよ」
「えっ、本当ですか!」
薬局を出た後、僕は、しばらく道端で立ち止まってしまいました。
見る見るうちに、目頭が熱くなってきたからです。
うれしくて、うれしくて、体まで震えてきました。
あれから5年……
I さんは人知れず、ずーっとずーっと、『誕生日の夜』 を子どもたちに読み聞かせ続けていたのですね。
“感謝” などという薄っぺらい言葉では、言い表わせない感動が全身を突き抜けていきました。
たかが絵本、されど絵本なんですね。
15年前に、自費出版で世に出した小さな小さな絵本です。
I さん、ありがとうございます。
あなたがいたから、たくさんの子どもたちの心に、僕の絵本が届きました。
いつかきっと、直接お会いして、お礼を申し上げます。
本当に、本当に、ありがとうございます。
※『誕生日の夜』 は、当ブログ内のカテゴリより全文を閲覧することができます。
2014年09月25日
『誕生日の夜』 原画展&朗読会
今日から高崎市で、画家の須賀りすさんの個展が開催されているので、顔を出してきました。
このブログの読者には、もうお馴染みだと思いますが、とにかく彼女は多彩です。
画家でありながら、アマチュア劇団の役者やチンドンの演奏もこなします。
と、思えば近年は、エフエム群馬で絵本の朗読番組を担当するなど、八面六臂の大活躍です。
そうそう、今年からは、我がスーパーローカルオヤジバンド 「KUWAバン」 で、ドラムを演奏してくださっています。
で、今回は本業の画家としての個展です。
『 須賀りす展 ─走馬灯─ 』。
タイトルどおり、彼女の画家人生をたどりながら、初期の作品から新作まで約60点が展示されていました。
と、今回は特別企画として、以前、このブログでも紹介した僕と彼女の共著である絵本 『誕生日の夜』 の原画展も併設されています。
16枚の原画は、スミ一色で描かれていますが、かなり見ごたえがありました。
僕も今まで、原画をちゃんと見たことがなかったものですから、ちょっぴり感動してしまいました。
※( 『誕生日の夜』 は、当ブログのカテゴリーより全文を閲覧することができます)
そして!
来る28日の日曜日、
なななんと!
会場にて、須賀りすさんによる 『誕生日の夜』 の朗読ライブが行われます。
これは、必聴ですぞ!
お時間のある方は、ぜひ、絵と朗読に癒やされに来てくださいね。
作者として、僕も当日は会場にて、みなさんのご来場をお待ちしております。
須賀りす展 ─走馬灯─
●会 期 2014年9月25日(木)~9月30日(火)
11:00~18:00
●会 場 ユーホール
高崎市高松町3(NTT東日本群馬支店1F)
TEL.事務局 027-324-1120
会場直通 027-323-6218(会期中のみ)
須賀りす 朗読ライブ
●日 時 9月28日(日) 14:00~(約30分)
●会 場 ユーホール内
●演 目 『誕生日の夜』 作・小暮 淳 絵・須賀 りす
2013年06月27日
DVD、今日から発売!
僕が11年前に書いた絵本 『誕生日の夜』(よろずかわら版) が、このたび挿画を描いてくださった画家でイラストレーターの須賀りすさんの朗読により、新たにDVDとして発売されることになりました。
須賀さんは、四万温泉のポスターで群馬県知事賞を受賞した画家として知られていますが、ぐんまこどもの国(太田市) のマスコット 「ニコットちゃん」 や、吾妻郡中之条町のキャラクター「中之条小町」などを描いたイラストレーターでもあります。
そんな多彩な彼女の、もう1つの顔が、朗読家。
現在、エフエム群馬にて、絵本の朗読番組を担当しています。
※(詳しくは、当ブログの2013年2月20日「誕生日の夜朗読DVD」、6月3日「本日、試写会。いよいよDVD発売!」参照)
この絵本 『誕生日の夜』 の朗読DVDは、須賀さんの個展会場および朗読会のみの販売となります。
定価は1,000円(税込)
DVDと原作ミニ絵本がセットになっています。
また1冊300円にて、ミニ絵本のみの販売も行っています。
そのDVD発売を記念した個展が、今日から前橋市のギャラリーで始まりました。
ぜひ、この機会に、須賀さんの世界に触れてみてください。
会場では、アクリル画とDVDのほか、Tシャツやポストカードなど、オリジナルグッズが多数販売されています。
『 須賀りす 作品展 』
■会 期 2013年6月27日(木)~7月2日(火)
11:00~17:00(最終日は15:00まで)
■会 場 蕎麦・カフェ&ギャラリー 「柚子の木」
群馬県前橋市敷島町257-24
(敷島公園ばら園 西側)
TEL.027-212-5321
2013年06月03日
本日、試写会。いよいよDVD発売!
以前、このブログでも制作中であることを報告しましたが、拙著の絵本 『誕生日の夜』 の朗読DVDが完成し、本日、前橋市内の某スタジオにて、試写会が行われました。
※(制作のいきさつについては、当ブログ2013年2月20日「『誕生日の夜』朗読DVD」を参照)
はい、それはそれは、素晴らしい仕上がりでありました。
自分の原作でありながら、感情のこもった朗読に、今回も、目頭がジーンと熱くなってしまいましたよ。
※(『誕生日の夜』の原作は、当ブログのカテゴリーより、全文がお読みいただけます)
朗読をしてくださったのは、絵本の挿画を描いてくださった画家の須賀りすさんです。
須賀さんは、画家でもありますが、最近は、絵本の朗読家としても活躍中で、ラジオ番組も担当しています。
須賀りすさん出演の朗読ラジオ番組
●放送局 エフエム群馬 (86.3MHz)
●番組名 『しょーとしょーと』
●放送日 毎週火曜日 午後3時45分~55分
※須賀りすさんの担当は偶数月です。
と、いうことで、いよいよ今月末よりDVDが発売されま~す!
定価は、1,000円(税込)。
朗読DVDに、原作ミニ絵本が付いています。
ただし販売は、須賀りすさんの個展および朗読会場のみの限定となります。
その、記念すべき作品展が、下記のとおり開催されます。
須賀さんの作品に興味のある方、またDVDをお求めになりたい方は、ご来場ください。
会場では、アクリル画のほか、ポストカードや手拭い、のれん、風呂敷などのグッズも多数販売されます。
須賀りす 作品展
■会 期 2013年6月27日(木)~7月2日(火)
午前10時~午後5時
(最終日は午後3時まで)
■会 場 蕎麦・カフェ&ギャラリー 「柚子の木」
群馬県前橋市敷島町257-24
(敷島公園ばら園 西隣)
TEL.027-212-5321
2013年02月20日
『誕生日の夜』 朗読DVD
今日は午後から半日、市内の某スタジオにて、絵本 『誕生日の夜』 の朗読DVD制作の収録に立ち会ってきました。
もちろん、立ち会ったわけですから、僕が主役ではありません。
僕は、ただの原作者であります。
朗読したのは、絵本の挿画を描いてくださった画家の須賀りすさんです。
りすさんは、画家でありますが、アマチュア劇団の役者でもあり、アマチュアチンドンクラブの奏者でもあります。
とにかく、マルチな女性なんです。
で、その彼女が、最近、もう1つ、新たな顔を見せてくれたんです。
朗読家です。
熱烈な “りすファン” の人は、もうすでにご存知かもしれませんが、彼女は昨年の秋からエフエム群馬で、番組を持っています。
毎週火曜日に放送されている 『しょーと しょーと』 という10分番組で、絵本の朗読をしているのであります。
なんて、多彩な人なんでしょうね(昔はバンドでドラムも叩いていたそうです)。
で、話は 『誕生日の夜』 に戻ります。
このブログでも、昨年の1月に連載をしたところ、大変反響をいただきました。
また、県内のボランティア団体からは、小学校等で 『誕生日の夜』 の読み聞かせをしたところ、子どもたちが涙を流しながら聴いていたとの手紙をいただきました。
※(詳細は当ブログ2012年3月8日「『誕生日の夜』が小学校で・・・」を参照ください)
「だったら、絵本の挿画を描いた須賀りすさんが朗読したオリジナル版のDVDを制作したら?」 という声が上がったため、昨年より実行委員会を発足して、制作会議を重ねてきました。
で、本日、晴れてスタジオ収録日を迎えたのであります。
いゃ~、ラジオの放送を聴いて、彼女の朗読のウマさは知っていましたが、生で聴くと、トリハダものですぞ!
僕は原作者でありながら、ラストのお父さんとケーキ屋の店長さんとの会話のやり取りなんて、嗚咽(おえつ)泣きしそうでしたよ。
涙は出るし、鼻水はたれるし、収録の邪魔にならないように声を殺して聴いているのに必死でした。
それほどに、感情のこもった名朗読でした。
テイク1、テイク2、テイク3、と収録。
これから編集作業に入ります。
春には完成して、みなさんのもとへお届けすることができると思います。
須賀りすさんの個展会場や絵本原画展、朗読会にて販売される予定です。
また、動画サイト等での公開も予定しています。
ぜひ、楽しみにお待ちください。
※ 『誕生日の夜』 は当ブログ内 「カテゴリ」 より、全文を閲覧することができます。
須賀りすさん出演の朗読ラジオ番組
●放送局 エフエム群馬 (86.3MHz)
●番組名 『しょーと しょーと』
●放送日 毎週火曜日 午後3時45分~55分
※須賀りすさんの担当は偶数月になります。
2012年03月08日
『誕生日の夜』 が小学校で・・・
まったくもって、どこで、誰が、読んでいるか分からないものです。
一通の長い手紙が届きました。
<心音にしみとおる、こんな素晴らしい本をお書きになります小暮様は、どんな方なのでしょう>
いきなり、こんな書き出しで始まっていました。
恥ずかしいような、照れくさいような、でも、とっても嬉ししい便りでした。
送り主は、元教師の女性。
偶然にも、薬局の待合室で、拙著の 『誕生日の夜』 と出合ったといいます。
現在は、絵本の読み聞かせをしている方でした。
<昨年12月、○○小学校(前橋市) で1年生に聴いてもらうことになり、胸中はドキドドキでありました。聴いている児童たちと私と、しまいには泣きながらの時を過ごしました。>
と、すでに 『誕生日の夜』 の朗読をされたことが、書かれていました。
そして・・・
<何日か後に、女の子から 「お母さん、今、元気になっているのよね」 と質問があって、「今はね、お父さん、お母さんに囲まれて、楽しく生活しているそうよ」 と答えますと、「よかった」と、とても嬉しそうにしていました。読み聞かせをしている中で、後になって、その本の後の様子を心配したりして、感想を聞くなどということは、今までは無い経験でもありました。>
今年になってからも、1月、2月、と他の学年児童にも聴いてもらい<今年度は読み続けさせていただきます>とも書かれていました。
<小暮様の 『誕生日の夜』 は、私の大切な1冊になって、今、何度も読みの工夫をしながら、研修をさせていただいております>
いゃあ~、手紙を読んでる僕のほうが、ウルウルしてきてしまいました。
著者冥利に尽きるというものです。
なによりも児童たちが、登場人物のその後を心配しているなんて、素晴らしいことではありませんか!
ああ、この本を書いて本当に良かった!と思えるのです。
手紙の最後には、こんな言葉が添えられていました。
<しまいになりますが、しおりちゃん、お母さんに、よろしくお伝えくださりますよう、お願い申し上げます。>
もーう、ダメです!
涙腺が、ぶっ壊れてしまいそうですよ。
なんて素敵な言葉なんでしょうか!
著者の僕なら、登場人物たちに会えるからなんですね。
はい、分かりましたよ。
必ず伝えます。
しおりちゃんにも、お母さんにも、そしてお父さんにもね。
それからそれから、ケーキ屋の店長さんにも伝えておきますよ。
「あなたたちは、たくさんの読者から愛されていますよ」 と・・・
今年の正月、このブログで 『誕生日の夜』 を連載したところ、各方面からたくさんの反響をいただきました。
それにより絵本の在庫が少なくなってきたため、現在、再出版を検討しています。
また、絵本の原画を描いてくださった画家の須賀りすさんによる “『誕生日の夜』原画展” が開催されることになりました。
会期等の詳しい内容が決まりましたら、ご報告させていただきます。
お手紙を下さった I さん、本当にありがとうございます。
これからも 『誕生日の夜』 を末永くよろしくお願いいたします。
※『誕生日の夜』 は、当ブログ内 「カテゴリ」 より全文がお読みいただけます。
2012年01月15日
『誕生日の夜』 (最終回)
どれくらい待ったのでしょうか。
お父さんには、とても長い時間に思えました。
ガラス窓越しに、駅のホームが見えます。
電車が着くと、たくさんの人が降りてきて、家路を急ぐようにお店の前を足早に通り過ぎていきます。
時計を見るたびに、しおりちゃんの顔が浮かんできます。
泣いていないだろうか、ケーキをよろこんでくれるだろうか。
お父さんは、だんだん心配になってきました。
「お待たせしました」
あわてて振り向くと、店長さんがショーケースの後ろに立っていました。
「これで、よろしいですか?」
小さいけれど、イチゴののった、まるいケーキを持っています。
「ありがとうございます」
そう言うと、お父さんはペコリと頭をさげました。
店長さんはカウンターのなかで、手を動かしながら、お父さんに言いました。
「お子さんの誕生日ですか?」
「えっ、ええ……」
お父さんは、少し驚きました。
「おいくつになられるんですか?」
「えっ……、よっつ、いえ、四才です」
お父さんは、少しあわてています。
「じぁあ、ロウソクを四本入れておきますね」
お父さんは作業をつづける店長さんの背中に向かって、ペコリと頭を下げました。
しばらくして、また店長さんが、お父さんに聞きました。
「男の子さんですか? 女の子さんですか?」
お父さんが 「女の子です」 と言うと、
「それじぁ、リボンはピンクがいいかなぁ……」
と、ひとり言のように言いながら、クルリと振り返り、お父さんにメモ用紙とボールペンを差しだしました。
お父さんは、それを受け取りながら、いったいなんのことだろうと、戸惑ってしまいました。
「あのー、これは……」
おそるおそる聞いてみました。
すると、
「お名前、入れておきますよ。それに書いてください」
と、店長さんは言いました。
メガネの奥の小さな目が、やさしくお父さんに笑いかけていました。
お父さんは、ふるえる手でメモ用紙に “しおり” と書きました。
でも、その文字は、見る見るうちに涙でゆがんでしまいました。
店長さんにお金をわたし、ケーキの箱を受け取ると、お父さんは何度も何度もおじぎをしました。
ありがとうの言葉を言おうとするのですが、そのたびにノドに言葉がつまって言えません。
「きっと娘さん、よろこびますよ」
店長さんが、そう言ったとき、やっと、
「はい……」
とだけ声がでました。
「ありがとうございました。また、お越しくださいませ」
白い帽子を深々とさげた店長さんの言葉に見送られて、お父さんは外へ出ました。
ピーンとはった冬の空には、数えきれないほどの星たちが輝いていました。
お父さんの吐く息も、白く長い尾をひいています。
「さあ、遅くなってしまったけど、しおりを迎えに行こう」
小走りに駆けだそうとして、お父さんはあわてて足を止めました。
だって、手には大切なプレゼントを持っているからです。
しおりちゃんと今朝、約束したイチゴののった、まるいデコレーションケーキです。
お父さんは、ケーキの箱を両手で抱え込むように、しっかりと持ちかえました。
ふり返ると、ちょうど店長さんが、お店のシャッターを降ろしているところでした。
お父さんに気づいた店長さんが、おじぎをしました。
お父さんも、今度は 「ありがとうございます」 と、
声を出して頭をさげながら、お礼を言いました。
< 『誕生日の夜』 完 >
2012年01月11日
『誕生日の夜』 ⑥
線路沿いにあるそのお店は、ケーキ屋さんというよりは、パンもアイスも、お団子も、なんでも売っているお菓子のコンビニエンスストアのような店でした。
お店の前には、まだオープンの花輪が飾ってあります。
お父さんがお店に着いたときは、ちょうど若い女の店員さんが、入り口のシャッターをしめようとしているところでした。
「あの……、もう、おしまいですか?」
お父さんが声をかけると、店員さんはちょっと迷惑そうな顔をして、
「えっ、……どうぞ」
と、ぶっきらぼうに言いました。
店内に入って、ショーケースを見まわすと、ほとんどのケーキが売り切れていました。
まるいデコレーションケーキが二つ、売れ残ったように置かれているだけです。
でも、どちらも二千円以上だったので、お父さんはがっかりしました。
店員さんを見ると、早くお店をしめて帰りたいようで、しきりに時計ばかり気にしています。
「あのー、ケーキはここにあるだけですよねー。
あの……、これより小さいケーキって、ありませんよね……」
お父さんが、おどおどしながら店員さんにたずねると、
「はい」
と、ひと言、不機嫌な声がかえってきました。
お父さんが仕方なく、お店を出ようとしたときです。
「おーい、店しめたら、終わりにしていいぞ!」
お店の奥のほうから声がして、コックさんがかぶる白い帽子を頭にのせた人が現れました。
お父さんと同じ年くらいのメガネをかけた男の人です。
その男の人は、店内にお父さんがいることに気づくと、一瞬、驚いたようでしたが、すぐに笑顔をつくって、「いらっしゃいませ」と、ていねいにあいさつをしました。
「店長ー、こちらのお客さんが、これより小さいケーキはないのかってー」
店員さんがそう言うと、店長さんは小さな声で、「きみは、もう帰っていいよ」 と言いました。
そして、カウンターの奥から出てくると、お父さんに言いました。
「どのくらいのサイズを、ご希望でしょうか?」
「あ、あの、二人だけで食べるものですから、本当に小さくていいんです」
お父さんが言うと、店長さんは少し考えるような顔をしながら、お店の奥へ入って行きました。
しばらくすると店長さんは、ニコニコしながら出てきて、お父さんに言いました。
「少しお時間がかかってもよろしければ、これから作りますけど、お急ぎですか?」
「えっ、はぁ……。いえ、あの……」
お父さんは保育園で待っているしおりちゃんのことも気になりますが、今は時間よりもケーキの値段のほうが気が気ではありません。
「あの……、おいくらですか?」
「千三百円になりますが、よろしいですか?」
「は、はい。それください。それを!」
うれしさのあまり、お父さんは大きな声をあげていました。
<つづく>
2012年01月08日
『誕生日の夜』 ⑤
電車を降りたときには、もうあたりはとっぷりと日が暮れていました。
駅前の洋菓子店の明かりが、目に入りました。
「忘れるところだった。今日は、しおりの誕生日」
そうつぶやきながら、お父さんはお店に入ると、迷わずに一番大きなデコレーションケーキを指さしました。
「こちらですね、三千五百円になります」
店員さんに言われて、お父さんはポケットから財布を取り出しました。
ところがお金を払おうと、なかをのぞいて見ると……
なんと、千円札が一枚しかありません。
それにポケットのなかに、百円玉が五つ……
お父さんは、急にはずかしさでいっぱいになり、店員さんにあやまると、そのままお店の外へ出ていきました。
この数ヶ月の間、お父さんは好きなタバコもお酒もやめて、お金をきりつめて生活をしていました。
毎月もらう失業手当のお金だけでは、とても足りないからです。
お母さんの入院費も、ばかになりません。
今度の手術では、さらにたくさんのお金が必要になります。
お父さんは財布をにぎりしめたまま、夜空を見上げていました。
だって、涙がこぼれてしまいそうだったからです。
<まるいケーキだよ。約束だよ>
お父さんの帰りを楽しみに待っているしおりちゃんの笑顔が、にじんだ夜空に浮かんで見えます。
時計を見ると、とっくにお迎えの時間は過ぎています。
お父さんは、ゆっくりと踏み切りの方へ向かって歩き出しました。
確か駅の向こう側に、お店がもう一軒あったことを思い出したからです。
<つづく>
2012年01月06日
『誕生日の夜』 ④
電話帳でお父さんは、印刷屋さんを調べると、はしから住所をメモしました。
このまま求人の空きをのんびりと待っているわけにはいきません。
お父さんはメモを片手に、町の印刷屋さんを回ることにしました。
「ごめんください」
小さな印刷所をたずねると、工場のなかはガランとして、とても静かでした。
インクのにおいはしますが、機械はみんな止まっています。
「なんの用だね」
突然、暗がりのなかから、ヌウッと男の人が現れました。
「あの……、こちらで使ってもらえないでしょうか……」
すると、男の人が言いました。
「工場のなかを見て、わからねえのかい。
機械はみんな止まっちまっているだろう。
欲しいのは人より、仕事のほうだよ!」
お父さんは、ペコリとおじぎをすると、工場の外へ出ていきました。
「いまは、どこも大変なんだなあ」
めげずにお父さんは、次の印刷屋さんをたずねることにしました。
でも、二軒目も三軒目も、その次の印刷屋さんも小さな町工場で、お父さんを雇う余裕などなく、あっさりと断られてしまいました。
気がつくと、あたりは薄暗くなっていました。
東の空には、一番星が光っています。
“あと、一軒だけ回ってみようか”
そう、お父さんは考えながら、腕時計を見ました。
「あっ、いっけない!
もうこんな時間だ。
しおりを迎えに行かなくっちゃ!」
お父さんは、あわてて駅へ向かって走り出しました。
<つづく>
2012年01月05日
『誕生日の夜』 ③
ハローワーク(職業安定所) は、いつ行ってもたくさんの大人たちで、あふれています。
どの人も一生懸命に、仕事を探しにやってきます。
お父さんも毎日必ず、ここに来ます。
そして、求人票をはしから一枚一枚ていねいに目を通していきます。
お父さんは、印刷所の技術者でした。
でも、今日も印刷所の求人はありません。
ここでもお父さんは、ため息を大きく一つつきました。
昼どきの公園は、太陽の光をたっぷり浴びて、ポカポカとぬくまっています。
お父さんは、そのぬくまった日だまりのベンチに腰をおろして、パンと牛乳でお昼をとっていました。
「ねえねえ、お母さん、見てて!」
すべり台の上で、女の子が手をふりました。
砂場のところで、若いお母さんがこたえるように、手をふっています。
ふと、お父さんは、しおりちゃんのお母さんのことを思いました。
お母さんが隣町の大きな病院に入院して、もう半年近くになります。
病気のほうは少しずつ良くなっていますが、長引く入院には、お金がたくさんかかります。
しおりちゃんとお父さんが、休みの日に病院へお見舞いに行くと、いつもお母さんは、
「ごめんね、しおり。さみしい思いをさせて。
ごめんなさい、お父さん。早くよくなって、私も働きに出ますから・・・」
と、二人にあやまります。
来週は、そんなお母さんの最後の手術です。
「よし、がんばるぞ!」
お父さんは、そう自分に言うと、勢いよくベンチから立ち上がりました。
<つづく>
2012年01月03日
『誕生日の夜』 ②
しおりちゃんは、さっきから、お父さんに聞こうかどうか迷っていることがあります。
でも、それがなかなか言い出せません。
そのうち保育園に着いてしまいました。
「じゃあ、いい子でいるんだぞ。なるべく早くお迎えに来るからな」
「……」
しおりちゃんは、もう一度お父さんがケーキのことを聞いてくれないかと待っているのですが、言ってくれないのでご機嫌が少しななめになってしまいました。
「どうしたんだ? しおり。おなかでも痛いのか?」
もう我慢ができません。
ついに、しおりちゃんは声を出して言ってしまいました。
「どんなケーキを買ってくるの?」
「しおりは、どんなケーキがいいんだい? しおりの誕生日なんだから、しおりの好きなケーキを買ってこよう」
お父さんの目が、やさしくほほ笑んでいます。
安心したしおりちゃんは、いつかお友だちの誕生会で食べたケーキの話をしました。
「あのね、まるいケーキ。イチゴがのった、まるいケーキを切って食べるの。三角のじゃ、ダメだよ!」
するとお父さんは、笑いながら言いました。
「デコレーションケーキのことだな。わかった、わかった。まるいケーキだな。よし、約束だ」
「うん、ぜったい約束だよ」
しおりちゃんは、元気にお父さんと、ゆびきりをしました。
駅のホームは、会社や学校へ行く人たちで、とても混雑していました。
みんな電車が来るのを一列に並んで待っています。
なのに、お父さんだけは、ひとりベンチに座っています。
そして、ときどき 「ふーっ」 と、大きなため息をついています。
実は、お父さんの勤める会社は、倒産してしまったのです。
いまは失業保険というお金をもらって、生活をしています。
でも、そのお金も今月で入らなくなってしまうのです。
新しい仕事は、まだ見つかっていません。
「どうしたらいいだろう」
お父さんは、また大きなため息をついて、電車を一本見送ってしまいました。
<つづく>
2012年01月02日
新春企画 『誕生日の夜』 ノーカット公開!
昨年、僕の過去の作品を知る人たちから、「もう一度、『誕生日の夜』 が読みたい」 とか 「『誕生日の夜』 は、どこで買えるのか?」 との声をかけていただきました。
『誕生日の夜』 は、2002年12月に僕が自費出版した絵本であります。
ま、絵本といっても、絵は挿絵程度で、文章ばかりの童話なのですが、当時は、小さいお子さんのいる幼稚園や保育園の父兄などに配ったりしていたモノクロの簡単な冊子です。
(挿絵は、画家の須賀りすさんに描いていただきました)
先日、さる方から 「ブログで全文を公開したどうですか?」 との助言をいただきました。
舞台は、冬。
そして今、日本は震災から初めての冬を迎えています。
親子の絆をテーマにした、この作品が、少しでも復興への心の応援歌になればという思いを込めて、ブログ上に全文を公開することにしました。
※全7回に分けて、不定期の連載となります。
『 誕生日の夜 』
文・小暮 淳
「おはよう」
眠い目をこすりこすり、しおりちゃんがパジャマ姿のままリビングにやってきました。
「おはよう、しおり。はやく着がえておいで」
台所でフライパンを握ったままのお父さんが、ふりかえり声をかけました。
「はーい」 と返事をしながら、しおりちゃんは “また目玉焼きだわ” と、思いました。
顔を洗ってテーブルに着くころには、ちゃんと朝食の用意ができていました。
ちょっぴりこげめのついたトーストが二枚、あたためたミルク、そして目玉焼きとハムがいつもと同じに並んでいます。
「しおりの好きなハムエッグだぞ!」
「うん、いただきまーす」
もう何ヶ月もこんな会話の二人だけの朝がつづいています。
「あっ、そうだ!」
突然、お父さんが大きな声をあげたので、しおりちゃんはミルクをこぼしそうになってしまいました。
「しおり、誕生日おめでとう」
そうです。今日はしおりちゃんの四才の誕生日だったのです。
「ありがとう、お父さん。今日は早く帰ってこられるの?」
「ああ、そうするよ。ケーキを買ってくるから、お祝いをしようね」
「うん!」
ケーキが大好きなしおりちゃんは、お父さんの言葉がうれしくて、急いでトーストを食べ、目玉焼きをほおばり、ミルクをいっ気に飲みほしました。
「おはようございます」
団地の階段を降りたところで、お向かいのおばさんが、お父さんに声をかけました。
「おはようございます」
片手にゴミ袋をさげたお父さんも、あいさつをしました。
「しおりちゃん、毎日お父さんと一緒でいいわねえ」
おばさんは、そう言うと、タッタッタッとサンダルの音を立てて、階段をのぼっていきました。
しおりちゃんの通う保育園は、団地から歩いて十分のところにあります。
半年前までは、お母さんの自転車の後ろに乗って通った道です。
いまは毎日、お父さんと並んで歩いていきます。
しばらくすると、通りの向こうに保育園のとんがり屋根が見えてきました。
<つづく>