2020年01月31日
パズルに夢中 ~おかげさまで20年~
実は僕、パズラーなんです。
しかも、「作る」 と 「解く」 の両刀です。
2000年2月から高崎市内に配布されている 『TAKATAI (タカタイ)』(上毛新聞社) という生活情報紙に、「漢字熟語パズル」 を毎週連載しています。
今月で、連載開始から丸20年になりました。
その間に作ったパズルの数は、903回!
まさか、こんなにも続くとは思ってもいませんでした。
僕が作っている漢字熟語パズルは、オリジナルです。
隔週で交互に、“二字” と “四字” の漢字熟語が入れ替わります。
このスタイルに決るまで、1年の企画・構想期間を費やしています。
生みの苦しみから実現した、パズル連載でした。
思えば僕は、子どもの頃からパズル好きな少年でした。
一番のお気に入りはクロスワードパズルですが、今でも新聞や雑誌で見つけると、何よりも真っ先に解き出します。
難しければ難しいほど、燃えるんですね!
考えて、考えて、どうしても答えを導けないときは、素直に負けを認めて、辞書やネット検索にたよることもありますが、できれば、そんなことはしたくない!
だって、僕は作る側の人間でもあるからです。
作る側は、読者に “勝負” を挑んでいるからです。
「さあ、解けるものなら解いてみろ!」 ってね。
それゆえ、解けたときの優越感はひとしおであります。
最近、夢中になっているパズルがあります。
「数独」 です。
ナンプレともいいますが、81マスのタテヨコ1~9までの数字を揃えるパズルです。
最初は何がなんだか分からないのですが、初級編からコツコツとあきらめずに挑戦していくと、だんだんと解くコツが分かってきます。
現在は、上級編に日々挑んでいます。
酒を呑みながら始めると、ついつい夜更かしをしてしまうため、量も増え、睡眠不足になるのが目下、悩みのタネであります。
スマホ時代に、かなりアナログの趣味ですが、みなさんも始めてみませんか?
ハマリますよ!
ゲームもいいけど、パズルもね。
2020年01月30日
源泉ひとりじめ(10) 万華鏡のように、湯の色が変わった。
癒やしの一軒宿(10) 源泉ひとりじめ
鳩ノ湯温泉 「三鳩樓(さんきゅうろう)」 吾妻町(現・東吾妻町)
<鳩に三枝(さんし) の礼(れい) あり
烏(からす) に反哺(はんぽ) の孝(こう) あり>
ハトは親鳥より三本下の枝に止まり、カラスは親鳥が年をとるとエサを口に含ませると伝えられている。
その昔、傷ついたハトが自然に湧き出る湯につかって、傷を癒やしていた。
それを見て温泉の効能を知った村人が、「鳩ノ湯」 と名付けたという。
屋号 「三鳩樓」 の名は、前述の礼儀と孝行を重んじる教え 「三枝の礼」 に由来する。
樹齢二百年を超えるモミジの老木が出迎える玄関からして、おもむきがある。
館内に入ると、江戸時代より栄えた奥上州の湯治場の面影を残すように古い柱時計や囲炉裏、黒光りする年代物の箪笥(たんす) が目につく。
フロントには 「三鳩樓帳場」 なる達筆な文字看板が……
この時点で、私は完全に “たびびと” となった。
純和風の客室に通され、旅装をとけば、目的は一つ。
源泉ひとりじめ、である。
その源泉 「鳩の湯」 には、本館から長い長い渡り廊下を下って行く。
まずは総ヒノキ造りの内風呂へ。
茶褐色のにごり湯は、熱からずぬるからず、丁度よい加減だ。
手で湯をすくい上げると、何種類もの異なる湯の花が溶け込んでいるのが分かる。
黒い炭のような固まりは、手のひらでこすると墨滴のように湯の中に散っていった。
公私共に忙殺された、あわただしかったここ数週間の日々を回想していた。
温泉好きのくせして、カラスの行水の私が、たっぷり1時間は湯につかっていた。
翌朝、浴室に行って驚いた。
湯の色が茶褐色から鮮やかなカーキ色に変わっていたのだ。
湯舟の中には、昨晩見た炭のような浮遊物も見あたらない。
このことを宿の主人に告げると、「天候によっては無色透明になることもある」 と、当たり前のように応えた。
自然の条件により色が変わる湯……
しかし、これが本来の天然温泉の色である。
どこかの温泉のように入浴剤など投入せず、ありのままの自然の色を享受すればいいのである。
次に訪れる時の “色” が、楽しみになった。
●源泉名:鳩の湯
●湧出量:28.7ℓ/分(動力揚湯)
●泉温:44.1℃
●泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉
<2005年1月>
2020年01月29日
上牧温泉 「辰巳館」⑧
今さら辰巳館については、語ることはないのですが……
大正時代に初代が温泉を発見した上牧温泉で最も古い旅館であること。
源泉は弱アルカリ性で、昔から 「化粧の湯」 と呼ばれ美肌効果があること。
「裸の大将」 で知られる山下清画伯が滞在して、浴室に大壁画を描き残した宿であること。
などなど、復習の意味も込めて、バスの中でスピーチをさせていただきました。
昨日は、NHK文化センターの野外温泉講座日でした。
僕は講師を11年務めています。
上牧温泉(みなかみ町) の老舗旅館 「辰巳館」 を訪れるのは、この講座では3回目となります。
昨年実施した受講生への 「もう一度行きたい温泉旅館」 のアンケートでも一番人気の宿です。
ということで、リクエストにお応えして2020年新春第1回目の講座は、辰巳館に決りました。
人気の理由は、湯の良さもさることながら 「献残焼(けんさんやき)」 と呼ばれる料理にあります。
雪深い上越地方に伝わる郷土料理で、高貴な方に献上した物のおすそ分けを焼いて食べたことから名付けられたといいます。
また昔、上牧では上杉と武田の豪族の戦いが長いこと続いたといわれ、武士が夕焼けの空を背に山菜や川魚を剣に刺して、焚き火にかざして焼いたからともいわれています。
赤々と燃える炭火の上で、串に刺した川魚や地鶏、旬の野菜を焼いていただきます。
辰巳館には、大切にしている 「三温」 と呼ぶ3つの “温もり” があります。
人の温もり、湯の温もり、そして、この旬を食す炭火の温もりです。
「かんぱーい!」
「今年もよろしくお願いしまーす!
湯上がりに地ビールを呑みながら炭火を囲んで新春の宴が始まりました。
受講生のみなさん、よろしくお願いいたします。
今年も名湯・秘湯をたくさんめぐりましょうね!
2020年01月27日
表紙画展 in MAEBASHI
前橋市の “ミンラー”“デンラー” のみなさん、お待たせしました!
えっ、なんのことかって?
はい、民話ファンと伝説ファンのことです。
昨年の夏、戸田書店高崎店で開催した、拙著 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) の表紙画展の巡回展が、いよいよ始まります!
おかげさまで前回は、たくさんの方に来店していただき、大好評でした。
ので、出版元も書店側も気を良くしまして、巡回展を企画してくださいました。
今回も会場では、イラストレーター栗原俊文氏の原画をはじめ、表紙の装丁ができ上がるまでのパネル展示をいたします。
もちろん、著書の販売も行っています。
前橋市の方はもちろん、昨年の高崎会場を見逃された方も、ぜひ、この機会にご覧ください。
摩訶不思議で魑魅魍魎、でも、ちょっぴり愛嬌のある妖怪たちが、みなさんをお待ちしています。
『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』
栗原俊文 表紙画展
●会期 2020年2月1日(土)~3月7日(土)
●会場 戸田書店 前橋本店 (群馬県前橋市西片貝町4-16-7)
●問合 ちいきしんぶん TEL.027-370-2262
2020年01月26日
旅のめっけもん③
●旅のめっけもん 「入浴熊」
昭和25年頃、親を亡くしたまだ目も開かない2頭の子熊を、宿主が手塩にかけて育てあげたのが、熊との出合いだった。
ある夏の盛りのこと。
子熊を露天風呂へ連れて行くと、最初は前足でピチャピチャとお湯をたたいて面白がっていたが、そのうちスーッと温泉に入って泳ぎ出したという。
それから熊と一緒に温泉に入ると、泊まり客がびっくりするやら、喜ぶやらで大騒ぎとなった。
やがて、露天風呂に入る 「入浴熊」 のうわさは広まり、当時、テレビや新聞、雑誌等に取り上げられ宝川温泉は千客万来の大盛況となった。
現在は条例により禁止されているため熊は入浴できないが、今でも敷地内の熊園で5頭の熊たちが客を出迎えてくれる。※(現在、熊園はありません)
<2004年8月 宝川温泉>
●旅のめっけもん 「ざる豆腐」
ひとさじ口に含んで、まず自分の舌を疑った。
もうひとさじ、口へ……。
ほんのり甘く、濃厚な大豆のコクと風味が、口の中いっぱいに広がった。
薬味が添えてあるが、最後までしょう油を使わずに食してしまった。
宿で夕食に出た 「ざる豆腐」 である。
何とも言えぬ、なめらかな口当たり、芳醇な味わいが後を引く。
これは何が何でも土産に買って帰りたいと思い、製造元を教えてもらった。
国道からサエラスキー場へ抜ける道すがらにある 「尾瀬ドーフ」 の店内では、先客が数名、手作り生豆腐を食べていた。
ジャムや黒蜜を添えれば、ヨーグルト感覚のデザートになる不思議な豆腐だ。
お目当てのざる豆腐も、一人用から十数人用とサイズがいろいろあり、家族の人数によって選べるのがうれしい。
片品の大地と湧き水が作った自然の味は、まさに旅のめっけもんとして、その日の我が家の食卓まで運ばれた。
<2004年9月 座禅温泉>
2020年01月25日
円のない縁
「今年は “出会い” の年にしようと思うんだ」
「なに、それっ! 私と同じじゃん!」
次女を車で駅まで送って行く道中の父娘の会話です。
「去年はさ、おじいちゃん、おばあちゃん、それにマロまで逝っちゃったろ。“別れ” の多い年だったからね」
「本当に、そうだったね」
「だから、今年は出会いの多い年にしたいんだよ」
「私は、絶対に彼氏をつくるよ!」
「えっ、なんて言った?」
「カ、レ、シ」
ちょっと驚いたけど、まあ、彼氏がいてもおかしくない年頃ではあります。
花も恥らう二十歳だもんね。
思えば長女は、その頃には、今の亭主と駆け落ち同然に家を出て行ってしまったものな……
それも縁です。
「あっ、焼いている?」
「何が?」
「私に彼氏ができるのイヤなんだ?」
「いや、べ、べ、べつに。いいんじゃないの、“できれば” の話だけどね」
「おとうの出会いは、何よ?」
「そうだなぁ~、お金かな」
「お金? それはムリムリ、ムリー!!!」
「なんでさ?」
「だって、おとうは、お金なんて、今まで持ったことないじゃん!」
「だから今年こそは、と思って」
「だから、無理だって! おとうの人生、お金には縁がないんだから」
とかなんと無駄話をしていたら、車は駅に着いてしまいました。
そこまで、言うか!
いくら実の娘だからって、言い過ぎだろう!
これでは父親の威厳なんて、微塵も無いじゃないか!
でもね、言い当てていて妙なのであります。
思えば僕の人生、いつもいつも目先のことばかりに振り回されていて、お金を稼ぐことと、貯めることには無頓着の半生だったのです。
まったくもって、円には縁のない半世紀でした。
でも、これからは違います!(きっと)
円ある出会いが増えるはずです!(たぶん)
娘よ、来年のお年玉は、ポチ袋が立つぞ!
(期待せずに待っていなさい)
2020年01月24日
源泉ひとりじめ(9) 湧き出る泉に、青い鳥が舞い降りた。
癒しの一軒宿(9) 源泉ひとりじめ
野栗沢温泉 「すりばち荘」 上野村
「二日酔いしないから」 と、ご主人がコップに注いだ源泉を口に含むと、かなり塩辛い。
高濃度の塩化物泉だ。
成分が海水に近いからだろうか、この温泉を飲みに、渡り鳥がやって来るという。
遠く東南アジアの極限られた地域に分布するという、美しい羽を持つ鳥……。
ひと目会いたくて、翌朝は早起きをすることにした。
宿から500メートルほど栗沢川沿いを行った上流に、「すりばち分校跡」 の碑が立っている。
この分校の名を知っている人もいると思う。
昭和23年から47年の24年間にわたり、ここ上野村野栗沢分校の代用教員として赴任した山田修先生の奮闘着は、NHKのラジオにもなり、数々の著書と共に全国的に分校の名を有名にした。
その名の通り空を仰ぐと、四方を山に囲まれた 「すりばち」 のような地形であることが分かる。
宿のご主人は山田先生の教え子で、すりばち分校を日本各地から訪れる人たちのためにと、昭和58年に旅館 「すりばち荘」 を開業した。
もともとこの地に棲む動物たちが傷を癒していたという良質の温泉も、ご主人が山からパイプで引いてきたものだ。
旅館の浴室に入ると、ヒノキの香りに包まれた。
肌に張りつくような柔らかな湯は、不思議とのぼせることなく長湯ができる。
ヒノキ風呂の隣に、冷鉱泉の源泉がかけ流しされている浴槽がある。
「下半身だけ浸かれば、体がポカポカと温まってくる」 と言われたが、あまりの冷たさに今回は遠慮した。
夕食は渡り廊下で、別棟の食事処へ。
大きな天然木のテーブルでいただく食事は、どれも野趣に富んでいる。
にんじん、ごぼう、こんにゃくの煮物や、みょうがの天ぷら、なすのおひたし、岩魚の塩焼きと、山の一軒宿ならではの素朴な料理が並ぶ。
秘伝の味噌でいただく上野村特産のイノブタ鍋の肉も、温泉に浸してから調理されるので思ったよりも柔らかい。
残りの汁に、地粉を温泉水でこねあげた手打ちうどんを入れれば、これ以上のご馳走はない。
でも何よりのご馳走は、話好きのご主人と楽しい団らんのひと時を持てたことだった。
●源泉名:子宝の湯
●湧出量:非公開(自然湧出)
●泉温:15℃
●泉質:ナトリウム-塩化物冷鉱泉
<2004年12月>
2020年01月23日
続・宇宙生物 “ケサランパサラン” 現る!?
昨日、昭和52年に読売新聞に掲載されたナゾの生物 「ケサランパセラン」 の記事を紹介しましたが、調べると、その後も読売新聞は、後追い取材を続けていることが分かりました。
前回の記事では、<近く東北大に依頼して、動物か植物か、その正体をつきとめることになった。> と記載されていますが、その結果報告をしています。
ところが、さらに別の学者が異説を唱え、“ケサランパセラン騒動” は、ますますヒートアップしていきます。
「いずみ」 という小さなコラムですが、その後に掲載された興味深い2つの記事を紹介します。
●一見、タンポポのようで、虫かもしれないとしてナゾの生物 「ケサランパサラン」 が話題になっている(本紙八日付朝刊) が、生物生理学の権威、永野為武・東北大名誉教授が十四日、この “物体” の正体は 「不完全菌類のカビの仲間らしい」 と判定した。
「ケサランパサラン」 は直径一、二センチの白い毛に包まれ、中心部に口のような黒点がある。
宮城県・小牛田町、孝勝寺別院に大正七年に二体が飛来。
おしろいを入れたキリ箱にしまっていたが、最近空けたら十五体に増え、おしろいは減っていたという。
十四日、虫メガネで鑑定した永野さんは「おしろいは鉱物だから、栄養にはなりません。カビは自分の栄養分と水分で増殖します」。
となると、おしろいの減った理由がわからない。
しかも、不完全菌類の専門家は東北大におらず、カビの種類は不明。
で、いぜんナゾは残る?
<昭和52年(1977)7月15日 読売新聞23面より>
●宮城県・小牛田町の孝勝寺別院に伝わるナゾの生物 「ケサランパサラン」 は、先に永野為武・東北大名誉教授が 「不完全菌類のカビの仲間らしい」 と判定した(本紙十五日付朝刊) が、今度は国立科学博物館植物研究部の土井祥兌文部技官が 「アザミの種子の冠毛」 と判定した。
土井技官は顕微鏡で調べたもので、中心部に、口のように見える黒い点は、種子が付着していた跡。
死滅した組織だから、環境さえよければ、何年でも保存できるという。
「ケサランパサラン」 が二体から十五体に増えていた点については 「保存している箱の中にだれかが別の冠毛を入れたのでは」 と推理するが、佐々木友義住職は 「大正七年に亡父が二個とらえてキリの箱に入れ、押入れの奥に入れたままだれも触らなかった」 と反論。
やはり正体は 「ケサランパサラン」 (土地の言葉で 「空から飛んで来た得体の知れないもの」 という意味)?
<昭和52年(1977)7月31日 読売新聞23面より>
2020年01月22日
宇宙生物 “ケサランパサラン” 現る!?
以前、ブログで 「ケセランパセラン」(ケサランパサランとも呼ぶ) について触れたところ、読者からのコメントをはじめ、友人知人からもたくさんの情報が寄せられました。
ありがとうございました。
それらによると、以下の3つのことが判明しました。
①不思議なネーミングは、東北地方の方言であること。
②大正時代には、すでに飼育されていたこと。
③ブームの火付け役は、新聞記事だったこと。
ということで、ブームの発端となった新聞記事のコピーを入手しましたので、全文を紹介します。
おしろい食う“宇宙生物”?
宮城のお寺 箱の中 60年繁殖
一見、タンポポのようで、虫かも知れないというナゾの生物が、宮城県・小牛田町の孝勝寺別院に大正年間から伝わるキリの箱(十センチ四方) の中で“繁殖” していることがわかり、近く東北大に依頼して、動物か植物か、その正体をつきとめることになった。
土地の言葉で 「空から飛んできた得体の知れないもの」 という意味の 「ケサランパサラン」 と名付けられているこの生物=(写真)。
一、二センチの長さの綿毛に包まれ、中心部に口と思われる黒い点がある。
大正七年秋、二体がもつれ合うように本堂に飛来したのを先代住職がとらえて箱にしまった。
以来、家宝のように扱われてきたが、最近箱に入れてあったおしろいが減っているところからこれを食べていたらしいが、水もない真っ暗な箱の中でなぜ増えたのか、ナゾだらけ。
宇宙の生物かも。
<昭和52年(1972) 7月8日 読売新聞22面より>
2020年01月21日
源泉ひとりじめ(8) 吊り橋の向こう岸に、もうもうと上がる湯煙が見えた。
癒しの一軒宿(8) 源泉ひとりじめ
湯の平温泉 「松泉閣」 六合村(現・中之条町)
「秘湯」 という言葉の響きに、そこはかとなく惹かれる。
たどり着いたとき、自分だけの隠れ家を見つけたようで、ほくそ笑みさえ覚えるのである。
現在、中間法人 「日本秘湯を守る会」 に加盟している旅館は、全国で157軒(平成16年5月現在)。
群馬県内には13の会員旅館があるが、なかでも湯の平温泉は、秘湯中の秘湯といえる。
深い谷である。
揺れる赤い吊り橋を、恐々と渡る。
覗き込むと目が覚めるような鮮やかなコバルトブルー色をした白砂川が、湖のような静けさでゆっくりと流れている。
対岸の川原に泉源があるようだ。
もうもうと湯煙が上がっている。
目を凝らすと、川岸のあちこちから湯気が立ち昇るのが見えた。
橋を渡った対岸からは、急な登りとなる。
駐車場に車を置いて、木立の中を歩き続けて10数分……。
額にうっすら汗がにじみ、肩で息をしはじめた頃、やっと宿の玄関が見えてきた。
「滅多に取材は受けないんですよ。たった3人でやっている宿だから、大きい旅館のような対応もできないしね。ただ湯だけは自慢、川原に下りてみればわかりますよ。足元から湯が湧いているから」
気さくな笑顔が迎えてくれた。
かたわらのソファーでは、気持ち良さそうに猫が昼寝をしている。
本館と別館をつなぐ渡り廊下から、時折、涼やかな風が流れ込んでくる。
ゆったりと過ぎる贅沢な時間の経過を楽しめそうだ。
さっそく、その自慢の湯を堪能することにした。
露天風呂は白砂川の川原にある。
長い長い階段の廊下を降り、サンダルに履き替えて戸外へ。
さらに、うっ蒼と生い茂る木々のなかを下る。
自然石を敷きつめた川沿いの露天風呂が2つ。
女湯の奥に源泉の湧出場所があり、勢いよく白い湯気を吹き上げている。
熱めだが、肌をサラリと滑り落ちるやさしい湯である。
湯舟から眺める渓谷美も、紅葉の時季なら、なお絶景のことだろう。
コバルトブルーの川面からはるか上方に、国道に架かる橋が見えた。
あらためて深い谷に抱かれた秘湯に浸かっていることを実感した。
●源泉名:第1号源泉
●湧出量:測定せず(動力揚湯)
●泉温:71.2℃
●泉質:ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉
<2004年11月>
2020年01月20日
まだ見ぬ座敷わらし
【座敷童】
東北地方の旧家に住むと信じられている家神。小児の形をして顔が赤く、髪を垂れているという。枕返しなどのいたずらもするが、居なくなるとその家が衰えるという。<広辞苑より>
たびたびテレビ番組でも、紹介される 「座敷わらし」 です。
芸能人が座敷わらしが出るという旅館に泊まり、カメラがとらえた怪奇現象を映し出しています。
姿は見えませんが、おもちゃが動き出したり、白い光が浮遊したり、確かに何かが存在しているようです。
でも決ってロケ地は東北です。
広辞苑でも説明しているように、座敷わらしは東北地方に住む妖怪(?) のようですが、そんなことはありません!
群馬県にもいます!
僕の著書の熱心な読者なら、すでに知っていますよね。
S温泉のS苑やO温泉のH旅館に座敷わらしが現れることは有名です。
真夜中に小さな子が廊下を走り回ったり、ロビーに飾られた人形で遊んだりと、目撃例が寄せられています。
何度か取材に訪れていますが、残念ながら僕はまだ、一度もお会いしていません。
でも座敷わらしは、必ずしも旧家や旅館に住み着くとは限らないようです。
僕の友人の家にも住み着きました。
それも新築の洋風住宅です。
夜中に階下で物音がするので下りて行くと、時計の針が進んでいたり、置物や食器などの位置が移動していたといいます。
一度だけ、階段の途中で鉢合わせしたことがあるそうです。
「おかっぱ頭で着物を着た女の子だった」
と言います。
座敷わらしを見た人は、男性ならば出世をし、女性ならば玉の輿に乗るなどの幸運が舞い込むといいます。
その後、その友人は、さるジャンルで世界的な地位に着きました。
信じるか、信じないかは、あなた次第です。
まだ見ぬ座敷わらしさん、いつになったら僕の前に現れてくれるのですか?
待ってま~す!
2020年01月19日
源泉ひとりじめ(7) 初めての宿なのに、思わず 「ただいま」 と言いたくなった。
癒しの一軒宿(7) 源泉ひとりじめ
川中温泉 「かど半旅館」 吾妻町(現・東吾妻町)
「日本三美人の湯」 と刻まれた立派な石柱が立っている。
三美人の湯とは、和歌山県の龍神温泉、島根県の湯の川温泉、そしてここ川中温泉である。
3つの温泉に共通している美肌作用の条件は、弱アルカリ性でナトリウム・カルシウムイオンを含むこと。
これらが肌の表面にある皮脂と結びついて、洗浄作用をもたらすらしい。
なかでも川中温泉はカルシウムイオンの量が多く、ベビーパウダーのような作用があるため、湯上がりのスベスベ感は群を抜いている。
くしくも前の週、和歌山県の龍神温泉へ行って来たばかりだった。
この歳になって、しかも男の私が 「美人の湯めぐり」 もないだろうが、今夏の猛暑に酷使された肌が癒されるなら、ありがたい。
それも三美人の湯の中で、川中温泉だけが一軒宿だ。
秘湯にのんびり浸かって、心まで癒されることにした。
つづら折りの坂道の奥に、赤い屋根の木造旅館が現れた。
ガラス窓越しに見える格子戸の連なりが、かつての湯治場のおもむを今に伝えている。
初めての宿なのに 「ただいま」、そう言いたくなるような若女将の満面の笑顔に出迎えられた。
通された部屋も、どこか懐かしさがある。
木枠の窓に、回り廊下のある開放的な空間……。
扇風機が自然の風を届けてくれる。
近代的なホテルや大旅館では、とうに排除されてしまった素朴さには、一軒宿の名にふさわしい情緒がある。
旅装を解いて浴衣に着替え、タオル一本片手に向かうは、源泉100%かけ流しの露天風呂。
泉温が低いため、2つの湯舟のうち手前は、熱交換方式で加熱してある。
交互に入るのが、本来の入浴法とのことだ。
湯の花が漂うぬるめの源泉に身を置くと、目の前の雁ヶ沢川の瀬音が小気味よいリズムを刻んでいた。
この川の中から温泉が湧出したことから名付けられた川中温泉。
以前は川の中に湯舟があったというが、今でも川底を覗き込むと湯の花が漂っている。
遠くで雷鳴が聞こえた。
ひと雨、来そうである。
ならば山あいに煙る雨を眺めながら、湯上がりのビールをいただくのも、旅の一興である。
●源泉名:美人の湯
●湧出量:108ℓ/分(自然湧出)
●泉温:35℃
●泉質:カルシウム-硫酸塩温泉
<2004年10月>
2020年01月18日
銀座もいいけど H もね
「忘年会は、もうねえんかい?」
「新年会は、しんねえんかい?」
なんていうオヤジギャグを飛ばしていた頃がなつかしい、今日この頃です。
加齢とともに宴会のたぐいは年々、減りつつあります。
それでも昨晩、今年になって3回目の新年会に顔を出してきました。
とはいっても、ただの新年会ではありません。
主催者は、僕です。
そして参会者は、他に1人だけ。
お相手は、日頃お世話になっている某社の社長さんです。
いわゆる “接待” を企てたのであります。
「いかがでしょう、年明け早々に、一献差し上げたいのですが?」
「いいですねぇ、どこへでも出かけますよ」
昨年の暮れ、某社の社長室(?) で密談が交わされました。
「銀座とH、どちらがよろしいでしょうか?」
“H” とは、ご存じ僕らのたまり場、酒処 「H」 であります。
銀座での接待に比べたら、予算は10分の1以下で済みます。
でも、もし、「銀座がいい」 なんて言われたら、どうしよう……
なんて、ドキドキしながら返答を待ったのです。
「いやぁ~、銀座は飽きたよ。もしかしてHとは、小暮さんのブログにたびたび登場する、あのHですか?」
「はい、そうです。カウンター席がわずか8脚の小さな店ですが、料理はうまいし、酒は飲み放題です」
「なら決まりでしょう、ぜひ、私もHに連れてってください!」
ということで昨晩、僕は前橋駅で社長さんをお出迎えし、Hへお連れしたのであります。
「うわっ、うわーーーっ、ここなんですねぇ、ついに来ました!」
壁にズラリと並んだ僕の著書を眺めて、社長さんは感動しきりの様子。
「ママ、こちらが話していた社長さんです」
「はじめまして、いつもジュンちゃんが大変お世話になっています」
だなんて、ママは本当のオフクロのように出迎えてくれました。
「今日は、好きなだけ飲んでください」
「いいんですか? かえって銀座より高くつきますよ!?」
「いいーーーんです! いろいろご相談したい話もありますから」
「忖度ですか?」
「はい!」
「小暮先生、お主も悪よのう」
「ハハハハハハハ!!!」
しゃちょうさん、ことしもよろしくおねがいいたします。
2020年01月17日
旅のめっけもん②
●旅のめっけもん 「道祖神(どうそじん)」
道祖神は、「どうろくじん」 「さいのかみ」 などと呼ばれ、災厄の侵入を防ぐ神とされ、石像などに刻んで村境や辻に祀っている。
また、子供の成長や子宝祈願の対象として、ほぼ全国に広く祀られている民間信仰の神である。
中部地方から関東地方を中心とする地域では、この祭りとして小正月に火祭りを行うのが特徴である。
特に猪ノ田のものは双体道祖神と呼ばれ、男女が仲良く酒を酌み交わしている珍しい 「酒器像」 が多い。
正月十四日の夜には、子供たちが道祖神悪病除に回り、翌朝のどんどん焼で繭玉やスルメを焼いて食べる祭りが現在も残っている。
<2004年6月 猪ノ田温泉>
●旅のめっけもん 「観音山のたぬき」
『たぬきが時々、遊びに来ます。そっと見てください』
展望風呂から庭を見下ろすと、そう書かれた看板とエサ場が目に付いた。
ある春の夜のこと。
部屋の床下から 「クンクン」 と動物の鳴く声がすると、宿泊客から苦情があった。
野良犬が入り込んだのかと宿主が覗き込んでみると、それは、たぬきの親子だった。
その後、餌づけに成功し、たぬきの一家は夜な夜な現れるようになった。
が、たぬきの子どもは半年で親離れをしてしまうため、秋には親だぬきだけになってしまった。
かれこれ5年が経つが、今でも時々、この夫婦だぬきは仲むつまじく観音山の奥の方から、けもの道を下りてやって来る。
団地や道路の造成、観光やレジャー施設などの開発によって、住処(すみか) を追われているたぬきたち。
もし運良く出合えたなら、湯舟の中から、そっと見守ってやってほしい。
<2004年7月 高崎観音山温泉>
2020年01月16日
ショートコラム 「旅のめっけもん」
ブログ開設10周年を記念して現在、不定期にて掲載している 『源泉ひとりじめ』。
2004年4月~2006年9月にわたり 「月刊ぷらざ」(ぷらざマガジン社) に連載された全30回を順次紹介しています。
エッセイには、1話につき1編のショートコラムが併載されていました。
温泉地や旅館で見つけた 「旅のめっけもん」 です。
このコーナーでは、そんな旅で見つけたエピソードの数々を紹介いたします。
エッセイと併せて、お楽しみください。
●旅のめっけもん 「筒描(つつがき)」
「旅籠」 の館内を歩くと、藍色に染められたタペストリーが、所々に品良く飾られているのを目にする。
これは 「筒描」 といわれる江戸時代の中頃より日本各地の紺屋で染められていた木綿布である。
防染糊を筒に入れ、洒脱な図柄を自由奔放に描き、その文様を白揚げする。
さらに、その中の細部の線を細い筒糊で縁取りしてから、顔料で絵画風に色挿しをしたものだ。
この筒描は、婚礼のときにあつらえることが多く、嫁ぎゆく娘のための調度品として 「松竹梅」 や 「鶴亀」 などの吉祥文様が多く表された。
蒲団や夜着、嫁ぎ先の家紋をあしらった風呂敷などに仕立てて、花嫁道具として持たせたという。
<2004年4月 薬師温泉>
●旅のめっけもん 「木造校舎」
国道17号から川古温泉へ向かう途中、高台に今では珍しい新築の木造校舎を見つけた。
新治村立猿ヶ京小学校である。
平成3年に景観条例に基づいて建設されたその美しい校舎は、新治村の伝統的建物である昔の養蚕農家を模した越屋根造り。
校舎中央の多目的ホールには積雪加重を考慮した大断面集成材が使用され、ホール前の8本の丸柱は赤谷川源流から切り出された樹齢100年を越える地元産のスギが使われている。
また、各教室の壁にもスギやカラマツを多用し、温かみのある素朴な空間に仕上がっている。
鉄筋校舎の増築が進められている中、やわらかな感触を持ち、高い吸湿性等の優れた性質を備えた木造校舎の良さが、温かみと潤いのある教育環境づくりとして各方面から見直され始めている。
<2004年5月 川古温泉>
2020年01月15日
源泉ひとりじめ(6) 高原を渡る風が、湯けむりをさらって行った。
癒しの一軒宿(6) 源泉ひとりじめ
座禅温泉 「シャレー丸沼」 片品村
一軒宿に泊まる魅力とは?
当然のことながら温泉街は存在しないので、浴衣姿でそぞろ歩く楽しみはない。
ズバリ、それは “湯” である。
一軒宿には秘湯、湯治場と呼ばれる所が多く、良質の自家源泉を所有している。
地中から湧き出た新鮮な源泉を、たった一軒の湯舟で使い切る贅沢……。
まさに温泉ファンにとっては、これぞ究極の贅沢である。
必ずしも源泉の一軒宿は、山深い秘境の地にあるとは限らない。
また、何百年という歴史をもつ古湯とも限らないのだ。
ここ座禅温泉は、広大な高原のスキー場にに湧く温泉宿である。
標高1,400m。
スキー場内にあるため、シーズン中はゲレンデへのアクセスがバツグンの宿だ。
ロッジ形式のモダンな外観も、温泉宿のイメージとは程遠い。
訪ねたのは、7月初旬。
下界は30度を超す真夏日だというのに、高原を渡る風は涼しさを通り越して、夕刻は寒いくらいだ。
そういえば部屋に暖房器具はあっても、エアコンはなかった。
座禅温泉の名は、日本百名山 「日光白根山(2,578m)」 の外輪山の一つ、座禅山に由来する。
とは言っても、10年前に湧き出た新しい温泉である。
しかし、その効能は疲労回復に効果があると、スキーヤー御用達の宿として人気が高い。
内風呂はヒノキ風呂で、こじんまりとしているが、そのぶん落ち着きがある。
お湯は無色透明な硫酸塩温泉で、やや熱め。
かすかな温泉臭と湯の花が漂う。
しっとりとした湯だ。
一方、露天風呂は巨石を配した庭園風の立派な岩風呂で、青天井のもと周囲の山々を眺めることができる。
豪快に注がれる湯の滝から立ち昇る湯けむりを、時折、涼風がさらうように通り過ぎてゆく。
なんと贅沢な時間なのだろうと、湯の中からゆっくりと流れる雲を、しばし目で追っていた。
翌朝、ロープウェーに乗り標高差600mを一気に登り、2,000mの山頂駅へ。
2万本のコマクサが咲き誇るロックガーデン周辺には、気軽に大自然を満喫できる散策コースが整備されている。
視界をさえぎるように立ちはだかる日光白根山。
その山頂を目指して、登山道へと向かうハイカーたちを見送った。
●源泉名:菅沼1号
●湧出量:非公開(動力揚湯)
●泉温:55.4℃
●泉質:ナトリウム・カルシウム-硫酸塩温泉
<2004年9月>
2020年01月14日
源泉ひとりじめ(5) 川と見間違えるほどの巨大な露天風呂に、しばし圧倒された。
癒しの一軒宿(5) 源泉ひとりじめ
宝川温泉 「汪泉閣」 水上町(現・みなかみ町)
「温泉」 という言葉が一人歩きしている昨今、源泉の本当の味わいを知らずに利用している人の、なんと多いことか。
本来、温泉とは地中深くしみ込んだ地下水がマグマに温められ、長い時間をかけて地上へと湧き上がってきた、いわば地球からの恵みであったはず。
その恩恵に浴するために、先人たちは自然に湧出、自噴した場所に温泉地をつくったのである。
敷地内の源泉は4本、毎分1,800リットルという圧倒的な湯量は、伊香保温泉の旅館で使用される総湯量より多いというから、驚きだ。
目の前には、一見、川と見間違えるてしまいそうな大露天風呂が4つ。
すべて合わせると約470畳分という広さに、二度びっくり。
しかし、二つの驚きとびっくりを頭の中で重ね合わせると、納得できてしまうから不思議である。
不思議といえば、一番手前の湯が 「摩訶(まか)の湯」。
脱衣所をはさんで奥が 「般若(はんにゃ)の湯」。
吊り橋を渡った対岸に見えるのが、約200畳という最大の 「子宝の湯」 だ。
この3つは、すべて混浴。
最下流に女性専用の露天風呂 「摩耶(まや)の湯」 がある。
まずは 「摩訶の湯」 に浸かる。
源泉が流れ込む湯口付近では、かすかな硫黄臭を感じたが、川風のせいか湯に入ってしまうと、ほとんど臭いはない。
無色透明の湯は、流れの速い川面と境がつかないくらいに透き通っている。
要所に 「川へは絶対に入らないでください」 の立て札が……。
なるほど、湯舟の縁から手を伸ばせば届きそうなところに宝川の瀬がある。
酔っぱらいは、くれぐれも注意が必要だ。
が、これが野趣に富んだ露天風呂の醍醐味というものだ。
女性はバスタオルを体に巻いて完全武装の入浴だが、男性はそうもいかない。
小さなタオル一枚で前だけ隠して、次の風呂へと移動する。
慣れてくると、裸で露天から露天へとハシゴする解放感に、心まで解き放たれていくのが分かる。
ただ残念なのは、自分が男であることだ。
4つある露天風呂を制覇できるのは、くやしいかな女性だけなのである。
●源泉名:1号井・3号井・4号井・5号井
●湧出量:147~594ℓ/分(動力揚湯)
●泉温:34.8~68.9℃
●泉質:単純温泉
<2004年8月>
2020年01月13日
次は誰が着るのだろう
今日は、令和最初の 「成人の日」 です。
我が家にも一人、大人の仲間入りをした人がいます。
前橋市は昨日、成人式が行われたようです。
“ようです” なんて書いたのも、僕には昔から興味がない事柄だからです。
42年前の自分の成人式すら出ていませんし、長女と長男の時だって過ぎてから気づいたぐらいの無頓着オヤジなのです。
だから今回も昼近くまで寝ていたため、次女が出かけことさえ気づきませんでした。
午後になって、階下に家族が帰宅した気配を感じました。
しばらくして、トントンと仕事場をノックする音が……
ドアを開けると、真っ赤な晴れ着を着た次女が立っていました。
「あれま~、どこのお嬢様でしょうか!?」
ふだんはジーンズ姿の娘が、親の欲目を除いても見違えるほどに美しい女性に映りました。
「ここの娘です」
と言われた時には、ちょっぴり胸の奥のほうがチクリとしました。
「その晴れ着は、どうしたんだ?」
「おねえのだよ」
「M(長女) の?」
「そうだよ」
長女と次女の歳の差は11歳。
ということは、11年前に僕は、この晴れ着を見ているということなのですね。
記憶にないということが、無頓着オヤジを証明しています。
「おめでとう」
それくらいの言葉は、僕にだって、かけてあげることができました。
思えば、これで全31年間の親としての子育ての役目を終えたことになります。
次女はまだ学生ですから、もうしばらくは手がかかりそうですが、それでも節目として3人が三様の大人の階段を上り出しました。
「次は、誰が着るんだ?」
「もう、いないんじゃないの」
現在、長女と長男のところにいる孫2人は、どちらも男の子です。
まだ女の子の孫はいません。
「分からないじゃないか、将来、お前の娘が着るかもしれないし」
そう言いかけた時には、すでに次女は階下へ降りて行ってしまいました。
早々に着替えて、友だちの待つパーティー会場へ行くのだといいます。
まっ、いっか!
未来は誰にも分からないのだから……。
それでも、まだ見ぬ孫娘の晴れ着姿を想像してしまいます。
オヤジとしては無頓着でしたが、ジイジとしては興味津々なのであります。
2020年01月12日
宵待ち列車に乗って
うまい酒を呑む条件とは?
ズバリ、“相手” と “場所” の選択にあります。
気の置けない、いつものメンバーとやるのも良いですが、たまには世代や業種を超えた人たちから刺激をもらうのも良いものです。
飲み屋も同じこと。
住み慣れたいつもの街を飛び出して、知らない町の知らない店で酔いしれるのも良いものです。
ということで、昨日は前橋駅から電車に乗りました。
両毛線→上越線→吾妻線と乗り継いで、中之条町へ。
そうです、僕が観光大使を務める 「花と湯の町 なかのじょう」 です。
地元の人たちは、愛情を込めて “なかんじょ” と呼びます。
今回、僕がこの町へ来たのは、大使としての公務ではありません。
“大使だから” という理由も少しはあるようですが、もっとざっくばらんに “のん兵衛” だからのようです。
この町に暮らす、若者たちが呼んでくれました。
居酒屋で出迎えてくれたのは、30代のアーティストたち4人。
画家や現代美術、脚本家など、みんな他県から移住して来た人たちです。
ここ数年、中之条町には彼ら彼女らのように、この町に惚れ込んで住み着く若者が増えています。
それは、なぜか?
一番の理由は、この町で定期的に開催されているアートの祭典 『中之条ビエンナーレ』 の存在です。
昨年も1ヶ月間にわたり開催され、国内外から約150組の作家が集まり、町内50会場で作品展示がされました。
開催中は、作家が町内に滞在し、制作活動を行います。
その間に町民との交流が生まれ、豊かな自然と人情味のある環境を気に入った作家たちが、そのまま住み着くのだといいます。
「カンパーイ!」
初対面同士、しかも歳の差は20~30歳。
「私は愛知県から移住して来ました」 「僕は山口県です」 「私は横浜」
出身はさまざまですが、みんなこの町で出会い、交流を深めている仲間たちです。
芸術の話、観光の話、温泉の話……
夢を語る彼ら彼女らの目は、キラキラと輝いています。
A君は、去年まで公務員をしていたといいます。
「きっかけを探していたんです。いつか役所を辞めようと」
そのチャンスは、中之条町が企画した公募でした。
受賞を機に、辞表を出して、移住を決意したといいます。
ついつい歳を重ねると、「若いって、いいね」 という常套句を口にしてしまいがちですが、彼ら彼女らを見ていると、決して “若さの賜物” だけで移住して来たわけではないことが分かります。
みんな、自分を大切にして生きているんですね。
「みんな、カッケーよ!」
つい僕も若者言葉で、返していました。
でも、本当にみんな、カッコイイんです。
宵待ち月が天空に上がる頃、僕は駅へ向かいました。
列車の座席に腰を降ろすと、車窓の向こうで手を振る人たちがいます。
わざわざ見送りに来てくれたんですね。
改札口で手を振る彼ら彼女らの姿が見えなくなるまで、僕も手を振り続けました。
2020年01月11日
源泉ひとりじめ(4) 緑のトンネルの中で、キツツキが出迎えてくれた。
癒しの一軒宿(4) 源泉ひとりじめ
高崎観音山温泉 「錦山荘」 高崎市
四季の眺望に秀で風光絶佳の故に帝都人士の間にも頗る著名で旅情を味はう爲に来訪する者が常に絶えない、殊に錦山の名が示す如く紅葉季節に訪れゝば身を錦繍中に置くの美感があり、瀟洒たる白堊の小室が木立の間に點在し松籟恣なる大庭園は関東名勝の名に恥ぢない
昭和九年発行「陸軍特別大演習記念写真集」より
コココココココー、コココココココー
欄干に 「錦山荘」 と刻まれた石橋を渡ると、立派な門が迎えてくれた。
ここからのアプローチが楽しい。
若葉の匂いいっぱいの緑のトンネルが、旅人を誘導してくれる。
コココココココー、コココココココー
また聞こえた。
森の番人キツツキが、客人の到着を宿主に知らせているかのようだ。
やがて、赤松林と竹林に囲まれた木立の奥に純和風の木造旅館が見えてきた。
ここ観音山温泉は、大正4年から昭和初期までは 「清水鉱泉」 と呼ばれ、地元の人々に親しまれ賑わっていたらしい。
昭和63年に再開発され、立派な展望露天風呂をもつ高崎市内唯一の温泉宿として新生した。
浴室は昔ながらの丸木で組んだ、湯小屋風。
敷地内に湧出する源泉は黄褐色をしているが、浴槽内はろ過されているため、にごりはない。
無色透明のさらりとした湯に身を置くと、眼下には高崎市街地が一望に広がる。
烏川越しに市役所が、その奥に群馬県庁舎を望み、借景として赤城山が浴室のフレームいっぱいに描かれる。
高崎駅からわずか3キロ、あまりに身近な自然と静寂の存在に、あらためて感嘆した。
春は筍、夏は鮎、秋は山芋、冬は豆腐と、季節の食材を取り入れた郷土料理が、部屋出しされる喜び。
訪ねたのは春、自家竹林の筍料理をいただいた。
箸を運ぶと、時折、ササササーと竹林を揺らして通り抜ける風の音が聞こえてきた。
●源泉名:錦山荘の湯
●湧出量:非公開 (自然湧出)
●泉温:15.4℃
●泉質:メタけい酸含有
<2004年7月>