温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2022年08月12日

ここが旧役場跡だ!


 “現場百遍”

 僕がライターという仕事をする上で、大切にしている言葉です。
 何回も現場に通うことにより、最初は見えなかったものが、だんだんと見えてくるようになります。


 僕は今、「消えた東村」 を追いかけています。
 ※(当ブログの2022年7月23日 「消えた東村を追え!」 参照)

 かつて群馬県には、5つの東村がありました。
 昭和と平成の大合併により、すべての東村が消滅しました。

 一番最初に消えたのは、群馬郡東村でした。
 明治22(1889)年に10ヶ村が合併して、西群馬郡東村が誕生。
 同29(1896)年に群馬郡東村となりました。
 そして昭和29(1954)年4月、前橋市との合併により65年の歴史に幕を閉じました。


 前回の取材では、残念ながら旧役場跡には、たどり着けませんでした。
 いったい、当時の中心地は、どこだったのか?

 資料をめくる中、こんな一文に出合いました。

 <●●神社に 「東大橋」 と刻まれた古い橋の一部が保存されています。この橋のまわりには、村役場、学校、農協、公民館などがあり、火の見櫓が屹立していました。>

 ところが前回の取材では、●●神社の周辺に、それらしき物は、どこにも見当たりませんでした。
 何かが、おかしい。
 資料が間違っているのだろうか?


 “現場百遍”
 こんな時、この四字熟語が脳裏に浮かびます。
 もう一度、現場に行ってみよう!

 すると……

 ●●神社は、もう一社あったのです。
 そして境内には、こんな道標がありました。

 《右 東村役場 役場ニ通ズ》

 石柱の側面には、「大正十年一月」 と刻まれています。


 「これ、写真に撮っておいて!」
 無理やり同行してもらったカメラマンを呼びました。
 「ついに、見つけましたね!」
 「これが現場百遍の力だよ」


 やがて僕らは、そこから百メートルほど離れた場所で、こう書かれた石柱を見つけました。

 《史跡 群馬郡東村役場跡》


 謎学の旅は、つづく。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:57Comments(2)取材百景

2022年08月05日

四万ブルーに魅せられて


 ♪ トイレには それはそれはキレイな
    女神様がいるんやで
    だから毎日キレイにしたら
    女神様みたいに べっぴんさんになれるんやで ♪
    (上村花菜 『トイレの神様』 より)


 トイレには “トイレの神様” が、そして、取材には “取材の神様” がいるのです。

 今年6月から高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 紙上で連載がスタートした 『ぐんま湯の里ハイク』 。
 電車やバスなどの公共交通機関のみを利用して、県内の温泉地を訪ね、周辺の自然を散策し、いい汗をかいたら温泉に入り、湯上がりのビールで喉を潤し、帰りの電車やバスを待つ時間には、ちょっぴり地酒をいただいたりして、群馬の温泉の魅力を200%満喫しようという、贅沢かつ我がままな旅エッセーなのであります。

 旅人は、僕とカメラマン1名。
 だもの日程は自由に組めます。
 公共交通の利用と、相手は自然ですから、気のつかうアポどりもありません。
 思い立ったが吉日の勝手旅であります。

 が!

 1つだけ、どうにもならない相手がいます。
 そう、“お天気様” です。
 予定を組んでも、いざ出発の日が雨だと、テンションが下がるだけでなく、紙面にベストショットの写真を掲載できません。

 ということで、天気予報によっては、急きょ、取材日を変更することもあります。


 昨日の予報は、群馬全域に雨マークがつきました。
 本来なら取材日を変更するのですが、前日までの予報では “曇り” だったのです。

 「どうしますか?」
 心配するカメラマン氏に、
 「なんとかなるでしょう、僕らには取材の神様がついていると信じましょう!」
 ということで、早朝より電車とバスを乗り継いで、名湯・四万温泉へと向かいました。

 「勝負は午前中ですね。午後には広い範囲で雨雲がかかってきますから」
 と、スマホで雨雲レーダーを確認するカメラマン氏。
 「了解! 午前中に奥四万湖を一周しましょう」


 《絶景を見るための秘訣は、自然とひとつになることでした》

 覚えていますか?
 このテレビCM?

 女優の吉永小百合さんが、鮮やかなコバルトブルーの湖面でカヌーを漕ぐ、JR東日本 「大人の休日俱楽部」 のCMです。
 撮影場所は、四万温泉上流の奥四万湖。

 目が覚めるような青い湖水は、「四万ブルー」 と呼ばれています。
 なんとも神秘的な色であります。


 終点のバス停から、温泉街を歩き出しました。
 四万川対岸へ渡り、小泉の滝~大泉の滝をめぐり、ダム壁直下へ。
 一気に山道を登り、ダム堤から奥四万湖を一望。

 今日も今日とて、掛け値なしの “四万ブルー” が眼下に広がります。

 今は日光に照らされていますが、空を見上げれば、あやしい雲が……

 「さあ、急ぎましょう!」
 「時間との勝負です」

 取材の神様、僕らに微笑んでください!
 1周4キロ、約1時間の行程です。
 そこから温泉街まで、さらに1時間。

 神様、あと2時間だけ、ほほ笑み続けてくださいませんか!?


 さて、結果は如何に?

 無事、下山できたのでしょうか?
 温泉には入れたのでしょうか?
 湯上りのビールは?
 地酒まで、たどり着けたのか?

 その報告は、「ちいきしんぶん」 紙上、もしくはHPでご覧ください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:12Comments(0)取材百景

2022年06月17日

女たちの無念が咲かせた花しょうぶ


 「いずれ菖蒲 (アヤメ) か杜若 (カキツバタ) 」
 といえば、区別がつきにくいことの例え。
 転じて、どちらも優れていて、優劣がつきにくいときに使う言葉です。

 確かに素人目には一見、見分けがつきません。

 さらに、ややこしいのは、菖蒲という字は 「ショウブ」 とも読むことです。
 アヤメとカキツバタを見分けるのでさえ難しいのに、ショウブまで加わると、三つ巴の難解となります。


 ただし一度覚えると、見分け方は意外に簡単なようです。

 まず、見られる場所が違います。
 アヤメは陸地、ショウブは水辺、カキツバタは水の中。
 そして、開花時期も異なります。
 カキツバタは5月中旬、アヤメは5月中~下旬、ショウブは6~7月中旬。
 ということは、今の時季に見られるのは、ショウブである可能性が高いということになります。

 ところが、これまた、ややこしい。
 今の時期、花を咲かせているのは、正しくはショウブではなく、「ハナショウブ」 といわれる別品種だということ。
 一般に、端午の節句に風呂に入れるショウブとは、まったくの別物です。

 ちなみに菖蒲湯のショウブはサトイモ科 (もしくはショウブ科) で、ハナショウブはアヤメ科です。


 そんな予備知識を入れ込んでから、さっそく行って来ました。
 「赤堀花しょうぶ園」 (伊勢崎市)

 まさに、今が見頃。
 紫や白、黄色の2万5000株のハナショウブが咲き誇っていました。


 えっ、観光なのかって?
 まさか! 仕事ですよ、仕事!
 業界でいうところのロケハン (ロケーションハンティング) です。
 ライターの僕にとっては、取材の一環であります。

 というのも、僕は昨年1月から伊勢崎市の民話を集めて、紙芝居にして上演する活動を行っています。
 ※(当ブログのカテゴリー 「神社かみしばい」 参照)
 ここ 「赤堀花しょうぶ園」 は、約800年前の農業用水路跡で国指定史跡 「女堀」 です。
 平成元(1989)年に伊勢崎市が公園として整備し、ハナショウブを植栽しました。

 僕の目的は、ハナショウブではなく、史跡のほうであります。
 そして、ここには、女たちが一夜で掘ったという伝説が残されています。
 ところが水は最後まで流れず、未完の水路で終わりました。

 咲き誇る美しいハナショウブの花々は、何千、何万という女たちの無念が咲かせたように思えてなりません。

 だから僕は、この話を後世に伝え残したいと思います。


 ※正確には、花びらの付け根で見分けます。
  アヤメは網目柄、ハナショウブは黄色い模様、カキツバタは白い筋があります。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:45Comments(0)取材百景

2021年10月16日

「クローズアップ」 掲載延期のお知らせ


 たびたびの変更で、申し訳ありません。
 明日、掲載が予定されていました読売新聞群馬版 「クローブアップ」 の記事は、紙面の都合で再度、延期されることになりました。


 読売新聞社より、下記のようなメールが届きましたので、ご報告いたします。

 ≪衆議院選挙の情勢変化に伴う紙面制作の計画変更により、「クローズアップ」 記事の再度1週間、掲載延期する運びとなりました。10月24日(日)の掲載を予定していますが、衆院選が終わる10月末までの間は、今後も延期となる可能性が高い見込みです。≫


 週刊や月刊と違い、日々発行する新聞は、まさに “生もの” 。
 鮮度が最優先です。
 限りある紙面ですから、同じ業界に携わる者としては、至極理解いたします。

 読者の中には、掲載を楽しみにしていた方もいたかもしれませんね。
 僕からもお詫び申し上げます。。


 ということですので、首をなが~くして、掲載される日を待ちたいと思います。
 掲載日が確定したら、また報告いたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:37Comments(3)取材百景

2021年10月08日

掲載日変更のお知らせ


 以前、新聞記者から何度となく取材を受けたことを書きました。
 その際、掲載日について10月10日と記載しましたが、その後、紙面の都合により掲載が1週間延長されるとの連絡がありました。

 よって掲載日は、10月17日(日)。
 読売新聞 (朝刊) の群馬版 「クローズアップ」 に掲載されます。

 訂正して、お詫び申し上げます。


 さて、内容についてですが、異例の取材となりました。
 「なぜ、温泉ライターになったのか?」
 「その、きっかけは?」
 「それ以前の仕事は?」

 と、“人生の逆回転” 取材を受けました。

 「学生時代は何を?」
 「子どもの頃は、どんな少年?」

 と、どんどん質問は過去にさかのぼります。
 そして、こんな質問も受けました。

 「今までに、どんな本を読んできたか?」


 これには、さすがの僕も驚きました。
 僕自身がライターですからね。
 過去には何千人と取材をしてきましたが、読書内容まで訊いたことはありませんでした。

 しかも、幼少期~学生時代~現在に至るまでの読書遍歴を事細かに訊ねられました。

 たぶん、記者個人の趣向による質問だと思うんですけどね。
 珍しい取材体験でした。

 だもの、とっても記事の掲載が気になります。
 ぜひ、みなさんも楽しみにして読んでください。


 ※取材風景については、下記のブログをご覧ください。
  2021年9月22日 「類友記者」
  2021年10月3日 「類友記者~ふたたび~」

 

   


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(0)取材百景

2021年10月03日

類友記者 ~ふたたび~


 「段取りが悪くて申し訳ありません」
 先日、取材を受けた新聞記者から、また電話がありました。

 読者のみなさんは、覚えていらっしいますか?
 10日ほど前、温泉と日本酒が好きな若い記者から僕が取材を受けた話を?
 ※(当ブログの2021年9月22日 「類友記者」 参照)

 実は、その時、ちょっとしたアクシデントがありました。
 午前中の2時間、たっぷり取材時間を取ってあったのですが、あまりにも2人の嗜好が似ているもので、話が脱線して、盛りに盛り上がってしまったのです。

 僕と記者の歳の差は、37歳!
 なのに彼は、温泉が好きで (特に群馬の温泉)、日本酒が好きで (特に群馬の地酒) といいます。
 ということで、ついつい “取材” から離れて話が盛り上がってしまい、あっという間に所要時間が過ぎてしまいました。

 まっ、僕は、その日一日ヒマでしたから、あと何時間でも大丈夫だったのですが、売れっ子の若手記者は、次の取材アポが入ってました。
 「申し訳ありません。まだ写真も撮ってないんですけど、時間になってしまいました。もう一度、会っていただけますか?」
 と、脱兎のごとく、彼は姿を消したのでありました。


 そして昨日、その “リベンジ取材” の日が来ました。

 彼は開口一番、こんなことを言いました。
 「あれから小暮さんの本を全部、読みました!」
 「全部って?」
 「はい、図書館にある温泉関係の本、全部、借りました」
 「けっこう、あったでしょう?」
 「はい、10冊」

 彼の真面目さと熱意が伝わってきます。
 今までに何人もの記者から取材を受けてきましたが、「全部読んだ」 という記者は初めてです。

 「改めて本を全部読んだら、聞きたいことが、たくさんありまして……」
 と、記者らしく、僕の取材方法から原稿を書き上げるまでの過程まで、根掘り葉掘り聞かれました。


 でもね、うれしかったんです。
 親子以上に年の離れた若い記者が、そこまで熱心に取材相手のことを調べて、納得いくまでトコトン質問する姿が……
 逆に僕の方が彼の取材姿勢に恐縮、脱帽してしてしまいました。

 絶対、いい記事になるって決まってますって!
 今から掲載日が楽しみです。


 ☆記事は2021年10月10日(日) の読売新聞 (朝刊)、群馬版 「クローズアップ」 に掲載されます。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:39Comments(0)取材百景

2021年09月22日

類友記者


 「○○新聞の××です」

 ケータイのディスプレイにも、そう表示されました。
 ということは過去に会ったことのある人です。

 聞き覚えのある名前だし……えーと、えーと……

 「以前、紙芝居を取材させていただきました」

 はいはい、覚えております!
 若い男性の記者さんですね。

 「その節は、大変お世話になりました」
 そう礼を言うと、
 「近々、小暮さんを取材させていただけますか?」
 「えっ、僕を?」


 ということで昨日、市内の喫茶店で記者と会いました。

 彼は九州の出身。
 新卒で大手新聞社に入社。
 最初の赴任地が群馬で、3年目だといいます。

 ということは、察するに20代半ば。
 若いはずです。
 僕とは、親子以上の歳の差があります。
 その彼が、また、なぜ、僕なんかを取材対象に選んだのでしょうか?


 まあ、一般の人よりは目に付く、派手な仕事をしていますから、新聞や雑誌からの取材を受けることは多々あります。
 でも、その場合、著書を出版したり、大使に任命されたり、大きな講演会をしたりと、何らかのアクションを起こしたときのスポット記事です。
 ところが今回は、どうも取材の主旨が違うようであります。

 「まず、高校を卒業したあたりから、お話を聞かせていただけますか?」

 ええっ? それって、もしかして、僕の半生を追うの?


 聞けば、日曜版の特集で、全文90行以上の記事になるといいます。
 たいがい、どこの新聞も1段に印字されている1行の文字数は11~12字ですから、なななんと! 1,000字越えの大きな記事になります。
 1,000字といえば、原稿用紙3枚弱ですぞ!

 こりゃ大変だ~!
 片手間に取材を受けるわけにはいきません。
 もっと身を引き締めて、真摯に受け答えをしようじゃありませんか!


 それにしても、なぜ、大新聞さんが、僕なんかをクローズアップして特集記事を組むのでしょうか?
 取材を受けるのは、まず、その疑問を解消してからです。

 「なんで、僕なの?」
 彼の返答は、たった一言でした。
 「はい、温泉と日本酒が大好きなんです! 小暮さんの本も持っています」

 おおおーーー!!!
 お若いのに、いい趣味をお持ちだ。
 温泉と日本酒だとは、実に素晴らしい!

 「ええ、ぜひ、群馬の温泉大使であり、地酒大使である小暮さんにお会いして、一度、直にお話を聞いてみたいと思っていました」


 ということで、たっぷり2時間の取材を受けました。
 なぜライターになったのか?
 なぜ温泉に興味を持ったのか?
 から始まり、著書や講演活動にいたるまで、たっぷりと話してきました。

 「小暮さんの生き方って、カッコイイですね」
 「えっ、カッコイイ?」
 「だって好きなことを仕事にして、しかもフリーでされているなんて」


 そんなことを取材された記者から言われたのは、初めてです。
 ちょっとカッコつけて、話しちゃいましたかね。

 ま、だったらカッコイイ記事にしてくださいな。
 掲載を楽しみにしています。


 “類は友を呼ぶ” ならぬ、“湯と酒は記者を呼ぶ” ようであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:29Comments(0)取材百景

2021年08月19日

する側とされる側の心理


 僕はライターですから、つねに取材を 「する側」 の人間です。
 ところが、ある日を境に、「される側」 の人間にもなりました。


 最初は平成9(1997)年の秋のこと。
 僕は、雑誌で連載していた記事をまとめた処女エッセイを出版しました。
 そのとき、新聞社より取材を受けました。

 「する側」 が 「される側」 になるという、なんとも不思議な体験をしました。
 いつもなら質問をする側なのに、質問をされて答えるという疑似体験のような感覚を覚えました。


 それから10年後、僕は温泉ライターとして、数々の温泉本を出版しました。
 すると方々から取材の申し込みが入るようになりました。
 温泉をテーマに、新聞や雑誌はもちろんのこと、だんだんとテレビやラジオの番組からも出演のオファーをいたたくようになりました。

 テレビではニュース番組のコメンテーターを、ラジオでは自分の番組のパーソナリティーを務めさせていただいたこともあります。


 では、「する側」 と 「される側」 の心理とは、相反するものなのでしょうか?

 これが、相乗効果が生まれることに気づきました。
 「される側」 を経験することにより、「する側」 の心構えが変わりました。

 たとえば……
 「こんなことを聞いてほしい」
 「こんな風に書いてほしい」
 という 「される側」 の心の声が聞こえてくるのです。

 また取材内容とは別に、雑談の中で、その人なりの個性を見つけることもあります。
 これも 「される側」 の心理を知ったからこそできる取材のテクニックだと思います。


 数年前のこと。
 僕は新聞社からの依頼で、さる東京に本社を構える大企業のCEOを取材することになりました。
 取材場所は、群馬県内の別荘。

 この時点で、僕の緊張は始まっていました。
 まず、相手が有名人であること。
 そして、大金持ちであること。
 (僕は貧乏人ゆえ、金持ちに対して多大なるコンプレックスを抱いています)

 それでも “自分は取材のプロだ!” と言い聞かせ、鼓舞しながら別荘へ向かいました。
 もちろん、CEOが直前に出版した著書 (自叙伝) は、しっかり読破してからの万全の取材です。


 ところが、別荘に到着すると、緊張はマックスを迎え、体がガチガチと震え出してきました。
 そうです!
 別荘を見て、生来の貧乏人の金持ちに対するコンプレックスが、弱音を吐き出したのです。

 暖炉のあるリビング、ふかふかのソファー、壁一面にそびえる書架……

 何もかもが、僕の日常と違い過ぎます。
 <きっと、何を聞いても答えてもらえない。鼻で笑われしまうに違いない>
 完全に僕は、 “いじけモード” に入ってしまいました。


 コーヒーが出される間、何気に書架を眺めている時でした。
 見覚えのある背表紙が目に付きました。
 しかも、2冊並んで……

 なんと、僕の著書 (温泉本) だったのです!

 「ありがとうございます。私の本も置いていただいて」
 と、ごあいさつすると、CEOの方が驚かれました。
 「えっ、この本の著者なんですか? 私は温泉が好きでしてね、群馬にいる時は、この本を参考にして温泉めぐりを楽しんでいるんですよ。うわぁ~、光栄だな! 大好きな本の著者から取材を受けるなんて! 今日は、よろしくお願いいたします」

 その一言で、一瞬にして僕の劣等感は吹っ飛び、温泉の話をきっかけに、その後の取材もスムーズにいきました。


 「する側」 と 「される側」 の心理とは、実に微妙で繊細なのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:36Comments(0)取材百景

2021年04月28日

酔っぱライター 東毛へ行く


 「趣味と実益を兼ねる」
 とは、誰もが理想とする生き方です。
 好きな趣味でありながら、かつ収入になるのですから……
 でも現実は理想のようには、なかなか成りません。

 「小暮さんは、いいですね。温泉に入って、お金になるんですから」
 と言われる方が、稀にいます。
 きっと、その人は、僕の長年の趣味が温泉に入ることで、趣味が仕事になったと思っているんですね。

 でも、まったく違います!

 事実は真逆で、ライターという仕事を続ける上で “温泉” に出合い、興味を持ち、取材を続けるうちに “好き” になったのです。
 ということは、一般の仕事と同じです。
 その世界に入り、続けるうちに興味が湧き、好きになることってありますよね。
 仕事って、そういうものだと思います。


 こんな言葉があります。
 <どんな仕事も好きか嫌いか分かるのに2年かかる。向いているか向いてないかは10年かかる。>

 これは最近読んだ小説の中で、主人公が老舗居酒屋の店主に言われた言葉です。
 まさに僕の場合、この法則に当てはまります。
 フリーのライターになって10年目に “温泉” に出合い、その10年後に “著書” の出版を始めました。


 でもね、1つだけ僕も “趣味と実益を兼ねた” 仕事があります。
 それは、「酔っぱライター」 です!(笑)

 酔っぱライターとは、その名の通り、酒を呑んで、文章にする職業のことです。
 これは完全に、趣味からの出発です。
 僕は、もう何年も前から県内の蔵元をまわって酒を呑み、居酒屋を訪ねて酒を呑んで、そのことを記事に書いてます。

 「好きこそものの上手なれ」 とは、よく言ったものです。
 好きなことは、他人にも伝わりやすいようで、2年前には群馬県酒造組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命されました。


 ということで、昨日は朝から両毛線に乗り込み、群馬の東へと芳醇な香りを求めて、“ほろ酔い旅” をしてきました。
 今回訪ねたのは、県内で初! 県内で唯一!の 「遠心分離搾り」 という画期的な製法で地酒を造っている蔵元です。
 ま~、その味の澄んでいること!
 他に類のない透明感のある酒を存分に、いただいてまいりました。

 ※この記事は、2021年6月4日号の 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に掲載されます。
  


Posted by 小暮 淳 at 09:41Comments(0)取材百景

2021年02月10日

消えた日本一


 30年以上も昔のこと。
 昭和の終わりに、群馬県内のある場所が、“日本一” だということで、マスコミにもてはやされたことがありました。
 当時、タウン誌の記者をしていた僕もカメラを片手に、すっ飛んで行った記憶があります。

 「さて、しばらく噂は聞かないけど、今は、どうなっているんだろう?」
 と思い、ネットで検索をしてみると……
 「あれれ?」
 いくつかの記事は見かけますが、“日本一” をうたっていません。
 「これは、どういうことだ? この30年間で、あの町に、いったい何が起こったのか?」

 そう思ったら、もう居ても立っても居られません。
 「謎学ハンター」 の血が騒ぎ出しました。

 ということで、カメラマンを連れて、現地を訪ねてきました。
 すると!
 あれから、思わぬ騒動が勃発していたことが分かりました。


 群馬県某所。
 まずは、30年前に訪れたことのある “現場” を訪ねました。

 大きい! 見上げるほどの大きさで、そびえ立っています。
 その姿は、30年前と変わりありません。

 でも……
 ないのです!
 何がないって、町に入ってから、この場所に来るまで、一切、観光の案内看板がないのです。
 30年前は、凄かったですよ!
 新聞や雑誌、テレビまで来たのですから、その後、完全に町一番の観光名所となり、 “日本一” の文字が町中に躍っていたのです。
 なのに、まったくありません。


 さらに不思議だったのは、町の中だけでなく、現地の案内板からも、その名前が消されていました。
 「これは、絶対、何かある!」
 と感じた僕は、まず町の観光案内所へ行きました。

 すると……

 案の定、すべての観光パンフレットから、“その名” は消されていました。


 「じゃあ、役場へ行こう!」
 とカメラマンの車に飛び乗りました。
 「役場って、どの部署でしょう? 観光課ですか、文化財? いや教育委員会ですかね?」
 カメラマンの問いに、
 「どこでもいいよ。片っ端から訪ねてみよう!」

 その結果……

 「あっ、……少々、お待ちください」
 「ああ、それはですね……」
 どこも奥歯に物がはさまったような対応です。


 「絶対に知っていますよ。なのに隠している」
 「だね、みんな名前 (日本一の名称) を言うと、顔が引きつったものね」

 そして、待たされること約5分。
 若い職員が出てきて、こう言いました。
 「その件は直接、○○さん (土地の所有者) に聞いてください」

 もちろん僕らは、○○さんの自宅を探し出し、その足で訪ねました。
 そこで知らされた事実は……?


 申し訳ありません。
 せっかくカメラマンを連れて取材をしてきたのですが、記事としての掲載を断念しました。
 もちろん、このブログにも書くことはできません。

 では、この30年の間に何が起こったのか?

 まず、“日本一” ではなかったこと。
 (マスコミが、あおり過ぎたようです)
 そして、権利をめぐり、制作者と地主と町が三つ巴の争いになり、「すべては無かったこと」 にしたようであります。


 よって、裏話としては大変面白いのですが、ライターとして、このことを表に出すことはあきらめました。

 でも、講演ならば大丈夫かも?

 いつか、みなさんの前で、“消えた日本一” のてん末を、面白おかしくお話しできる時が来るかもしれません。
 その日まで、封印いたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:21Comments(2)取材百景

2020年12月12日

酔いどれて二人旅 <沼田~高崎>


 <天空の城下町>
 <日本一美しい河岸段丘>

 JR上越線、沼田駅。
 久しぶりに真田の里、天狗伝説の地に降り立ちました。
 かれこれ、2年半ぶりになります。
 前回もカメラマンと2人、ここからバスに乗り換え、旧白沢村 (沼田市) の酒蔵を訪ねました。

 今回は、さらに北を目指します。
 駅前ロータリーから天狗伝説の霊峰・迦葉山(かしょうざん) 行きのバスに乗り込みました。

 バスはロータリーを出ると、いきなり標高差約70メートルの長くて急な坂道を上り始めます。
 「滝坂」 です。
 これぞ、天空の城下町といわれるゆえんです。
 利根川と片品川にはさまれた沼田市は、巨大な河岸段丘の上に発展した城下町です。
 その規模の大きさと美しさから、社会科の教科書に登場するほど。
 これに感動して、テレビで全国的に紹介したのが、タレントのタモリさんです。

 一躍、沼田市は、河岸段丘の町として有名になりました。


 バスに揺られること約30分。 
 田舎の小さな酒蔵に着きました。

 ♪ 城跡から見下ろせば 蒼く細い河
   橋のたもとに 造り酒屋のレンガ煙突 ♪

 さだまさしの 「案山子」 の歌詞を彷彿させる煙突が、出迎えてくれました。


 なんで、わざわざ電車とバスを乗り継いで、県内の酒蔵をめぐっているのかって?
 答えは、2つ。
 1つは、車で行ったら酒が呑めないから。
 もう1つは、僕が 「ぐんまの地酒大使」 だからです。

 数年前から時間を見つけては、県内の酒蔵をまわり、いずれ網羅したら本にして出版しようと企んでいます。
 だもの、車で行って、酒蔵だけ取材したのでは、ただのガイドブックになってしまいます。
 やはりエッセイとして、紀行文のスタイルで発表したいのです。

 ということで、毎回 “酔眼紀行” を楽しんでおります。


 酒蔵では、蔵元から話を聞き、しっかり試飲をさせていただきました。
 でも次のバスが来るまで30分以上もあります。
 「だったら歩きましょう!」
 と、サンドイッチマンのバス旅よろしく、1つでも多くバス停をかせぐため、駅へ向かって山道を歩きました。

 途中、コンビニがあれば、寄って、ワンカップの酒とつまみを仕入れます。
 そして次のバス停で、体を胃の中から温めながらバスを待ちます。


 現在、連載中のエッセイのタイトルは 『ぐんまの地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』(ちいきしんぶん) といいます。
 酒蔵を訪ねるだけではなく、道中でも酒を呑みます。
 そして、エンディングは居酒屋となります。
 それも、その日、取材した地酒を置いている居酒屋に限ります。


 沼田駅からは電車に乗り換え、高崎駅へ。
 蔵元に紹介してもらった居酒屋を目指して歩きます。

 「乾杯!」
 「一日、お疲れさまでした」

 最後の取材は、打ち上げも兼ねています。
 カウンター越しに、マスターから地酒のうんちくなどを聞きながら酔いしれて、取材は終了します。


 シリーズ9回を数える 『ほろ酔い街渡』 は、新春1月8日号の 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) にて掲載されます。
 ご期待ください。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(2)取材百景

2019年12月14日

街を渡る酔っぱライター


 今年4月、僕は群馬県酒造協同組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命されました。
 任命されるきっかけとなったのが、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(発行・ライフケア群栄) に不定期連載している 『群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』 という旅エッセイでした。

 このエッセイは、ただの酒蔵紹介ではありません。
 必ず試飲をするため、車では行きません。
 電車とバス、徒歩で訪ねます。

 これだけだと、ただの “タダ酒飲み” に思われそうですが、さにあらん!
 まだ続きがあります。

 酒蔵で試飲をした後、その試飲した酒が置かれている高崎市内の居酒屋へ移動します。
 もちろん移動手段は、電車とバスと徒歩です。
 途中に入浴施設があれば立ち寄り、ひと汗流して、湯上がりのビールで喉をうるおします。

 いざ、夜の街へ!

 街から街へ、酔っぱらいながら取材をするので 『ほろ酔い街渡』 とネーミングしました。


 昨日は久しぶりに、このエッセイの取材に出かけてきました。
 場所は、県南西部の街の中。
 最寄の駅から歩いて、蔵元を目指しました。

 代表より創業からの歴史や酒造へのこだわりを聞いた後、お約束の試飲タイムへ!
 代表のはからいにより、試飲のレベルを超えた量の新酒をグラスで一杯!
 かんらかんら! 五臓六腑に染み渡ります。

 テンション上げ上げのまま、電車に飛び乗り、日没前に高崎市内の居酒屋へ。
 迷わず、同銘柄の日本酒を注文。
 メニューはおまかせで、「この酒に合う肴を」。


 酔えば酔うほどに、頭が冴えて、文章が浮かび上がってきます。
 まるで、ジャッキー・チェンになったよう。
 酔えば酔うほど強くなる 「酔拳」 ならぬ、ライターの必殺技 「酔筆」 であります。


 2軒目からは、もう仕事ではありません。
 同行のカメラマン氏と肩を組みながら、夜の街へと消えましたとさ。
 めでたし、めでたし。

 ※次回 「ほろ酔い街渡」 は、新年1月10日発行の 「ちいきしんぶん」 に掲載されます。
    


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)取材百景

2019年11月19日

マリア像を探しに


 トイレには 「トイレの神様」 がいますが、僕らの業界には 「取材の神様」 がいます。
 時々、降臨して、奇跡を起こしてくださいます。


 「時季ですし、クリスマスのネタで記事をお願いできませんか?」
 某紙の編集長から依頼がありました。
 「だったら、マリア像でいきませんか!?」
 「マリア像って、教会めぐりですか?」
 「違いますよ、隠れキリシタンです」

 ということで昨日は、丸一日、“隠れキリシタンの里” をめぐってきました。

 幕府の弾圧により全国へ散ったキリシタン信者たちは、人知れず暮らしながらもキリシタンとしての証しを残しています。
 資料によれば、群馬県は全国でも隠れキリシタンが多く潜伏していたと伝わります。
 なぜ、群馬には多かったのか?
 それが僕の、謎学(なぞがく) の始まりでした。


 よく話題になるのが、隠れキリシタンの墓です。
 「クルス」 と呼ばれる十字架に似た文様が隠されている墓です。
 これは県内の広範囲に点在しています。
 ところがマリア像となると、かなり狭いエリアに集中していることが分かりました。

 マリア像を探せ!

 これが一筋縄ではいかない、根気のいる作業でした。
 資料では明記されていても、場所が判然としません。
 必ずしも寺院の境内や墓地にあるとは限りません。
 路傍であったり、山中であったり、調査は難儀しました。

 地元の観光協会や教育委員会にたずねても、「聞いたことはあるが、場所は分かりません」 の一点張りです。
 中には 「聞いたこともない」 と、けんもほろろの応対をされてしまった所もありました。


 そんな折、1本のメールが入りました。
 テレビ番組でお世話になっている構成作家の方からでした。
 「取材の参考になれば」 と、現在、沼田市歴史資料館で開催中の企画展の情報が寄せられました。
 その展示会のタイトルが、『かくれキリシタンと鉱山』(12/3まで) 。

 この展示会との出合いが、一気に運気を変え、「取材の神様」 の降臨を促がします。


 マリア像が集中するエリアとは、県の北部です。
 川場村、沼田市、みなかみ町をめぐり、なんとか3体のマリア像とおぼしき石像を探し出しました。
 でも、この3体は、すべて座像です。

 探しているマリア像のうち、残る1体が立像なんです!
 やっぱり、マリア様といえば、立像でしょう!
 ところが、この立像の場所が、どこに訊いても分かりません。


 神は、ラーメン屋に降臨しました。
 午前の取材に疲れ果てて、カメラマン氏と遅い昼食をとっている時でした。
 なんと! 偶然にもラーメン屋の店内の壁に、沼田市歴史資料館のポスターが貼られていたのです。

 「忘れていたよ、ここだ! ここへ行こう!!」
 と、脱兎のごとくラーメン屋を飛び出しました。


 学芸員に待たされること約1時間。
 その女性の学芸員は、方々の関係者に電話をかけまくり、ついに、「立像を見たことがある」 という人を見つけ出してくださったのです。
 そして、その人のおぼろげながらの記憶をたどりながらも 「だいたい、このあたり」 という場所をスマホで教えてくれました。

 ほとんど目印のない、山の中です。
 でも、行くっきゃない!

 そして僕らは、ついに、山間の渓流の道ばたで、ひっそりとたたずむマリア様と対面いたしました。
 神々しく微笑みながら、僕らを見下ろしています。
 「取材の神様」 の降臨です。
 いえ、イエス様の導きかもしれませんね。


 いくつもの出合いと、偶然の積み重ねにより、またまた大切な宝物にめぐり合えました。
 取材で出会った、すべての方に、感謝とお礼を申し上げます。

 ありがとうございました。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(2)取材百景

2019年04月10日

静かな情熱


 たまには、こんな仕事もいいもんです。

 みなさんは、覚えていますでしょうか?
 以前、拙著 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) を、視覚障害者のために高崎市のボランティアサークルが、朗読テープの作成をしてくれた話を。
 ※(当ブログの2019年1月7日 「どこかで誰かが⑪ お役に立てて」 参照)

 一度、その制作現場を見てみたくて、活動拠点である高崎市箕郷町の福祉会館を訪ねてきました。


 サークル名は、箕郷町朗読奉仕 「あじさい会」。
 メンバーは50~70代の女性、9人。
 すでに発足から27年目を迎えています。

 僕が訪ねたときは、レコーディングルームで、朗読の録音中でした。
 毎月、60分のカセットテープ1本を制作しています。
 A面には高崎市の広報、B面にはメンバーが選考したエッセイや小説、民話、落語の小噺などが収録されています。
 僕の本も、今年の1月号に収録されました。


 まず驚いたのは、「今どきカセットテープ?」 という疑問。
 会長の原澤美津子さんによれば、視覚障害者にとっては、「操作が簡単で分かりやすいから」 とのことでした。
 プレーヤーのないお宅には、貸し出しもしているとのことです。

 なるほど、まだまだ、こんなところにカセットテープの需要が残っていたんですね。


 それにしても発足から四半世紀以上とは、素晴らしい!
 継続の秘訣は? と問えば、
 「喜んでくれる人がいることに、やりがいを感じます。みんな、世の中に貢献できていることが嬉しいんですよ」
 そして、一番大切にしていることは? という問いに対しては、こう答えてくれました。

 「静かな情熱です」

 決して目立たない、地味な活動だけど、どこかで誰かが必要としていること。
 それを維持して継続するには、“情熱” が不可欠なのだといいます。


 なんだか胸の奥のほうが、ジワ~ッと温かくなるいい言葉です。
 ちょっぴり得をした気分になった取材でした。

 「あじさい会」 のみなさん、楽しいお話をありがとうございました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)取材百景

2019年03月29日

またしても降臨


 偶然なのか? 必然なのか?
 このような現象を業界では、“神の降臨” といいます。
 ※(当ブログの2017年12月3日 「降臨」 を参照)


 一昨日は、早朝から群馬県北部の古寺を訪ねてきました。
 その寺に伝わる “七不思議” の中の1つが、前々から気になっていたのです。

 この日に取材に出かけることは、1ヶ月以上前から決まっていました。
 でも同行のカメラマン氏とは、「昼飯を食ってから、ゆっくりと午後に出かけましょう」 ということになっていました。
 ところが数日前になって、急きょ、僕に午後より予定が入ってしまいました。

 「では、別の日にしますか?」
 と言われても、月末はスケジュールがいっぱいで、日程の動かしようがありません。
 「わかりました。では、朝イチの9時に現地へ入りましょう」

 “9時入り”というのは、役場の支所のことです。
 現在は平成の大合併により市になっていますが、かつての村役場に寄って、旧村の歴史資料を調べるためです。


 役場職員に事情を話し、村の歴史や伝説に関する書籍を閲覧しているときでした。
 「えーと、○○寺に関するものですよね。確か、この本に書かれていたと……」
 職員は、丁寧に応対してくれました。

 しばらくすると、突然、職員が大きな声を上げました。
 「あれー、住職! ちょうど、いいところに来てくださいました。こちらの方が、○○寺のことを調べに来られているんですよ」
 振り返ると、身なりの立派な僧侶が立っていました。


 一瞬にして、全身が鳥肌に覆われてしまいました。
 カメラマン氏を見ると、口を開いたまま、目を白黒させています。
 「もしかして、降りて来た?」
 「はい、またしてもです」

 取材の神様のお~な~り~!


 住職は、たまたま書類を提出しに来たのだそうです。
 時間もあるということなので、役場の一室を借りて、たっぷりと話を聞くことができました。
 そして、
 「この後は寺にもどりますが、よかったら来ませんか? 詳しい資料もありますので」
 とは、なんたる展開なのでしょうか!

 偶然でしょうか?
 いや、必然でしょう!
 まさに、神の導きとしか思えません。


 最初の予定通り、午後から取材に来ていたら住職には会えませんでした。
 取材日を変更してても会えません。
 ならば、急きょ、午後に予定が入ったことが、“神の降臨” を導いたことになります。

 「小暮さんは、やっぱ、モッテますよ」
 「だなっ!」

 これだからライターという職業は、面白くて辞められません。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:19Comments(0)取材百景

2019年03月09日

小野上温泉は、なぜ小野上温泉になったのか?


 『グラフぐんま』(企画/群馬県、編集・発行/上毛新聞社) に連載中の 「ぐんま湯けむり浪漫」。
 早いもので、今月発売の3月号で17回を数えます。
 毎号、群馬県内の名湯や秘湯を僕流に紹介しています。


 ということで、昨日は早朝より小野上温泉(渋川市) を取材してきました。
 「小野上温泉」 と聞くと、行ったことのある人のほとんどが、日帰り温泉施設の 「さちのゆ」 を連想されるのではないでしょうか?
 確かに入浴施設ばかりが目立っていますが、現在でも他に3軒の宿泊施設がある、れっきとした温泉地です。

 では、なぜ、日帰り温泉ばかりが有名になってしまったのでしょうか?
 それは、この温泉地の波瀾万丈な歴史と関係があるのです。


 「さちのゆ」 がリニューアルオープンしたのは、平成20年10月でした。
 前身は 「小野上温泉センター」 で、それ以前の渋川市との合併前は 「小野上村温泉センター」 と呼ばれていました。
 さらに時はさかのぼり、昭和50年代までは、「老人いこいの家」 という老人ホームが温泉を使用していました。
 そして、さらにさらに時代をさかのぼると……


 行ったことのある人は、気づかれたでしょうか?
 入浴施設の駐車場入口に、石の祠が祀られていることを!
 これは 「湯前薬師石堂」 といい、かつて国道沿いの源泉湧出地にあったものが移築されています。

 創建は寛文4年とありますから、今から350年以上も昔のものです。
 石堂の側面には 「塩川村」 と刻まれ、その時代より、この地に温泉が湧いていたことが記されています。

 これが塩川温泉(鉱泉) の起源です。


 正式に、塩川温泉から小野上温泉へ名称変更がされたのは平成11年9月のことです。
 しかし、それ以前の平成5年には、すでにJR吾妻線に 「小野上温泉駅」 が開設されています。
 では、いったい、いつから 「塩川温泉」 は、「小野上温泉」 と呼ばれるようになったのでしょうか?

 “湯歴ミステリー” の謎を解き明かしてまいりました。

 ※真相は 『グラフぐんま』 4月号にて、ご紹介します。
 

  


Posted by 小暮 淳 at 12:39Comments(0)取材百景

2019年03月08日

酔っぱライターが行く

 
 「取材に来られて、実際にお酒を飲まれた記者さんは、小暮さんが初めてですよ」
 杜氏が笑いました。
 「そのために、わざわざバスで来たんですから」
 「ですよね」
 と、さらにうれしそうに笑いながら、
 「では、こちらも味見をしてください」
 と、次々に酒を注いでくれました。


 昨日は、電車とバスを乗り継いで、群馬県北部の酒蔵を訪ねてきました。
 現在、「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) で不定期連載中の 『ほろ酔い街渡(ガイド)』 の取材です。

 「ということは、その記者は酒蔵を取材に来て、酒を飲まずに記事を書いているっていうことですか?」
 「の、ようですね」
 とは、なんとも不思議な話であります。
 それでは、温泉ライターが、湯に入らずに温泉の記事を書いているようなもの!
 フードライターが、料理を食べずにグルメ記事を書いているようなものです。

 “酔っぱライター” は、酔ってこそ、その酒の良さを引き出すのであります。
 そう、例えるならば、ジャッキー・チェンの映画 『酔拳』 のようなもの!
 飲むほどに、酔えば酔うほど強くなるのです。


 「とかなんとか言っちゃって、小暮さんは、ただの飲兵衛なだけじゃありませんか!」
 と同行のカメラマン氏。
 でもね、類は友を呼ぶのです。
 そのカメラマン氏だって、飲兵衛なのです。
 だから、こうして2人して、電車とバスを乗り継いで、酒蔵めぐりをしているんじゃありませんか!


 そして2人は、またバスに乗り、お約束の夜の街へ……
 今度は試飲ではなく、しっかり浴びるためにです。

 これだから “酔っぱライター” は、やめられませんって!


 ※この記事は4月5日号の 「ちいきしんぶん」 に掲載されます。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:37Comments(0)取材百景

2018年12月04日

ダチョウ倶楽部じゃあるまいし


 「押すなよ! 絶対に押すな!」
 思わず、叫んじゃいました。

 なんだか、ここのところ熱湯風呂づいています。
 先月の湯宿温泉(みなかみ町) に続いて、今月は草津温泉であります。
 しかも同じ雑誌の連載取材です。
 これは担当編集者の僕に対するいじめ、パワーハラスメントに違いありません!


 ということで、昨日は早朝より草津温泉の 「大滝乃湯」 にて、入浴シーンの撮影がありました。
 僕が入る浴槽は、名物の 「合わせ湯」 です。

 一般的に 「合わせ湯」 というと、異なる泉質の温泉に複数回入ることをいいますが、ここの 「合わせ湯」 は泉質ではなく、温度の異なる温泉のことをいいます。
 大きな浴場には、5つの浴槽があります。
 時計回りに、39度、42度、44度、45度、46度。

 僕は自他共に認める “ぬる湯” 好きです。
 ふだん41度以上の湯には入らない、“ネコ肌” なのであります。

 当然、カメラマンも知っています。
 だから僕は、迷わず39度の浴槽に入りました。
 う~ん、ちょうど良い!
 これならば多少、撮影が長引いても大丈夫です。
 リラックスしながらカメラのスタンバイを待っていると……

 「小暮さん、そっちはアングル的にダメですね。こちらの手前の浴槽でお願いします!」
 と声がかかりました。
 振り返ると、カメラマンと担当編集者が、意地悪そうな笑いを浮かべてるではありませんか!!

 手前の浴槽は、45度です。
 あの2人は結託して、僕が “ネコ肌” と知っていながら、陥れようとしているのです。
 まるで、罰ゲームのように。


 「マジかよ!? わざと熱い湯に入れさせようとしてない?」
 「いえいえ、本当なんです。レイアウトと光の加減が、こちらのほうがいいんです」

 もう、こうなりゃ、プロの心意気を見せてやるぞ!
 と、足の先を入れた途端、
 「アチ、アッチィーーーーー!!!」

 ダメだこりゃ、無理だよ。
 でも、プロとしての意地もある。

 「小暮さ~ん、いつでも、どうぞ! 準備オーケーでーす!」
 と言われたって、こっちは心の準備も体の準備もまだなのです。
 「押すなよ! 絶対に押すなよ~!!」
 と叫びつつも、自ら45度の浴槽にドボ~ン!


 「いいですね、もう少し横向いてください。はい、いただきました。今度は、少し前に移動してください」
 カメラマンの調子にのせられて、浴槽の中を動くのですが、そのたびに脳天に向かって、ジンジンとしびれるような熱さが全身を駆け上っていくのです。

 「はい、もうワンカットです。ありがとうございます。もう、いいですよ。ご苦労さまでした」

 瞬時に浴槽を飛び出し、脱兎のごとく脱衣場へと逃げ去ったのであります。


 終了後、
 「ありがとうございました。おかげさまで、いい写真が撮れました」
 と担当編集者が言うものだから、僕も言ってやりました。

 「聞いてないよーーー!」
  


Posted by 小暮 淳 at 13:41Comments(0)取材百景

2018年11月23日

酒のためなら何処までも


 「なんで、こだわるの?」
 と問われれば、
 「酒が好きだから」
 としか答えようがありません。


 群馬という地方で暮らす以上、車は手放せません。
 仕事に、レジャーに、日々の生活に、車は最低必要条件なのです。
 だから、のん兵衛には困ります。

 “飲んだら乗るな、乗るなら飲むな”

 社会ルールに従えば、不便を覚悟で、公共交通機関と徒歩を利用するしかありません。


 僕は2006年から 「ちいきしんぶん」 という高崎市のフリーペーパーに、車を使わない旅のエッセイを連載しています。
山を登り、里を歩き、滝や渓谷をめぐるシリーズは、2011年に 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞) という書籍として出版されました。
 おかげさまで、すぐに増刷され、今でも春と秋の観光シーズンには書店の特設コーナーに陳列していただいています。

 なぜに、長きにわたり読者に愛されているのか?
 それは “不便な旅” を楽しみたいからに、ほかなりません。

 ま、僕の場合、不便を楽しみたいからではなく、酒が飲みたいからなのですが、結果、不便も一緒に楽しんでいます。


 昨日は丸一日、JRと私鉄の電車を乗り継いで、往復1時間半も歩いて、酒を飲んで来ました。
 今回のテーマは、“晩酌” です。
 これからの寒い季節、やっぱ熱燗が恋しくなります。
 燗をするとなれば、やっぱ甘口の酒です。

 県内でも唯一、もち米を使って甘口の酒を造っている酒蔵があるというので、訪ねてきました。

 冷えた体に染み渡る、燗の酒!
 酒自体に味があり、つまみが無くてもクイクイといけてしまうのが、甘口のなせる技です。
 淡麗や辛口の酒が多過ぎると、お嘆きの貴兄、世の中捨てたもんじゃありませんぜ!
 まだまだ晩酌専用の硬派な酒を造り続けている蔵人が、群馬にはいるんです。


 ちょっぴり試飲が過ぎてしまい、ほろ酔い千鳥足で歩き出しました。
 無人駅で電車を待つ間の風の冷たさが、いいのです。

 「さ~、夕陽が沈むぞ~! 本番は、これからだ~!!」
 と、カメラマン氏と連れ立って、夜の街へと繰り出したのでありました。


 ※次回 『群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』 は、「ちいきしんぶん」 12月21日号に掲載されます。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(2)取材百景

2018年09月07日

酒蔵てくてく歩き


 「えっ、公共交通機関だけで行くっていっても、かなり便の悪い所もあるでしょう?」
 と、ちっと驚いたような顔をした放送作家のT氏。
 神奈川県在住の彼は、さらに言葉を続けました。
 「だって東京や埼玉だって、不便な所はあるんだから、まして群馬ならなおさらだ!」

 某テレビ局の暑気払いの酒宴でのこと。
 なんのことかと言えば、僕が今年から酒蔵をめぐる記事の連載を始めたという話をしたからでした。


 “趣味と実益を兼ねる” 
 これが、僕がフリーのライターになった一番の理由です。

 温泉が好きだから、温泉に入り、記事を書く。
 山が好きだから、山を歩いて、記事を書く。
 そして、それ以上に酒が好きだから、必ず取材では酒を飲み、そのことを包み隠さず記事に書く。
 という仕事をしてきました。

 でもあるとき、はたと気づいたのであります。
 だったら、酒を訪ねて、酒を飲み、記事を書いてもいいのではないか……と。

 でも、そうなるとクルマの運転はできない。
 カメラマンに運転させれば、いいか?
 いや、彼も僕に負けず劣らずの酒好きである。
 そんな酷なことは、口が裂けても言えない。

 だったらやっぱ、あの手しかないじゃないか~!!

 ということで、またしても奥の手を使うことになりました。
 それは、“公共交通機関で行く” シリーズです。

 かつて僕は、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 紙上で、この “公共交通機関で行く” を冠にした 「里山をゆく」 と 「ぶらり水紀行」 という紀行エッセイを連載したことがありました。
 そして、このシリーズは、のちに 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) というタイトルに改題され、書籍として出版された経緯があります。

 今回も、この取材方法を利用することにしました。


 群馬県内の酒蔵を訪ね、取材をしながら酒を飲む。
 近くに温泉があれば、一浴して、酒を飲む。
 そして夜、電車とバスに揺られて高崎市内にもどり、昼間取材した酒が置かれている居酒屋を訪ねる。

 おかげさまで、このシリーズも3話目となりました。
 昨日は、JR上越線の最寄り駅から片道40分歩いて、酒蔵を訪ね、近くの温泉で汗を流してきました。
 もちろん、夜の居酒屋での取材も、しっかりこなしてきました。


 ということで、冒頭の放送作家氏からの問いの答えは、「最寄の駅、またはバス停から、ひたすら歩く」 であります。
 でも、こんな過酷な取材ができるのも、体が動くうちですね。

 ※次回、「公共交通機関で行く 群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)」 の掲載は、「ちいきしんぶん」 9月21日号の予定です。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:13Comments(0)取材百景