2022年03月17日
西上州の薬湯 (10) 「青い鳥が見つけた疲れを癒やす不思議な泉」
野栗沢温泉 「すりばち荘」 上野村
バタ、バタ、バタバタバタバタ……。
突然、疾風が舞い、あっという間に目の前の泉が、何十羽という青い鳥の群れで覆われてしまった。
東南アジアのごく限られた地域に分布する 「アオバト」 という渡り鳥だ。
海水を飲むことで知られる鳥で、日本では北海道~四国、伊豆七島などで繁殖し、積雪のない温暖な地で群れを成して冬を越す。
ここ上野村に姿を見せるのは、5~10月の半年間。
塩分の濃い、海水に似た湧き水を飲みに、毎年約3,000羽がやって来る。
野栗沢集落の人たちは、昔から巨石の間から湧き出る泉の水を飲みに、青い鳥がやって来ることを知っていた。
産後の肥立ちの悪い婦人に、この鳥の肉を食べさせると、見る見るうちに体力が回復したという。
また、泉の水を飲みながら農作業をすると、不思議と疲れを知らずに仕事がはかどるので、大変珍重されてきた。
「ほれ、この水を飲めば絶対に二日酔いしないから」
と、初めて宿に泊まった晩に、主人の黒沢武久さん (故人) から、源泉水が入ったコップを手渡された。
ほんのり塩辛くて、スポーツドリンクのような味がした。
昭和58(1983)年、地元に生まれ育った黒沢さんが泉の水を引いて、旅館を開業した。
以来、数々の温泉の効能が知れ渡り、全国から湯治客が訪れるようになった。
特に乾燥肌やアトピー性皮膚炎などの皮膚病に効くといわれ、湯治に通って来られない人のためにと、源泉水を含んだ石けんやボディーソープの販売もしている。
野栗沢川を見下ろす内風呂は、いつ行ってもヒノキの香りに包まれている。
うっすらとカーキ色した湯は、肌に張り付くような浴感があり、長湯をしても不思議とのぼせない。
浸かれば浸かるほど、体が楽になるのが分かる。
ヒノキ風呂の隣には、源泉を溜めた小さな浴槽がある。
冷水だが意を決して入れば、湯上りはポカポカに温まる。
「俺は毎日入っているから、風邪を引いたことがない」
と、主人は豪語する。
今でも地元の人たちは、やけどや切り傷をすると温泉水を患部に浸して治すという。
「この水をうどん粉で練って、ガーゼに塗って、貼ってみな。ウルシのかぶれだって、虫刺されだって、一発で治っちまうから。これは魔法の水だよ」
そう言って笑った。
<2017年9月1日付>
Posted by 小暮 淳 at 09:36│Comments(0)
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