2013年03月31日
草津から伊香保まで
実家の書棚を眺めていたら、“温泉” という文字を見つけました。
「ん?」 と思って、取り出してみると田山花袋の 『温泉めぐり』(岩波文庫) でした。
我が家の書庫ではなく、実家で目にしたことが、不思議だったのです。
「誰が読んだんだい? この本」
とアニキに問えば、
「俺だよ」 と、そっけない返事が返ってきました。
「へ~、アニキがねぇ・・・」
と感心してみたのですが、思い当たるフシがありました。
アニキは、数年前に大病をして手術をしたことがあります。
それ以来、「群馬の温泉は、どこがいいんだ?」「○○(病名) に効く温泉はどこだ?」 なんてことを僕に訊くことがありましたからね。
それにして、アニキが田山花袋とは、驚きでした。
田山花袋は、自然主義の小説家として知られる明治~大正時代の文豪です。
代表作の 『蒲団』 や 『田舎教師』 は有名ですが、多くの紀行文も残しています。
特に全国の温泉地をめぐった前出の 『温泉めぐり』 や 『温泉周遊』 はベストセラーとなり、現在でも多くの温泉ファンたちに読み継がれています。
僕は2年前、花袋の生まれ故郷である群馬県館林市で、講演をしたことがあります。
演題は、「花袋の愛した群馬の温泉」。
館林市田山花袋記念文学館で開催された特別展 「温泉ソムリエ・田山花袋~群馬の温泉編」の会期中に、館林市教育委員会から講師として招かれて、市文化会館にて話をさせていただきました。
※(講演当日の様子は、2011年9月11日「花袋と僕が愛した群馬の温泉」参照)
その時にも話したのですが、とにかく花袋の行動範囲の広さと、並はずれたバイタリティーには驚かされます。
群馬県内だけでも、僕が調べた限り16カ所もの温泉地を訪ねています。
※うち、「西長岡温泉」(太田市) と 「ガラメキ温泉」(榛東村) は現在ありません。
今から100年も前のこと。
鉄道や道路の交通が不便な時代に、よく、これだけの温泉地をめぐれたものです。
そして、その健脚ぶりには、ただただ感心させられます。
『温泉めぐり』 の中に、こんな一文があります。
<私は信州の渋温泉から、上下八里の嶮しい草津峠を越して、白根の噴火口を見て、草津に一泊して、そしてそのあくる日は、伊香保まで十五、六里の山路を突破しようというのであった。>(「草津から伊香保」より)
草津温泉に1泊した花袋は、午前4時に起きて、湯に浸かり、女中を起こして朝食にありつき、大きな握り飯を3つ作ってもらい、脚半(きゃはん)を付け、草鞋(わらじ)を履いて、勇ましく出かけます。
旧六合(くに)村へ下り、暮坂峠を越えます。
※若山牧水が 『みなかみ紀行』 で暮坂峠を越えたのは大正11年ですから、その何十年も前のことです。
<暮阪の峠の上には、洒落な茶店があつて、其処では老婆がラムネを冷たい水に浸して客をまつて居た。>(随筆集『椿』の「草津から伊香保まで」より)※原文のまま
その後、沢渡温泉に立ち寄り、中之条からは吾妻川を渡しで越えて、その日の午後4時には伊香保温泉に到着しています。
恐るべき、健脚!
しかも、当時の道は未舗装で、草鞋履きですからね。
大したものです!
でも面白いのは、花袋自身も25年前を回想して、文末に、こんなことを言っているんです。
<今ではとてもあんな芸当は打ちたくても打てなくなった。旅は若い時だとつくづく思わずにはいられない。>(「温泉めぐり」より)
※『温泉めぐり』 が最初に出版されたのは大正7年。花袋47歳。
それにしても、凄い!
それほどまでに、花袋は温泉が好きだったのですね。
まさに、今で言う 「温泉ライター」 の先駆者であります。
そんな偉大なる大先輩の名を借りた講演会の講師に招かれたことは、現代の温泉ライターとして大変光栄なことでした。
Posted by 小暮 淳 at 22:12│Comments(4)
│温泉雑話
この記事へのコメント
こんばんは。昨日「みなかみ18湯」に掲載されてるからには、どうしても入らねばならぬ高原千葉村の湯を初入湯、本日は四万温泉、沢渡温泉他4湯に入湯してさきほど帰還いたしました。今の世の中は車社会で、こうして1日に複数の湯めぐりができますが、牧水の時代は、川や山の息吹をめでながら湯めぐりをしたのかと思うと、それはそれである意味贅沢だなあと思いますね。近々、ぐんまの源泉一軒宿にあるたんげ温泉にも出かける予定でいます。
Posted by G@さいたま at 2013年03月31日 23:06
G@さいたまさんへ
高原千葉村温泉、たんげ温泉。
どちらも、日帰り入浴を受け付けていない一軒宿の温泉です。
G@さいたまさんは、宿泊しながら温泉をめぐる、正統派の温泉ファンのようですね。
『みなかみ18湯』 の下巻は、いよいよ今月発売です。
よろしくお願いいたします。
高原千葉村温泉、たんげ温泉。
どちらも、日帰り入浴を受け付けていない一軒宿の温泉です。
G@さいたまさんは、宿泊しながら温泉をめぐる、正統派の温泉ファンのようですね。
『みなかみ18湯』 の下巻は、いよいよ今月発売です。
よろしくお願いいたします。
Posted by 小暮 at 2013年04月01日 11:55
小暮師匠のお兄さんの職業は、小生の元の職業なので、つい親しみを感じてしまいます。
職業柄、本を読むのは嫌いではないはずです(いつも設計図と言う本を書いているのですから)
小生も温泉紀行文で、群馬県が載っているとつい買ってしまいます。
『温泉めぐり』は、当時を想いながら、今読んでも田山花袋の温泉への執念みたいなものが感じられるし。
『温泉へ行こう』(山口瞳著)の「呉越同舟、往泉閣の宴のあと」の行では、〈温泉旅行というのは、家に帰って、自分の家の風呂に入って疲れを癒した時に終わるのだと思っている。〉になるほどなあと納得している。
『ざぶん』改め『文士温泉放蕩録』(嵐山光三郎著)の「ナオミ」の行では、〈朔太郎はピリピリと全身の神経がはりつめており、谷崎は一目で、(精神が病んでいる)と見破った。〉には、本当の話かもしれないとつい笑ってしまった。
職業柄、本を読むのは嫌いではないはずです(いつも設計図と言う本を書いているのですから)
小生も温泉紀行文で、群馬県が載っているとつい買ってしまいます。
『温泉めぐり』は、当時を想いながら、今読んでも田山花袋の温泉への執念みたいなものが感じられるし。
『温泉へ行こう』(山口瞳著)の「呉越同舟、往泉閣の宴のあと」の行では、〈温泉旅行というのは、家に帰って、自分の家の風呂に入って疲れを癒した時に終わるのだと思っている。〉になるほどなあと納得している。
『ざぶん』改め『文士温泉放蕩録』(嵐山光三郎著)の「ナオミ」の行では、〈朔太郎はピリピリと全身の神経がはりつめており、谷崎は一目で、(精神が病んでいる)と見破った。〉には、本当の話かもしれないとつい笑ってしまった。
Posted by ヒロ坊 at 2013年04月01日 14:25
ヒロ坊さんへ
『温泉へ行こう』、『ざぶん』 を読破しているとは、かなりの温泉通ですね。
確かに、僕のアニキは、建築家です。
建築家は、読書家ですね(少なくとも僕よりは・・・)。
最近は、顔を合わせば、本の話ばかりしています。
『温泉へ行こう』、『ざぶん』 を読破しているとは、かなりの温泉通ですね。
確かに、僕のアニキは、建築家です。
建築家は、読書家ですね(少なくとも僕よりは・・・)。
最近は、顔を合わせば、本の話ばかりしています。
Posted by 小暮 at 2013年04月02日 01:20