2021年06月13日
湯守の女房 (12) 「湯を目当てに来るお客さんばかりだから、文句を言われたことはありません」
白根温泉 「加羅倉館」 (片品村)
片品村鎌田から国道120号を金精峠へ向かう。
日光白根山系の加羅倉(からくら)尾根と赤沢山の谷間を流れる大滝川沿いに一軒宿はある。
川風が涼しい。
ヤマメやイワナを追う釣り人の姿が見られる。
本館と別館の間に架かる赤い橋の上で、女将が出迎えてくれた。
「突然、湯量が4倍になっちゃったの。浴槽から湯があふれ出て、洗い場まで池のようになって。100日ぐらい続いて元に戻ったけど」
5代目湯守の女房、入澤澄子さんは東日本大震災後の異変について語った。
震災で湧出が止った温泉さえある、それに比べたら……。
「温泉あっての温泉宿だから」
主人の眞一さんとは、勤務先の水上温泉の旅館で知り合った。
転機は平成7(1995)年。
眞一さんが知り合いから加羅倉館の管理人を頼まれ、澄子さんは反対した。
「でも 『湯がいい』 の一点張りで、押し切られてしまいました」
白根温泉は江戸初期には、すでに湯治場としてにぎわっていたという。
大正時代には放浪の歌人、若山牧水が一泊し、日光へ旅立っている。
オーナーの別荘だった別館には昭和27(1952)年、皇太子時代の天皇陛下(※1)が泊まっている。
数軒あった宿も、今は加羅倉館だけになった。
半地下式の浴槽棟は、その別館の前にある。
オーナーが所有していた競走馬の温泉治療場の名残という。
13本の源泉が自然湧出している。
うち、使っているのは男風呂、女風呂、シャワー、厨房のたった4本。
浴槽へは高低差を利用し、湯を流し入れる。
泉質は、少し硫黄臭(※2)のする弱アルカリ性の単純温泉で、源泉の温度は約64度。
多少、加水をしているものの 「熱くて沈めない」 と嘆く利用客もいる。
しかし、徐々に体を湯に慣らしながらつかってみると、ツーンと骨の髄まで染み入るような浴感だ。
ヘルニアやリウマチの治療のために通う湯治客も多いという。
「昔ながらの温泉宿だけど、湯を目当てに来るお客さんばかりだから、文句を言われたことはありません。私もお客さんも互いに気をつかわないところが、いいんじゃないですか」
と屈託なく笑う。
湯もまた、けれんみのない生一本である。
※1 (掲載当時)
※2 (正しくは硫化水素臭)
<2011年9月7日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:59│Comments(0)
│湯守の女房