2020年06月05日
一湯良談 (いっとうりょうだん) 其の十五
『温泉街を見守る天狗堂』
沢渡温泉(中之条町) の開湯は建久2(1191)年、源頼朝が浅間山麓でイノシシ狩りをした際に発見したと伝わる。
「一浴玉の肌」 と呼ばれるアルカリ性のやさしい湯が、酸性度の強い草津の湯ただれを癒やす 「なおし湯」 として、明治時代までは草津帰りの浴客でにぎわっていた。
しかし、昭和10(1935)年の水害による山津波、同20年の山火事から温泉街が全焼するという度重なる災厄に遭い、壊滅的な打撃を受けた。
「昔から地元には守り神として天狗の面が祀られていたのですが、子どもがいたずらして、鼻を折ってしまったらしいんです。だから2度も災いが起きたのではないかと、父は裏山に天狗堂を建て、また平穏に暮らせるようにと願いを込めて新たな天狗面を奉納しました」
そう言って、「龍鳴館」 の3代目女将、隅谷映子さんは、お堂へ案内してくれた。
父の都筑重雄さん(故人) は終戦後、町工場に勤めていたが、ある日、「お天狗様」 と呼ばれる地元の占い師から 「北北西の沢渡へ行け」 と告げられ、昭和24年に親戚が営んでいた龍鳴館の2代目を継いだ。
前身は 「正永館」 といい、大正時代に歌人の若山牧水が立ち寄っている。
山道を登ること約5分。
温泉街を見下ろす高台に、小さなお堂が建っていた。
同56年の建立以来、毎年、大火があった4月16日に僧侶を招いて、お天狗様の祭りを行っているという。
「温泉と天狗堂を守ることが、私が父から受け継いだ湯守(ゆもり) の仕事です。
そう言って、女将はお堂の中から木彫りの面を取り出した。
ところが、その天狗の鼻は、途中から白く変色していた。
いつからか、古い面の折られた鼻と同じところから色が変わってしまったという。
<2013年7月>
Posted by 小暮 淳 at 11:18│Comments(0)
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