2023年09月17日
ボーダー
「小暮君ってさ、ときどき、“あちら側” っていう言葉を使うよね? あれって、何?」
「……」
「あちら側もこちら側も、ないんじゃないの? みんな同じ人間なんだから」
20代の頃、女友達に問い詰められた記憶がよみがえりました。
いつもの居酒屋でのこと。
いつもの席で、ひとり手酌で呑(や)っているときでした。
「ジュンちゃん、隣いい?」
ママに促されて、一人の客が隣の席に座りました。
初めてお会いする方です。
「こちら○○さん、よろしくね」
「小暮です」
袖すり合うも他生の縁、であります。
まずは、出会いに乾杯しました。
「小暮さんは、この店、長いんですか?」
「15年くらいかな」
「常連さんだ。私は、つい最近通い出したんですよ」
その人は、僕より年上に見えました。
「私、こういう者です」
居酒屋では珍しく、その人は律儀に名刺を出しました。
すでに定年退職している身分のようで、名刺に書かれている肩書きは、自治会の役員名でした。
仕方なく、僕も名刺を渡しました。
僕の名刺の肩書は、“writer” です。
「……」
読めなかったようで、顔をしかめています。
「ライターです」
「ライター?」
「しがない売文業ですよ」
すると、会話を聞いていたママが、助っ人に入ってくれました。
「ジュンちゃんはね、こういう本を書いている人なの」
と、カウンター内の棚に置かれている数冊の僕の著書を指さしました。
ここまでは、今までもたびたびあったシチュエーションです。
「へー」 とか 「あら、すごい方なんですね」 とか、話の流れでお世辞を言ってくれたりして、その場は難なく過ぎ去るのが常でした。
ところが、その人は違いました。
「えっ、その仕事で、食べていけるんですか?」
と、言ってきたんです。
しかも、たった今、会ったばかりの初対面の僕に対して。
ビックリするやら、あきれ返るやら、一瞬、僕は言葉を失い、なかなか二の句を継げずにいました。
やっと出た言葉が、
「食べられない時期もありましたよ」
すると、今度は、
「じゃあ、どうしてたんですか?」
と無礼にも、さらに突っ込んでくるものだから、言ってやりました。
「食べませんでした」
きっと、その人にとっては答えになっていなかったんでしょうね。
「えっ? えっ?」
と、見るからにパニック状態です。
思考回路の中に無い言葉が出てきたため、完全に脳がショートしてしまったようです。
あちら側の人間……
忘れかけていたフレーズをが、記憶の奥から湧き上がってきました。
「あちら側」 とは、僕が若い頃に夢中になって読んでいた漫画の主人公のセリフです。
『迷走王 ボーダー』
(狩撫麻礼/原作、たなか亜希夫/作画)
見えない常識に支配された一般的な世界のことを 「あちら側」 と呼んでいました。
「あちら側もこちら側も、ないんじゃないの? みんな同じ人間なんだから」
追って、遠い昔に聞いた女友達の言葉もよみがえってきました。
だよね。
分かってるって。
でもね、やっぱり、この歳になっても “あちら側” の人って、苦手だな(笑)。
Posted by 小暮 淳 at 11:51│Comments(3)
│酔眼日記
この記事へのコメント
バカの壁
的なことがあっているかは分かりませんが…
人に言われたことで、傷ついていることが本当に多くなって困っています。
お前も同じ事を経験すればわかるよ! と負け惜しみのように心の中で叫んでみますが、モヤモヤしてます。
的なことがあっているかは分かりませんが…
人に言われたことで、傷ついていることが本当に多くなって困っています。
お前も同じ事を経験すればわかるよ! と負け惜しみのように心の中で叫んでみますが、モヤモヤしてます。
Posted by ぴー at 2023年09月18日 16:39
酒場の名刺は粋ではありません
人の職業に難癖いう人は苦労したことがない証拠ですね
人の職業に難癖いう人は苦労したことがない証拠ですね
Posted by ぴー at 2023年09月18日 16:48
ぴーさんへ
コメント、ありがとうございます。
う~ん、生きていれば、いろんなことがあり、いろんな人とも会いますよ。
ただ、“あちら側” の人と、仲良くする必要はありません。
妥協ができないのらば、我が道を行くしかありませんね(笑)。
コメント、ありがとうございます。
う~ん、生きていれば、いろんなことがあり、いろんな人とも会いますよ。
ただ、“あちら側” の人と、仲良くする必要はありません。
妥協ができないのらば、我が道を行くしかありませんね(笑)。
Posted by 小暮 淳
at 2023年09月18日 23:23
