2016年06月14日
来訪者あり
「ごめんください。先生、おられますか?」
土曜日の午前中。
実家の中庭にイスを出して、アイスコーヒーを飲みながらくつろいでいる時でした。
声のするほうに目をやると、門扉の向こうに初老の婦人が立っていました。
用件を聞くと、60年前のオヤジの教え子だといいます。
この日、前橋で中学のクラス会が開かれるために東京から帰省し、「先生に会いたくなった」 ので、わざわざ訪ねてきてくれたといいます。
オヤジは戦後間もなくから、この地で英語と数学の塾を開業していました。
彼女は、その第1期生だといいます。
「だいぶ認知症が進んでいますからね。分らないかもしれませんよ」
「いいんです。ひと目、先生に会いたいんです」
「今、連れてきますから、お待ちください」
そう言って、僕はオヤジを呼びに行きました。
「せんせーーい! お久しぶりです。M・Yです。覚えていますか?」
婦人はオヤジの手を取って、話しかけますが、声が小さくて聞こえないようです。
「誰だい?」
「じいちゃんの教え子のMさん(名字)。Yちゃん(名前) だよ」
僕が耳元で大声で伝えると、
「おおお、Yちゃんか!」
「そうです。Yです。ああ、先生、覚えていてくださったんですね」
と婦人は、涙を流していました。
結局、僕がオヤジの隣に腰かけて、通訳ならぬ拡声器の役目をしながら会話をしました。
「Yちゃん、大人になったな」
「いやだ、先生。大人だなんて。今年75歳になるんですよ」
「75歳かい! だもの、こっちは、もっと歳をとるわけだ」
そう言って、元教師と生徒は、笑い合うのでした。
その翌日のこと。
僕が外出から実家にもどると、門扉の前に初老の男性が2人も立っていました。
「もしかして、淳ちゃん?」
「はい、そうですが、何かご用ですか?」
「うわ~~!!! こーーーんなにも小さかったのにねぇ」
と2人の男性は、僕を見て驚くのでした。
「昨日のクラス会でね、Mさんが先生に会いに行ったと聞いてさ。俺たちも会いに来たんですよ」
「NとKが会いに来たと、先生に伝えてください」
そして前日と同じ光景が、始まりました。
「おお、N君か! こっちはK君か! うれしいな~、会いに来てくれたのか」
はたしてオヤジが3人のことを、本当に覚えているのかは分りません。
たとえ覚えていたとしても、目がほとんど見えないので、今の顔は分らないはずです。
そして3人に会ったことも、数分後には忘れてしまっているのです。
でも、3人の記憶の中には今のオヤジが、若かった頃のオヤジの姿と共に刻まれたことでしょうね。
ちょっぴりオヤジのことが、うらやましかった2日間でした。
Posted by 小暮 淳 at 20:57│Comments(0)
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