2010年02月25日
老人と温泉
自分が歳をとるということは、親はさらに老いていくということで、子供としては自分の老いの心配よりも、はるかに深刻なのであります。
僕の両親は前橋市内の実家で、ふたり暮らし。ともに80歳をとうに過ぎていて、お袋は元気なのですが、親父は足腰が弱り、耳も遠く、多少痴呆ぎみで、老老介護の日々を送っています。
「とうさんが、お風呂に入りたがらなくてね」 と、顔を出すたびにお袋が嘆いていたので、たまには親孝行をしてみるかと、親父を温泉へ連れ出すことにしました。
今日は朝からポカポカ陽気。これなら年寄りも風邪を引かないだろうと、親父とお袋を迎えに行き、一路、高崎観音山温泉「錦山荘」へ。
先日、支配人さんからいただいた入浴招待券が、こんなにも早く役立つとは思いませんでした。
車中では、親父の若い頃の記憶がポンポンとよみがえります。「戦時中、烏川で演習をした」とは、初耳でした。
観音山は、晩年にバードウォッチングで何度も訪れている森です。すらすらとと野鳥の名前が飛び出しました。お袋も、うれしそうです。
やせ細った親父の腕を取って、浴室へ。
運良く他に客はいません。親子で貸し切り、源泉ふたりじめです。
背中をゴシゴシ、頭をジャブジャブ、昔した親不孝を洗い流すように洗いました。
小さい背中です。いつから親父はこんなにも、小さく細くなってしまったのでしょう。
昔は、僕なんかより大きくて、強くて、おっかなくて、話すらできなかった頃もあったに……。
気が付いたら、僕が父親で、親父が子供のような会話になっていました。
「ほら、手をあげて!」「うん」「目を絶対開けるなよ!」「わかった」「はい、終わり。さあ立って!」「あいよ」「足元すべるから、ゆっくりね!」「だいじょうぶ」
ああ、情けない。どっちが情けないのか分らないけど、情けない。
湯舟のなかで、思わず親父の肩をギュッと抱きしめてしまいました。
あと何年、あと何回、こうやって親子で温泉に来れるのだろうかと……
実家へ送り届けて、別れぎわ。
「温泉、気持ちよかったかい?」と僕。
「温泉行ったのか? 誰と?」と親父。
「オレだよ、オレとだよ! また行こうな」と僕。
返事がない。もう、違うことに気をとられている。
でも僕が部屋を出るとき、小さな声だったけど 「ありがとう」 という親父の声が聞こえたような気がした。
あわてて振り返ったけど、親父の目線はテレビに向けられていた。
ま、いいさ。親孝行なんて、所詮、自己満足よ。
なんでもいいから親父、長生きしろよな。温泉、連れてってやっからよ!
Posted by 小暮 淳 at 16:09│Comments(0)
│つれづれ