2013年03月30日
文人交差点
<(前略) 今度は黙って通り過ぎようと思っていた萩原朔太郎君を訪ねて行く。萩原君とも久しぶりであった。前橋市は一体に水の豊かな所らしく、同君の寂びた庭にも清い流が通っている。(中略) その庭の流を聞きながらとうとう半日語り続け、昼飯を馳走になってから帰る。> 『山上湖へ』 より
先日、デザイナーのK君に
「若山牧水は、前橋に来て、ふらりと萩原朔太郎を訪ねているんだよ」
と話したところ、すごく驚いていました。
無理もありません。
僕だって、それを知ったときは驚きましたもの。
萩原朔太郎といえば、前橋市が生んだ郷土を代表する詩人です。
北原白秋や室生犀星ら、詩人たちとの交友は知られていますが、かの放浪の歌人・若山牧水とも交友があったとはね。
でも、いつの世も、洋の東西を問うことなく、歴史に名を残す偉人たちは、その時代その時代でネットワークを持って交遊しているものなんでしょうな。
凡人には、到底真似できない芸当であります。
牧水といえば、温泉ファンの間では、群馬の温泉を旅した 『みなかみ紀行』 が有名ですが、実は前述の 『山上湖へ』 は、『みなかみ紀行』 よりも5年早い大正8年に出版されています。
<昼飯の時、酒を一本つけてもらった。(中略) この数日は何という事なく無闇に忙しかった。が、永い間気になっていた歌集が漸く出来上がり、送るべき先へは送ったりしたので、やれやれという気で一杯飲むことにしたのである。>
牧水は、昼から自宅で酒をあおっているのです。
<穏やかな酔が次第に身内に廻って来るとうつらうつらと或る事を考え始めていた。昨日東京堂から受取って来た雑誌代がまだそのまま財布の中に残っている事も頭に浮かんで消えて、とうとう切り出した。
「オイ、俺はちょっと旅行してくるよ。」
ちょっと驚いたらしかったが、また癖だ、という風で、
「何処に……何日(いつ)から?」
妻はにやにや笑いながら言った。
「今から行って来る、上州がいいと思うがネ、……」>
なんて言って、上野発午後2時の汽車に飛び乗ってしまうのです。
なんて、自由人なんでしょう。
前橋駅に着くと、利根川沿いの一明館という宿に投宿します。
この日、牧水は赤城山を登る予定でしたが、風邪気味だったため断念します。
そこで、家が医者をしている朔太郎を訪ねたわけです。
<帰って、お医者である萩原君の阿父(おとう)さんから頂いて来た薬を飲んでぐっすりと夕方まで寝る。>
それにしても、牧水は、萩原朔太郎のことを 「萩原君」 と君付けなんですね。
朔太郎のほうが5歳も年上なのに。
当時は、牧水のほうが有名だったんでしょうか?
その晩、朔太郎は牧水の様子を伺いに、一明館を見舞うほどの気のつかいようなのであります。
翌朝、熱のある牧水は、やはり徒歩で7里もある赤城山登山はあきらめ、前橋から伊香保まで電車で行ける榛名山の山上の湖へと向かいました。
なんとも牧水らしい、自由気ままな上州の旅です。
そのフットワークの軽さは、我も見習いたいものであります。
Posted by 小暮 淳 at 18:58│Comments(0)
│温泉雑話