2021年08月19日
する側とされる側の心理
僕はライターですから、つねに取材を 「する側」 の人間です。
ところが、ある日を境に、「される側」 の人間にもなりました。
最初は平成9(1997)年の秋のこと。
僕は、雑誌で連載していた記事をまとめた処女エッセイを出版しました。
そのとき、新聞社より取材を受けました。
「する側」 が 「される側」 になるという、なんとも不思議な体験をしました。
いつもなら質問をする側なのに、質問をされて答えるという疑似体験のような感覚を覚えました。
それから10年後、僕は温泉ライターとして、数々の温泉本を出版しました。
すると方々から取材の申し込みが入るようになりました。
温泉をテーマに、新聞や雑誌はもちろんのこと、だんだんとテレビやラジオの番組からも出演のオファーをいたたくようになりました。
テレビではニュース番組のコメンテーターを、ラジオでは自分の番組のパーソナリティーを務めさせていただいたこともあります。
では、「する側」 と 「される側」 の心理とは、相反するものなのでしょうか?
これが、相乗効果が生まれることに気づきました。
「される側」 を経験することにより、「する側」 の心構えが変わりました。
たとえば……
「こんなことを聞いてほしい」
「こんな風に書いてほしい」
という 「される側」 の心の声が聞こえてくるのです。
また取材内容とは別に、雑談の中で、その人なりの個性を見つけることもあります。
これも 「される側」 の心理を知ったからこそできる取材のテクニックだと思います。
数年前のこと。
僕は新聞社からの依頼で、さる東京に本社を構える大企業のCEOを取材することになりました。
取材場所は、群馬県内の別荘。
この時点で、僕の緊張は始まっていました。
まず、相手が有名人であること。
そして、大金持ちであること。
(僕は貧乏人ゆえ、金持ちに対して多大なるコンプレックスを抱いています)
それでも “自分は取材のプロだ!” と言い聞かせ、鼓舞しながら別荘へ向かいました。
もちろん、CEOが直前に出版した著書 (自叙伝) は、しっかり読破してからの万全の取材です。
ところが、別荘に到着すると、緊張はマックスを迎え、体がガチガチと震え出してきました。
そうです!
別荘を見て、生来の貧乏人の金持ちに対するコンプレックスが、弱音を吐き出したのです。
暖炉のあるリビング、ふかふかのソファー、壁一面にそびえる書架……
何もかもが、僕の日常と違い過ぎます。
<きっと、何を聞いても答えてもらえない。鼻で笑われしまうに違いない>
完全に僕は、 “いじけモード” に入ってしまいました。
コーヒーが出される間、何気に書架を眺めている時でした。
見覚えのある背表紙が目に付きました。
しかも、2冊並んで……
なんと、僕の著書 (温泉本) だったのです!
「ありがとうございます。私の本も置いていただいて」
と、ごあいさつすると、CEOの方が驚かれました。
「えっ、この本の著者なんですか? 私は温泉が好きでしてね、群馬にいる時は、この本を参考にして温泉めぐりを楽しんでいるんですよ。うわぁ~、光栄だな! 大好きな本の著者から取材を受けるなんて! 今日は、よろしくお願いいたします」
その一言で、一瞬にして僕の劣等感は吹っ飛び、温泉の話をきっかけに、その後の取材もスムーズにいきました。
「する側」 と 「される側」 の心理とは、実に微妙で繊細なのであります。
Posted by 小暮 淳 at 10:36│Comments(0)
│取材百景