2021年11月24日
おやじの湯 (1) 「お湯の立場になって最良の状態で湯舟に注ぎ込めるようにするのが湯守の役目だ」
このカテゴリーでは、2012年2月~2013年3月まで朝日新聞群馬版に連載された 『湯守の女房』 の番外編 『おやじの湯』(全7話) を不定期にて掲載いたします。
源泉を守る温泉宿の主人たちの素顔を紹介します。
※肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
四万温泉 「積善館」 中之条町
元禄4年(1691)年に建てられた日本最古の湯宿建築の 「本館」 (県指定重要文化財) をもつ 「積善館(せきぜんかん)」 は、四万(しま)温泉のシンボルである。
19代目亭主 (社長) の黒澤大二郎さんとは、24年の付き合いになる。
バンジョーを愛し、私のアマチュアバンドとも共演する。
“生まれたばかりの湯” が満ちた 「元禄の湯」 に2人で久しぶりに浸かった。
大正ロマネスク様式を用いた昭和5(1930)年建築の湯殿だ。
アーチ形の窓と左右対称に並ぶ5つの湯舟が美しい。
「温泉は生き物。赤ん坊と同じで、手をかけて、あやして、面倒をみてやらないと、人を入れさせてくれない。人間が温泉に合わせなくてはならない」
が、黒澤さんの持論だ。
彼は異色の経歴を持つ。
24年間の県庁勤務を経て、平成9(1997)年に退職し、積善館に入った。
当時、若女将 (18代目関善平の長女) が、旅館の立て直しに苦労している姿を黙って見ていられなかったという。
「形に捕らわれない自分の自由さを生かした仕事がしたかった」
というのも旅館に入った理由だ。
黒澤さんは、四万の良さを再発見するシンポジュウムや展覧会、音楽ライブなどを催し、創業約320年の老舗に新風を吹き込み続けた。
渓谷の斜面に並ぶ3つの宿泊施設のうち、最も高台にあるのが昭和61(1986)年に建てられた 「佳松亭(かしょうてい)」。
真ん中が同11(1936)年に建てられた桃山様式の 「山荘」 で、本館の向かいの 「元禄の湯」 が入る 「前新(まえしん)」 とともに国の登録文化財である。
本館と山荘の間には細長いトンネルがある。
本館前の四万川の支流、新湯(あらゆ)川には赤い欄干の 「慶雲橋(けいうんばし)」 が架かる。
宮崎駿監督のアニメ映画 『千と千尋の神隠し』 に登場する不思議な町に入るトンネル、巨大な湯屋の前の赤い橋など、作画のヒントになったと思われる場所が随所にある。
宮崎監督も積善館に数回宿泊したという。
黒澤さんが案内役となって、宿泊客と館内をめぐる 「歴史ツアー」 「アニメツアー」 も人気だ。
「湧き出した温泉をあまりいじらず、お湯の立場になって最良の状態で湯舟に注ぎ込めるようにするのが、湯守(ゆもり)の役目だ。それができないのなら 『鳥や獣に温泉を返しなさい』 と言いたい」
久しぶりに裸の付き合いをすると、歯切れのよい言葉が次々と飛び出してきた。
熱い湯談議が楽しい。
<2012年2月1日付>
Posted by 小暮 淳 at 10:46│Comments(0)
│おやじの湯