2021年12月09日
おやじの湯 (3) 「温度、泉質、景色と三拍子そろっている温泉は、私の宝物です」
このカテゴリーでは、2012年2月~2013年3月まで朝日新聞群馬版に連載された 『湯守の女房』 の番外編 『おやじの湯』(全7話) を不定期にて掲載いたします。
源泉を守る温泉宿の主人たちの素顔を紹介します。
※肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
半出来温泉 「登喜和荘」 嬬恋村
ゆら~り、ゆら~り。
左右によく揺れる吊り橋だ。
「怖くて渡れない、と助けを呼ぶお客もいるけどね」
と2代目主人の深井克輝さんは笑う。
それでも吾妻川の両岸の地区や湯治客には、悲願の吊り橋だった。
登喜和荘(ときわそう) は国道144号に面しているが、JR吾妻線で来た場合は、袋倉駅で降り、川を渡らねばならない。
昭和52(1977)の創業時は、橋がなく、人々は浅瀬を歩いて来た。
同54年に木橋を架けたが、台風で2回流された。
先代主人の利一さん (故人) が音頭をとって同58年、長さ約60メートル、高さ約10メートルの吊り橋を架け、当時の嬬恋村長が 「八十路(やそじ)つり橋」 と名付けた。
それ以来、川の増水で流されることはなくなった。
ここは地熱が高く、昔から真冬でも雪解けの早い場所があった。
養鶏業を営んでいた利一さんが掘削したところ、昭和48(1973)年に温泉が湧き出した。
“半出来(はんでき)” という珍しい名は、ここの小字名からとっている。
由来として、作物が半分しか収穫できないやせた土地だからといわれるが、深井さんには異論がある。
「“半” という漢字は、『なから』 とも読む。群馬には、“かなり” という意味の 『なから』 『なっから』 という方言がある。だから私は、出来の良い土地と解釈している。そもそも作物の育ちが悪いなんてことはない。地元の人が土地に、わざわざ悪い地名をつけるだろうか」
この “出来の良い土地” から湧く “上出来の温泉” は、神経痛や腰痛に効くと愛されてきた。
源泉の温度は約42度。
ややぬるめだが、そのぶん長湯ができる。
炭酸を含んでおり、湯の中でジッとしていると体に小さな気泡が付き出す。
昔から泡の出る温泉は、骨の髄まで温まると珍重されてきた。
源泉の注ぎ口にはコップが置いてあり、飲用もできる。
口にふくむと、塩気のきいた中華スープのような味がする。
ナトリウムやカルシウム、マグネシウム、カリウム、鉄分などのミネラルが豊富で、胃液の分泌を助ける作用があることから、「胃腸の湯」 とも言われる。
内風呂から混浴露天風呂へは、ツツジやアヤメ、オダマキなどの花々が咲く庭園の中を裸で歩いていく。
この開放感は、ほかでは味わえない。
「旅先で、いろいろな湯に入ってみたけど、納得できる温泉は少ないね。温度、泉質、景色と三拍子そろっている自分のとこの温泉は、私の宝物なんですよ」
豪快に笑った顔は、湯守(ゆもり)としての自信にあふれていた。
<2012年6月6日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:11│Comments(0)
│おやじの湯