2022年05月06日
もう一つの悠々自適
僕は車で出かけると時々、ぷらりと立ち寄る先があります。
そこは個人のお宅なのですが、たった一人で仕事をしている先輩の工房です。
その人は僕よりは2、3歳年上で、かれこれ40年近い付き合いになります。
物静かな性格で、常に平常心で、声を荒げることもなく、坦々と仕事をこなす、“ザ・職人” といったタイプの人です。
僕は今までに、何度その人に人生を救っていただいたことか……
苦しい時、迷った時、僕の体は自然と彼の工房へ向かいます。
でも、最近は、ただ単に、ぷらりと立ち寄ることが多くなりました。
工房の前の道を通り、彼のトラックがあるのを確認すると、僕はウインカーを左に出します。
「ジュンちゃんが来ると、すぐに車の音で分かるよ」
「オンボロで、すみません」
いつも、そんな風に迎えられ、冬ならばストーブの上のやかんの中で缶コーヒーを温めてくれます。
話は、決まって取り留めのない貧乏話です。
お互い組織に馴染めず、一匹狼で生きて来た代償として、“貧乏神” にとりつかれた人生を、まるで自慢するように面白おかしく話すのです。
すると、スーッと肩の力が抜け、「これでいいんだ」 「間違っていないんだ」 と、毎度、生きる勇気をもらいます。
今週、ぷらりと寄った時のこと。
同級生はみんな定年退職して、退職金と年金を手に入れ、悠々自適の生活をしていることへの愚痴話で盛り上がりました。
「俺たちには、定年なんて無いものな」
「仕事辞めたら、即、死んじゃうし。死ぬまで働き続けるしかないもの」
「ああ、うらやましい~! 金に困らない悠々自適の生活!」
そう、いつものように僕が貧乏を卑下した時でした。
ところが、いつもなら同意する先輩が、ポツリと、こんなことを言ったのです。
「考えようによっちゃ、俺たちみたいなのが悠々自適って言うのかもしれないよ」
「えっ、この俺たちがですか?」
「うん、金は無いけど、ストレスも無い。誰に左右されることもなく、自分のペースで好き勝手に生きているんだから、これこそが悠々自適っていうやつかもよ」
ガーーーーーン!!
まさにドリフターズのコントです。
頭の上に洗面器が落ちてきました。
考えてみたこともありませんでした。
だって、この僕の人生が “悠々自適” だなんて!
ついでに、目からウロコも落ちました。
【悠悠自適】
<俗世を離れ、自分の欲するままに心静かに生活すること。「悠悠」 は、ゆっくりと落ち着いているさま。「自適」 は、何物にも束縛されず、心のままに楽しむさま。>
(岩波書店 「四字熟語辞典」 より)
確かに、辞書によれば、精神的な豊かさの状態であり、経済的な豊かさには触れていません。
つい僕らは、「悠々自適」 と聞くと、定年後の何不自由なく暮らしている生活をイメージしてしまいますが、そうじゃないんですね。
心の問題だったのです。
先輩、ありがとうございます。
これで迷うことなく僕も、悠々自適に生きていけます!
Posted by 小暮 淳 at 11:10│Comments(0)
│つれづれ