2015年12月20日
魔法の言葉
「おとうさん! やめてください。それは違います! 私のです!」
突然、1階のリビングからオフクロの叫び声が聞こえてきました。
あわてて部屋に駆け込むと、オヤジが箸も使わずに、直接、お椀に口をつけて、みそ汁を飲んでいます。
「どうしたんだよ? 大声を出して」
「おとうさんが、私のを食べているんだもの」
ベッドから身を乗り出したオフクロが、血相を変えています。
「じいさん、ダメじゃないか! それは、ばあちゃんのだよ」
「じゃあ、オレのは、どれだい?」
「自分のは、もう食べたでしょ?」
「・・・」
「さっき、食べたの!」
「食べたのか?」
「そう、食べたの。ごちそうさまをして、歯を磨いたでしょ」
僕は、てっきりオヤジは、歯を磨いて、2階の部屋へ行ったと思っていましたが、ちょっと目を離したすきに、またリビングに戻ってきてしまったようです。
毎度のことですが、オヤジは認知症のため、記憶がものの1分と持ちません。
食事をしたことも、歯を磨いたことも、済んだ後から忘れてしまいます。
以前だったら僕もイライラして、もっと大声を上げて、オヤジを叱りつけていたんですけどね。
それって、逆効果なんですよ。
叱りつけると、いじけてしまい、しまいには 「死にたい」 なんて言い出すし、その逆に、「いつからお前は、そんなに偉くなったんだ!」 なんて怒り出したりもしますから。
とにかく、扱い方が難儀なのであります。
ま、そんなときは、こっちが知恵をつけて、上手に接するしかありません。
赤子をあやすのと、同じです。
「は~い、いい子ちゃんですね~。ガラガラして遊びましょうね~」
ってな具合に、機嫌をとってやればいいのです。
「じいさん、散歩、行こうか?」
「・・・」
「さ、ん、ぽ!」
すると、
「ん! 散歩か!? うん、行くよ、行く、行く!」
もう、食事のことなんて忘れています。
さっさと立ち上がり、帽子をかぶって、手袋をして、靴を履いて、ステッキを持って、中庭に立っているのです。
「ありがとね。では、いただきます」
とオフクロは、やっとベッドから降りてきて、食卓に着きました。
「ああ、散歩へ行っている間に、ゆっくり食べなよ」
“散歩” は、魔法の言葉なんです。
でも、このおまじないは、雨の日には使えないんですよね。
Posted by 小暮 淳 at 21:29│Comments(0)
│つれづれ