2019年09月04日
年下のオサムちゃん
「ショックで、ショックで……」
そう言うと、
「やっぱり小暮さんは、変わっているよ。ふつう、自分と比べないでしょう!?」
と、友人にたしなめられてしまいました。
僕は若い頃から、作家の “生涯” に興味を持つクセがありました。
作家とは文人に限らず、芸術家でも音楽家でも、後世に作品や名を残した人の生涯です。
特に感銘や影響を受けた作家は、より興味が強くなります。
“年譜フェチ”
自分で自分を、そう呼んでいます。
何歳で小説を書き出して、何歳で新人賞を取って、何歳で○○文学賞を受賞して……
そのときどき、自分の年齢に照らし合わせて、「オレは何をやっているんだろう」 と勝手に落ち込んで、激励して、その偉人たちとの格差を楽しんできました。
若い頃は、その程度の “格差比べ” だったのですが、歳を重ねるにつれ没年齢を気にするようになりました。
太宰治や三島由紀夫のように自ら命を絶った文豪は別として、その死因にまで興味を抱くようになりました。
昔の人は短命なので、現代人と比べること自体がナンセンスなのですが、その人の一生には違いありません。
たとえ50年であろうが、40年であろうが、その短い間に、後世に残る作品を生み出したのです。
気が付くと、たくさんの偉人たちが自分より年下になっていました。
「おいおい、勘弁してくれよ。オレは、まだ生きているけど、いったい何をしてきたというんだ」
そんな自問自答の最中、先日、年譜フェチ史上最大の激震が僕を襲いました。
<手塚治虫 今年で没後30年>
新聞の特集記事に、釘付けになりました。
そして、年譜を見た途端、脳天に落雷を受けたような衝撃が走りました。
<胃がんのため60歳で死去>
「漫画の神様」 とまで呼ばれた人でさえ、年下になっていたのです。
ショックで、ショックで……
「だ、か、ら! ふつう、自分と手塚治虫は比べないでしょ!?」
友人の声が、さっきより大きくなりました。
でも、なんとなく分かりますよね?
この、年下の偉人が増えていく喪失感って?
Posted by 小暮 淳 at 11:43│Comments(2)
│つれづれ
この記事へのコメント
ちょっと角度は違うんですが、、、
ファンだったボーカルの母親が自分と年齢が変わらないことにきずいたとき、冷静になりましたね(笑)
母目線になるというか(笑)
ファンだったボーカルの母親が自分と年齢が変わらないことにきずいたとき、冷静になりましたね(笑)
母目線になるというか(笑)
Posted by ぴー at 2019年09月05日 10:55
ぴーさんへ
問題は、何もしなくても歳を取るということです。
ならば、何かしないわけにはいかないという強迫観念にさいなまれるわけです。
還暦を過ぎたら “頑張らない” と決めただけに、歯がゆい人生です。
問題は、何もしなくても歳を取るということです。
ならば、何かしないわけにはいかないという強迫観念にさいなまれるわけです。
還暦を過ぎたら “頑張らない” と決めただけに、歯がゆい人生です。
Posted by 小暮 淳
at 2019年09月05日 17:27
