2020年09月04日
殺人事件の被害者が神になるとき
あれは、もう20年近くも前のこと。
取材で、鎌倉の円覚寺へ行きました。
このお寺には、たくさんの著名人が眠っています。
映画監督の小津安二郎、女優の田中絹代、作家の開高健……
その中に、坂本弁護士一家の墓もありました。
忘れもしない、平成元(1989)年11月4日にオウム真理教の幹部たちにより殺害された事件の被害者です。
墓前に立つと、非業の死を遂げた無念への怒りに似た感情が込み上げてきました。
手を合わせた時、確かに他の著名人とは異なる、“願い” がありました。
「いつか、この人は、神になる」
その時、そう思いました。
民話や伝説の世界にも、庶民信仰により、神と崇められるようになった人物がいます。
人が非業の死を遂げると、民衆は、その怨念を果たしてやろうと願うようです。
群馬県にも、明治時代に非業の死を遂げた医者が、その後、信仰の対象となった伝説 (これは史実のようです) があります。
明治31(1898)年12月16日の夜。
北群馬郡子持村白井(現・渋川市) の医師、吉原玄宅は、往診の帰り道、何者かに襲われ、手斧で滅多打ちにされ殺害されました。
犯人は玄宅を殺害後、さらに玄宅の家へ行き、玄宅の妻も襲い、同じく手斧で殺害したのです。
犯人は顔見知りだったようで、翌17日の葬儀に現れたところを、張り込んでいた刑事により逮捕されました。
金品を奪うのが、目的だったようです。
夫妻は、今でも市内の墓地に眠っていますが、「お参りするとすべての病気が治る」 といわれ、参拝者が絶えないといいます。
また、墓石を欠き、粉にして飲むと中風に効くともいわれ、墓石が削り取られてしまったため、現在は祠に覆われています。
非業の死を遂げた者の果たせなかった情念に対して、民衆が代わりに信仰によって果たそうとする伝承の力を感じます。
玄宅医師にせよ、坂本弁護士にせよ、生前の “徳” が死後も人々の心を動かし続けていることには違いありません。
人生は、いつ何時、何が起こるか分かりません。
日々の徳積みが、大切なのですね。
Posted by 小暮 淳 at 11:44│Comments(0)
│謎学の旅