2021年08月10日
湯守の女房 (24) 「歴史ある温泉と旅館を守っていかなくてはならない」
八塩温泉 「神水館」 藤岡市
神水館(しんすいかん)本館は、昭和6(1931)年の創業時に建てられた。
同28年に地元産の太い木材をふんだんに使って別館を併設し、全体を桃山風建築の趣(おもむき)にした。
本館の玄関を入ると、長い廊下沿いのガラス窓一面に、神流川(かんながわ)が悠々と横たわって見えた。
両岸の岩盤が断崖をつくる。
一帯は昔から変わらず四季折々の表情を見せ、宿を包み込む。
「映し絵の宿」 と呼ばれるゆえんだ。
すぐ川向かいは埼玉県。
約7キロ上流には国の名勝・天然記念物の三波石峡(さんばせききょう)がある。
「ここからの景色が気に入られて、毎月のように通われて来るお客さまもいます」
と4代目女将の貫井美砂子さん。
旅館の4姉妹の次女に生まれ、昭和37(1962)年に主人の秀彦さんと結婚し、女将になった。
「私にとって旅館は家庭の延長。生まれ育った場所ですから、何も特別なことではありません」
神流川の支流沿いに古くから8つの塩泉が湧き、「塩の湯八ツ所」 と呼ばれたため八塩(やしお)の名が付いたという。
塩分濃度の高い鉱泉だったので、戦時中、食塩を精製したこともあった。
なるほど、入浴すると皮膚に塩分が付き、保温効果がある。
内風呂には、源泉を加熱した温浴用と、源泉そのままの冷浴用の2つの浴槽がある。
交互に入浴すると、神経痛、筋肉痛などの効能を高めるとされている。
ただし、源泉の温度は約15度と冷たく、入浴には覚悟がいる。
若女将の恵理香さんは神流町生まれ。
税理士事務所に勤めていて旅館に出入りし、長男の昭彦さんと知り合った。
13年前に結婚し、主に経理を担当している。
「私は接客が苦手なので、感情が顔に出てしまうことがあるんです。どんな時でもテキパキとこなす女将のようには、なかなかできません。日々勉強をしています」
結婚が決まった時、「本当なの?」 って、親戚や近所の人たちに言われたという。
「歴史ある温泉と旅館を守っていかなくてはならない。ああ、すごいところへ行くんだと、実感しました」
そう若女将が言うと、女将がすかさず、
「力まず自然でいいのよ。あなたにはあなたの良いところが、いっぱいあるんだから」
と声をかけた。
「うちは女将が顔なんです。まだまだ私の出る幕はありません」
と、今度は若女将が言葉を継いだ。
この風光明媚な景色は将来も変わらないだろう。
やがて女将になった恵理香さんが、若女将と同じやりとりをしているのかも知れない。
そう想像し、愉快な気分になった。
<2012年4月25日付>
Posted by 小暮 淳 at 12:05│Comments(0)
│湯守の女房