2010年09月05日
謎学の旅⑤ 「浦島太郎の墓」
浦島太郎伝説は、日本全国各地に存在します。
でも、どう考えても、タイやヒラメが舞い踊る竜宮城は、当然海の中ですよね。浦島太郎が助けたカメも海ガメですもの、物語の舞台は海辺です。カメをいじめたガキどもは、漁村の子どもたちです。
なのに海なし県にも、伝説が残っているのです(かなりヘンです)。
ただし、海ガメに乗った浦島太郎は出てきません。そのほとんどが「竜宮伝説」というもの。中でも多いのが「お椀伝説」です。
祝儀の膳が足りないので、滝つぼや川淵、湖沼にお願いすると、椀と膳を乙姫様が貸してくれるというもの。
有名なところでは、尾瀬ヶ原や吹割の滝にも言い伝えが残っています。
ところが、群馬県内にも、いたんです!
竜宮城へ行ってきた人が……
伊勢崎市宮子町、県道2号線のオートレース場の先に「竜宮」という信号があるのを、ご存知ですか?
いつもクルマで通るたびに、気になっていたのです。
その交差点のほど近く、広瀬川に架かる橋の名は「龍宮橋」です。
橋の上から河畔を覗き込むと、古木がうっ蒼と生い茂った社が見えます。
とても気になります。
気になるものは、この目で確かめるしかありません。
行ってみて、びっくり!
「龍神宮」なる境内には、カメに乗った浦島太郎像があるではありませんか!
あまり気になるので、地元の人に聞き込みをして、「龍神宮を守る会」を探し当てました。
代表の方によると、ここは全国にある浦島太郎伝説の発祥の地とのこと。
ま、笑わないで、話を聞いてやってください。
こんな、お話です。
昔、宮子に阿感坊(あかんぼう)という人がいました。
あるとき、川のほとりで藤ツルを切っていたところ、手がすべってナタを川の中に落としてしまいました。
拾おうとした阿感坊は、うっかり川に落ちてしまい、川の底には竜宮城がありました。
出てきた娘に「乙姫様がナタを気に入ったので、3日間だけ貸してほしい」と言われ、阿感坊は、ごちそうを食べ、酒を呑み、歌って踊って、またたく間に3日間が過ぎました。
乙姫様に玉手箱をもらい、川から帰ってみると、実は3年の月日が経っていました。このことを知った役人が話を聞こうとやってきましたが、阿感坊は「乙姫様との約束だから」と、断りました。
腹を立てた役人は「話さねば、首をはねる」と刀を抜いたため、仕方なく阿感坊は竜宮城のことを話し出しました。
すると、途端に阿感坊は苦しみ出し、絶命してしまったといいます。
この話は、江戸中期に書かれた『口口相承龍宮本記』(「龍神宮を守る会」所蔵)に記されています。
それによると阿感坊が竜宮城へ行ったのは天文16年(1547)と書かれていました。
その阿感坊の墓があるというので、行ってみました。
龍神宮より数キロ西、紅巌寺墓地に、子孫の斉藤家により、ひっそりと墓が祀られていました。
「あなたは、本当に竜宮城へ行ってきたのですか?」
460年前のロマンに思いをはせながら、手を合わせて来ました。
ところが後日、守る会から新たな事実を知らされました。
「斉藤家に、今も玉手箱がある」だって!
謎学の旅はつづく…
でも、どう考えても、タイやヒラメが舞い踊る竜宮城は、当然海の中ですよね。浦島太郎が助けたカメも海ガメですもの、物語の舞台は海辺です。カメをいじめたガキどもは、漁村の子どもたちです。
なのに海なし県にも、伝説が残っているのです(かなりヘンです)。
ただし、海ガメに乗った浦島太郎は出てきません。そのほとんどが「竜宮伝説」というもの。中でも多いのが「お椀伝説」です。
祝儀の膳が足りないので、滝つぼや川淵、湖沼にお願いすると、椀と膳を乙姫様が貸してくれるというもの。
有名なところでは、尾瀬ヶ原や吹割の滝にも言い伝えが残っています。
ところが、群馬県内にも、いたんです!
竜宮城へ行ってきた人が……
伊勢崎市宮子町、県道2号線のオートレース場の先に「竜宮」という信号があるのを、ご存知ですか?
いつもクルマで通るたびに、気になっていたのです。
その交差点のほど近く、広瀬川に架かる橋の名は「龍宮橋」です。
橋の上から河畔を覗き込むと、古木がうっ蒼と生い茂った社が見えます。
とても気になります。
気になるものは、この目で確かめるしかありません。
行ってみて、びっくり!
「龍神宮」なる境内には、カメに乗った浦島太郎像があるではありませんか!
あまり気になるので、地元の人に聞き込みをして、「龍神宮を守る会」を探し当てました。
代表の方によると、ここは全国にある浦島太郎伝説の発祥の地とのこと。
ま、笑わないで、話を聞いてやってください。
こんな、お話です。
昔、宮子に阿感坊(あかんぼう)という人がいました。
あるとき、川のほとりで藤ツルを切っていたところ、手がすべってナタを川の中に落としてしまいました。
拾おうとした阿感坊は、うっかり川に落ちてしまい、川の底には竜宮城がありました。
出てきた娘に「乙姫様がナタを気に入ったので、3日間だけ貸してほしい」と言われ、阿感坊は、ごちそうを食べ、酒を呑み、歌って踊って、またたく間に3日間が過ぎました。
乙姫様に玉手箱をもらい、川から帰ってみると、実は3年の月日が経っていました。このことを知った役人が話を聞こうとやってきましたが、阿感坊は「乙姫様との約束だから」と、断りました。
腹を立てた役人は「話さねば、首をはねる」と刀を抜いたため、仕方なく阿感坊は竜宮城のことを話し出しました。
すると、途端に阿感坊は苦しみ出し、絶命してしまったといいます。
この話は、江戸中期に書かれた『口口相承龍宮本記』(「龍神宮を守る会」所蔵)に記されています。
それによると阿感坊が竜宮城へ行ったのは天文16年(1547)と書かれていました。
その阿感坊の墓があるというので、行ってみました。
龍神宮より数キロ西、紅巌寺墓地に、子孫の斉藤家により、ひっそりと墓が祀られていました。
「あなたは、本当に竜宮城へ行ってきたのですか?」
460年前のロマンに思いをはせながら、手を合わせて来ました。
ところが後日、守る会から新たな事実を知らされました。
「斉藤家に、今も玉手箱がある」だって!
謎学の旅はつづく…
Posted by 小暮 淳 at 16:55│Comments(2)
│謎学の旅
この記事へのコメント
浦島太郎伝説は各地にあるそうですが、
長野県(海なし)にもあるそうですね。
阿感坊(あかんぼう)って、洒落でしょうか。
名前も面白すぎ!です(笑)。
用意周到にお墓もあるなんて・・・玉手箱まで!
楽しくて、見たくて、うずうずしちゃいます^^。
長野県(海なし)にもあるそうですね。
阿感坊(あかんぼう)って、洒落でしょうか。
名前も面白すぎ!です(笑)。
用意周到にお墓もあるなんて・・・玉手箱まで!
楽しくて、見たくて、うずうずしちゃいます^^。
Posted by 風子 at 2010年09月05日 23:08
あらま、風子さん!
風子さんは、朝型人間ではないのですか?
こんな夜中に、びっくりです。
浦島太郎の次は、「三途の川」です。
群馬県で、三途の川サミットが開催されたって、知ってましたか?
風子さんは、朝型人間ではないのですか?
こんな夜中に、びっくりです。
浦島太郎の次は、「三途の川」です。
群馬県で、三途の川サミットが開催されたって、知ってましたか?
Posted by 小暮 at 2010年09月06日 01:58