2016年01月12日
分身之術
かれこれ20年以上も前の話です。
僕は雑誌の記者をしていました。
さる彫刻家の先生を取材した時のことです。
アトリエには、何体もの作品が所狭しと置かれていました。
どうして彫刻家になったのか?
どんな活動をしているのか?
そして、僕が一番知りたかったのは、「どうやって生計を立てているのか?」 ということでした。
芸術家って、食っていけるの?
インタビューとしてはタブーな質問ですが、興味のあるところです。
しかも当時は、まだ僕はサラリーマンでしたから、好きなことだけをして生活している人に疑問があったのです。
どうみたって、この手の作家が創り出すモノは、あくまでも作品であって、決して飛ぶように売れる商品ではありません。
僕は、怒られるのを覚悟で、ズバリ、訊きました。
すると作家は、摩訶不思議な話をし出したのです。
「1つだけ、ちゃんとしたモノを作ればいいんだよ。あとは俺が寝ている間に、こいつがもう1つ作ってくれる。そして、そいつがもう1つ。知らないうちに、こんなにも作品が増えているんだ。簡単なことだよ。生きていくなんて」
もう、何を言っているのか、さっぱり分かりません。
たぶん作家は、うわべだけしか見ない、薄っぺらい記者の質問には答える気にもならず、煙に巻こうとしたのかもしれません。
「まるで “分身之術” のようですね」
そう言葉を返すのが、精一杯でした。
すると作家は、
「分身之術か……。いいこと言うね。そうだよ、分身之術だ」
と、笑ったのであります。
それから数年して、僕は会社を辞めてフリーのライターになりました。
5年、10年が過ぎ、あれから20年が経った今になって、おぼろげながら作家が言っていた “分身之術” の意味が、やっと分かるようになりました。
先日、突然、有名週刊誌の編集者から連絡があり、取材を受けることになりました。
今までも中央のテレビや雑誌から出演や取材、執筆の依頼を受けることはありましたが、決まってテーマは群馬の温泉についてでした。
でも今回は違います。
温泉ライターとして、温泉の入浴法についてのインタビューだったのです。
えっ、なんで僕なんだろう?
全国には、もっと著名な温泉のスペシャリストがたくさんいるのに?
そう、不思議に思っていました。
はたして取材を受けてみて、その真相を訊ねてみると・・・
「新聞の連載を読んでいた」
というでは、ありませんか!
1つの記事が、もう1つの記事を生み出したということです。
思い返してみれば、現在の僕の仕事は、すべてこの “分身之術” により成り立っているんですね。
社長兼、営業兼、制作兼の一人力で仕事をこなすフリーの身には、実はこの術を駆使して生きるしか道はないのです。
今さらながら、作家先生には感謝しています。
Posted by 小暮 淳 at 23:28│Comments(4)
│取材百景
この記事へのコメント
不思議です。
Q永漢さんのブログでお見かけしてから、いつも楽しく拝読させていただいております。最近、トップ画面のお風呂が気になり始めました。四角い湯船の中に丸い桶状の中でニッコリされている写真です。最初はフラフープのように単純にくぐらせているものと思っていましたが水面に段差があるのに気がつきました。腑に落ちません。見れば見るほど不思議なお風呂です。
Q永漢さんのブログでお見かけしてから、いつも楽しく拝読させていただいております。最近、トップ画面のお風呂が気になり始めました。四角い湯船の中に丸い桶状の中でニッコリされている写真です。最初はフラフープのように単純にくぐらせているものと思っていましたが水面に段差があるのに気がつきました。腑に落ちません。見れば見るほど不思議なお風呂です。
Posted by 長崎富美男 at 2016年01月13日 16:25
長崎富美男さんへ
そーですか、Qさんコラムからですか!
ありがとうございます。
トップ画面の写真は、半出来(はんでき)温泉 「登喜和荘」(群馬県嬬恋村) の混浴露天風呂です(この狭さで混浴です!)。
四角い湯舟の中に、丸い味噌樽が沈められています。
ただし、現在は樽はありません。
そーですか、Qさんコラムからですか!
ありがとうございます。
トップ画面の写真は、半出来(はんでき)温泉 「登喜和荘」(群馬県嬬恋村) の混浴露天風呂です(この狭さで混浴です!)。
四角い湯舟の中に、丸い味噌樽が沈められています。
ただし、現在は樽はありません。
Posted by 小暮 淳 at 2016年01月14日 01:22
ご無沙汰しております。
プロKの総会ではお世話になり、ありがとうございました。
為になるお話ですね。
いい話をお聴きしました。
寒さが続いております。ご自愛ください。
プロKの総会ではお世話になり、ありがとうございました。
為になるお話ですね。
いい話をお聴きしました。
寒さが続いております。ご自愛ください。
Posted by 川畑浩二 at 2016年01月14日 18:42
川畑浩二さんへ
今年もよろしくお願いいたします。
毎回、はるばる九州からの参加、ご苦労さまです。
また川畑さんの作品を読みたくなりました。
今年もご活躍を期待しております。
今年もよろしくお願いいたします。
毎回、はるばる九州からの参加、ご苦労さまです。
また川畑さんの作品を読みたくなりました。
今年もご活躍を期待しております。
Posted by 小暮 淳 at 2016年01月15日 01:02