2020年03月15日
源泉ひとりじめ(21) トンネルを抜けると、湯の国だった。
癒しの一軒宿(21) 源泉ひとりじめ
塩ノ沢温泉 「やまびこ荘」上野村
「いい湯だな、あははん。いい湯だな~」
ほどよく反響する洞窟風呂の中で、思わず声にして歌ってしまった。
岩に囲まれた不思議な空間に、たった一人きり。
もっと大きな声を出しても大丈夫そうだ、そう思った時だった。
まるで歌詞の続きのように、湯気が天井からポタリと落ちてきた。
ここは上州、塩ノ沢の湯である。
全長3.3kmの長いトンネルを抜ける。
昨年3月に開通したこの 「湯の沢トンネル」 は、村民にとっては悲願の道だった。
“群馬の秘境” とまで言われた上野村へ行くには、それまでは藤岡市から鬼石町(現・藤岡市) を経由して、神流(かんな)川沿いに旧万場町、旧中里町(ともに現・神流町) をひたすら走り続けなければならなかった。
下仁田町側からでも、対向車とのすれ違いもままならない塩之沢峠の悪路を越えて、1時間の道のりだった。
それが、わずか半分に短縮されたのだ。
秘境は、緑豊かな森の郷となった。
上野村には4つの温泉がある。
トンネルを抜けてすぐの一軒宿が、「やまびこ荘」 だ。
宿名どおり、四方を山に囲まれた深山幽谷の秘湯である。
昭和43(1968)年、国民宿舎として創業。
4年前に増改築され、リニューアルオープンした。
館内は “木工の里” にふさわしく、テーブルやイスなど地元作家のこだわりの作品が配されていて、木の香りに包まれていた。
平成13(2001)年に皇太子殿下(現・天皇陛下) が御来荘した際に座られたイスも、さりげなく置かれていて、誰でも自由に座ることができる。
2階フロントから3階まで吹き抜けのロビーは、上野村美術館分館も兼ねた開放的で明るい空間だ。
何はともあれ、宿に着いたら、することは一つ。
部屋でそそくさと浴衣に着替え、大浴場へ。
露天風呂はやや小さめだが、飛び石のつづく庭園は周りの山々と相まって、おもむきのある造り。
湯は白色に微濁していて、わずかに硫黄臭がする。
山の夜は早い。
薄暮は、つるべ落としに漆黒の闇へと姿を変えた。
すぐ前を渓谷が流れているのに、水の音が聴こえない。
木々は揺れているのに、風の音がしない。
まるで森が吸収してしまっているようだ。
深い深い山の中である。
●源泉名:やまびこの湯
●湧出量:76.6ℓ/分 (動力揚湯)
●泉温:11.6℃
●泉質:含鉄・二酸化炭素-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉
<2005年12月>
Posted by 小暮 淳 at 13:59│Comments(0)
│源泉ひとりじめ