2021年03月08日
温泉考座 (72) 「露天風呂がない宿」
取材で訪ねた温泉旅館の脱衣所で、貼り紙を見つけました。
<いま現在の湯量では、露天風呂を造ることによって天然温泉本来の効能と素晴らしさを実感いただけない恐れがあるため、露天風呂はありません>
この一文を読んだだけで、この旅館には良い湯守(ゆもり)がいると確信しました。
案の定、シンプルで小さな浴槽でしたが、上質の湯が注がれ、惜しみなくザーザーと、かけ流されていました。
いったい、いつからでしょうか?
誰もが温泉施設に露天風呂の存在を求めるようになってしまったのは?
そもそも温泉は、自然に地中から湧き出して来るものです。
大昔は 「露天」 しかなかったことでしょう。
だからといって現在の温泉宿の露天風呂が、源泉の湧出地にできた自然の状態とは限りません。
ほとんどが客のニーズに合わせて、昭和60年代以降に造られた人工の露天風呂です。
高度経済成長期の社員旅行や団体旅行ブームの時代に、全国の温泉旅館は、こぞってプールのような “大浴場” を造りました。
そのため湯量は足りなくなり、大量の水道水を加えた循環式風呂が誕生しました。
時代が変わり、次に温泉地を襲った衝撃が、空前の “露天風呂ブーム” でした。
「露天風呂がないことを告げると、それだけでガチャンと電話を切られてしまいました」
と旅館の主人。
「それでも来てくれる常連客はいます。お湯の良さが本当に分かる人たちです」
と、湯守としての自信をのぞかせます。
私も 「内風呂派」 ですが、だからといって露天風呂の存在を否定はしません。
湯量が豊富で、自然環境に恵まれた宿では、創業時から露天風呂があるところも数多くあります。
ところが、ブームに乗って平成以降に造られた露天風呂には、子供だましの粗末なものが少なくありません。
無理やり裏庭や駐車場をつぶして造った “なんちゃって露天風呂” を見るにつけ、「そこまでしなくても」 と残念に思うのは、私だけでしょうか?
そのぶん、湯量に見合った内風呂を大切にし、先人から受け継いだ貴重な源泉を守り継いでほしいものです。
<2014年12月10日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:42│Comments(0)
│温泉考座