2021年07月08日
湯守の女房 (17) 「『湯がいいね』 と言って通って来てくださるお客さんがいる限り、家族でがんばります」
桜川温泉 「ふじやまの湯」 (川場村)
「何もないところだから、せめて花を見せてあげたい」
以前会った時に、そう語っていた2代目女将の中村せんさんが、今日も満面の笑みで迎えてくれた。
田舎の親戚の家を訪ねたようで、思わず 「ただいま」 と言いたくなってしまう。
民宿 「ふじやまの湯」 の開業は平成2(1990)年。
前年の川場スキー場のオープンにともない、村が民宿経営者を募集したのがきっかけだった。
地元で兼業農家をしていた父親が手を挙げた。
「なんでも、ここは昔から “湯の気” があると言われていて、温かい水が湧いていた場所だったらしいですよ。父が 『民宿をやるなら温泉があったほうがいい』 と言って、オープンに合わせて掘ったんです」
と女将。
地下750メートルまでボーリングしたところ、毎分約300リットルというアルカリ性の単純温泉が湧き出した。
温度が約30度と低いために加温しているが、浴感はツルツルとして心地よい。
湯の中から腕を出すと、ワックスを塗ったようにコロコロと湯の玉が肌の上を滑り落ちていくのが分かる。
浴室は丸太を組んだ山小屋風。
「武尊山(ほたかさん)の焼き石」 と呼ばれる大きな溶岩石が、2つの浴槽の間に配され、野趣に富んでいる。
内風呂ながら大きく窓を取ってあり、開放的で気持ちがいい。
前回、訪れたのは初夏だった。
浴室の窓から眺める庭には、クリンソウをはじめタイツリソウ、二ホンサクラソウ、シラネアオイといった山野草が一面に咲いていた。
すべて女将が手塩にかけて育てたものだ。
「同じ山野草でも、ここで咲くと花の色が違うと、花好きの人たちが言ってくれます」
と、うれしそうに話す。
標高750メートル、澄んだ水と空気と女将の愛情が作り出す、ここだけの風物詩である。
大地の恵みは、地産地消にこだわった夕げの膳にも並ぶ。
山菜のてんぷらやヤマメの塩焼きにはじまり、竹の子やコンニャクの煮物、酢の物、サラダにいたるまで、山と里の幸がふんだんに盛られている。
お米はご主人の芳次さんと息子の久さんが作った自家米コシヒカリ。
棚田の天日干しという昔ながらの手間をかけた味には、定評がある。
「温泉がなかったら、続けてこられなかったでしょうね。『湯が言い』 と言って通って来てくださるお客さんがいる限り、家族でがんばりますよ」
<2011年11月23日付>
※「ふじやまの湯」 は2018年に閉館しました。
Posted by 小暮 淳 at 11:15│Comments(0)
│湯守の女房