2021年08月15日
湯守の女房 (25) 「ふるさとを持たない都会の人たちが、また戻りたくなる宿づくりを心がけています」
たんげ温泉 「美郷館」 中之条町
四万温泉 (中之条町) へ向かう四万川沿いを走る国道353号から離れ、支流に沿った県道を行く。
沢渡温泉の手前からエメラルド色した清流、反下(たんげ)川をさかのぼること約5キロ。
やがて、うっ蒼とした国有林の中に、入り母屋造りの一軒宿 「美郷館(みさとかん)」 が見えてくる。
「宿のまわりには昔ながらの自然が残されています。みなさん、この環境を気に入られて来られます」
と、出迎えてくれた女将の高山純子さん。
玉村町生まれで平成11(1999)年に主人の弘武さんと出会った。
9ヶ月間の交際で結婚し、旅館に入った。
地元で林業会社を経営している弘武さんの父の光男さんが、山村の活性化のため、昭和の時代から人知れず湧いていた温泉を引いて同3(1991)年に旅館を建てた。
経営は人に任せていたが、同12(2000)年の改築を機に、次男の弘武さんが板前修業から戻って宿を継ぐことになった。
「だから、どうしても私との結婚も急ぐ必要があったんですよ。『ただ笑っているだけでいいから』 『旅館は楽しいよ』 なんてうまいことを言われて、山の中までついて来ちゃいました」
と笑う。
それまで会社員だった純子さんにとって、旅館業はずぶの素人。
経験豊かな仲居さんたちに教わりながら、見よう見まねでやってきた。
3人の子どもも、子守りをしながら旅館に泊まり込んで育てた。
当時を知るお客さんから 「あの時の赤ちゃんは、大きくなったでしょうね」 と声をかけられることも。
何度訪ねても、ロビーの造りには息をのむ。
ふた抱えもありそうな大黒柱や梁(はり)、垂木(たるき)が圧倒的な存在感をもって出迎えてくれるのだ。
ケヤキに惚れ込んだ父がえりすぐった木を、木挽(こび)き職人が3年かけて手でひいた。
その材木を宮大工がクギを使わずに組んでいる。
改めて木目の美しさに見入ってしまった。
「こちらがお金をいただいているのに、お客さまの方から 『ありがとう』 って言っていただいた時、ああ、このやり方で間違っていなかったんだと、うれしくなりますね。地方にふるさとを持たない都会の人たちが、また戻りたくなる宿づくりを心がけています」
そのかいあって、宿泊客の8割はリピーターだという。
オープン以来、日帰り入浴客を受け入れていないのも、宿泊客を大切にしするからだ。
草津温泉、四万温泉という大温泉地の近くにありながら、自分だけのやすらぎの場を求めて小さな秘湯を訪ねる浴客の気持ちがよく分かる。
<2012年5月9日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:57│Comments(0)
│湯守の女房