2022年05月03日
ぐんま湯けむり浪漫 (3) 野栗沢温泉
このカテゴリーでは、2017年5月~2020年4月まで 「グラフぐんま」 (企画/群馬県 編集・発行/上毛新聞社) に連載された 『温泉ライター小暮淳のぐんま湯けむり浪漫』(全27話) を不定期にて掲載しています。
※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
野栗沢温泉 (上野村)
霊験あらたかな 「子宝の湯」
群馬県最南端の村、上野村。
国道299号から神流川沿いに村道を南下し、さらに支流の野栗沢川を行くと、やがて前方のV字谷の底に一軒の宿が見えてくる。
宿を過ぎて、さらに上流を500メートルほど進むと、分校跡を示す石碑が立っている。
かつて、ここには上野村立東小学校野栗沢分校があり、通称 「すりばち分校」 と呼ばれていた。
昭和23(1948)年から24年間、この分校に代用教員として赴任した山田修先生の奮闘記は、NHKのラジオドラマにもなり、幾多の著書とともに 「すりばち分校」 の名は全国に広まった。
現在、校舎は取り壊されてしまったが、跡地に建てられた集会所には、当時の教室が再現され、教材や資料などが展示されている。
昭和58(1983)年、山田先生の教え子である黒沢武久さん (故人) は、全国から 「すりばち分校」 へやって来る人たちのためにと、山から温泉を引いて旅館 「すりばち荘」 を開業した。
「この水を飲んでみろ! 絶対に二日酔いしないから」
と、最初に泊まった晩に主人に勧められて飲んだ温泉は、かなり塩辛い高濃度の塩化物泉。
地元では 「子宝の湯」 と呼ばれ、子どもが授からない女性に飲ませると、たちまち妊娠したと伝わる “魔法の水” だった。
全国からやって来る湯治客
上野村には、昔から夏になると青い鳥が飛来していた。
遠く東南アジアの限られた地域に分布する、緑色の羽を持つ 「アオバト」 である。
海水を飲むことで知られ、日本では北海道~四国、伊豆七島などで繁殖し、積雪のない温暖地で冬を越す。
ここ上野村には5~10月の半年間、約3千羽がやって来る。
野栗沢の人たちは、山奥の巨石の間から湧き出る泉の水を飲みに、青い鳥がやって来ることを知っていた。
産後の肥立ちが悪い婦人に、この鳥の肉を食べさせると、見る見るうちに回復したという。
また、泉の水を飲みながら農作業をすると、疲れを知らずに仕事がはかどるということで、大変珍重されてきた。
旅館の開業以来、温泉の数々の効能が知れ渡り、全国から湯治客が訪れるようになった。
水を持ち帰った人たちからは、痛風やアトピーなどの皮膚炎が治ったとの感謝を伝えるお礼の手紙やファックスが多く寄せられている。
「本当に不思議な水なんだよ。ウルシのかぶれやハチ刺されなんて、この水を塗るだけで治っちまうんだから」
と、主人は得意気に話す。
この源泉で地粉を練り、主人が手で打つ 「すりばちうどん」 は、上野村特産の 「イノブタ鍋」 とともに宿の名物料理である。
<2017年8月号>
Posted by 小暮 淳 at 10:08│Comments(0)
│湯けむり浪漫