2022年12月20日
ぐんま湯けむり浪漫 (最終回) 尻焼温泉
このカテゴリーでは、2017年5月~2020年4月まで 「グラフぐんま」 (企画/群馬県 編集・発行/上毛新聞社) に連載された 『温泉ライター小暮淳の ぐんま湯けむり浪漫』 (全27話) を不定期にて掲載しています。
※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
尻焼温泉 (中之条町)
ボコボコと湧く熱い湯が尻を焼く
バスの終点、「花敷(はなしき)温泉」 から渓谷沿いの道を歩くこと約10分。
長笹沢川に架かる橋を渡る。
親柱には 「しりあけばし」 と刻まれている。
かつて 「尻焼」 の文字を嫌って、温泉名を 「尻明」 「白砂」 「新花敷」 などと称した時代があった。
この橋は、その頃の名残である。
泉源は長笹沢川の川床にあり、かつては人が入れるだけの穴を掘り、裸になって入ると尻が焼けるように熱くなることから 「尻焼」 の名が付いたという。
昔から痔(ぢ)の治療に効果があるとされてきた。
温泉の発見は古く、地元に残る嘉永7(1854)年の 「入山村古地図」 に温泉名が記されている。
川の中の野天風呂として村人たちが利用していたらしいが、旅館が立ったのは昭和元(1926)年のこと。
花敷温泉で経営していた旅館が別館として新築開業したのが始まりだった。
この地の開発が遅れた理由は、花敷からの道が急峻だったことと、温泉の周辺におびただしい数のヘビが生息していて、人々を寄せ付けなかったことによるといわれている。
その後、数軒の宿が開業し、戦後は高度経済成長の波とともに、にぎわった。
しかし、バブル崩壊後は経営を断念する旅館が続き、現在は3軒の温泉宿が川沿いにひっそりとたたずんでいる。
群馬を代表する秘湯の温泉場として、根強い温泉ファンに愛されている。
温泉と生きる 「ねどふみの里」
旧六合(くに)村 (中之条町) の温泉は尻焼に限らず、どこも歴史が古く、その利用は入湯 (湯治) が目的ではなかった。
この土地に生える菅(すげ) や茅(かや)、藁(わら) などを温泉に浸し、やわらかくして筵(むしろ) を織ったり、草履(ぞうり) を編むために利用していた。
この作業は、湯の中で草を足で踏むことから 「ねどふみ」 と呼ばれている。
「ねど」 とは、温泉に草を “寝かせる所” の意味だという。
野天の川風呂がある長笹沢川から直線にして350メートルほどの山を上がった根広(ねひろ)地区に、「ねどふみの里」 がある。
屋内には数々の伝統工芸品が展示、販売されている。
また集落では 「ねどふみの里保存会」 をつくり、昔ながらの技術の継承と保存のために実演や体験などの活動も行っている。
ねどふみ細工の代名詞といえば、「こんこんぞうり」 だ。
布を巻きつけた藁と、なった菅を木型を当てながら編んだ草履で、最後に木づちでたたいて形を整えるときに 「コンコン」 と音がすることから、この名が付いたという。
色とりどりでカラフルな草履は、丈夫でかわいいと観光客に人気だ。
温泉を利用した先人たちの知恵が、脈々と今でも息づいている。
「泉質は同じなのに源泉によって、においや肌触りが違うんです」
と、尻焼温泉で唯一自家源泉を保有する老舗宿 「ホテル光山荘」 のオーナーは言う。
川底から湧出する源泉の温度は約54度。
浴槽に届くまでに多少温度は下がるものの、加水されずに注がれているため、それでも熱い。
到底すぐには沈めないが、浴室にある 「湯かき棒」 で湯をもんでやると、不思議とスーッと体が湯の中に入って行くのである。
熱いのにクールな浴感、湯上がりも清涼感があり、体がほてらず汗も出ない。
尻を焼くほどに熱い湯は、肌にやさしい爽快な湯であった。
<2020年4月号>
ご愛読、ありがとうございました。
Posted by 小暮 淳 at 12:18│Comments(0)
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