2020年05月10日
一湯良談 (いっとうりょうだん) 其の七
『師匠が愛した温泉宿』
<人生なんて 知るもんか 勝手に生きりゃ それでいい>
襖(ふすま) いっぱいに書かれたヤンチャな文字と、軽妙かつ辛辣(しんらつ) な言葉たちに、圧倒されてしまった。
<酔うことよ 酒と煙草を止める奴ぁ 最も意志の弱い奴である>
大広間に並ぶ8枚の襖に、これでもかと言わんばかりに次から次へと殴り書かれている。
こんな破天荒なことをするのは誰かと思えば、書の主は、昨年の11月に他界した落語家の立川談志師匠だった。
鎌田温泉(片品村) 「梅田屋旅館」 は明治44(1911)年創業。
尾瀬や日光への行き帰りに投宿する街道筋の料理旅館として営業を続けてきた老舗だ。
4代目女将の星野由紀枝さんによれば、一連の襖の文字は、落語が好きだった亡き主人が、高崎市で友人らと寄席を開いたとき、出演した談志師匠をお連れして酒を飲んだ夜に書かれたものだという。
「でも師匠は、その次にお見えになったときに 『この間は酔っ払っていたから』 と、今度は隣の部屋に素面(しらふ) で書かれていかれました(笑)」
そう言って開けた中広間には、さらに襖4枚ぶち抜きで書かれていた。
<何ィ俺は素面だァ この野郎人生を何だと思ってやんでぇ 人生なんて全て成り行きだァな 決断なんて成り行きに押した印でしか過ぎない ウヒッィーーー>
酔っていても、素面でも、変わらないところが師匠の凄いところだ。
つくづく偉大な落語家が、また一人いなくなってしまったことに淋しさを感じる。
こんな言葉も見つけた。
<俺の人生 梅田屋程度で 充分なのだ>
一見、侮蔑(ぶべつ) しているような言葉だが、くり返し声に出して読んでみると、なんとも温かい師匠の梅田屋への愛情が伝わってくるのである。
<2012年10月>
Posted by 小暮 淳 at 12:27│Comments(0)
│一湯良談