2020年06月02日
一湯良談 (いっとうりょうだん) 其の十四
『太宰ファンが集う山のいで湯』
<水上駅に到着したのは、朝の四時である。まだ、暗かった。(中略) 山上の谷川温泉まで歩いていけるかも知れないと思ったが、それでも大事をとって嘉七は駅前の自動車屋を叩き起こした。>
国道から離れ、温泉街へ向かう山道の途中に、太宰治の文学碑がある。
ここ谷川温泉(みなかみ町) を舞台にした小説 『姥捨(うばすて)』 の一節が刻まれている。
また 「旅館たにがわ」 の駐車場にも、記念碑が立つ。
昭和11(1936)年8月、太宰治は川端康成に勧められ、療養のために約1ヶ月間、川久保屋に滞在した。
このとき執筆した 『創生記』 は、のちの代表作 『人間失格』 を書くきっかけとなったといわれている。
そして、この滞在経験をもとに2年後、『姥捨』 を発表した。
川久保屋は、のちに経営者が代わって 「谷川本館」(現・旅館たにがわ) となり、その後、建物は取り壊され、現在の駐車場となった。
「太宰文学研究家の長篠康一郎先生(故人) が訪ねて来るまでは、私どもも太宰治と旅館の関係は知りませんでした」 と、2代目女将の久保容子さん。
長篠氏が谷川温泉を訪れたのは昭和50年代のこと。
温泉地内を歩き回って取材をし、「旅館たにがわ」 の前身である 「川久保屋」 に太宰が滞在したことを確認。
自身の著書に発表した。
文豪が愛した湯は、今もこの地で、こんこんと湧き続けている。
無色透明の弱アルカリ性単純温泉。
肌にやさしくまとわりつく、独特な浴感がある。
太宰治は、滞在中に芥川賞の落選を知った。
さぞかし悲痛な思いで、この湯に身を沈めたことだろう。
今年も6月19日の命日 「桜桃忌」 には、全国から太宰ファンが集まる。
館内にはミニギャラリーが設けられ、生前に長篠氏から寄贈された太宰治の初版本や写真、遺品など約50点が展示されている。
<2013年6月>
Posted by 小暮 淳 at 12:02│Comments(0)
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