2021年06月25日
湯守の女房 (14) 「慰霊の園にふさわしい、自然の地形を生かした場所」
月夜野温泉 「みねの湯 つきよの館」 (みなかみ町)
みなかみ町と沼田市境にそびえる三峰山の中腹。
関越道をまたぎ、宿と向かい合う丘に、高さ約20メートルの白い塔が立つ。
女将の都筑理恵子さんの父で、戦時中に召集されて旧オランダ領東インド (現・インドネシア) のジャワ島で軍務についていた理(おさむ)さんが、昭和63(1988)年に建立した 「鎮魂之碑」 である。
終戦直後、旧日本軍の残留兵とインドネシア独立派が、武器の引き渡しをめぐって衝突した 「スマラン事件」 によって、虐殺された戦友を慰霊している。
「供養に訪れる遺族や関係者のために」 と温泉も掘削し、翌年から旅館経営を始めた。
「父は、これは生き残った者の使命と言っていた。その父も2年前に、86歳で戦友の元へ旅立ちました」
創業時、宿の経営は他者に任せていたが、2年後、前橋市で宅地造成業を営む父の会社で働いていた理恵子さんが、女将として宿に入った。
心が癒される温泉宿らしい風情をもったのは、それから。
「知らない土地で、相談相手もいない。素人の私が、年配のスタッフばかりのところに来たのですから、いつも逃げ出したい気持ちで、いっぱいでした」
スタッフと知恵をしぼり、アイデアを出し合った。
楽器が得意な者は、食後に客の前で演奏をした。
菓子づくりが好きなスタッフは、ケーキを焼いたり、プリン、ヨーグルト、ジャムなどを作ったりして、客に振る舞った。
なかでも年間2千個を売り上げるヒット商品がある。
チーフの小林哲生さんが考案した自家製スモークチーズだ。
敷地内にあった煙突の廃材を輪切りにして、スモーカーに見立て、リンゴのチップでチーズをいぶしたところ、評判になった。
スモークチーズの予約をしてから泊まりに来る常連客も少なくない。
「スタッフ、お客さま、地元の方々、いつでも人との出会いに助けられてきました」
宿の自慢が、もう一つある。
月夜野盆地を見下ろす “天空の湯舟” だ。
左手に子持山から続く峰々を望み、正面には大峰山、吾妻耶山(あづまやさん)といった上州の名峰が連なる。
眼下には棚田が広がり、こんもりとした鎮守の杜が、なんとものどかな山里の風景を描いている。
日がな一日、何度入浴しても飽きない。
しかも、新緑、紅葉、雪景色と四季折々に変化する。
理さんは生前、著書 『嗚呼スマランの灯は消えて』(広報社) の中で、<慰霊の園にふさわしい、自然の地形を生かした場所> と記している。
なぜ、鎮魂之碑をここに建てたのか?
なぜ、温泉宿を造ったのか?
すべての答えが、この風景にある。
<2011年10月5日付>
Posted by 小暮 淳 at 10:28│Comments(2)
│湯守の女房
この記事へのコメント
淳さん
いつもご紹介ありがとうございます。
たかとし
いつもご紹介ありがとうございます。
たかとし
Posted by たかとし at 2021年06月27日 13:49
たかとしさんへ
お世話になります。
温泉大使として当然のことをしているまでです。
今後ともよろしくお願いいたします。
お世話になります。
温泉大使として当然のことをしているまでです。
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 小暮 淳 at 2021年06月27日 17:02