温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2025年03月11日

沼田で呑んだ酒は?


 現在、僕は県内6つの “大使” に任命されています。
 内訳は、「温泉大使」 が4カ所、「観光大使」 が1カ所、それと 「地酒大使」 です。

 なぜ?
 と問われれば、察するに、僕が温泉好きで、酒が好きだからだと思います。
 それも、群馬限定です。


 歴史上の偉人で、群馬の温泉と酒を愛した人がいます。
 歌人の若山牧水 (1885~1928) です。
 群馬を8回も旅しています。

 もっとも長く旅をしたのが大正11年10月でした。
 ご存じ、『みなかみ紀行』 です。

 僕は長年、温泉と酒の大先輩である牧水氏の軌跡を追い続けています。
 ついに昨年は、終焉の地を訪ね、墓参りをする夢を叶えました。
 (2024年4月19日 「あくがれの墓参り」 参照)


 で、令和の時代に 『みなかみ紀行』 の全行程をたどってみたいと思ったわけです。
 題して、「令和版 みなかみ紀行 牧水が愛した群馬の地酒と温泉」。

 不定期ながら2023年11月から高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 にて、連載が始まりました。
 『みなかみ紀行』 を忠実に再現するため、牧水が大正11年10月14日未明に、静岡県沼津市の自宅で目覚めるシーンから始めました。
 現在までに、下記の4話が連載されています。

 第1話 沼津~佐久~軽井沢
 第2話 嬬恋~草津~六合
 第3話 花敷~沢渡~四万
 第4話 渋川~沼田~法師


 ということで昨日、第5話の取材に行ってきました。
 前回、牧水は沼田から法師温泉までの約9里 (約36キロ) を1日で歩き通しました。
 実に健脚です。

 が、さしもの牧水も長旅の疲れが出たようで、復路は途中、湯宿温泉で1泊します。
 そして翌日、また沼田に帰ってきました。


 牧水は、沼田で2軒の旅館に投宿しています。
 行きは 「鳴滝館」、帰りは 「青池屋」 です。
 すでに現存はしていませんが、跡地なら分かります。

 ということは、一番近い酒蔵を探し出すことで、その晩に牧水が呑んだ酒が分かるかもしれません。
 はたして牧水は、何という酒蔵の何という酒を呑んだのでしょうか?
 牧水ファンとしては、気になるところです。


 そして、その酒蔵が判明しました!
 大正11年当時、2つの旅館から最も近い場所にあった酒蔵とは?

 僕はカメラマンとともに、“あくがれ” の酒を追って、川場村へと飛びました。
 ※(あくがれ=憧れ)


 なぜ、僕は川場村へ向かったのでしょうか?
 その真相は、4月4日発行の 「ちいきしんぶん」 紙上にて掲載されます。

 乞う、ご期待!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:20Comments(0)取材百景

2025年03月09日

今月は 「秘湯の一軒宿」


 昨年4月からスタートしたエフエム群馬、夕方のニュース番組 「newa ONE」。
 僕は毎月第2水曜日に、生出演しています。


 温泉ソムリエの資格を持つ岡部アナウンサーと毎回、1話完結の温泉話をしています。
 今までには、下記のテーマで話しました。

 4月 「4つある日本三美人湯」
 5月 「温泉発見伝説 御三家」
 6月 「ぬる湯の楽しみ方」
 7月 「色を楽しむ “変わり湯”」
 8月 「動物発見伝説の温泉」
 9月 「太宰治ゆかりのの温泉宿」
 10月 「消えたガラメキ温泉」
 11月 「ヒートショックに御用心!」
 12月 「冬にあたたまる “塩” の付く温泉」
 1月 「熱いぞ! 火山性温泉」
 2月 「大蛇が発見した老神温泉」 


 さて、今月のテーマは?

 「一度は行きたい秘湯の一軒宿」 です。
 群馬は言わずと知れた全国屈指の温泉大国です。
 県内には名湯と呼ばれる歴史ある温泉地から、歓楽施設や大型ホテルが立ち並ぶ大温泉地まで、大小約100カ所の温泉地があります。

 でも実は、その約半数は、たった一軒で湯と温泉地名を守り続けている小さな温泉地なのです。

 一軒宿の温泉地には、もちろん温泉街はありません。
 ただ、ひっそりと山の中で旅人を出迎えてくれる宿が、ポツンと建っているだけです。
 でも、そこには、良質の湯が湧いています。
 それは、一軒宿のほとんどが自家源泉を保有しているからです。
 そして必ず、その湯を代々守り継ぐ 「湯守(ゆもり)」 がいます。


 では群馬には、どんな秘湯の宿があるのでしょうか?
 そして、その魅力は?

 ラジオで、お会いしましょう!



 ■放送日  3月12日(水) 18:37 頃~
 ■放送局  FM GUNMA (86.3MHz)
 ■番組名  『news ONE』 月~水 18:00~18:55
 ■出演者  岡部哲彦 (アナウンサー)、小暮 淳 (温泉ライター)
  


Posted by 小暮 淳 at 11:26Comments(0)テレビ・ラジオ

2025年03月08日

今夜のスターは 「あじまん」


 東京へ出るまで、「今川焼き」 という名称を知りませんでした。
 だって、前橋っ子が食べていたのは、見た目は同じだけど、「甘太郎焼き」 だったからです。

 “ご当地あるある” っていうやつです。


 朝目覚め、その日の気分で 「今日はオフ日にしょう」 と決めます。
 そんな日は、午後の早いうちからバスに乗って、行きつけの店に顔を出します。
 ご存じ、酒処 「H」 です。

 昨日も4時前に着いたんですけどね。
 すでに先客がいました。
 5時を過ぎた頃には、カウンター席しかない小さな店内は、ほぼ満席です。
 残りは、あと一脚……


 というときに、大きな包みを抱えた常連のK君が登場。
 「あじまん、買って来たよ~!」

 「あじまん? 何それ?」
 店内はざわつきましたが、僕だけは、
 「ええええーーーーー! もしかして、あの、あじまん!?」
 と、歓声を上げていました。

 「そうですよ! 昨日 『秘密のケンミンSHOW』 でやっていた、あの、あじまんです」


 ちょうど前の日、テレビで “ご当地あるある” を紹介していたのです。
 山形県では、今川焼きのことを 「あじまん」 と呼ぶことを。
 しかも、僕らが慣れ親しんでいる今川焼きとは、ちょっと見た目が違うこと。
 さらに、中のあんこの量が半端でないこと。
 そして、そのあんこが甘くないこと。

 食べてみたいけど、ご当地限定で、しかも冬季だけの期間限定商品だと番組は伝えていました。


 「K君、山形まで行ってきたの?」
 「それが、売ってるんですよ! 前橋でも」

 なんでも群馬県内では、前橋市と館林市の2カ所だけで、冬季限定販売しているとのことです。

 「でも、よく買えたね!? テレビで、あれだけ紹介されたら、買うの大変だったんじゃないの?」
 「はい、50分並びました」
 「ごじっぷ―――――ん!!!」


 ということで、ラッキーな常連客限定8名+ママだけが、その幻の 「あじまん」 を食せることになりました。

 「うまい!」 「おいしい!」 「すごい、あんこ」 「甘くなくて、ちょうどいいね」 「これなら2個は食べられる」
 と、左党の輩からも大絶賛の声が飛び交いました。


 一見、見た目はふつうの今川焼きです。
 でも、ちょっと高さ (厚み) が違います。
 山高帽のような形をしています。
 そのぶん、中はあんこがたっぷりなんです。
 薄くてフワフワの皮と絶妙なバランスで、口の中をバラ色に満たしてくれます。

 「田舎のあんこだね」
 「そうそう、ばあちゃんが作ったあんこの味だ」
 と、完全に今夜のスターの座は、すべて 「あじまん」 が持って行ってしまいましたとさ。


 まだの人は、ぜひ一度、ご賞味を!
 ただし期間限定です。
 3月いっぱいぐらいは販売しているらしいですが、行列覚悟でお買い求めください。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:54Comments(0)酔眼日記

2025年03月07日

生涯画家


 <久保繁はデザイナーでもあるが、画家でもある。彼の父親は名のある洋画家である。父親が情熱的な極彩色で天衣無縫な生きざまをキャンバスにぶつける画家であるならば、彼の絵は 「動」 を 「静」 の中に包み込む淡彩の世界である。>
  (拙著 『ヨー!サイゴン』 より)


 昨年秋から変形性関節症を患い、整形外科クリニックに通院しています。
 ある時、待合室の壁に、見慣れたタッチの絵が飾ってあることに気づきました。
 それも1点ではなく、何点も……。
 診察室へ続く廊下の壁にも、展示されていました。

 「これ、久保の絵だ!」
 と思い、受付で訊いてみると、
 「ちょっとお待ちください」
 と看護師は、席を立ちました。

 やがて、品の良い婦人が現れました。
 その女性は、院長婦人でした。
 「この絵は、久保繁の絵ですよね?」
 「ええ、久保先生の絵が、私も主人も大好きなものですから」
 それから長い立ち話が始まりました。


 <久保繁は中学時代の一年間だけクラスを共にしたことのある同級生である。卒業後は別々の人生をたどり、音信もまったく途切れていた。今から三年前、偶然居酒屋で再開した。実に二十三年振りの再会であったが、その日以来、何かにつけて公私を共にする付き合いが始まった。> 
  (同著より)


 1999年春、僕と久保はベトナムを旅をした。
 目的は、個展と本の出版。
 ライターとして、画家として、同じテーマで作品を制作しようという試みでした。

 帰国後、僕らは2つの夢を叶えました。


 そんな畏友の画家、久保繁の個展が開催中だというので、顔を出してきました。
 「おう!」
 「おう!」
 互いに手を挙げて、まずは生存確認。
 そして、互いの白髪頭を見て、笑い合いました。

 まず会場に入って、驚きました。
 絵がデカい!
 僕には、何号という詳しいことは分かりませんが、以前のサイズとはケタ違いにサイズが大きくなっていました。

 タッチも違う!
 以前の漂うような水彩画ではありません。
 大胆かつ、洗練された色彩に変貌していました。
 「変わったな~! 油絵?」
 「いや、アクリルで描いた」
 「へー、心境の変化か?」
 「なんだろうね、描いてて楽しいからかな」


 絵については、そこまでで終わり。
 すぐに近況報告に話の花が咲いた。
 彼も孫ができて、おじいちゃんになったという。
 めでたい、めでたい!

 思えば中学の同級生だった僕らも、前期高齢者です。
 定年退職した同級生の話になれば、
 「俺たちには退職金なんてないもんな」
 「国民年金で、しかも介護保険料引かれているし」
 「ああ、お互い、死ぬまで書 (描) くしかないな」
 「だね」

 生涯画家、生涯ライターを誓い合って、僕は会場を後にしました。



    久保繁展 RICOMINCIA 旅・色彩の記憶

 ●会期/2025年3月4日(火)~9日(日) 11:00~17:00
 ●会場/詩季画材 2Fギャラリー 前橋市南町4-47-6
 ●問合/詩季画材 TEL.027-224-5196


 【くぼしげる】
 1959年生まれ。日本大学芸術学部デザイン学科卒業。
 <個展> 画廊翠巒 (前橋)、ギャラリーアートもりもと (銀座)、大塚文庫 (自由が丘)、ギャラリーg/ 鎌倉彫会館など。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:16Comments(0)ライブ・イベント

2025年03月06日

便利の過渡期


 最近は、どこで買い物をしても、食事をしても、会計はセルフレジです。
 最初は戸惑っていたアナログ人間の僕でさえ、今ではスムーズに使いこなしています。

 さらに便利を覚え、重宝までしています。
 たとえば、ペットボトルの飲料を1本だけ買うときなど、セルフレジなら手間と時間がかからず、自動販売機感覚で購入できます。
 また、少額の買い物なのに小銭がなくて、仕方なく1万円札を出す場合、セルフレジなら店員に気を遣う必要はありません。

 どんどんと便利な世の中に、慣れ親しんでいる自分がいます。


 一方で、ちょっぴり、寂しさも感じています。
 以前は、有人レジだったラーメン店が、最近、セルフレジに替わってしまいました。

 途端、「ありがとうございました」 の店員の元気な声が消えてしまいました。
 厨房の中に、入ったきりです。
 客は、食事が終わると、伝票を持って、レジへ。
 印字されているバーコードをスキャンします。
 パネルに金額が表示され、「現金」 をタッチ。
 お金を入れて、精算終了。
 そのまま、店を出ます。

 お腹は満ちるのですが、なんだか食事をした気分にはなれません。


 最近、日帰り入浴施設に行きました。
 下駄箱にクツを入れ、100円玉を投入。
 カギをフロントの女性に渡しました。

 ここまでは以前と同じです。
 この後が違いました。
 ブレスレットのようなモノを渡されました。

 以前なら入浴料を支払い、カギと引き換えに渡されるのは、番号が書かれたカードでした。
 館内で食事をした場合は、この番号を告げます。
 そして帰りにカードを返し、精算すると、下駄箱のカギが返ってくるというシステムでした。


 「これ、なんですか?」
 とスタッフに、ブレスレットについて聞きました。
 「それを精算機に、かざしてください」
 というので、カウンター横に設置された機械へ移動すると、
 「お客様、帰りにお願いします」

 あれ、だって、以前は、先に入浴料を払ったでしょ?
 なんだ、帰りになったんなら、先に言ってよ!
 と昭和オヤジは、戸惑いを隠せません。


 言われたとおり、帰り、精算機へ直行しました。
 ピッ!
 音ともに、入浴料が表示され、難なく支払いを終えました。

 あれ?
 この後、どうするの?
 このブレスレットのようなモノは?
 ていうか、下駄箱のカギは、どうしたら返してもらえるのよ?

 あたふたと、おろおろと、昭和オヤジは機械の前で、またもや立ちすくむばかり。


 「お客様、こちらへ」
 見かねたスタッフに呼ばれ、カウンターに戻ると、ブレスレットとカギを交換してくれました。

 えっ、そこはアナログなんかい!
 だったら最初っからスタッフが対応すれば、いいじゃん!
 カウンターと精算機を行ったり来たりする、このシステムって何?

 つい、スタッフに嫌味を言ってしまいました。
 「これって便利なようで、不便だね」
 すると、彼女いわく、
 「人手不足なもので」


 結局、そこなんですね。

 この国の少子高齢化は、歯止めがききません。
 どこもかしこも人手不足です。
 コンビニも外食チェーンも、店員は片言の外国人ばかり。
 だもの、無人化に拍車がかかります。


 便利になるって、なんて不便なんでしょうね。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)つれづれ

2025年03月05日

なぜキュウリを食べないのか?


 高崎市在住の某有名企業の社長さんから、直々にメールが届きました。
 <私もキュウリが大嫌いで、食べられません>
 という内容でした。

 何のことかって?
 これだけでは、意味不明ですよね。
 簡単に説明します。


 僕は高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 (ライフケア群栄) に、コラムの連載をしています。
 タイトルは 『ちょこっと小耳に』。
 「小暮淳の取材こぼれ話」 と、サブタイトルが付いています。

 そうなんです。
 どうでもいいような、過去に記事にはならなかった事柄を、勝手気ままに適当に、面白おかしく書いている超私的なコラムなのであります。
 で、前回 (2月21日号) では、「キュウリを食べない人」 について書きました。


 以前、虚空蔵様の化身だからという理由で、ウナギを食べない神社の氏子たちを取材したことがありました。
 そのとき、一人の老人が声をかけてきました。
 「うちのほうじゃ、キュウリを食べんけどな」

 後日、テレビのニュースで、祭礼中はキュウリを食べない氏子たちのいる神社が、全国にあることを知りました。
 僕は、老人から聞いた町名から群馬県内にも同名の神社が存在することを突き止め、突撃取材をしたという内容です。


 結論からは言えば、現在の氏子たちは、みんなキュウリを食べていました。
 が、一人だけ、こんなことを言った氏子がいました。
 「うちのじいちゃんは死ぬまでキュウリを食べなかったけどね。でも、キュウリが嫌いだっただけかも」

 社長さんは、この話のオチが面白かったようで、わざわざメールをくださいました。


 そしたら昨日、発行元の 「ちいきしんぶん」 からも連絡がありました。
 読者からメールが届いているとのことです。
 <その神社の場所を、ぜひ、教えてほしい> と。

 なぜ、そんなにも気になるのでしょうか?
 だって、キュウリですよ?
 書いた本人には、その感覚が分かりません。
 それともキュウリには、何か人知れぬ魔力がひそんでいるのでしょうか?

 たかがキュウリ、されどキュウリなんですかね?
   


Posted by 小暮 淳 at 10:52Comments(2)執筆余談

2025年03月04日

「ありがとうございます」 の意味


 以前、イベント会場で僕の著書を購入してくださった読者の男性と、名刺交換をしたことがありました。
 その人の名刺を見ると、お勤め先は、某有名スーパーマーケットチェーンでした。

 「うちの近くにもあり、よく利用しています」
 「ありがとうございます」
 「でも、行くのが夜遅いので、買うのは、いつも半額シールが貼ってある見切り品ばかりですけどね」
 と、僕は笑いを取ろうとしたのですが、さにあらず!

 その人は、深々と頭を下げて、
 「ありがとうございます。フードロス対策に、ご協力をいただきまして」
 と言ったのであります。

 え?
 感謝されちゃった?
 得をしているのは、こっちなのに?

 でも、消費者が考えている以上に廃棄処分されている食品の量は多く、深刻な問題なのかも……
 と、その時は漠然と受け止めていたのであります。


 先日、某スーパーマーケットで買い物をしました。
 時間は夜の8時過ぎ。

 お惣菜のコーナーは、すべて半額シールが貼られていました。
 酒のつまみにと、2品ほど手に取り、カゴの中に入れました。


 レジにて。
 女性の店員が、バーコードをスキャンし始めました。

 ピッ、ピッ、ピッ・・・
 「ありがとうございます」

 ピッ、ピッ、ピッ・・・
 「ありがとうございます」

 会計の途中に2度、店員は 「ありがとうございます」 と言ったのです。


 えっ?
 今のなに?

 そーなんです!
 店員は、半額シールが貼られた商品をスキャンしたときだけ、「ありがとうございます」 と言っていたのです。

 わ~!
 感動で、思わず鳥肌が立ってしまいました。


 読者の男性が言っていたことは、本当だったんですね。
 半額シールが貼られた商品を買った “お客様” は、フードロス対策に協力した “神様” だったのです。

 ということなので、みなさーん!
 これからは半額シールが貼られた商品は、堂々と買ってくださいね。

 決して、ケチでも、貧乏人でもありませんよ~!
 フードロス対策の貢献者なのです。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:50Comments(3)つれづれ

2025年03月03日

目と指の至福


 あなたにとって、至福の時間とは?

 好物を食べているとき、寝ているとき、風呂に入っているとき、趣味に没頭しているとき……
 人それぞれだと思います。
 でも、至福の時間があるからこそ、それ以外の時間を過ごすことができるわけです。

 いわば、至福の時間は、自分から自分への “”ごほうび” ということになります。


 では、僕にとっての至福の時間とは?
 やっぱり、真っ先に思い浮かべるのは、酒ですね。
 1年365日、生きている限り欠かせない必要不可欠なアイテムであります。

 じゃあ、毎日、至福の時間があるかというと、そうでもありません。
 ほとんどの場合、仕事終わりに、ただなんとなく習慣で呑んでいることが多いですね。
 もちろん、“至福” だとも感じていません。


 僕にとって、至福の時間は、「酒+読書+音楽」 がマッチングしたときに訪れます。
 これって、週に一日あるかないかの貴重な時間です。

 読書には、ウィスキーが似合います。
 水割りの氷をカラカラと揺らしながら、好きなピアノ音楽をBGMに、本のページをめくります。
 その日読む本は、朝から決めてあります。

 最近買った新刊本だったり、何年も積んだままになっている文庫本だったり……
 小説だったり、エッセイだったり……
 時には、仕事で使う資料本だったりもしますが、なんでもいいんです。
 その日の気分に似合った本を用意します。

 酔いに任せながら、やがて眠りにつくまで、ゆっくりとゆっくりとページをめくる自分に酔いしれてるわけです。


 えっ?
 酒以外に、楽しみはないのかって?
 それが、あったんです!
 “しらふ” でも感じる至福の時間が!

 それは、原稿を書いているときです。
 その時は、酒も呑まず、音楽も聴きません。
 全神経をパソコンのキーボードに集中していると、あっという間に2~3時間が過ぎています。

 ある意味、僕にとっては “無” になれる時間なんです。
 書いている原稿の内容以外は、完全にシャットアウトして、その世界に没頭しています。
 脳内にアドレナリンが、バーって出ている感覚です。

 ランナーズハイよろしく、「ライターズハイ」 の状態が続き、どんどん気持ち良くなって行きます。


 で、書き上がったら当然、缶ビールが待っているんですけどね。
 結局、最大のごほうびは、酒ということです。

 でも、これがあるから僕は、この人生を続けられているのです。


 <人の世にたのしみ多し然れども 酒なしにしてなにのたのしみ> 牧水
  


Posted by 小暮 淳 at 11:56Comments(2)酔眼日記

2025年03月02日

中高年の落とし穴


 どっぷり、昭和人間ですからね。
 当然、この手のタイトルは見逃しません。

 石原壮一郎・著 『昭和人間のトリセツ』 (日本経済新聞出版)


 速攻買いして、瞬読しました。
 でもね、これタイトルが間違っています。
 だって、「トリセツ」 って、取扱説明書のことでしょ?

 若い人向けに、昭和人間 (中高年) の扱い方について書かれているのかと思ったら、その逆でした。
 自己啓発書なんですね。
 昭和人間のための令和時代を生き延びるコツが書かれていました。

 もっとはっきり言えば、昭和人間が陥りやすい “落とし穴” についての注意喚起であります。


 昭和と一口に言っても、長いんです。
 64年もありましたからね。
 戦前・戦中派は、すでに存命していない方々も大勢います。

 どの時代を生きた人たちを、“昭和人間” と呼ぶのか?

 本書では、大きく2つに分けています。
 高度経済成長の絶頂期だった大阪万博が開催された昭和45(1970)年を境に、それ以前に生まれた人を 「前期昭和人間」、同46年以降に生まれた人を 「後期昭和人間」 と分類しています。

 年齢でいうと、今年55歳になる人が分岐点です。


 ほほう、そう来ましたか!
 ということは、やはり僕は、どっぷり前期昭和人間ということになりす。
 著者の石原氏は、昭和38(1963)年生まれですから、全体的に前期昭和人間目線で書かれています。

 で、まず本書では、前期昭和人間と後期昭和人間との違いから挙げています。


 後期は物心ついたときからカラーテレビがあり、前期は白黒テレビだった。
 後期は漫画やアニメが好きなことを公言できるが、前期は子どもが見るものと決めつけている。
 後期は男女平等の概念があるが、前期は男尊女卑がベースにある。
 などなどです。

 で、令和の時代に “落とし穴” に陥りやすいのは、圧倒的に前期昭和人間だと、本書は力説します。


 ですよね~!
 分かります、分かります。
 コンプライアンスの時代ですものね。

 「女のくせに」 とか、「女はバカのほうが可愛い」 とか、「まだ結婚しないの?」 とか 、「子どもは、まだ?」 とか……
 今の時代では、即アウト! の価値観の中で育った世代ですからね。

 そんな前期昭和人間たちが陥りやすい “落とし穴” が満載の一冊です。


 くれぐれも申し上げます。
 タイトルは 『昭和人間のトリセツ』 ですが、決して若者向けに書かれた昭和人間の取扱説明書ではありません。
 中高年のための指南書であります。

 特に前期昭和人間のみなさんは、心してお読みください。
 胸に手を当てながら……
   


Posted by 小暮 淳 at 11:24Comments(0)読書一昧

2025年03月01日

今日の読売新聞 「温泉 正しい楽しみ方」


 今日 (3月1日) の読売新聞群馬版に、エッセイが掲載されました。

 僕は昨年2月から 「レンゲツツジ」 という欄に、温泉をテーマにした記事を不定期連載しています。
 今回で5回目となります。


 今回は、講演やセミナーでの講話を再現しました。
 「ようこそ、群馬温泉小暮旅館へ」
 僕が架空旅館の番頭になりきり、シミュレーションしながら館内を案内するという内容です。

 なぜ、客間にはお茶とお菓子が置いてあるのか?
 なぜ、浴室は建物の階下にあるのか?
 なぜ、湯口は浴槽の奥にあるのか?

 その理由や入浴のマナーについても書かせていただきました。


 今朝、目覚めると、さっそくケータイにメールの着信が!
 なんと、高校の同級生からでした。

 <今日の読売新聞に記事が載っていましたね>

 うれしいですね。
 どこかで、誰かが、ちゃんと見ていてくれているのですね。

 こんなとき、「ライターという仕事をしていて良かった」 と、つくづく思います。


 さて、次回のテーマは?
 何にしましょうかね。 
 じっくり考えて、読者が温泉を好きになってくれるような記事を書きたいと思います。

 末永く、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:06Comments(2)執筆余談

2025年02月28日

「温泉王国ぐんま」 来週放送!


 <どんな土地にも年輪があり、古き良き暮らしがあった。大合併で、記憶が日々に遠のいてゆく群馬県。そこには、今残さなければならない遺産がある。>
  (番組ナレーションより)

 ということで、今回も遠のいてゆく記憶をたどり、残さなければならない群馬の温泉遺産を訪ねてきました。


 僕は長年、群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』 のスーパーバイザー (監修人) をしています。
 が、時々、会議室を飛び出して、謎を解き明かしにリポーターとして温泉地を訪ねています。

 そんなシリーズ 「温泉王国ぐんま」 の8回目が、来週、放送されます。
 題して、「湖に消えた温泉は今」。


 みなさんは、上越国境の猿ヶ京温泉 (みなかみ町) って、ご存じですよね。
 不思議な地名です。
 なぜ、“猿ヶ京” なんていう名前が付いたのでしょうか?

 番組は、まず地名の謎から解き明かします。


 そして、昭和33(1958)年、赤谷川をせき止められて造られた相俣ダムの完成により、湖底に沈んだ2つの温泉地を追います。
 かつてあった温泉宿、「旧四軒」 と呼ばれる老舗旅館は今?

 代替地に移転し、現在も営業を続けている宿の主人に話を聞き、当時の貴重な資料を見せていただきました。
 そこには、あっと驚く真実の数々が……


 乞う、ご期待!
 お見逃しなく!



         『ぐんま!トリビア図鑑』
         温泉王国ぐんま Vol.8
         「湖に消えた温泉は今」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●放送日  2025年3月4日(火) 21:00~21:15
 ●再放送  3月8日(土) 10:30~ 10日(月) 12:30~
  


Posted by 小暮 淳 at 10:42Comments(2)テレビ・ラジオ

2025年02月27日

完全無敵の村中華


 「町中華」 という言葉があるのですから、村にあるのは 「村中華」 と呼んでいいんでしょうね。
 町よりも濃密なコミュニティーの中で、昭和の時代から信頼の味を提供し続けている、庶民の台所であります。

 今週、県北西部の山村へ行く用事があり、昼過ぎに車を走らせました。
 「着くまでに、昼飯を済ませたい」
 「できれば町中華で、チャーハンが食べたい」
 と、僕は運転しながら数日前のリベンジを考えていました。
 (2025年2月24日 「残念な町食堂」 参照)


 もうすぐ目的地に着いてしまう!
 と、あせりが募る中、街道筋、左前方に 「食堂」 の看板を発見!
 しかも、「中華料理」 の文字が!

 迷わず、ハンドルを切りました。


 まさに昭和のたたずまい。
 ハゲかかった看板のペンキの色といい、薄汚れたのれんにも年季を感じます。
 これぞ町中華、いや、村中華の王道であります。

 まず店内に入って、感動!
 床が油で、ペトペトしています。
 歩くたびに、音もします。
 「これって、うまい店っていう証拠じゃん!」
 と、いきなりテンションが上がりました。


 店内は、そこそこ混んでいました。
 テーブル席は、ほぼいっぱいで、奥の座敷が少し空いているくらい。
 一つだけ空いていたテーブル席に腰かけました。

 メニューを見て、ビックリ!
 今どき、ラーメンが500円。
 定食でも800円と、実にリーズナブルです。

 もちろん僕は、チャーハン (600円) に決めました。


 テーブルにタブレットや呼び出しチャイムなんてありません。 
 「いらっしゃいませ~」
 少し腰の曲がった老婦が、水を持ってきたときに注文しました。

 待つこと15分・・・

 今度は、老夫が料理を持ってきました。
 老夫婦だけで、切り盛りをしているようです。
 だから、ちょっと時間はかかるのですね。
 でも、これは 「あるある」 ですから、想定内です。


 ド~ン!
 置かれたチャーハンは、大き目な皿の上にドンブリっちょの米の山。
 通常の1.5倍以上はあります。

 でも、僕の知っている町中華のチャーハンとは、見た目も色も違います。
 これって、いわゆる “焼き飯” っていうやつですよね。

 具は、ハムとネギとニンジンとコーンだけ。
 てっぺんに、真っ赤な紅ショウガがトッピングされています。


 まずは、紅ショウガなしで、ひと口。
 「うん、普通にうまい」
 この “普通にうまい” というのが、町中華&町食堂の定番なのです。

 高級中華料理店のような上品な味ではなく、昔懐かしい庶民の味であることが大事なのであります。

 スープが、いい!
 ネギが数枚浮いた、ラーメンスープのような。
 これまた、ドストライクの昭和の味であります。


 さて、満腹になりながらも、なんとか最後の一粒まで食べきりました。
 では、会計を……

 でも、伝票がありません。
 店内を見渡しましたが、レジもありません。

 他の客を見ていると、みんな 「ごちそうさま」 と言って、厨房に声をかけています。
 各々、自分が食べたモノを言って、お金を渡しています。
 誰一人、「カード、使えないの?」 なんて、格好つけている客はいません。


 僕も見よう見まねで、常連を気取って、厨房に声をかけました。
 「こちそうさまでした」
 すると、老夫が顔を出しました。
 「チャーハン」
 「600円ね」
 「はい、ちょうど」
 「毎度、ありがとうごさいます」

 ほらね、「毎度」 が付きましたよ!
 これが昭和の良き食堂の有り方であります。


 リベンジ、完了!

 S村のK食堂は、完全無敵の村中華でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:56Comments(2)つれづれ

2025年02月26日

マツコさんでもなく、所さんでもなく・・・


 昨日の続きです。

 県内某施設に、講演の打ち合わせに行った時のこと。
 担当の女性職員から突然、こんなことを言われました。

 「マツコさんの番組、観ましたよ!」
 「マツコ?」

 僕は、マツコ・デラックスさんの番組なんて、出ていません。
 ははあ~、彼女は勘違いしているんですね。
 僕が出演したのは、明石家さんまさんの番組です。
 一昨年の秋に、フジテレビの 『ホンマでっか!?TV』 に、「群馬魅力評論家」 として出演しました。


 でもね、同じような勘違いをしている人って、いるんですよ。
 以前も 「所さんの番組を観ました」 という人がいました。
 もちろん、所ジョージさんの番組にも出演はしていません。

 なんでなんでしょうね?
 マツコさんと所さん、さんまさんというキーワードは、混同しやすいのでしょうか?
 ま、話は通じるので、その都度、「さんまさんの番組ですね」 と返しています。


 で、ここからが今日の本題です。
 その時、彼女から、こんな質問がありました。

 「どんな経緯で、番組に出演することになったのですか?」

 こんなことを訊かれたのは、初めてです。
 僕自身、考えてもみませんでした。

 なぜ?

 確かに、言われてみれば不思議です。
 なぜ、一介の温泉ライターの僕が、群馬を代表して、しかも 「群馬魅力評論家」 という肩書で、スタジオに呼ばれたのでしょうか?
 考えれば考えるほど、謎です。

 本当のところ、まったく理由は分かりません。
 番組のディレクターは、なぜ、僕を選んだのか?


 ただ、番組収録後にディレクターから、こんな話を聞きました。
 「なかなか小暮さんとは連絡がつかなくて、実は代役を用意していたんです」

 なんでも、僕の出演が第一候補だったのですが、連絡の取り方が分からず、方々に打診していたようです。
 それでも連絡が取れず、収録日が迫って来たので、他の候補者との連絡も取っていたとのことでした。

 で、最初に連絡を受けたのは、僕が温泉大使を務める県内の観光協会からでした。
 「フジテレビのディレクターが、至急、連絡を取りたがっています」
 という一報でした。

 そこからは短期間で、やり取りをし、ギリギリ収録に間に合ったとのことでした。


 でも、謎は残りますよね。
 なぜ、僕だったのでしょうか?

 マツコさんでもなく、所さんでもなく、さんまさんの番組に呼ばれたのか?
 永遠の謎となりました。

 (ていうか、代役って、誰だったのでしょう?)
  


Posted by 小暮 淳 at 10:55Comments(2)テレビ・ラジオ

2025年02月25日

人気者で行こう!


 本当なら今日、ここで講演会の告知をするつもりでした。
 でも、それが、できなくなってしまいました。


 僕は講演会の日程が決まると、必ず開催の1カ月前には主催者を訪ね、会場の下見と打ち合わせをします。
 昨日も、いつも通り、来月に開催される県内の某施設を訪れました。

 ところが、開口一番、担当者からこんなことを言われてしまいました。
 「すでに、定員以上の申し込みがあります」

 えっ、どういうこと?
 だって、一般への告知は、これからでしょう?


 「ええ、まだ回覧板が回っただけなんですけどね」
 と、チラシを渡されました。
 それには、こう書かれていました。

 <ふるさと歴史講座 受講者募集>
 <群馬県内の温泉の歴史と文化>

 そして、講師欄には僕の名前があり、こんな文章が添えられていました。
 <群馬県内の温泉地の歴史と文化を楽しく学びながら魅力に迫ります。小暮氏によるオリジナル温泉ソングの披露があります。>


 なに?
 温泉ソングの披露だと?

 こんな一文を募集のチラシに入れられたのは、初めてのことです。
 確かに、お約束なので、講演の最後には歌を歌います。
 でもね、それって、サプライズなんですよね。

 これじゃ、ネタバレじゃなですか!
 っていうか、それで、あっという間に定員に満ちたということですか?


 「チラシ、持ってってください (もう必要ないので?)」
 と帰りに、ドッサリと束でいただいてしまいました。

 「でも、もう募集は締め切ったんですよね?」
 「ええ、でも先生枠ということで、1、2名ならなんとかしますから」
 とは、うれしいような、面倒くさいような……
 複雑な思いで、家路に着きました。

 でもね、うれしいに決まっているじゃありませんか!
 苦節16年(?)
 そりゃあ~、観客が数人という講演会を何回も経験してきましたもの。

 先日のバス講座といい、締め切り前に定員になるなんて、夢のようであります。
 もしかして、僕も少しは人気者になったのかもしれませんね。


 歳と経験は、重ねてみるものです。 
 人気者で行こう!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:30Comments(3)講演・セミナー

2025年02月24日

残念な町食堂


 コテコテの昭和人間ですからね。
 僕は、昔ながらの町食堂が大好きです。

 特に最近は、チェーン店のタッチパネルでの注文や自動支払機などの無味乾燥な雰囲気に、へきえきしているのであります。
 それに比べると、町食堂には人情味があります。

 メニュー表や壁のお品書きを見ながら、じっくりと、あれこれ悩みながら注文することができます。
 主人や女将さんとの雑談もできるし、常連になれば、から揚げ1個のおまけが付くかもしれません。
 もちろん、「ごちそうさま」 と言えば、「ありがとうございました」 と、ちゃんと手渡しで精算をしてくれます。

 ん~、これぞ、正しい町食堂の姿であります。


 で、昨日、久しぶりに町食堂へ行ってきました。
 どれらい久しぶりかというと、2~3年ぶりなんですね。
 それは、なぜか?

 実は、その食堂は昔からお気に入りで、30年以上前から通っていました。
 ところが数年前に、ご主人が亡くなり、息子さんが店を継いだのです。

 「どれどれ、ちゃんと先代の味を継いでいるかな~」
 と気になり、すぐに偵察に行きました。
 もちろん、注文したのは一番人気だったあんかけチャーハン。

 ところが……
 見た目は変わらないのですが、口に含むと 「?」。
 なんか違うんです。
 以前に比べると、パンチがないんですね。
 一口目に広がる 「この味、この味」 というのが感じられませんでした。

 で、その後、足が遠のいてしまったというわけです。


 さて、あれから2~3年が経ちました。
 息子さんの腕も上達したことでしょう。
 味にうるさい常連客らに、叱咤激励され、先代の味に近づいているに違いありません。

 ところが……
 一口食べて、ガッカリ!
 「あれ?」
 完全に別物になっていました。

 もしかしたら、息子さん流に味をアレンジしたのかもれませんね。
 まずチャーハンの味が全然違います。
 もっとパラパラしていましたが、今はなんだかシットリとしています。

 上にのっているあんの味も、かなりあっさり気味です。
 これでは味変を楽しむことができません。
 (思わず、しょう油をかけてしまいました)


 店は、昭和のままなのですが、何から何まで変わってしまいました。
 値段も高くなり、メニューの数も少なくなりました。
 息子さんの頑張っている姿は、カウンター越しに見えましたが、先代ほどの愛想は持ち合わせていないようです。

 誤解しないでください。
 味というのは、あくまでも嗜好なんです。
 僕の口が、先代の味を好んでいるだけなんですね。

 その証拠に、今でも店は繁盛しています。
 息子さんが作り出す、令和の味にもファンがいるわけです。


 でも、僕にとっての思い出の味は、もうありません。
 時代は変わったんだと、時の流れを感じながら店を出ました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:10Comments(0)つれづれ

2025年02月23日

中一の魂 百まで


 「ブログ、読んでます」
 そう声をかけられることが、多くなりました。

 こんなことを言う人もいます。
 「よく毎日、書けますね」
 「ネタは尽きないのですか?」

 思えば、なんだかんだと16年間もブログを書き続けています。
 でも毎日ではありません。
 ほぼほぼ毎日です。

 ネタですか?
 大したことは書いてませんからね。
 日々凡々と、徒然なるままに、したためているだけです。


 でも、なぜ、続いているのか? という問いには答えられます。
 それは、“習慣” だからです。

 朝起きたら、歯を磨いて、朝食を食べて、コーヒーを飲むように、ルーティンの内の一つなのです。
 また、そうなるように “クセ” が付いているのです。

 でも、それは、自ら欲して付いた “クセ” ではありません。
 半強制的に、叩き込まれたものです。
 しかも、脳の成長期にでした。


 中学一年のときの担任が、国語の教師でした。
 その先生は、ある日突然、クラス全員にノートを配りました。

 「今日から毎日、これに、その日あった出来事や感じたことを書いてください」
 いわゆる日記の強制です。
 しかも毎日、朝提出して、帰りの時間に返却されるというシステムで、必ず赤ペンで先生の感想が記入されていました。

 今思えば、書くほうも大変ですが、先生も重労働だったと思います。
 だって当時は1クラス、40人もいましたからね。
 その全員の日記を、帰りまでに目を通して、感想まで書いていたのです。


 でもね、日記を書くという作業には、向き不向きがあるわけです。
 当然、提出しない人もいます。
 すると、先生のカミナリが落ちるわけです。

 「書くことが何もないとは、何ごとだ! 一日生きていて、何もないのか? 何も感じないのか?」
 まさに鬼の形相で、叱咤されました。


 たぶん、この時に “書く” という クセが叩き込まれ、その後の人生も習慣として身についてしまったのだと思います。
 だって僕は、その後40年間、大人になっても日記を書き続けましたもの。

 で、このブログの開設を境に、日記を廃止しました。


 これがブログを書き続けている理由です。

 さ、ルーティンが一つ、終わりましたよ。
 今日も一日、一生懸命生きましょうね!

 でないと、先生に怒られますよ。
 「何もない一日なんて、ないんだよ!」
 ってね。
    


Posted by 小暮 淳 at 10:56Comments(0)執筆余談

2025年02月22日

なぜ今、国定忠治なのか?


 「赤城の山も今宵限り。生まれ故郷の国定の村を捨て、縄張りを捨て、国を捨て、かわわいい子分のてめえ達とも別れ別れになる門出だ」

 この名ゼリフを聞いて、すぐに国定忠治だと分かる人は、年配の人なんでしょうね。
 若い人に訊いても、知らない人が多いと思います。

 でもね、数十年前のことですが、「群馬の有名人は?」 というアンケートで、ダントツ1位だったほどのスターだったのです。
 まあ、かなり訳アリのダーティーヒーローですけどね。


 その国定忠治が、なんと! 紙芝居になって帰ってきます!


 平成17(2005)年、群馬県伊勢崎市は “平成の大合併” により、隣接する赤堀町、東村、境町と合併し、新伊勢崎市が誕生しました。
 今年が新伊勢崎市誕生から、ちょうど20年になります。
 これを祝い、伊勢崎市では “新伊勢崎市” の誕生20周年記念事業の一環として、オリジナル紙芝居の口演を行うことになりました。

 その主役が、国定忠治なのであります。


 国定忠治こと、本名:長岡忠次郎。
 文化7(1810)年、上野国佐位郡国定村 (旧・佐波郡東村、現・伊勢崎市) に生まれました。
 17歳の時に賭博でのけんかがもとで人を殺めたと伝わり、上州を逃れて、川越 (埼玉県) の大親分、大前田英五郎や百々(どうどう)村 (旧・境町、現・伊勢崎市) の博徒、紋次親分 (木枯し紋次郎のモデルといわれている) の世話になりながら、やがて何百という子分を従える国定一家の親分となります。

 その後の武勇伝や波瀾万丈の人生は、講談、文学、演劇、映画、歌謡にもなり、誰もが知ることとなります。


 その新伊勢崎市が生んだスーパーダーティーヒーロー、国定忠治が紙芝居になり、市内5会場で口演されます。
 ぜひ、お出かけください!



      初披露! 「国定忠治」 紙芝居口演

 ●3月15日(土)  忠治茶屋本舗 11:00~ 14:00~
 ●3月16日(日)  伊勢崎神社 13:30~
 ●3月20日(木)  境赤レンガ倉庫 14:00~ 15:00~
 ●3月22日(土)  スマーク伊勢崎 (3Fスマークホール) 11:00~ 14:00~
 ●3月23日(日)  赤堀公民館 11:00~ 13:00~

 口演/石原之壽 (上毛だがしや楽校 校長)

 主催/上毛だがしや楽校
 問合/公式Facebook 上毛だがしや楽校 jyoumoudagashiya@gmail.com

 ※僕もこのプロジェクトに監修役として参加しています。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:35Comments(2)神社かみしばい

2025年02月21日

必殺技! 酔眼二刀流


 個人事業主およびフリーランスのみなさ~ん!
 確定申告は、お済みですか?

 僕は現在、鋭意進行中です。


 フリーランスになり、確定申告をするのも今年で30回目になります。
 まあ、慣れていると言えば慣れているんですけどね。
 でもね、毎年、イ~ヤな思いをするんですよ。

 いわば確定申告は、「大人の通知表」 ですからね。
 子どもの頃にもらった通知表は先生が書きましたが、「大人の通知表」 は自分で書くんです。

 これが、ツライ!


 だって、きっちり数字で現実を突きつけられるんですからね。
 「あれ、もっと売り上げなかったっけ?」 「なにか見落としてないかな?」 「あれ~、あの時の領収書はどこだろう?」
 なんて、毎回、てんやわんやの大騒ぎをしています。

 ところが今年は30年目にして、必殺技を生み出しました。


 いつもの年なら今頃は終えているんですけどね。
 今年は、なんだかんだと忙しくて、確定申告に当てる時間が取れないでいました。
 「このままでは、期間中に終わらないぞ!」
 と、慌てた僕は、名案を思い付きました。

 そう、酒を呑んでいる時間を使えばいい!
 だからといって、酒を呑まずに素面(しらふ)で行ったら、酒を呑む時間がなくなってしまいます。
 ならば、2つ同時に、やっちゃおう!

 ということで毎晩、晩酌の友に電卓を叩いています。


 ま~、これが、はかどること、はかどること!
 酒も進むし、計算も進むのです。

 ついに僕は、必殺技を生み出したのであります。
 題して、“酔眼二刀流”。


 その甲斐あり、収入と支出の計算は、すべて終わりました。
 あとは、記入するのみです。

 この作業だけは、素面のときに行いたいと思います。


 我ながら、うまい手を考えたと悦に浸っています。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)酔眼日記

2025年02月20日

夢をあきらめきれない君へ


 30歳というのは、夢のターニングポイントなのかもしれません。

 役者や芸人の卵が、「30歳までやって芽が出なかったら、スッパリとあきらめて故郷に帰るよ」 などと言うセリフを、よく聞きます。
 かくいう僕も、30歳を境に第一志望の夢に見切りをつけて、現在の仕事の出発点となる編集の世界に飛び込みました。


 先日、20代後半の女性と話をする機会がありました。
 彼女は、この3月で会社を退職して、単身、東京へ行くと言います。

 「なんで、また今になって?」

 僕から見ると、今の仕事でも十分に輝いて見える女性です。
 新卒で入社し、ある意味、花形の仕事を手に入れました。

 なのに、なぜ、今になって……


 彼女には10代の頃から夢に見続けていた世界がありました。
 それは、“声” の仕事。
 学生時代は放送部や演劇部に所属し、“声” で表現する楽しさを知ったといいます。

 「やっぱり、あの頃の夢を捨てきれませんでした」
 と30歳を前に、再度挑戦することを決意しました。


 「まだ、そんな私を雇ってくれる所があったんです」
 と、嬉々と話す彼女。
 声優やナレーションの仕事を専門に扱う、東京の芸能事務所に所属することになったといいます。

 「すごいじゃないか!」
 「ありがとうございます」
 「応援しているよ」
 「がんばります!」

 彼女の瞳は、いつも以上にキラキラと輝いていました。


 僕は30歳手前で挫折をしてしまったけど、彼女なら大丈夫。
 うまくやるさ!

 ガンバレー!

 目いっぱいのエールを送りました。 
  


Posted by 小暮 淳 at 10:46Comments(0)つれづれ

2025年02月19日

便利もいいけど不便もね


 <“不便” は、とても面倒臭いものだ。不便は人が手を一生懸命かけてあげないと、なかなか伝わらないものだ。だからコミュニケーションが必要になる。その逆で、便利に慣れてしまうと、人は手を抜くことをいつも考えるようになるだろう。>
  (拙著 『上毛カルテ』 より)


 最近、やたらとテレビで昭和の映像が流れます。
 昔のCMや歌謡番組、ドラマ、ニュース映像など、昭和を知る者には懐かしく、知らない若者には驚きの映像に映るらしい。
 世代間のギャップは、今やトレンドなのかもしれません。

 昨年の流行語大賞が 「ふてほど」 に決まったこともあり、昭和ブームに拍車がかかっています。
 阿部サダヲ主演のテレビドラマ 『不適切にもほどがある!』。
 昭和から令和の世にタイムスリップする中年男の話でした。

 でもね、このときに思ったんです。
 タイムスリップして来る時代が、微妙だなと。
 だって昭和って、長いんですよね。
 大きく分ければ、戦前・戦中・戦後とあり、さらに高度経済成長期からバブル期と60年以上の隔たりがあります。

 昭和からタイムトリップする小説やドラマは、以前にもたくさんありました。
 でも戦前や戦中、戦後なんですよ。
 今回、「ふてほど」 が取り上げた時代は、1980年代なんです。
 僕ら世代にしては、ついこの間のことで、そんなに古さは感じないんですよ。

 たぶん、脚本家の宮藤官九郎さんは、その微妙な “世代感” を描きたかったんだと思います。


 で、冒頭の文章です。
 僕が、このエッセイ本を出版したのは平成9(1997)年です。
 でも収録されているエッセイは、それより以前に雑誌に連載されたものです。

 たとえば冒頭の文章は、出版される6年前の掲載です。
 平成3(1991)年です。
 「ふてほど」 の時代と10年ほどしか変わりません。


 当時は、スマホはおろかケータイ電話もない時代です。
 パソコンも普及していませんでした。
 (ファックスはありました)
 では、なぜ僕は、このような文章を書いたのでしょうか?

 コンビニやスーパー、ファミレスなど、すでに “手を抜く暮らし” が始まっていたからだと思います。


 今と比べれば平成の世も、かなり不便だったと思います。
 でも限りない物、それは欲望です。
 “便利” という欲望は、こんだけ便利になった世の中でさえ、限りがないのですね。

 だからといって、今となっては、もう平成の暮らしにさえ戻れません。


 でも……
 「戻ってもいいかな」 と思える不便の限界が、「ふてほど」 に描かれていた昭和後期なのかもしれませんね。
 誰も戦前や戦中に戻ってみたいとは、思わないでしょう。

 あなたは、いつの時代に戻ってみたいですか?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:09Comments(0)つれづれ